第五部 第三章 第八話 雲海城の決闘
雁尾領・久瀬峰。領主の居城たる雲海城の敷地内──。
決闘の場として案内されたのは、兵の訓練所らしき中庭。白い垂れ幕で決闘の舞台を取り囲み遮ったそこには、既に一人の男が立っていた。
「良く来たな、恐れ知らずの領民よ。我が名はシブカワ・ドウエツ……領主代行の地位にある者だ。決闘は私が行う。そちらの代表者は誰だ?」
ズイと前に踏み出たのはゲンマだ。
「俺だ。決闘は一対一……決まりは守れよ?それと俺が勝っても領主になる訳じゃない。俺も代理だ」
「承知した。では、供の者は外で……」
「断る!」
ドウエツの言葉を遮り前に出たライは、肩を竦め天蓋を外した。
「……貴様、異人か。一体何処から……」
「入国したか、かな?空を飛べれば国境なんて関係無いんだよ。そんなことより、決闘は一対一の筈だ。垂れ幕の裏に居る兵士は不要だぜ?」
一瞬ザワリと気配が揺らめく。
垂れ幕の陰には完全武装の雁尾兵、凡そ五十……。初めから取り決めを守るつもりが無いことが計り知れる。
「成る程……それなりに出来るようだな。だが、既に貴様らは袋のネズミ。どうするつもりだ?」
「なぁに……こうするまでさ」
足の爪先で軽く地を叩き高速詠唱。その瞬間、雁尾家臣達は一斉に意識を幻覚に飲まれた。
周囲から殺気や警戒心が消えたことに、サブロウは我が目を疑う。
「なっ!……い、今のは?」
サブロウだけではない。イオリも驚愕を隠せずにいる。実際その目で見たのは一瞬の魔力の流れのみ。何が起こったかも理解出来ていない。
「幻覚魔法ですよ。幻覚から脱け出せるのは今の雁尾領を何とかしたいと考えてる兵だけです」
「ラ、ライ君……君は一体何者だい?」
「大聖霊の弟子でペトランズの勇者です。まぁ、魔法が使えるんでこれ位は」
「大聖霊の……それで……」
色々と説明するとキリがない為、面倒な時は『大聖霊の弟子』という肩書きの利用を覚えた勇者さん。とても便利に活用していた。
「ところでライ……これで俺の出番は無しか?」
「いえ……ドウエツは幻覚に掛かっていません。これからゲンマさんの決闘ですが……気を付けて下さい」
決闘場の中央で佇むドウエツは、いつの間にか刀を抜いている。その顔は驚愕、怒り、恍惚と目まぐるしく変化している。
「な、何だ、ありゃ?」
「良く分かりませんが、今のドウエツからはかなり嫌な感じがします。
使用した幻覚魔法 《迷宮回廊》はそれなりに強力だが、強い精神力があれば確かに抵抗は出来る。しかし、ドウエツの場合は『抵抗した』というより『届かなかった』という表現が正しい。
「恐らくあの刀で魔法を斬ったんでしょう。結構な使い手ですよ……予想外だ」
「ま、仕方無いな。それに、アイツが何だろうと俺はただぶん殴るだけだ。それとも俺の勝算は低いか?」
「いいえ?油断さえしなければ勝算は八割といったところでしょう。ただ、あの刀が何か変なんですよ……魔獣みたいな気配がする」
「……まあ、何でも良いさ。あの刀に気を付けてぶち折れば良いんだろ?」
「
「あいよ。さて……じゃあ、いよいよ決闘と行こうかね」
いつもと変わらぬ様子でドウエツの眼前に立ったゲンマは、不敵な笑みを浮かべていた。
「おい?決闘するんだろ?」
「……ちっ!厄介な奴がいるな。まあ良い……私と『灰貉』で全て排除するまで」
「おい!聞いてんのか?」
「先ずは目の前の羽虫を払うとしよう」
ゆらりと動いたドウエツは素早く刃を翻しゲンマを斬り付けた。が、そこにゲンマの姿はない。
ライの忠告を守り刀を受ける様な真似を避けたゲンマは、素早く回避しドウエツの背後に回っていた。
「いきなり斬り掛かって来やがったな?今のが合図と取らせて貰うぜ?」
「……素早い羽虫か。『灰貉』よ。強い血が吸えそうだな」
「駄目だな、コイツは……取り敢えず倒すか」
ゲンマは纏装を展開し臨戦態勢へと移行する。左右の拳を合せ、早速ライから譲り受けた籠手の機能を試すことにした。
行ったのは氷結属性への纏装変化。加えてライの行った纏装圧縮を見よう見真似で拳に集中。流石に指先までの圧縮は出来ない様で、前腕部への魔力圧縮展開で抑えている。
そのまま拳を脇に構えたゲンマ。正拳突きの要領で氷結の拳を放つ。
ゲンマから放たれた大小の氷の礫が高速でドウエツへと迫る……。
「ヌゥン!」
ドウエツは氷弾を躱すでもなく刃を振るい切り落としている。ドウエツの持つ刃は大太刀……それを刃が見えぬほどの速さで振る姿は化け物と形容しても違和感がない。
「あのドウエツという男……確かに腕はある様だな」
クロウマルはドウエツの動きを素直に賞賛していた。そして、剣士としての技量を持ちながら歪んだ心を憐れんでもいる。
「流派はわかりませんが確かに使い手ですね。ですが……」
スイレンはドウエツの動きの中に違和感を見付けていた。
華月神鳴流師範であるリクウの娘……剣の力量は同じ皆伝位でもクロウマルを上回る実力者である以上、当然と言えば当然である。
「やはりあの刀、か……。ライ、あれは一体何か分かるか?」
「さて……俺の本体ならチャクラの《解析》で解るんですけどね。魔獣の気配に似ているとしか……」
「魔獣……刀から何故その様な気配が……」
確かにドウエツ本人より刀に宿る魔力の方が大きいことは場の全員が感じ取っていた。
ディルナーチ大陸に於いて、魔導具作製の技術は存在しないと言っても良い。実質作製出来るのは効果のある魔石を埋め込むだけの簡易型のみ……。
そんなディルナーチの武器に唯一例外があるとすれば、刀工が魂を込めて鍛えた武具──ライは【火の里】で聞いた話を思い出していた。
『陽炎頼正』は悪霊を払う──そんな伝説の名刀があるのならば、その逆も存在するのではないかと……。
「……つまり魔剣か。しかし、どうやってあそこまでの魔力を宿したのか……」
「ともかく、詳しいことはドウエツを倒してからですね。領主なら何か知っているかも知れませんし……」
「ゲンマは大丈夫だろうか?」
「あの刀が気になりますが、今のドウエツ相手なら余裕の筈です。何もなければ、ですけど……」
ライ達が語る間も闘いは続いている。が、決闘場周辺にはいつの間にか領民達が集まり始めていた。
「領民が……ライ君、何をしたんだい?」
「門から入っちゃダメならそれ以外からなら問題無し!ということで、城壁に入り口を開けました」
「……いつの間に」
城内を決闘場へと向かう途中、ライは更に分身を発生させていた。頃合いを見計らい領民に決闘を見届けさせるという本来の目的を果たす為だ。
「ただ、このままだと見ている領民が危険なのでもう一手間が必要ですね」
ゲンマとドウエツの闘いは想像より激しいものとなっている。接近戦に加え、中距離への飛翔打撃・斬撃……時折それが周囲にまで及んでいるのだ。
そこでライは、素早く防御魔法 《氷壁陣》を展開。これにより観戦する民の視界を確保しつつ護ることが可能となった。
「……便利だね、魔法って」
「もし良かったら後で少し伝授します。領主になってもならなくても、役に立つでしょう?」
「それは有り難いけど……本当に良いのかい?」
「イオリさんなら大丈夫でしょう。医療に携わる人は不思議と魔法の覚えが早い様ですから」
「いや、そういう話じゃなくてね……?」
一応ながら久遠国と対立している神羅国……。そんな立場を越えて魔法の知識を齎されることにイオリは幾分抵抗を覚えたのだろう。
しかし、そのことを聞いてもライは全く変わらぬ様子で笑う。
「イオリさんは魔法を悪用する気なんですか?」
「いや……そんなつもりはないよ?でも私も人だから、この先に心が変わらない保証はない」
「……そうですね。じゃあ、悪用しないよう心懸けて下さい」
「うん……。……。え?そ、それだけ?」
「それだけです」
流石に拍子抜けしているイオリ。そんな中……少し厳しい顔をしているサブロウに気付いたライは、念話を用い問い掛けた。
(どうしました、サブロウさん?)
(!……ライ殿か。あ、頭に声が……)
(念話ですよ。心の中を覗いている訳じゃないので安心して下さい。それより、何か浮かない顔ですけど……)
(いや……ライ殿の連れが言うように少し甘いと思うてな……)
(魔法の知識に関しては既に久遠国に残してます。でも、神羅の密偵が潜り込んでいるならいつか知識は盗まれる。違いますか?)
(それはそうだが……)
(それに、俺の本当の目的は首賭けの廃止じゃなく久遠と神羅の和平……。ディルナーチ統一は無理でも、後に友好国になれば互いに支え合えるようになる。それを願うからイオリさんに魔法を託すんです)
(………)
やはりライは甘い……と、サブロウは思う。
神羅国を取り巻く環境は久遠国よりも厳しいのだ。王族同士による権力争いが長く続き、互いに信じられない者達が国を動かしている現状……それを纏める王は力を示さねばならないのだ。
その力に繋がる魔法は、やはり不用意に伝えるべきではない。
そんなサブロウの気持ちを理解しているかどうかは判らない。ライは変わらぬ微笑みで話を続けた。
(俺がやろうとしていること、知りたいですか?)
(………是非に)
(サブロウさんは、互いに諍いを持つ者達を団結させる方法……って分かります?)
(………。まさか、ライ殿は)
(多分、正解ですね。神羅国に入って確信しましたが、首賭けを止めるのは実質的に無理でしょう。俺がもっと早く修行を終えていれば神羅国での信用を増やす時間があった。そうすれば結果は違ったかもしれない。いつも俺は……力が足りない)
(だからと言って、それではライ殿があまりに……)
(大丈夫ですよ。首賭けと共に俺はディルナーチから去ります。後は皆さんを信じる)
(………ライ殿は何故、そこまで)
白髪の勇者はただ微笑むばかりだった。
ディルナーチでライが体験したことはあまりに多く、そして大きい。
救えた命、救えなかった命、そして奪った命……。例えペトランズに戻っても、ディルナーチは縁遠い場所ではなくなったのだ。
久遠国、そして神羅国が友好を結ぶことは、両国で知り合った者達の安寧へと繋がる。ならばこそライは、大陸を去る最後の役割として和平に導くことを決意したのである。
(信用するのは俺の身勝手です。でも、せめてこの大陸を去る俺にディルナーチの未来を信じさせて貰えませんか?)
(………。私もまだまだ隠密の癖が抜けない様だ。この先、首賭けの日まで出来る限りライ殿の力になろう)
(はい……久遠・神羅両国の為にも、そうして貰えれば心強いです)
神羅国側で縁を繋いだ存在、サブロウ──。カリン姫に仕える立場も加われば、ゲンマ同様にディルナーチの和睦に大きく貢献するとライは確信している。
そんな会話の中もゲンマとドウエツの闘いは続いていた。
「ちっ……小癪な……」
大太刀を振るうドウエツは、自らの攻撃が当たらないことに苛立ちを隠せない。対してゲンマは、神具の機能を存分に試していた。
ライの言った様にゲンマは余裕……ドウエツも同じ魔人の様だが、それにも拘わらず二人の戦闘能力は格段に差があったのである。
「よう……ドウエツとか言ったな?お前、刀に踊らされて楽しいか?」
「何だと……?貴様、私を愚弄するか!」
「やれやれ……自分でも気付いていないのか?技がその大太刀に合ってないんだよ。お前、本当は小太刀か何かの流派だろ?だから微妙に振り回される、振りが遅れる」
並の者では判らない僅かな違和感に気付くゲンマ。手合わせ好きは伊達ではない。
「愚民如きに何が分かる!私にはこの『灰貉』こそが相応しいのだ!」
「まぁ、どうでも良いな……何度も言うが俺はお前を殴るのが役割だ。丁度神具にも慣れてきたところだし、ちょっとばかし強く行くぞ?」
「……返り討ちにしてくれる!」
刃を担いだドウエツはゲンマに向け突進を始める。だが、ゲンマは一向に躱す気配がない。
「ハッ!観念したか……ならば一太刀で楽にしてやる!」
「随分とお優しいことだ。悪いが俺は加減は出来ないぜ?」
ドウエツの刃がゲンマを切り裂きそうになった瞬間、ゲンマの姿は四つに分かれた。混乱したドウエツの刃は対象を定め切れず、ゲンマを掠めることもなく大地に深く食い込んだ。
「成る程な……分身は三体が限界か。これ以上は入る情報と自我の不安定さで精神がやられる。ライの奴、どれだけの精神力してやがるんだ……」
ゲンマが使用したのは【纏装分身】。これはライが神具に付加した【精神拡大・弱】と併用し、ようやく扱えるもの。
それでもゲンマでさえ三、四体が限界だった。常人が扱えば一体扱えるかというところだろう。
ライの分身の数はゲンマの比ではないことから、改めてその異常性を実感することとなった。
「さて……じゃあ、遠慮なく行くぞ?」
雁尾の騒動終結に向けてゲンマの拳が振るわれる……。
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