第五部 第三章 第九話 魔刀・灰貉


 雲海城での決闘も決着まであと僅か……。



 本体と分身──合せて四体になったゲンマは、ドウエツを取り囲み一斉に殴り掛かる。


 黒身套を纏った状態で袋叩きにする容赦の無い姿……それは、ドウエツが展開する纏装を消耗させ使えなくさせるのが目的だ。

 同時に大太刀を手放させることがもう一つの目的……だったのだが、ドウエツはどれだけ攻撃を受けても大太刀手放そうとしない。


「どれだけ刀に執着してんだよ、お前は……」

「灰貉は私のものだ!手放すものか!」

「なら、手放すまで殴るだけの話だ」


 纏装を削るように殴り続けるゲンマと、その苦痛に堪えるドウエツ。

 徐々にドウエツの纏装は弱まり、間もなく魔力・気力とも尽きるかと思った瞬間───ゲンマは怖気おぞけを感じドウエツから一気に距離を取った。


 ドウエツの力は確かに尽きかけていた……。しかし、ドウエツの身体からはそれまでよりも膨大な魔力が立ち上ぼり始めている。


「おいおい……こりゃあ……」


 ゲンマはその原因を捉えていた。いや、ゲンマだけではない……ライ達や決闘の同行者は、全員がその魔力の流れを確認していたのだ。


「今のは……刃の魔力が膨らんでドウエツに流れ込んだ?」

「スイレンにもそう見えたか……では、やはりあの刀が……」


 更に……ドウエツの身体は変化を始め、大太刀が小さく見える程に巨躯となっている。

 膨大な魔力の発生源は確かにその刀……先程よりも更に禍々しい気配を放っていた。


「……神羅国にはこんな技術があるんですか?」

「いいや……私も初めて見る事態だ。方術式か邪教の呪式か……まるで刃に意思がある様な……」


 サブロウは隠密時代の智識を総動員し情報を精査している。その中で一つ、気になるものを思い出した。


「……まさか、『骨食ほねばみ藤次郎』?いや……だが……」

「骨食み藤次郎?」

「この国の昔話に出てくる刀工の通り名だ。ヒガキ・トウジロウは実際に居た刀工で、その内の一振りが昔話として語られている。だが……」


 そんなものは作り話とされているとイオリが話を繋ぐ。


「“ 骨食み ”という昔話でね……」


 刀工トウジロウが更なる名刀を求めて鎚を振るえど満足すること無し。やがて苦悩に陥るトウジロウの元にあやかしが訪れた。

 妖は人食い……討伐が掛かり、疲弊し、逃れ、トウジロウの元へと流れ着いたのだが、その身体はもう限界に達していた。


 妖はトウジロウに向けある提案を持ち掛ける。自らの死骸を火にべ刀を打てば、必ずや名刀が生まれると告げたのだ。

 そしてトウジロウは妖の言葉通りその遺体を炉に焼べた。驚くことに、その火は刀を打つに最適な状態を維持し続けたのである。


 やがて打ち出された一本の刀は、確かに類を見ない名刀となる──筈だった。


 刀は夜な夜な彷徨い、翌朝には血塗られた状態で鞘に納まっていたという。時を同じくして、近隣の村では民が一太刀で骨を断たれ絶命する騒動が起こっていた。



「……それで、どうなったんですか?」

「一人の法力僧が魔刀の正体を見抜き、方術を用いた戦いの末自らの命と引き換えに大太刀を滝壺へと沈めた──というのが昔話の結末だね。飽くまで昔話の類で一地方にしか伝わってなかったんだけど……」

「それが実際の事柄だとしても、何で久瀬峰に……」

「さて……だが、もし『骨食み藤次郎』ならば妖が宿る刀……妖は今でいう魔獣だと思う」


 本来……魔獣は口を利くことはない。知能はあるが負の意識に取り込まれ意思の疎通すら嫌うからだと言われている。

 だがライは、魔獣が僅かな反応を見せることを知っている。もし追い込まれ衰弱した魔獣ならば、生き残りを掛け人を利用する可能性も否定は出来ない。


(魔獣の宿る刀……。となると、今のドウエツは黄泉人と同じ……いや………)


 確かに魔力は増大しているが、黄泉人という程ではない。精々中級魔獣に届くかどうかと言ったところだろう。

 【裏返り】ではなく【憑依】…… ライはそう判断した。


 それでもゲンマの勝率が先程より下がったのは間違いない。


「ゲンマさん!ドウエツに意識が無いなら決闘はゲンマさんの勝ちです!後はドウエツを倒せば終わる!!」


 ライの呼び掛けで意図を理解したゲンマは、首を振る。


「手を出すなよ?俺の役割は『領民の目に領主側を討ち果たした姿を見せる』ことだ。今、多勢に頼れば決闘を破ったことになる」

「そんなことを言ってる場合か、ゲンマ!」

「心配すんな、クロウマル。俺はまだ本気じゃない。わかってるだろ、ライ?」


 確かにゲンマは全力ではなかったが、それでも分が悪いと見ているライ。

 本来なら自ら乗り出して倒したいところ……しかし、ゲンマはそれを赦さないだろう。


「わかりました……即死しなければ回復させます。それと肉体欠損は避けて下さい。それ以外は必ず治しますから」

「心強いねぇ……じゃあ、少し待っててくれ。今すぐ片付ける」


 自らの拳同士を合わせたゲンマは分身を解除し深呼吸。力を最大限まで高めた。

 更に纏装を火炎属性に切り換え圧縮し、拳に集め始める。


「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ゲンマの纏装は拳の先に集まり定着した。火炎特化の拳は周囲にも熱を感じさせる程だ。

 ライが張った氷壁陣は熱で溶け出すことはない。が、もし通常の氷壁ならば瞬時に溶かされ領民にも被害が出た可能性もあった。


 ゲンマの行ったのは纏装四回分を拳に纏めた超火力集中。僅かな修行にも拘わらず感覚が進化したらしく、クロウマルも目を見張っていた。


「……ゲンマと無制限の全力で戦っていたら、私は相手にならなかっただろうな」

「才覚はクロウマルさんと同格……でも、ゲンマさんは」

「研鑽の密度が違う……か。ゲンマらしいな」


 常日頃から純辺沼原を守ることを責務としたゲンマは、先々代の長である祖父から戦う意味を指導されてきた。故に研鑽を重ね続け、やがて纏装を知りその技量を高め続けた努力の男でもある。

 優れた才覚にたゆまぬ努力……その結果が目前の戦士の姿。


「行くぞ!」


 移動や防御は具足の神具に頼り、拳以外無防備のまま突進を掛ける。神具の機能を見事使い熟したゲンマは、ドウエツの懐に潜り込んだ。


 初めの内はドウエツの刃を数度躱していたが、その内に刃を拳で受け始めたゲンマ。


「憐れだな……自我を保ってれば躱すしか無かったが、操られて居ちゃ技も出せないだろ?」


 ドウエツの技は、確かに以前ゲンマが語っていた『魔法を切り裂く斬撃』だったのだろう。だが、今のドウエツは自我を失いそれを使えない。それを見抜いたゲンマは、拳撃を大太刀のみに集中し繰り出し続けていた。


「あ~……俺もまだまだですね。ゲンマさんの方が戦闘勘は良いみたいだ」

「つまり勝負は……」

「ええ、ゲンマさんの勝ちです。魔力だけなら刀の方が膨大ですが、あれだけ集中して叩き続けられたら持たないでしょう」


 戦いは魔力や纏装のみで決まる訳ではない。相性、直感や先見、思考、工夫で大きく覆ることはライ自身も身を以て理解している。ゲンマはそれを見事に為していた。


 そしてライの言葉通り、やがてドウエツの持つ刃は灼熱に曝され続け赤く変色を始めた。伝わる高熱でドウエツの手からブスブスと蒸気が立ち昇り、嫌な臭いが広がり始めている。


「執っ拗い手だな……仕方無い。後でライに治して貰え」


 拳を手刀に切り換えたゲンマはドウエツの両腕を焼き斬った。そのまま切り落とした腕を蹴り飛ばしドウエツから引き離す。

 獣の様な悲鳴を上げたドウエツは、そのまま倒れ伏すと元の身体へと萎んだ。


「はぁ……これで文句無しの俺の勝ちだな」


 纏装を解除したゲンマは高々と腕を上げ勝利を宣言する。沸き上がる領民達の歓声……良く見れば、《迷宮回廊》の幻覚から脱け出した雁尾の兵も加わり歓声を上げている。


「雁尾兵まで……でも、これで目撃者に関しては心配はいらないね。そうだろう、ライ君?」

「そうですね……」

「何かまだ心配かい?」

「いやぁ……師匠から『トラブル勇者』って度々言われているので、無事終わって良かったなぁ……と」


 それはフラグだ!とメトラペトラが居れば突っ込む場面だが、そこに師匠の姿はない。


 そしてフラグは一応、発動を始める。


「フゥ……ライよ。思わずドウエツの腕を切り落としちまったから治してやってくれ」


 切り落とした腕は大太刀を握ったまま。大太刀は変形し『くの字』に曲がっている。

 それを拾い上げたゲンマは、ドウエツの腕を引き剥がした。


 その瞬間……大太刀から魔力が立ち上ぼりゲンマを包み始める。


「な、何だ……?」

「ま、不味いぞ、ライ!ゲンマが!」


 クロウマルが隣に居た筈のライに視線を向けた時、既にその姿は無い。ライは魔刀から立ち上る魔力を逸早く察知し、ゲンマの腕を蹴り飛ばして弾いていた……。


 魔刀はゲンマの手を離れ空高くをクルクルと回っている。


「ゲンマさん……油断しすぎですよ……」

「悪い……最後に締まらなかったな」

「でも、間に合って良かった。ゲンマさんが取り込まれたらかなり厄介ですからね」


 ゲンマ程の者がドウエツの様になった場合、被害は甚大となる恐れがあった。取り込まれる前に間一髪で回避出来たのは幸いだと言えるだろう。



 と……皆が安堵したのも束の間、宙に飛んでいた大太刀が落下しライがそれを受け止める。


 騒然とする一同……この中で一番取り込まれてはいけない人物ライ。下手をすれば最悪の魔王の誕生……皆は冷や汗を流し一斉に警戒体制へと移行した。


 しかし───。


「?……どうしました?」


 何事も無いようにキョトンとしている勇者さん。一同は毒気を抜かれ溜め息を吐く。


「……な、何ともないのか?」

「ん?ああ……コイツの魔力、大半吸収してるので別段問題は無いですよ。要は意識を奪われなければ良い訳で……。それに俺は大聖霊契約持ちですから」


 格下の魔獣如きではライの意思に干渉出来る訳も無い。


「とにかく、ここの騒動はこれで終わりですね。取り敢えずコイツは封印しましょう」


 ドウエツの鞘に大太刀を納めるつもりが、刃が曲がり納刀することが出来ない。


 そこでライは、垂れ幕の一部を切り取り《魔力吸収》と《生命波動陣》を付加。大太刀から奪った魔力を《生命波動陣》により常時発動状態に固定し魔力を拡散させる。

 更に、方術札による封印を施し魔刀の動きを完全に抑え込んだ。


「これで取り憑きは起こらないでしょう。え~っと……イオリさんとサブロウさんは、領民に勝利を伝えて下さい」

「わかったよ。詳細は話さず上手く宥めてみよう」

「お願いします。それと、ゲンマさんはドウエツの腕を……」

「任せろ」


 イオリとサブロウは領民を安心させ、帰路に就くように促す。目を覚ましている雁尾兵には、悪いようにはしないとだけ告げて待機をさせた。


 ゲンマはクロウマルと共にドウエツを助け起し、ライの元まで連れてくる。両腕は焼き斬られていたが、ライの回復魔法により難なく繋がった。


「う……こ、ここは?」


 程無くして回復したドウエツが目を覚ます。周囲を見渡して記憶を辿り、ようやく事態を理解した様だ。


「そうか……私は操られて……」


 素早く姿勢を正したドウエツは、地に額を着け力の限り叫んだ。


「申し訳無かった!操られていたとはいえ私は何ということを……」

「やはり取り憑かれていたのか……」

「この度はこの場で腹を割っ捌いて……」

「やめなさい」

「ぐおっ!」


 ズビシッ!とライの手刀がドウエツの脳天に炸裂する。


「先ずは事情を全て話して下さい。事態はそう単純に終わらないんですから」

「す、済まぬ……」

「話は御領主にも伝えないと……宜しいですか?」

「わかった。では、参ろう」



 雁尾の決闘は終わり今後についての話し合いへ……。

 場所は海雲城天守。話には少しばかり時間を要することになるだろう。


 雁尾の騒動は、この話し合いで一先ずの解決へと向かう。


 そして一同は、『魔刀・灰貉』の残した爪痕が思いの他深いことを思い知ることになる……。




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