第五部 第三章 第十話 忠臣ドウエツ


「申し訳ありませんでした!オキサト様ぁぁっ!!」


 雁尾領・雲海城に轟く謝罪の声。その発信元は雁尾領主代行の地位にある男・ドウエツである。



 決闘を終えた一同は領主オキサトの居る天守にて会談を行っている最中。しかし、正気に戻ったドウエツには罪を自覚させる試練の場でもあった。

 謝罪の叫びと同時に額を床にピタリと着けた土下座……そしてドウエツは涙ながらに懇願する。


「私の罪は到底贖うことは出来ぬもの!最早この場で我が腹割っ捌いてお詫びをすることを御許し下……」

「だから、やめなさいって」

「ぐおぉっ!」


 スビシッ!とライの手刀がドウエツの脳天に炸裂する。その光景を見たオキサトは幾分怯えている様にも見えた。


「まず話をして欲しいと言ったでしょう……ドウエツさんには辛いかも知れませんが、それを乗り越えてこそ忠義というものではないですか?」

「……た、確かに」

「では、最初から話をお願いします。何故雁尾領がおかしくなったのか、あの刀がどう絡むのか、出来る限り詳しく」

「………了解した。オキサト様にはお辛いお話になりますが……」


 本当に申し訳無さそうに頭を下げたドウエツは、幼いオキサトの心が心配で堪らない。それ程忠義に厚い男が何故領地を乱すに至ったか……それを知らねば本当の解決にはならない。


「……良い、ドウエツよ。私は知らねばならないと思う。話してくれ」

「哈ッ!」



 オキサトに促されドウエツが語ったのは、全ての事の始まり。刻は三年程前へと遡る──。



 ドウエツは元々、先代の領主ツネサトの腹心だった……。ツネサトは行動を以て意を示す領主で、飢饉の際には自ら炊き出しまで行ったのだという。

 そんなツネサトは、領民の為にも自ら刀を振るう男だった。


「三年前のある日、とある街が賊に滅ぼされた。ツネサト様は大層お怒りで討伐に乗り出したのだ。何より、更なる民の犠牲を嫌った……」

「良い領主様じゃないですか……」

「ツネサト様は名君だった、それは断言する。だが、自ら行動を起こすことは危険と隣り合わせ……私はそれをもっと深く考えるべきであった」


 賊は警戒もせず行動していた為に直ぐに居場所が判明した。そこへ一斉に雁尾兵が押し寄せ、たちまち討伐……。だが次の日、再び賊が街を襲った。


「その時は賊に逃げ延びた仲間が居たのだろうと考え、再び討伐を開始した。賊全てを討伐・または拿捕し安堵した次の日……三度賊が現れた」

「……それって、まさか」

「そう……。三度目の賊の姿は農民。そしてその手には、あの大太刀が握られていたのだ」


 魔刀・灰貉による憑依と呪縛……最初の盗賊が何処からそれを手に入れたのかドウエツにも分からないという。だが、そうやって魔刀は人の手を渡りドウエツの前に出現を果たしたのだ。


「ツネサト様は農民相手に刃を向けることを躊躇い説得を行った。だが、私を見ていたならば分かるだろう?魔刀に心奪われた者は全て魔刀を中心に思考する。そして魔刀の意思は血を吸うこと……厄介なことに、長くそれを行うさかしさまで宿している」

「……だから貴公は、領主代行の地位に立ち悪政を行ったのか?」

「そう……不満があれば民は直訴に来る。決闘の意思が無くとも無理矢理決闘に持ち込んで斬る為に……私は……」


 クロウマルの問いに歯噛みしつつも懸命に答えるドウエツ……下手に記憶や部分的な自我があった為、その苦悩たるや地獄と呼べるものだろう。


「通常ならばツネサト様は油断で討たれる方ではない。だがあの時……魔刀に憑依されていた農夫の娘が現れ、ツネサト様はそれを咄嗟に庇った。その傷が元で床に伏せることに……」

「………父上は病ではなかったのだな」

「事実を話せば農夫の家族に類が及ぶと思ったのでしょう。お優しい方でした」

「……父上………」


 領主としての責任感から必死に涙を堪えるオキサト。立ち上がったライはオキサトの前に移動し強く抱き締めた。


「な、何を……!」

「辛い時には泣いて良いんです。領主もまた人……愛すべき父の死を嘆くことは恥じゃない」

「……男は……泣くものじゃないと父が……」

「俺は男ですが泣きたい時には泣きますよ?というか我慢し切れない。男でも泣いて良い時はある……今はその時だと俺は思う」


 ライのその言葉で、堰を切った様にオキサトは泣き出した……。

 幼いオキサトが二年以上溜め込むには余りに重い出来事。それも魔刀が引き起こした悲劇だ。


 泣き続けるオキサトをそのままに、イオリは話を続ける。


「農夫はどうしたのです?」

「私が斬った……オキサト様が庇った娘は、二人を貫いた刃で結局命を落としてしまった。それに私はオキサト様を傷つけられ激昂していた」

「そうでしたか……そこで魔刀を……」

「うむ。あの魔刀は人を惹き付ける。抗うことが難しくこの手に取ってしまった……それから一年近くは必死に抵抗したのだが、少しづつ心を蝕まれ遂には……それも私の心の弱さ故に」

「いや……大したもんだぜ、アンタ。俺は一瞬取り憑かれ掛けただけだが、あんな力に一年も抵抗したのは凄いことだ」


 ゲンマが魔刀に取り込まれ掛けたあの時、ライが止めねば確実に憑依されていただろう。それを一年……それはドウエツの忠義の強さあってこそ……ゲンマはそう理解している。


「それでも私は多くの者をこの手で……それに魔刀の為に雁尾領を乱してしまった。やはりこの場で腹を斬って……」

「やめなさい」

「ぐぺっ!!」


 胸元を開き脇差しを抜こうとしたドウエツの脳天に、またも手刀が炸裂。だが、今回手刀で静止したのはスイレンである。


「……話を聞く限りドウエツ殿の意思では無いのだ。そこまで思い詰める必要はあるまい?」


 クロウマルは心からそう思う。だが、サブロウは現実的な話を続ける。


「しかし、謂わば内乱とも言える事態。罪はなくとも責を問われる者が無くては領民が納得をしますまい……」

「………それはやはり領主代行の私が負うべきだろう」

「それが現実的でしょうな……ですが……」


 サブロウが視線を向けた先はライである。ライは顔を向けず、オキサトの頭を撫でながら口を開いた。


「……忠義に厚い男を失うのは雁尾領にとっての痛手。只でさえ雁尾を再生しなくてはならないんです。ドウエツさんには踏ん張って貰わないと」

「ライ殿……」

「責任は魔刀の話をそのまま公表すれば良いと思いますよ?偽物ですが【龍神】が出張って来てるのを多くの領民が目撃しているんですから、十分領民には通じる筈です。必要なのは、今後如何に領民を大事にするかですよ」



 サブロウは初めからライがそう答えると知っていた。ディルナーチの未来を信じると語ったお人好しは必ずそう答えるだろう、と。

 そしてそれは、ライの胸元に居る少年の心を汲み取ったものでもある。


「許さないぞ、ドウエツ」

「オキサト様……」

「父から私を任されたのだろう?ならば私が良き領主として人生を全うするその日まで、その目でしかと見届けよ」

「しかし……」

「逃げるな、ドウエツ!貴公には責務がある!罪を感じるなら、それを払拭して見せよ!それこそが雁尾武者の生き様と知れ!!」


 ドウエツは、オキサトのその凛々しき声の中にツネサトの姿を見る。


(嗚呼……ツネサト様。私は……)


 この時ドウエツは、心の中でオキサトへの忠義を誓った。

 今まではツネサトへの忠義……しかし、これからはオキサトを主として命を賭す覚悟を決めたのだ。例え卑怯者のそしりを受けようと、オキサトの為に生きる──それがドウエツの答え。


「……ライ殿、と言ったか。ありがとう……貴公のお陰で心の靄が晴れ申した」

「それはよかった……でも、オキサト様は笑顔が足りませんね。ほ~れ!コ~チョコチョコチョ~!」

「ちょっ!ラ、ライ殿!な、ウヒッ!何を!ウハッ!」

「領主たる者は笑顔も必要……さぁ!笑ってごらん?」

「ヤメッ!アハハハ!ウッ!ヒヒヒッ!ア~ッ!ヒ~!」

「やめなさい」

「げぺっ!」


 ライの脳天に手刀が炸裂……スイレンは心底呆れていた。


「仮にも御領主様に向かってやり過ぎです」

「い~た~い~!スイレンちゃん、優しくな~い~!」

「……斬りますよ?」

「ゴメンナサイ……ワタクシ、悪ノリし過ぎました」


 ライ、久々の美しい土下座。この光景に思わず吹き出したのはゲンマだった。

 続いてイオリ、サブロウ、そしてクロウマルさえも笑っている。オキサトに至ってはくすぐりの効果も加わり爆笑し転げ回っていた……。


「ハハハ。全く……とんでもない奴だと思えばこれだ。で、どうする?」

「さぁ……どうすべか?」

「おい!」

「冗談ですって、ゲンマさん。といっても、どうすべきかはイオリさんが決めて貰えませんか?」

「私が……かい?」

「元々領主をお願いするつもりでイオリさんにお会いしたんです。雁尾の今後は、この地に暮らしていたイオリさんが決めるのが最善かと……」

「…………」


 イオリはしばし思案する。と言っても、どうするかは既に決めていた。


「領主はオキサト様に続けて貰いましょう」

「……良いのか?先程は勢いであんなことを言ったが、決闘に負けた以上私に領主の資格は……」

「良いのですよ、オキサト様。この地には名君であった先代ツネサト様の意志を継ぐ者がいる。つまり、私は不要……。決闘の結果、オキサト様の再任ということで」

「……感謝する」

「ただ、今後が大変ですよ?腐敗した体制を建て直すのは……そこで一人、いや二人程、雁尾の家臣に推薦したいと思います」


 イオリの意図は、領民側から家臣を加えて貰うことで決闘に意味を持たせるということらしい。


「一人は私の教え子です。普段は志瞳館の一階で給仕の仕事をしていますが、とても優秀ですよ?その子にはドウエツ殿の補佐をお願いするつもりです」

「もう一人は……?」

「ライ君が選んでくれるかい?誰か一人、または家族ごとでも良い」

「へ?お、俺ですか?」


 突然話を振られたライは戸惑っている。


「う~ん……今日会ったばかりの人が殆どなんですが……」

「ハッハッハ……それは私達もだよね。大丈夫、君の目で選んだ者を頼むよ」

「……わかりました。じゃあ、今から呼んで来ます。まだ城下に居るでしょう、トウッ!」


 突然天守の窓から飛び立とうとしたライは、窓枠に足をぶつけ体勢を崩し“ うわぁぁっ! ”という悲鳴を上げ落下した。一瞬ビクッとなり度肝を抜かれた者数名……。


「大丈夫ですよ……ライ殿は翔べますから」

「そ、そうなのかい?し、しかし、心臓に悪いね」

「後でキッチリ叱っておきますので……」


 時折、痴れ者が顔を出すのは本性故か……。後でスイレンにこっ酷く怒られる姿が『御主人に叱られる飼い犬』に見えたのは余談だろう。


「それにしても魔刀か……そんな恐ろしいものが何故……」


 天守の間に置かれたままの魔刀を見やりクロウマルは呟く。

 全ての元凶であるそれは、ライにより封じられ無力化されている。故に憑かれることはないものの、安全と言われても気持ちの良いものでもない。


「度重なる不幸だったんだろうね。もしこれが、本当にあの『骨食み』なら滝壷に沈んでいた訳だから」

「水中深くでは誰かが拾い上げた……などは通常起こり得ない訳か」

「昔話自体が間違って伝わっている可能性もあるからねぇ……流石にこればかりは分からないね。ただ……」

「何か問題が……?」

「いや……これはカゲノリ様の仕業ではないという話さ。これじゃ不況を買い自らも後始末に困る……カゲノリ様が王になったとして、後にそんな手間を残す人ではないよ」


 冷酷な男ではあるが合理的な思考も持ち合わせているカゲノリが、後の扱いに手子摺る様な魔刀を持ち出すとは思えない……というのがイオリの見立てだ。


「では、本当に不幸が重なったのか……。不運だったのは雁尾の民だけでなく領主側もとは……居た堪れねぇな」


 ゲンマの呟きはこの場に居る全ての者が感じていることだろう。

 しかしオキサトは、そんな哀しみを吹き飛ばす様に告げる。


「しかし、その不幸は今日この場にて終わりを告げた。これも皆様方のお陰……雁尾領主としてお礼申し上げます」


 深々と頭を下げ礼を述べるオキサト。ドウエツも後に続き平伏している。


「頭をお上げ下さい、オキサト様。実のところ私共は殆ど何もしていません……功労者が居るとすればゲンマ君とライ君ですよ」

「イオリ殿よ。俺はそういう気恥ずかしいのは苦手なんだよ……オキサト様も堅苦しいのは抜きにして欲しい。俺は領民として安心出来ればそれで良いんだ」

「それでも……感謝する」


 頭をボリボリと掻いたゲンマは照れているらしく、かなり困り顔だ。


「お、俺はともかく、今回の話はライが言い出さなければそもそも行動しなかったんだ。礼はライに言ってくれ……って、アイツまだかよ」

「ライ君のお目当ての人が見付からないのかな?」

「いえ……ライ殿はその気になれば領内を把握出来ますからそれは無いでしょう」


 スイレンの言葉に耳を疑う神羅国の民達。……が、段々慣れてきた、というか麻痺して来たらしく誰も突っ込みを入れない。


 そんな中、突如天守の襖が開いた。勿論そこに居たのはライだ。

 そしてもう一人、若き雁尾の兵──。


「君は………!」


 これも縁……。ライが連れてきた人物は、今後の神羅国……いや、ディルナーチ大陸にとっても重要な人物となる。


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