第五部 第三章 第十一話 新たな家臣

 新たな雁尾の家臣としてライが選んできたのは、若い兵士。


 イオリはその顔に見覚えがあった。


 いや……イオリだけでなく、ライの同行者達は全員その兵の顔に見覚えがあった。

 城門に集った領民と雁尾家臣が睨み合いになった時、領民を庇い啖呵を切ったあの兵士である。


 歳はライよりやや上と言ったところだろうか……。真っ直ぐで生真面目そうな顔。地方警備の役に就いていたその若き兵は、龍神に促され領民の護衛を行ない久瀬峰に辿り着いたのだ。


「ライ君……何故その青年か聞いても良いかい?」

「イオリさんも見てたでしょ?あの場でたった一人、領民を庇った勇気は賞賛すべきです」

「それが理由?」

「そうです。才覚までは確認していないので判りませんが、割りと化けるんじゃないですかね?」

「……わかったよ。ではオキサト様、残り一人は彼ということで」


 トントン拍子に話が進む中、ライに連行された兵は置かれた状況が理解出来ずオロオロとしている。

 そもそも領主の元に連れて来られたこと自体、混乱している原因なのだ。その顔には明らかに余裕が無い。


「君、名前は?」

「ミノベ・カズマサと申します。……あ、あの……俺、じゃなく私はやはり処分されるのでしょうか?」

「ハハハ……違う違う。私達は咄嗟に領民を庇った君の心意気を見ていてね……そんな君に是非頼みたいことがあるんだ」

「え……?」


 イオリの言葉を聞いてもピンと来ないカズマサは、何処かの警備を任されるのだろうと考えていた。


 だが、オキサト直々の言葉で自らの思い違いを知らされることになる。


「其方には城代家老ドウエツの直属補佐を任せたい」

「……………え?そ、そそ、それはどういう……」

「言葉通りだ。其方をこの久瀬峰の雲海城勤めの城代家老補佐に任命したいのだ」


 昇進……などというレベルではない。平民出身、しかも若輩のカズマサがその地位に就くことは、雁尾領史上前代未聞のことである。


 当然ながらカズマサは放心状態だ……。


「受けてはくれぬか?」

「あ、え、し、しかし、俺……私の様な作法も分からない者が……」

「足りぬものは学んでくれれば良い。今は雁尾の危機……皆の為に是非に頼む」


 そう言ったオキサトは改めて頭を下げた。流石にドウエツが止めようとしたが、オキサトは手で静止する。


「私は頼む側の立場……頭を下げて然るべきなのだ、ドウエツ」

「では、私も……どうかこの通り」


 オキサトに倣い頭を下げるドウエツ。カズマサは慌てオロオロするばかりだ。


「あ、頭をお上げ下さい!……本当に私などで宜しいのですか?」

「うむ。我が身を盾に領民を護ろうとしたという其方こそ、今後の雁尾に必要……私はそう思う」

「……わ、わかりました。私如きがどこまで出来るか分かりませんが、全力を尽くします。あ……そ、それで……ひ、一つだけお願いがあるのですが……」

「何だ?遠慮せず申してみよ」

「はい……家族を……この街に呼びたいのです。母と祖父を……」

「相分かった。住まいも用意する故、安心して連れて来ると良い」

「あ、ありがとうございます!」


 カズマサはサッと正座し頭を下げた。異例の出世にはまだ実感が伴っていない様だが、取り敢えず家族の生活を楽にしてやれることを素直に喜んでいる。


 そんなオキサトの采配に、ライとゲンマは感服していた。


「オキサト様はまだ若いのに凄いですよね……俺、あの歳の頃は只のイタズラ坊主でしたよ?」


 意味もなくセミの脱け殻を大量に集めたり、ティムと二人で店の商品を勝手に持ち出したり、御近所の老人から小遣いを貰い喜んでいたあの頃………稚拙だった自分がライの脳裏に甦る──。


「俺も似たようなものだ。カブト虫取ったり、棒切れ振り回して探検ごっこなんかしてたりな……」

「純辺沼原の地下、洞窟ですからねぇ……」

「そういや昔、森で光輝く金色のカブト虫を見付けて捕まえようとしたら体当たり食らって逃げられてな………誰も信じちゃくれなかったが、あれは何だったのか」

「アハ……アハハハハ……」


 それは間違いなく蟲皇だろう。が、幼き日の想い出はそのままにして置いた方が良いと敢えて真実は告げない。

 その蟲皇は今、本体ライに協力し頑張っている最中だ。


 少し遠い眼差しで過去に思いを馳せるライに、オキサトは姿勢正しく頭を下げ声を掛ける。


「ライ殿……貴殿への感謝、言葉では言い表せない。私はこの恩にどう報いれば良いだろうか?」

「アハハ……礼なんて要らないですよ。こちらも思惑があった上での助力……だから“ おあいこ ”ということで……」

「しかし……」

「オキサト様~?ま~だ表情が固いですよ~?」


 ライが手をワキワキと動かせば、オキサトは一瞬身悶えする。


「アハハハハ。では友人になりましょう、オキサト様……いや、オキサト君。身分に関係無く、遠慮せずに済む友人に……」

「友人……よ、良いのか?」

「はい。俺はペトランズ大陸側の人間だから、本当ならこの国の身分に囚われなくて良いんですよ。そんな人間が友人に居ても良いでしょう?我が儘を言っても良い友人……どうです?」


 オキサトは嬉しそうだった。その歳で領主になることは友人を作る間もないことを意味している。

 加えて我が儘などを言える立場ではなかったのだ。ライの言葉はオキサトの中に心の余裕に似たものを生み出す。


「若い身での覚悟、責務……俺のにもそれに一生懸命過ぎて迷った人が居ます。だから敢えて言わせて貰いますね?周囲を良く見てください。民を知って下さい。そして頼れる者を見付けて下さい。多分それこそが上に立つ者の在り方ですよ」


 クロウマルは黙って聞いていた。その言葉が改めて自分に告げられていることに気付いたからだ。


 もう少し早くライと出逢えていたら……オキサトを見てそんな考えが過る。そして同時に、自分を友人と言ったライに感謝を深めた。


「分かった……では、友人として頼みたい」

「何なりと……」

「空を……飛んでみたい」

「合点でさ!」


 素早くオキサトを抱えたライは、再び天守から飛び立つ。今度は上空に……天守の更に上に昇ったらライは、雁尾全てを見通せる高さまで飛翔した。

 上空の空気は薄く気温も低い為、空気の膜を張りオキサトがじっくり眺められる様に配慮を忘れない。


 オキサトの目は一際大きく見開かれ、満面の笑顔で感嘆の声を上げている。


「凄い……凄いよ、ライ殿!」

「そうだね……この世界は広い。そして多くの命がある。このディルナーチにも多くの人が暮らしていて、皆が懸命に生きている。それこそが世界の素晴しさだと俺は思ってるよ」

「うん……この光景を見ていると分かる気がする」

「じゃあ大丈夫。オキサト君はきっと父を越える名君になれる」

「父を……越える……」

「気張る必要は無いよ。ゆっくりで良いから、無理をせずに行けば良いんだ。頼れる人もいるし」

「うん……ありがとう、ライ殿」


 それから雑談を少し絡めつつ景色を楽しんだ後、ライは天守に戻ってきた。オキサトは年相応の顔で笑っている。


 そんなライは、密かに念話でドウエツに語り掛ける。


(ドウエツさん……そのまま聞いて下さい)

(!?……ラ、ライ殿か?)

(オキサト君には多分、同年代の友人が必要です。そういった場を用意してはあげられませんか?)

(……確かにそうだな。寺子屋などどうだろうか?)

(良いですね、それ。どうせなら城内に寺子屋を造って開けば領民からの信頼も回復するかと……)

(成る程……だがそうなると、オキサト様の安全が気に掛かるのだが……)

(そこは今から準備しますよ)


 ドウエツの視線に頷いたライは、オキサトに願い出る。


「オキサト君……あの魔刀、頂いても良い?」

「それは構わないけど……」

「では、遠慮なく。それとカズマサさんには後で頼みがあります」

「……わ、わかりました」

「では、一度外に出ましょうか」


 一同は城外に移動。そこには目覚めた兵が呆然とした様子で立っていた。


「あ~……っとですね、今目覚めている兵は今までの在り方に疑問を持っていた人達です。そのまま兵を任せて問題ないと思いますよ?夜までに起きた人は腐敗に心奪われたけど改心した人。明日まで起きないのは罪人です。処分はお任せします」

「分かった……一先ず、この場の説明は私が行おう」


 ドウエツは兵達の前に跪き謝罪した後、経緯を説明している。オキサトも同行し兵に声を掛けていた。


「それで……ライ殿は何をするつもりですか?」


 聞いてはみたが想像は付いているらしいスイレン。やはり半ば呆れている。


「まあ、折角だから今後の為に置き土産をね……取り敢えずその辺に倒れている兵から必要なものを拝借して……」


 幾人分かの防具一式、刀三本、短刀一本、槍一本を用意。それらを持ち合せ決闘を行った場まで移動……改めて説明を始めた。


「今から神具を造ります。まず、イオリさんとサブロウさんに移動用のものと旅に必要なもの一式を。それと、カズマサさんとドウエツさんにも今後のオキサト君を守る為の物を用意します」

「その魔刀はどうするんだい……?」

「これは最後に説明します。では、ちょっと待ってて下さいね」


 いつもの手順で次々に神具作製を熟して行くライに、ゲンマ、イオリ、サブロウ、そしてカズマサは驚愕していた。


「……初めて見たが、こりゃ凄いな」


 ペトランズ側ですら有り得ない個人による神具作製……特に、何もない空間から魔石を生み出す姿は夢を見ている気分だったに違いない。


 そして程無く神具は完成……。全ての神具は色を変えてあり見分けが付きやすい様に配慮をしてある。勿論、全て自然魔力貯蔵型である。


「え~っと……先ずはイオリさんとサブロウさんの……」


 具足と籠手はクロウマル達と同様の物。サブロウには短刀を、イオリには魔石の首飾りと杖を手渡した。


 サブロウの短刀には《雷蛇弓》《鉄鎖網》《炎焦鞭》《穿光弾》が付加されている。

 《鉄鎖網》は物質変換を利用した鉄の鎖を発生させる捕縛・防御魔法だ。


 イオリの杖は槍を再構築したもの。杖の頭部分は細長い箱のような金属飾りになっている。


「イオリさんは方術師ですよね?」

「良く分かったね」

「気配が魔術師に近いので何となく……その杖は《物質変換》で方術札を作ります。杖の柄先を物に付けて機能を使えば、杖の頭部分から望んだ方術式の札を生み出せますよ。それと、その宝玉には魔法の知識が幾つか入っています」


 水、氷結、風、雷、大地、そして回復と補助系魔法……古代魔法王国の高速言語による発音や魔法式の構図法則、完成例を記録。宝玉を握り必要な知識を求めれば、魔法の研鑽が出来るといった代物だ。


「これは凄い………」

「イオリさんが魔法を獲得出来れば、今度は他者にも教えられるでしょう?回復系は適性が必要ですが、あれば多くの民を救える」


 イオリ自身には回復魔法適性がある様で、早速初歩のものを試していた。


「後は雁尾領に。この三本の刀は機能は同じです。オキサト君、ドウエツさん、それとイオリさんが推薦した人に……」


 三本の刀には《分身》《飛翔》、そして《物質変換》による《再構築再生》が付加されていた。


「彼女の分まで……喜ぶよ」

「え?彼女?女性なんですか?」


 ここでイオリの推薦した者は女性と判明。男とばかり思っていた一同は驚きを隠せない。


「じ、じゃあ、短刀の方が良かったですかね……?」

「大丈夫だよ。彼女はとある領主の娘で『葛篭つづら心円流しんえんりゅう』の使い手だから」

「へぇ……結構居るんですね、女性の剣士って……」


 スイレンをチラリと見ると、何処か照れ臭そうである。


「女性で剣士をやっているのは殆どが魔人ですから、その方もそうなのでは?普通の女性ではどうしても体力で劣ってしまうので……」

「確かにトウカもスイレンちゃんも魔人だね……なら心配はないか。じゃあ、え~っと……そうそう。具足と籠手は四人分、クロウマルさんのと同じ機能です。但し、この白い籠手と具足はオキサト君専用と伝えてくれますか、カズマサさん」

「分かりました」


 その防具は明らかに子供用だが、機能が二つ追加されている。


「それ、成長に合わせて身体に合うようになってるんですよ。それと、壊れても自動で修復されますので、そう伝えて下さい」

「そんなものまで……あなたは一体……」

「まあ、その辺は秘密ということで……。それで、いよいよ最後のですけど……」




 ライが担ぎ上げたのは大太刀『骨食み藤次郎』こと【魔刀・灰貉】である。



「上手く行くかは分かりませんが、こいつを生まれ変わらせます」

「!!……そ、そんなことが……」

「失敗したら消滅させますから……ただ、上手く行っても俺は一度消える」


 やろうとしているのは魔獣の存在転換……ライ本体ですら多大な負担が掛かるそれを分身体が行えば、維持限界に達し霧散するだろう。


「……では、我々はどうする?」

「クロウマルさんや皆さんは明日の朝まで雁尾で待っていて貰えますか?どのみちトビさんが戻るまでは動けませんし……それに、本体側の戦いが終われば皆さんの元に向かいますから」

「大丈夫なのか?加勢が必要なら……」

「いや……先にも言いましたが今回は相手が悪い」


 クロウマルの袖を引いたスイレンは首を振っている。ライの戦いは最早、人が介入すべきレベルではないのだ。

 足手纏いとハッキリ言わないのはライの心遣い……クロウマル、スイレン両名共に理解はしている。


「取り敢えず、俺が消えた後はサブロウさんの指示に従って行動を。優先すべきは俺の生死ではなく神羅国の在り方。その時はクロウマルさん、お願いします」

「……わかった」

「では、やりますか……。成功したらこの大太刀はカズマサさんが使用して下さい」

「俺……わ、私がですか?」

「あなたが適任なんですよ。オキサト君とドウエツさんには因縁が辛すぎる。かといって折角の力、手に入るなら捨てるに惜しいでしょ?それに、女性には大き過ぎますからね……」


 イオリの教え子が女性ならばやはり大太刀は不向きだろう。対してカズマサは、案外大柄……問題はない筈だ。


「わかりました。私が頂きます」

「良かった……それじゃ、やりますか。皆さんは少し下がっていて下さい」


 刀に宿る魔獣の属性転換。過去に例の無いそれが本当に上手く行くのかは判らない。

 しかし……ライには不思議と予感があった。


 人の意思を奪い成り済ますということは、人を理解していることに他ならない。ならば通常の魔獣よりも転化し易いのではないか……飽くまで勘ではあるが、ライは可能性を信じることにした。


 その考えの中には『もし望まず魔獣化したならば払拭の機会を与えてやりたい』などという気持ちが含まれていることは、ライ当人も気付いてはいない。



 そうして始まった【属性転換】……ライは大太刀に施していた封印を破り魔刀を握り締めた。


「くっ……このっ!」


 初めに起こったのは魔力の奪い合い。魔刀に宿る膨大な魔力を吸収するライに対し、魔刀は必死になり抵抗を始めたのだ。

 結果、吸収は出来るがその速度は僅かづつに留まることになる。


 思ったより吸収に特化していた魔刀に手子摺りながらも、ライは確実にその力を奪っていった。


 魔刀の魔力が空に近付いた頃、今度はライ自らの魔力を神聖魔法 《聖刻》にて聖属性へと変化させ魔刀に吸収させる。

 大量に流れ込んだ聖なる魔力に魔刀は慌て吸収を停止。


 だが……ライが手を休めることはない。吸収の逆流……相手の中に魔力を流し込む術を持つライに、魔刀の抵抗は無意味だった……。


「魔力が欲しいならタップリくれてやる。今、楽にしてやるからな?」


 幸福感に包まれる記憶も流し込み続けること四半刻……やがて魔刀は軋むような音を立てビビが入り始めた。


(駄目か?持たないのか?)


 そう諦めかけた瞬間──眩い閃光が魔刀から立ち上った。同時に魔刀からの禍々しさも消え失せた。


「大丈夫か、ライ!?」


 その場にヘタリ込んだライは、クロウマルの問いに手をヒラヒラさせて応える。


「……信じられん。まさかこれ程とは……」

「サブロウ殿……あれでも分身なのだ。本体はあの比ではない」

「………成る程。だから……」


 だからライは、ディルナーチの和解の為に“ 自らを使おうとしている ”……サブロウはライの後ろ姿に少し寂しさを覚えた。



 そんなライに駆け寄る一同。だが、当人は今一つ浮かない様子だ。


「上手く行かなかったのかい?」

「いえ……宿るのは魔獣ではなくなりました。ただ、聖獣でもないんです」


 結果を言えば魔獣は霊獣へ変化したに留まった、ということになる。


「ともかく、今からコイツと交渉に入ります。霊獣はどちらかと言えば人間相手みたいな感じなんですよ。一気に悪には傾かないけど、完全な聖獣にもならない」

「だから交渉か……わかった。今しばし待つ」

「すみません」


 そして──大太刀に宿る霊獣との対話が始まった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る