第五部 第三章 第十二話 変革は雁尾から始まる


 ライが大太刀──『魔刀・灰貉はいかく』を握り意識を沈めた先には、白い狸に似た獣が佇んでいた。


 身体中に渦の様な紋様が浮かび、その額には赤い宝玉の様な目。背後には長い三つの尾が見える。


「よっ!交渉に来たぜ?」

「…………」

「どうした?暗い顔してるぞ?」

「……我は罪深い……何故、魔獣として討たなかった?」

「……罰が欲しかったのか、お前?」

「………我は血を吸い過ぎたのだ。だから聖獣には戻れなかった。こんな苦悩を受けるなら……破壊された方がマシだった」


 溜め息を吐く霊獣。今でこそ罪の重さを理解し苦悩しているのだろうが、少し自らを追い詰め過ぎている様だ。

 霊獣の性格は個人差がある……以前、そんな話をメトラペトラ話していたことを思い出した。


「甘えんなよ?」

「………」

「今回の騒動では、お前よりも深く苦悩してる人が居る。お前はその人より不幸だとか言うんじゃないだろうな?」

「………。ドウエツのことか」

「そうだ……。ドウエツさんは魔人。主君を失い、更にこの先他の人より長い間を罪の意識に曝され続ける。恐らく死ぬまでその苦悩は消えない。お前は、自らの行動でその苦悩を和らげてやりたいとは思わないのか?」

「……………」


 珍しく厳しめのライの言葉。だが、霊獣は反論をしない。


「お前が罪を自覚するなら、それを償う為に行動を起こせる。霊獣となったお前なら、人よりも遥かに多くを救い罪を贖うことが出来るんだ。過去は変えられないけど、未来を創る助けは出来るんだよ………」

「我が……未来を……」

「霊獣や聖獣が望む未来がどんなものかは知らない。でも、もし優しい未来を望むなら雁尾に力を貸してやってくれないか?」

「…………」


 項垂れる霊獣……だが、やがてその顔を上げ力強い眼差しを向けた。


「承知した。贖罪も兼ね我は雁尾の力となろう」

「良かった……。きっとこの先、お前にも希望が見付かると信じてるよ。そこでもう一つ頼みがある。刀身の修理と魔法を付けてやるから、受けてくれるか?」

「………わかった」


 意識を戻したライは、早速【創造】の神格魔法で傷んだ刀身を再生させる。

 傷一つ無い新品……大太刀本来の姿はとても美しいものだった。更に刀身の鍔元近くに魔石を埋め込み、幾つかの魔法を付加させた。


「交渉成立。これは今後、カズマサさんと共にある相棒……大事にしてやって下さい」

「……わかりました」

「霊獣は本来優しい性格らしいですが、人の心に左右されます。この場合、カズマサさんが正しい心であり続ければ霊獣はかなり聖獣に近くなる。逆も同様ですから気を付けて」

「私次第ということですか……ところで、霊獣の名は何というのですか……?」

「そうですね……仮に、灰……いや、白仙貉はくせんかくとしましょう。霊刀・白貉……今後はカズマサさんの教育係も任せましたから、ビシバシ鍛えて貰って下さい」

「そ、それは……手厳しいですね……。ですが……」


 カズマサは手に取った霊刀・白貉に視線を向け語り掛ける。


「宜しく頼むよ、相棒」


 霊刀は一瞬キラリと光った。どうやら白仙貉はカズマサを認めた様だ。


「ハハハ……柄にもなく叱っちゃったけど、終わり良ければかな……」


 少しづつ透け始めた分身体ライ。丁度そこにオキサトとドウエツがやって来た。


「ライ殿、貴公………」

「ん?ああ、大丈夫ですよ。分身体だから本体には記憶が継がれる。それより、俺が戻れるか判らないので必要なことを……」


 ドウエツに視線を向けたライは、改めて自分の考えを伝えた。


「あなたは絶対に悪くない。だから、自分を責めるのはやめて欲しい。そうでないとオキサト君も辛くなる……」

「………努力は……してみよう」

「充分です。オキサト君、また会おう。約束するよ」

「是非に………また……」


 続いてクロウマル達に視線を向けたライは、再度頼みを告げた。


「明日までに戻らない場合はクロウマルさんに託します。でも、ゲンマさんは純辺沼原に戻って下さい。皆、心配してるでしょうから」

「わかった」

「俺も了解だ。全く……良いからとっととやっつけて来い。修行の途中だぞ?」

「ハハハ……そうでした。……イオリさん、この後どうするかは強制じゃありません。でも、出来れば手助けしてやって下さい」

「うん……大丈夫。任せて」


 無言になったライは殆ど消えかけている。視線だけをサブロウに送り頷いた……。

 サブロウは、しっかりと意思を受け取った様だ。


 そして最後にスイレンを見ると申し訳無さそうに笑う。


「いつも悪いね、スイレンちゃん」

「仕方無い方ですね、ライ殿は。……どうか御無事で」


 最後に満足気に笑ったライは霧散し消えた。



「………。皆さん、ライ殿は死んだ訳ではありません。ですが、明日には戻らないというのがラカン様の未来視。つまり、後は私達が役目を果たさねばなりません」

「スイレンは……その為に来たのか」

「そうです、クロウマル様。そしてこの先はラカン様の未来視にも無い。我々がやるべきことを果たす番なのです」

「……わかった。では明日、ライが戻らないことを確認し次第行動に移る」

「となると、まず私の話からですな」


 サブロウは自らの役目を皆に伝えた。神羅国第二王女たるカリン姫の意思……事情を知るイオリ以外は皆、その事実に驚きを隠せない。


「……ここでは何だろう。続きは改めて城内で……。その前に用のある方も居られるだろうから、半刻後に集まるように致しませぬかな?カズマサ……貴公も一刻も早く家族に伝えたいだろう。但し、カリン様の件は他言するなよ?」

「あ、ありがとうございます!まだ城下に居る筈ですから伝えて参ります!」


 ドウエツの心遣いに感謝しつつ、カズマサは街の中へと駆け出した。


 同様に、皆ドウエツの勧めに従いそれぞれの目的の為に一度散開することとなる。



 半刻後──雲海城の天守に集った者達こそが、神羅国の真の変革に大きく貢献する存在となる。




「イオリ殿……その方が?」

「はい。彼女は私の教え子にして八十錫やそじゃく領主の娘、ヒナギクです」


 イオリの隣で姿勢正しく座るのは、緑色の和服にメイドに似た可愛らしい前掛けと頭飾りをしている少女。おっとりとした印象のある垂れ目に、ふわりとした長い髪、やや厚めの唇が特徴的だ。


「初めまして、皆様。私は八十錫領主シシンの娘、オサカベ・ヒナギクです。以後お見知り置きを」


 三つ指を着き優雅に頭を下げるヒナギク。カズマサの目はその魅力に釘付けだった……。


(若いな、カズマサよ……顔に出過ぎだ)


 横目でそれを見つつも、気付かぬ素振りでドウエツは続ける。


「シシン殿の御息女とは……しかし何故、雁尾に?」

「逃げて来たのです。望まぬ許嫁との婚姻を進められたので……しかし、私は世間知らず。路頭に迷い掛けた時、イオリ先生に拾われ志瞳館で働くことに……」


 イオリによると、その出会いは自分が久瀬峰に着いて直ぐの話だという。


「教え子と言うのは?」

「私は方術師なのでその弟子を……医療も少しですが教えています。まさか領主の御息女とは知らなかったので……」

「経緯は分かりましたが、ヒナギク殿は本当に雁尾の家臣に?それではシシン殿の立場が……」

「良いのですよ、あんな分からず屋の立場など。それに、イオリ先生のお話を聞いてじっとして居られませんので」

「……わかりました。どうかお頼み申す」

「こちらこそ宜しくお願い致します」


 ドウエツとヒナギクは互いに礼儀を尽くし頭を下げている。


「それで………何の話からにするか……」

「……その前に先ず、私も身を明かさねば失礼だな。私はサクラヅキ・クロウマルと言う」

「サクラヅキ……まさか!久遠国の!?」

「そう……嫡男だ」


 その場の者は一斉に凍り付いた様に固まった。何せ対立国の嫡男……流石に予想外にも程があった。

 但し、サブロウ、イオリはライから事情を聴いて居た為驚く気配はない。


「私は一人の人間としてライの旅に同行を願い出た。世の中を見て学ぶ必要があった。だから私のことは今まで通りに接して欲しい」

「そ、それは……本当に宜しいのですか?」

「オキサト殿……貴公がライと友人になった様に、ライは私の立場を知りつつも友人と言ってくれたのだ。ならば私は、ライの友人として神羅国で動く」

「………わかりました。では、今後も一人の『クロウマル殿』として接しましょう」

「感謝する」


 その日は驚きが凝縮した様な雁尾領。互いの紹介だけでザワめき立つ。続いて驚きを起こしたのはイオリだった……。


「私の姓はコウヅキと言います。元は虎渓こけい領の嫡男……でしたが、今はその地位を捨てた身」

「コウヅキといえば神羅王の妹君アズサ様の嫁ぎ先……まさか貴殿も領主の血筋とは……」

「ええ、事情があって……ですが、確かにこれ程王族や領主血縁が集うというのは少し怖いですね。まさか他にも?」


 チラリと視線を向けられたスイレンは首を振りつつ答える。


「私は確かに王族の血を少し継いでいます。でも王家でも領主の息女でもありません。……ただ」

「ただ……何か?」

「御神楽の使いですからラカン様に取り次ぎは出来ます。必要とあらば、ですが……」

「何と……御神楽の……」


 この場の多くの者は魔人……対象となる者は、御神楽からの誘いを一度受けている。その際、スイレンとは別の使いが動いていた様だが……。


「因みに俺は只の田舎街の長だがな。一応、魔人ではあるが………」

「わ、私などは魔人ですならない田舎兵ですよ。元ですけど……」


 自らの立場が他者と比べ軽いと感じているゲンマとカズマサ。

 しかし、二人とも聖獣、霊獣という特殊な存在に縁近い者……。ある意味、血筋などより遥かに貴重な立場にいることを理解していない。


 そして、この中で最も特殊な存在はサブロウである。


「私はしがない元隠密のジジイですな……確かにカリン様付きではありますが」

「良く言うぜ……アンタがこの中で一番強いのは分かってる。いや……ライの神具無しなら、下手をすれば全員で仕掛けても勝てないだろうな」

「ハッハッハ。それは買い被りだ、ゲンマ殿。この歳のジジイにそんな真似………」


 だが、ゲンマは至って真面目。確かな自信もある。


「ま、良いさ。敵じゃないのも確かだろうし、ライも信用していた様だしな……。で、サブロウ殿。自己紹介も済んだところで本題と行こうか?」

「うむ……では、皆にも聞いて頂こう。カリン様の御意向を……」


 カリンの目的は主に三つ。カリンの味方を増やすこと。そして神羅国内の問題の調査、久遠国との友好。


 そして、それとは別の目的もあったのだという。


「先の三つは神羅国の為だが、最期の一つは個人的なものでな……ある人物を捜していた」

「それは一体誰を?」

「この国随一の精霊使いソガ・ヒョウゴ……だが、探す必要は無くなった」

「何故……?ライから貰った神具ならば直ぐに見付けられるが?」


 クロウマルの仮面には千里眼が付加されている。その気になれば今日中にも面会が叶う筈だ。


「いや……必要無いのだよ、クロウマル殿。カリン様が必要としたのはソガ・ヒョウゴその人ではなく精霊使いの才覚。だが、それは不要になったのだ」

「………それは……『翼神蛇』に関わることですね?」

「流石は御神楽の使いだな、スイレン殿。カリン姫の目的は封印の継ぎ手。だが、ライ殿のお陰で封印そのものが不要になった」


 そこでイオリの脳裏に疑問が浮かぶ。サブロウの言葉通りならば、カリンは翼神蛇の存在、そして封印を知っていたことになる。

 そんなイオリの疑問に気付いたサブロウは、真実を語り始めた。


「……翼神蛇を封じたのは神羅国第二王子、キリノスケ様。その為に寿命を削られ今は死の縁にある。姫はその苦痛からの解放を望んでいた……」

「キリノスケ様が件の精霊使いだったのか?」

「そう。あの方は生まれ付き魔力が高くてな……しかも何故か魔人化せず高い魔力が肉体を蝕む事態になった。そこで精霊達と契約をするに至り、その過程で銀龍と知り合った」


 過剰な魔力を精霊に供給することで、負担を減らし安定させる荒療治……しかし、肉体の疲弊はそれでも激しかったという。


 故に、ある領地で身体を養生していたキリノスケ。精霊の齎した情報で翼神蛇の存在と裏返りを知り、民の為に自ら動き封印を掛けた……というのが一連の流れだとサブロウは語る。


「ライ殿の出現はカリン様からのお役目を一気に消化した。翼神蛇に関してはライ殿に任せるしかないが、神羅国に関わることは大きく解決に進んでいると言える」

「……確かにそうやも知れぬが、この雁尾以外にも問題はあろう?」

「ドウエツ殿のいう通りだが、考えても見て欲しい。カリン様側ではない諸公の一つ雁尾は、カゲノリ様派ではなかった。そこで私は視点を変えることにした」


 カゲノリ派と言われる存在が本当にカゲノリを支持しているのか、と。


 カゲノリは確かに狡猾。様々な手は打っている筈だが、領主達が本心から従っているとは限らない。

 また……カゲノリ派と吹聴されている領地は、実は噂だけで本当は別種の問題を抱えている可能性もある。


 そこでサブロウは、オキサトに頭を下げ協力を願い出る。


「雁尾には臣下をお借りし申し訳無いが、少しだけ力を貸して頂けないでしょうか?」

「それは八十錫領のことだな?」

「はい。血縁が居られるなら内情や本音を探ることが可能かと……勿論、ヒナギク殿の意思を尊重しますが」

「とのことだが、ヒナギク殿はどうだ?」


 オキサトの問いにヒナギクは頷いた。


「私は既にオキサト様の臣下……ヒナギクとお呼びください。そして、遠慮せず命じて頂ければ従います。但し条件がありますが……」

「条件?」

「カズマサ殿を同行させて頂きます」

「え……?お、俺?」


 カズマサは突然の指名に驚いているが満更ではない顔である。


「帰れば必ず婚姻の話で揉めるので、恋人を連れていくことにします。ですが……勘違いしないで下さいね、カズマサ殿?あなたは飽くまで偽の恋人……事情を知り歳が近い神羅の民はあなただけ。だから指名しました」

「………はい」


 ニコニコとしながらも、その言葉は膠もないヒナギク。ションボリしているカズマサに皆が内心『頑張れ、青春!』と応援していたことには気付いていない。


「カズマサはそれで良いか?」

「はい……。これも神羅国の、延いては雁尾の為……頑張ります」

「……ならば認めよう」


 オキサトからの許可も下り、ヒナギク・カズマサの両名は八十錫領へ向かうことに決まった。


 続いて提案をしたのはイオリである。


「サブロウ殿の案、確かに必要ですね……私も一度虎渓領に戻り確認することにしましょう」

「済まぬ、イオリ殿。だが、カリン様の為……是非にお頼み申す」

「大丈夫ですよ、サブロウ殿。これはある意味私の運命かも知れない……過去に向き合う期会はいずれ必要だったので」


 イオリの中にあった心の傷はラカンからの書状で解消している。だからこそ過去と向き合う覚悟が出来たのだが、それもライの存在特性【幸運】の影響であることは誰も知らない。


「私は虎渓領だけでなく西寺塔さいじとう領主にも確認して来ます。領主はかつての友人ですので……」

「それは有り難い。となれば、後はクロウマル殿とカリン様の会談か……お受け下さるか?」

「無論だ。ライは首賭けを止める為にこの国に来た。それは我が父や私の為のもの……神羅の姫との会談が叶うなら、それも大きく前進するだろう。こちらからも是非お願いする」


 サブロウは満足気に頷いた。


 たった一日での大きな変化……。


 それはライの存在特性【幸運】が、雁尾という場所にて複数人同時発動したことに由るもの。久遠国でも飯綱領で似たようなことは起こっていた。


 もっとも……カリンからすれば、数年を掛けて目指した神羅・久遠両王族の念願の会談なのだが……。



「雁尾には負担をお掛けするが……」

「何……雁尾にはドウエツが居る。領民の不安や不満は決闘により解消された。後は民に耳を傾ければ良いのだ。私もドウエツに任せきりではなく自ら学ぶ機会……そうだろう、クロウマル殿?」

「そうだな」


 これで今後の行動は決まった。後はトビとクズハが戻るのを待つばかり。


 そしてその日の夕刻には、カリンとの会談準備を無事取付けた二人が雁尾に帰還を果たす。



 翌日──スイレンが告げた様にライは戻らなかった。だが、一同は己が役割を果たす為に行動を開始した。



 事態は大きなうねりを生みながら神羅国の変革へと動き始める……。



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