第五部 第三章 第十三話 集う龍達


 神羅国・燃灯山の麓───。


 赤龍アサヒの呼び掛けに応じた龍──約二十体が、ディルナーチを救う為に集結。作戦決行を控え顔見せを行っている。

 龍と言っても皆人型に変化している為、傍目からは人の集会にしか見えない。


 だが、判る者には判る大きな力の集結───。


 ディルナーチに於いてのそれは人の畏怖の対象……しかし、だからこそライはその助力に心強さを感じていた。


 そんな龍達の中心でライ、メトラペトラ、そしてアサヒは今後の行動の打ち合わせを行っていた。



「成る程。翼神蛇……アグナが……。だが……」


 そんなことが起こり得るのか?という疑問を見せたのは、齢三十程に見える細身の男。アサヒ同様の絢爛豪華な衣装に身を包んでいる龍の名はクウヤ──緑龍である。


「黄泉人となれば有り得ない話ではないな。あれは異常な存在……三百年前に儂も戦った故に良く分かる」


 そう続いたのは古参らしき者。質素な外見で、どの街にも一人は居そうな老人の姿をした男。赤銅龍……名をユウザンという。


「しかし、コウガの姿が見えないと思ったらそんなことになっておったとはの……面倒なことよな」


 殆どの龍が成人の姿をしている中で幼い少女の姿をしている存在が一人──祭事用の飾りが付いた巫女衣装に身を包んでいる。

 実はディルナーチの龍の中で最古老の存在……名をカグヤという金龍である。


「コウガ様は友であるキリノスケ殿に頼まれたのです。以来数年、ずっと此処に……」

「コウガに惚れておるアサヒが寂しさで大袈裟に騒いだのかと思っておったが、まさか本当に大事になっとったとはの……」

「ちょっ!カグヤ様!そ、そんな、皆の前で!」

「ワハハハ!隠す必要も無かろうに。龍の中でお主の気持ちに気付かぬ輩は居らんぞ?」

「うぅ……」


 カグヤにからかわれ顔を真っ赤にしているアサヒ。ライとメトラペトラは少し脱力した。


「仲良さそうで何よりですね~……」

「ディルナーチの龍は種族別で暮らさぬからのぅ。絶対数もペトランズに比べて少ないから互いの繋がりを重視する。じゃからアサヒの呼び掛けにも応えたのじゃろう」

「ペトランズとは随分違いますね……」

「余裕の問題じゃろうな。ディルナーチで龍に挑む罰当たりは居らんし、龍の身体を宝具にする技術もないからの……その分、仲間を慮る余裕もある」

「結局ペトランズで竜が種別に暮らしてるのは、殆んど人間が悪い訳か……何か考えさせられる話ッス」


 今のライにとっては人もドラゴンも優先する区別はない。寧ろドラゴンの方が行動に道理があるとすら感じている為、申し訳無いという気持ちが沸き上がった。


「ま、ともかくこれだけ団結しているなら任せて大丈夫かな……」

「そうじゃな」


 そう安堵したのも束の間……緑龍クウヤがライに近寄り睨みを利かせる。


「俺は貴様ら人の頼みを聞く訳ではない。それどころか此処に居られるだけで不快だ……大聖霊様の弟子でなければ消し飛ばしてやりたいところだがな」

「クウヤ!ライ殿に失礼よ!」

「何が失礼だというのだ、アサヒよ?そもそも黄泉人は人間の不始末だ。何故我々が力を貸さねばならんのだ?不愉快極まる!」

「呼び掛けに応えて於いて不満を口にするなら、来なければ良かったじゃない……」

「フン……俺は龍の呼び掛けと大聖霊様には従う。だが、この場にいる貴様は気に入らん」


 今更そんな文句を言われても困るのだが、ライは笑顔で我慢している。


「スミマセンね……でも、存在は変えられないんですよ。生まれ変わる訳にもいかないでしょ?」

「何だと……?」


 ライの胸ぐらを掴み引き寄せるクウヤ。しかし、やはりライは動じない。それが尚更気に入らないクウヤは、服を掴む手に力が入る。


 が、次の瞬間……金龍カグヤがクウヤの頭を扇子で張り倒した。


「バカモノめ!アサヒが言ったことを忘れたのか?『この地に生きる全ての者の為』……つまり、龍だ人だと言っている場合ではないわ!」

「し、しかし、カグヤ様……」

「それに、大聖霊の弟子たるライ殿はペトランズの勇者。ディルナーチに住まう我らは、力を借りる立場であると分からんのか?」

「そ……それは……」

「分かったら無駄口叩くで無い。嫌なら帰れ、手伝うなら余計な騒ぎは起こすな、良いな?」

「わ、わかりました……」


 幼女に叱り飛ばされる三十代の男というのは中々シュールな光景だった……。

 そんなカグヤは、ライの前に歩み出て深々と頭を下げる。


「済まんのぅ、ライ殿……。妾の顔に免じて許してたも」

「いや……大丈夫ですから頭を上げて下さい。クウヤさんの言い分は間違ってはないですし、気持ちも理解は出来ますから」

「……そう言ってくれると有り難い。しかし……まさか人嫌いのお主に人の弟子が出来るとは思わなんだぞ、メトラペトラよ?」

「まぁのぅ……ワシ自身も驚いてはおるが満足もしておるぞよ、カグヤよ」


 何処か親しげなメトラペトラとカグヤ。メトラペトラはディルナーチ側に知己が多い気がする。


「お二人は知り合いなんですか?」

「まあ、腐れ縁という奴じゃな……此奴とは、かれこれ千五百年近い付き合いよ。ここ三百年はご無沙汰じゃったかの……?」

「ほへぇ……千五百年ですか……。これまた長いですね……」

「時にライよ……この国の龍はディルナーチと姿が違うと思わなんだかぇ?」

「確かに気になってはいましたけど……何か理由が?」


 カグヤはパサリと扇子を開くと自らを軽く扇ぐ。


「それは妾から説明しよう。龍達が各地の龍脈の配置に付くにはまだ間がある故な」


 カグヤは【竜】と【龍】の違いを語り始めた。


「妾達……つまり【龍】は元々この世界の存在ではない。異界より渡りし存在」

「それって、百鬼一族と同じ……」

「そう。そして妾は異界からこの世界に初めて渡って来た【龍】……。まだ魔法王国があった時代よな」


 今から千五百年程前……異界の通路が開いた際、カグヤは偶発的にそこを通ってロウド世界にやって来た。当時、十数体の龍が同様に異世界を渡ったという。


「妾達はこの世界の外から来た異物。始めは争いを避けながら安住の地を探して居ったが、ある時天使が現れて神の元に招かれた」

「当時の神はアーヴィーンじゃったの……」


 アーヴィーンは人の世界に魔法という智識を齎したとされる神。そして、魔法王国クレミラの傲慢さ・愚かさに嘆き【天の裁き】を下した神でもある。


「アーヴィーン様は異界から現れた妾達の事情を聞いた後、この世界の竜について説明をしてくださった。その上で妾達をドラゴン族として迎える提案まで……それ以降、我ら【龍】はこの世界の【竜】同様に魂の循環に組み込まれることとなった」


 ドラゴン族は、一部例外を除き死後慈母竜に魂を回収される。回収された魂は一度【竜の繭】と呼ばれる空間に安置され、そこで卵となる日を待つ。

 神・アーヴィーンは【竜】と【龍】、二つの繭を用意しカグヤ達を迎え入れたのだそうだ。


「?……それだと【龍】の数が合わないんじゃ……あ、もしかして異界から更に?」

「それもある……が、始めは龍同士で子を成せた。だから【龍】は割りと数が増え、それから転生の理に加わったのだ。以来、龍同士は子を成すことはない。今、龍の子を成せるのは妾くらいだの」

「何でカグヤさんだけ……」

「妾は世界を渡って以来一度も転生しておらん。繭の輪廻に入るのは一度死した後……つまり妾は最初の身体のままなのだ。もっとも、これ以上龍の数を増やす訳にはいかんので龍と契り子は成せんが……」


 カグヤの言葉にニマニマと笑みを浮かべて見えるメトラペトラ。


「要は『行かず後家』という奴じゃな」

「吐かせ、万年ネコババァ」

「何じゃと?ババアが若作りしとる分際で」

「何だとぉ?」


 互いをババア呼ばわりするメトラペトラとカグヤ。

 しかし、端から見れば巫女幼女と猫が戯れている姿にしか見えない。ライは思わずホッコリとしている。


「何笑っとるんじゃ~!ライ、テメコノヤロウ!」

「いやぁ……仲良いなぁと。メトラ師匠にもババア友達がいたんですね……。……あれ?何か涙出てきた……」

「くっ!ワシは!ワシは断じてボッチでは無いぞよぉぉっ!」

「それより、ババア友達とは何気に失礼な……」


 ギャアギャアと喚く大聖霊、金龍、そして痴れ者勇者……周囲の龍達は若干呆れている。


「……カグヤ様も甘い」

「まだ言ってるの、クウヤ?ライ殿は仮にも大聖霊様の愛弟子。それに……」

「何が言いたい、アサヒ?」

「あなたは気付かないの?ライ殿はこれからアグナ様と戦おうと……いえ、救おうとしている。そんな途方もない話なのに、メトラペトラ様もカグヤ様も止めようとしていない」

「……………」

「少なくとも私は、コウガ様を救おうとしているライ殿を信じるわ。あなたがどうでも、大地を抑えないとライ殿に対しても申し訳が立たない」

「……フン。言われるまでもない。この大地は“ 我らの大地 ”だ。だが、アグナを抑えられねば努力も水泡に帰す……あんな奴にそれが出来るとは思えんがな」


 頑なにライを否定するクウヤ。それを見たユウザンは呆れたように首を振った。


「いい加減にせんか、クウヤ。そもそもこの話の始まりはコウガだと忘れたか?ここ数年という短さ故に誰も取り合わなかったアサヒの言葉を、唯一真剣に受け取ったのがライ殿……寧ろ我々は仲間を救って貰う立場だ。怒りを向けるのは筋が違う」

「元は人間から頼まれたのだろう?ユウザン殿まで奴の肩を持つのか?」

「それを承諾したのはコウガだ。クウヤよ……お主は少し人を下に見過ぎている。それは大きな思い違いだぞ?」

「人は龍より下等……違うとでも?」


 ユウザンは再び首を振り溜め息を吐いた。叱り付ける訳でもなく、若者を諭すようにユウザンは言葉を繋ぐ。


「人は確かにか弱い……そして、愚かな面もある。だが、決して下等ではない。儂はそれをずっと見てきたのだ……。繋がりの強さや他者への慈しみ。思考や研鑽で非力を克服する努力……いずれも我ら龍には足りぬもの。違うか?」

「それらは我らには不要のもの。下等故のものだ」

「そうか?では、人がその努力で我等の力を上回ってもか?」

「何……?」


 不快な顔を浮かべたクウヤ。しかし、ユウザンは諭すような口調で続ける。


「人は研鑽の末、我等すら越える技を編み出している。それにライ殿の力……気付かぬか?」

「奴の力だと?一体何の話を……」

「……気付かぬなら良い。直ぐに分かるだろうからな。せめて邪魔はせぬよう心懸けることだ」

「……俺は俺がやるべきことをやる」

「今はそれで良かろう。我等は大地の安定を託された……今はそれで、な」


 勿論、その会話は離れたライにも聞こえている。


(理解されなくても嫌われても良いよ。役目を果たしてくれるだけで助かるから……)


 と、そんなことを考えていたのだが………。


「済まぬ、ライ殿。龍とはどうも気位が高くての……」

「カグヤさんが謝ることじゃありませんよ。クウヤさんには何か気に入らない理由があるんでしょう。それでも役割を果たしてくれるんだから、感謝しても憎みはしませんて」


 ライの言葉を聞いたカグヤは、トトッとライの前に駆け寄りマジマジと顔を見上げている。


「ふむ……改めて見ると良い男だのぅ。メトラペトラ。妾にくれ」

「やらんわ!全く……何を言い出すかと思うたら、発情期か!」


 シャーッ!と威嚇するメトラペトラ。しかし……カグヤは予想外に食い下がる。


「妾も寂しいのだ。そろそろ子も欲しいし……どうだ、ライ殿?妾と契らんか?」

「い、いきなり何の話ですか?」

「ほら……龍は人との間ならば子を産んでも輪廻の理を乱さぬ。家族が出来れば妾も落ち着くしの……実は妾、尽くす女だぞ?」

「えぇ~……さ、流石に幼女に手を出したら犯罪ですよ?」

「何だ、そんなことか。妾は少し特殊な龍でな……老いというものが無いのよ。この姿がダメならば、こうすればよい」


 カグヤは身体から輝きを放つとニョキニョキと成長を果たし、豊満な身体つきをした大人の美女へと変身を遂げる。巫女服の胸元がはだけ胸が溢れそうだ。

 これから大事に挑む筈の残念勇者の視線は、その谷間に釘付けだ!


「お、おぉ……!」

「どうだ?妾の伴侶になれば、この身体……好きにして良いのだぞ?」

「お、俺の心を……俺の心を惑わす憎い乳が!乳が俺の目の前にぃぃっ!」

「ホレホレ!何なら試しに少しばかり触ってみるか?んん?」

「い、良いのぉ?本当にぃ~?」

「やめんか、馬鹿者共め!」

「ぐあぁぁっ!!」

「ギャアァッ!!」


 メトラペトラのネコスラッシュが二人に炸裂。ライとカグヤは仲良く大地をのたくり回っている。


「これから生死を賭けることになるじゃろうに、何を色気付いておるんじゃ」


 呆れて溜め息を吐くメトラペトラ。すっかり元の幼女に戻ったカグヤの顔は既に爪痕が消えている。カグヤも自動回復持ちなのだ。


「冗談よ、冗談……。妾は少しでも緊張をほぐそうと……」

「緊張はほぐれたかもしれん!が、アヤツを見てみよ!」


 メトラペトラが尻尾で指し示した先には、跪き宙空で何かを揉む仕草の残念な男の姿が……。


「お……おぉ……何とまぁ……残念な……」

「骨抜きにしてどうするんじゃ、骨抜きにして……」

「フッフッフ……どうだ?妾の魅力、凄いだろ?」

「くっ……此奴も痴れ者の類じゃったか!」


 自慢気なカグヤ。が、ライは突然スクリと立ち上りカグヤに向かい合う。


「ざ、ざざざ残念ですが………俺には先に約束が……好きと言ってくれた娘が……いるんです。答えを出さないとカグヤさんにも答えられない………ざ、残念な……非常に残念……乳……ザンネン……ザンネン………ザザサ……ザン……」


 壊れた様に残念を連呼する残念な勇者……その目と鼻からは血がダクダクと流れている。


「ち、血の涙まで流しておるぞ、メトラペトラ……?」

「此奴は助平だからの。迂闊に誘惑するとこうなるんじゃ」

「……………」


 既に一度、無人島にて元魔王エイルに骨抜きにされているライ。エロに対する耐久値が上昇するどころか、めっきり下がっていた……。


「と、ともかくじゃ!そろそろ気を引き締めよ。今回は相手が相手……特にカグヤよ。ライが大地を気にする様なことがあると翼神蛇に敗れかねん。良いな?」

「仕方無い……ライ殿を誘惑するのは役目の後にするかの」

「まだ諦めとらんのか……仕方無いのぉ……」


 メトラペトラに何やらボソボソと耳打ちされたカグヤは、パッと明るい表情を浮かべた。


「それは……本気か?」

「うむ。ライは拒むやもしれんが、そこはワシが何とか説得するつもりじゃ。この世界にとっても皆にとってもそれが必要じゃと思う。お主がそれで良ければ、じゃがの?」

「むむむ……成る程のぅ。相分かった!ならば、その時まで気長に待つとしよう……。頼んだぞ、老獪ネコババァ」

「安心せい、発情ドラゴンババァよ」


 ワッハッハと豪快に笑うメトラペトラとカグヤ。その声で我に返ったライは、仲の良いネコと幼女を見て再びホッコリとする。

 当然、その笑いの裏にある企み事など知る由もない……。



 それから間もなく、各地の龍達からカグヤの元へ準備完了の念話が届く。


 そして……勇者と龍──それぞれの役目を果たす為に、行動を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る