第五部 第三章 第十四話 対決・翼神蛇①


 ディルナーチ各地の龍達より準備完了の報せがカグヤの元に届く。


 カグヤは龍脈を通し龍達から声を聞く術を持ち合わせていた。伊達に千五百年以上存在していない、と自慢気に語る。


「各地に配置した龍達は地脈に干渉し大地の暴走を抑える。赤龍と赤銅龍は『火』と『地』に特化しておるから火山の活動と地の異常を抑制する。緑龍は『風』により周囲への被害を抑えよ。良いな?」

「哈っ!我ら龍の誇りに賭けて!!」


 集った龍達、そして各地の龍の返事を確認したカグヤは、ライに向き直り改めて頭を下げた。


「ディルナーチ大陸を御頼み申す……ライ殿、どうか御無事で」

「こちらこそ宜しくお願いします。皆さんも御無事で」


 メトラペトラを頭に乗せたライは燃灯山火口部へと向かった。



「コウガさん、聞こえますか?準備が整いました」

『ライ殿か……分かった。一先ず火山を利用した封印だけを解く』


 キリノスケから精霊使用の代理権限を与えられているコウガ。火口部に煮え滾る熔岩の中から光球に包まれた銀龍が浮かび上がる。

 銀龍は光球の中にあるもう一つの黒い玉に絡み付いていた。


『これで良いだろうか?』

「充分じゃ。では、一度上空に向かうぞよ?」


 メトラペトラの如意顕界法 《心移鏡》──火口の光球はかなり巨大な為、《心移鏡》も大きく展開しなければならない。


「大丈夫ですか、メトラ師匠?」

「問題ない。では行くぞよ!」


 発生した二つの《心移鏡》は、瞬時にライ達とコウガを飲み込み地上より姿を消した。


 と、同時にカグヤから凛とした指揮が轟く。それは先程までの様子とはまるで違い、最上位龍の威厳に満ちていた。


「さぁ!我らの出番だ!龍の力と心意気、大陸全土に見せ付けよ!!」

「うおぉぉぉ!!」


 龍達は己が役割の為死力を尽くすだろう。それを確信したカグヤは、上空に視線を向け心の中で祈る。


(地上は任せよ。頼むぞ、ライ殿。メトラペトラ……)




 一方……上空に移動したライ達はいよいよの戦闘準備へと移る。メトラペトラは改めて作戦の確認を始めた。


「今回はワシが助力する。結界内に閉じ込めたらワシの意思でしか出ることは出来ぬ。結界は消滅結界じゃ。概念構築で固定するものじゃから、対象の区別は出来ぬ……つまり」

「俺も触れるとヤバイ訳ですね?」

「即時全て消滅する様なものではないがの。まあ、超高熱の網みたいなものと心得よ。それと、一つ重要なことを言っておくぞよ?もし、お主が死にそうになった場合……ワシは躊躇わず翼神蛇を消滅させる。良いな……?」

「……わかりました。でも、お願いですからギリギリまで待ってください」

「………」


 メトラペトラの優しさを理解している今、我が儘を通すのは限界がある。無謀続きのライといえど、その程度の認識は持ち合わせていた。


「基本ワシは結界の維持に努めるが、相手は巨体……しかも戦いの空間も確保せねばならぬ。かなり巨大な結界になる故に、今のワシでは維持に限界があるじゃろう」


 維持出来て一日……メトラペトラはそう期間を区切った。


「わかりました。……それじゃ、今からカブト先輩とマーデラを喚び出してメトラ師匠のサポートに回します」


 左右の腕の紋章使用による召喚。現れたのはカブト先輩こと最上位精霊『黄金光おうごんこう蟲皇之尊ちゅうおうのみこと』と、人魚型中位聖獣『マーデラ』である。


「カブト先輩」

(事情は把握している。トキサダにも伝えてある故、安心せよ)

「流石はカブト先輩……マーデラ、頼みがある。受けてくれるか?」

『わかりました。何なりと……』

「マーデラにはメトラ師匠の補助を頼む。疲弊や魔力の回復を……カブト先輩にはメトラ師匠やマーデラの守りをお願いします」


 蟲皇、マーデラ共に承知の意を示しメトラペトラの隣に移動した。


「……無理をするでないぞ?と言っても聞かんか。ならばとくとやり遂げて見せよ!」

「押忍!師匠、頼みます!」

「行くぞよ!」


 銀龍を包む光球を巨大な正方形結界が包む。同時に銀龍は自らの結界である光球を解除し《心移鏡》の中へと身を投じた。入れ替わる様にライは結界の中へと出現を果たす。


 メトラペトラの背後に現れた銀龍コウガは、加勢を嘆願する。


「私も力をお貸ししたい」

「要らん。お主は疲弊状態じゃろう?どうしてもと言うなら下の龍達を手助けせよ。龍は皆、誇りを賭けておるぞ?」

「……承知しました。では」


 下降して行くコウガを見送るメトラペトラは、ようやく準備が整ったと気合いを入れ直した。



 結界の中……黒い玉は崩れるように消えて行く。中から現れたのは鮮やかな緑色の巨体を持つ蛇──とぐろを巻いたその背中には大きな翼が一対。翼は先に向かうほど緑から赤へとグラデーションになっている。

 額に当たる部位には半透明の黒い宝玉……それは本来、翼神蛇のものではない。


(あれが黄泉人……)


 目を凝らせば宝玉の中、僅かに人影らしきものが確認出来る。



 この時点でライが優先すべきことは、宝玉を翼神蛇から引き剥がすこと。しかし、決してそれが容易でないことは翼神蛇から放たれる魔力で嫌という程理解させられた。



「お~い!言葉が分かるなら黄泉人から解放する手助けをするぞ?どうだ?」


 お馴染みの意思確認を行うライに対し、身体を起こし翼を広げた翼神蛇は甲高い悲鳴を上げた。


「ぐっ!耳が……!」


 続いてその長き身体を使いを叩き伏せる行動を開始。が、思ったより動きが鈍い。ライに迫る尾は尽く当たらない。


(……?何だ?動きが鈍いぞ?)


 やがてその考えは間違いだと気付く。尾を振った空間には大量の植物の種が飛散していたのだ。

 種は翼神蛇の魔力を受け急激に成長。次々にライへと襲い掛かりつつ空間を狭めて行く。


「くっ……!だけど、植物程度なら……」


 纏装を吸収属性で展開。同時に火炎属性魔法 《千輪火刃》を発動……。


 《千輪火刃》は炎焦鞭を輪の形に形成し、放ち操る魔法。その数、凡そ千……それを自動、任意の両方で操る。

 加えて、最上位火炎属性魔法 《金烏滅己》の自動追尾の発動。発生した植物は瞬く間に炭化し崩れ落ちた。


 出し惜しみしている場合ではない相手……ライは始めから全力で行動を始める。



『まずは及第点かのぅ……ライよ、油断するでないぞよ?其奴の力は植物、大地、太陽の具現じゃ。大地から離れているとはいえ、何を仕掛けてくるか想像が付かぬ』

「了解です」


 念話による互いの意思疎通を確保したまま戦いは続く。


 ライは自律思考分身を一体発生させ《千輪火刃》と《金烏滅己》の操作を預けた。


 そして本体は新たに魔法を構築。使用したのは風・氷結融合圧縮魔法 《氷龍乱舞》──。

 氷竜シルヴィーネルの使用した《アイストルネード》を参考とし編み出した魔法の渦は、尾の先から飲み込むように翼神蛇の身体を昇って行く。


 渦に飲み込まれた身体は瞬時に氷結……その渦が翼付近まで昇った時、翼神蛇は翼を激しく羽ばたかせた。


「くっ!今度乱気流かよ……だが!」


 無論、その程度では《氷龍乱舞》は打ち消せない。融合魔法の圧縮の威力は神格魔法に匹敵するのだ。

 それに気付いた翼神蛇は、口を大きく開き巨大な光球を吐き出すと自らの身体ごと魔法を消し飛ばした。


「なっ!」

『まさか自らの身体ごととはのぅ……じゃが奴も自動再生・回復持ちじゃ。自らの身体限定じゃが、喪失すら再生する』

「じゃあ、どうやって止めれば……」

『魔力を削りまくるしかあるまいの……。となると、厄介なのはやはり黄泉人よ。あれは魔力供給までしておる様じゃ』

「……やっぱり切り離してから戦うのが最善ですか」

『じゃが、そうなると二体同時に相手をせねばならぬ……出来るかぇ?』


 メトラペトラの言葉通り翼神蛇はみるみる身体を再生させてゆく。その速度は尋常ならざるものだった。


「とんでもねぇ……」

『頭を吹き飛ばさん限りは死なぬじゃろうな……じゃが、やらんのじゃろ?』

「………出来れば殺したくないんですよ。神様も何か願いがあって力を切り分けたんでしょうし」

『願い……か』


 メトラペトラは大聖霊という存在の意味を考える。創世神ラールは大聖霊達にどんな願いを込めたのか……ふと知りたくなった。


『のぅ、ライよ……大聖霊にはどんな願いが込められておるかのぅ?』

「大聖霊への願い……ですか?それは流石に……でも……」

『何じゃ?』

「神の願いがどうでも……いや、神の願いなんて関係無い。俺にとってメトラ師匠やフェルミナは大事な家族だ。居てくれることに意味がある。意味がないなんて言う奴が、居たら例え神でもぶん殴る」

『………今度は“ ぶん殴る ”かぇ?』

「今なら少しは通じませんか?」

『……お主なんぞじゃよ。じゃが……フッフッ……ハッハッハ!』



 ライが強さを求めるに当り不可欠だったメトラペトラは、今では大事な家族。それはフェルミナも同様で、常に紋章を通じて感じている温もりは掛け替えの無いものだ。


 そしてそれは、メトラペトラやフェルミナにとっても同様。今やライが居ることに己の意味を感じている。


『ククク……神の一部につまづいている様では、神自身に拳など届かんぞよ?』

「なら……先ずは神の一部を越えて見せる!」


 メトラペトラとの会話の間も翼神蛇は絶えず攻撃を続けている。


 翼による突風に加え羽根が刃となり降り注ぎ、植物の種が再び散った末に成長した樹が毒の花粉を撒き散らす。

 それらを躱し、吸収し、反撃に転ずる。今のライは会話で意識を割いたとしても些細な問題にもならない。


 だが……次の翼神蛇の攻撃には少しばかり余裕を失うことになった。



 尻尾を振り植物の種を撒き散らしていた翼神蛇は、いつの間にか植物を飛ばすことを止めていた。代わりに撒き散らしたのは結晶体……小さな水晶だった。


 結晶がライを取り囲み浮遊する様配置した翼神蛇は、再び口から光球を放つ。光球は結晶により乱反射、避けようの無い拡散型光線が多角的にライへと迫る。

 その速度に反応し回避することは不可能。分身が消し飛ばされたことから判るように、まともに受ければその身を焼かれていただろう。


 幸いライが展開していたのは吸収纏装……殆どの光を魔力として吸収する。

 しかし……その圧力で全てを吸収することは叶わず、服と肌の一部が焼かれ吹き飛ばされた。


「ぐぅっ……!吸収を上回る圧力かよ……。全てを吸収する前に攻撃が通り抜けてきた」


 そう愚痴る間にも尾による強襲……纏装が解けた状態でまともに受けてしまい、刃のような鱗でガリガリと切りつけられ叩き飛ばされた。

 勢いよく飛んだ先はメトラペトラの結界。辛うじて衝突を回避したと安堵した瞬間、突風と羽根が襲う。


 即事【黒身套】を展開し羽を防御したが、ライはその衝撃と突風で結界へと押し付けられてしまう……。


「グアァァァァッ!!」

『ライ!?』


 一瞬結界を緩めかけたメトラペトラ……だが、ライは歯を食い縛り叫ぶ。


「駄目だ!師匠!俺は大丈夫だから……!」

『くっ……!』


 幸い咄嗟に張った【黒身套】のお陰でライの背中の傷は浅い。しかし、メトラペトラの消滅は概念からの使用……ライの自動回復が発動するも、背中の傷だけはいつもより随分と遅い。回復魔法を追加し、ようやく傷は塞がった。


「……初めて消滅を食らったけど、回復が鈍い」

『結界の種を変えるかぇ?』

「いえ……消滅以外だと逃げられそうな気がします。現にあの一瞬、翼神蛇は結界の様子を窺っていた。俺をぶつけて結界を消そうとしやがって……」

『……やれるか、ライよ?』

「魔力は常に補充出来るから戦い方次第……救いは翼神蛇に冷静な思考がないことですね。対して問題は、メトラ師匠の言った様に額の黄泉人……何であれは魔力をあんなに持ってるんだ……」


 翼神蛇に常に補充されている魔力は黄泉人からのもの。しかし、補充の量が余りに尋常ではない。


『……恐らくじゃが、内在魔力ではなく魔力を常に生産する能力を有しておるのじゃろう。観察している限り最大値は一定じゃ』

「魔力の無限補充……仕方無い。やっぱり切り離しが優先ですね」

『出来るかぇ?現状、近付くことすら出来ておらぬのに……』

「出来ますよ。ここからはペース配分も無視します……後を考えていては駄目な相手と理解しました。だから、まだ研鑽途中の術も使います」


 久遠国でのここ数ヵ月は剣技中心に研鑽を行っていた。故に魔法の研鑽は少数……しかし、決して欠かしていた訳ではない。

 それは持ち前の魔法を更に突き詰めたもの。いきなりの実戦投入に不安はあれど、この場にては最適と考えていた。


 翼神蛇との戦いはまだ終わらない……。


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