第五部 第三章 第十五話 対決・翼神蛇②


 翼神蛇との戦いは未だ有利には進まない。


 そんな中、遂にライは短期決戦に切り替え余力すらも捨てる覚悟を決めた。

 それはつまり、【黄泉人】への対応は後回しにすることを意味する。


 そうしなければ抑えられない……力を増したライですらそう判断するしかない程に翼神蛇は脅威だった……。


「翼神蛇は自動再生持ち、攻撃も大体把握した。後は俺の体力が尽きるか、相手の体力が尽きるか……」

「……ワシとの約束、忘れるでないぞよ?」

「師匠に翼神蛇は殺させませんよ……そんな辛い役目、任せるつもりはない」


 対象は違えど神の眷族……存在として同類であるメトラペトラと翼神蛇が殺し合うのは忍びない。それがライの本音だ。


「今から下準備に入ります。少し集中しますので……」

「わかった……抜かるでないぞよ!」

「わかりました」


 念話を切ったライは分身を発生させた後、半精霊体化を行う。分身の数、凡そ五十……その半数が攻撃役として【消滅属性纏装】を構築している。

 更に《千輪火刃》を発動した分身達は、結界内を縦横無尽に飛び回る。翼神蛇の身体を貫き、無尽蔵に生まれる植物を灰に変え、空間内に漂う水晶を尽く消し去った。


 加えて、残された半数の分身達は最大魔力の魔法をライ本体に向け放つ。

 法則矛盾の吸収──それを幾度も繰り返し【チャクラ】の魔力貯蔵量をも充たす魔力を宿すが、吸収を止めない。


 そうして最終的に一体の分身を残し、全てを吸収し続けたライは限界を越える魔力を宿した。


(ライめ……何という無茶を……。無理矢理魔力許容量を引き上げおったわ……)


 魔力切れの都度、分身補充するのは時間的にも非効率的。何より補充の際には隙を生む。

 ならば、一度の行動で使える魔力を増やせばよい……考えるのは簡単だが、ライ自身の負担は非常に重く片目が内出血を起こし赤く染まり血の涙が流れている。


 そんな状態を気にも止めず、ライは早速新たな魔法の構築を始めた。



 時空間魔法 《神速陣》。そしてもう一つ、時空間魔法 《混沌陣》──。



 《神速陣》は《加速陣》を幾重にも重ね凝縮した魔法。その速度には【黒身套】か半精霊体の身体でなければ耐久出来ない。

 しかし、今のライは不馴れな魔法故に黒身套を解除し集中せねばならなかった……。


 そして《混沌陣》は《加速陣》と《減速陣》、反発する二つの魔法を強制的に重ねたもの。


 ライの右掌に浮いている黒球が対象に触れた時、相手は加速と減速を不規則に繰り返す不安定な空間に閉じ込められることになる。

 当然魔法式や魔力展開を阻害されるだけでなく意識や感覚全てを狂わせる強力な術だ。


 かつて魔王アムドとの戦いで受けた感覚を狂わせる神格魔法 《現崩世界》をイメージして編み出した劣化版だが、この場ではかなり有効となるだろう。



 最初に仕掛けた分身達は【消滅纏装】のまま翼神蛇に突撃をかけその身体を虫食いだらけに削って行く。

 【消滅】が回復を遅らせることは先程身を以て学んだこと。これで翼神蛇は回復による最低限の隙が生まれる。

 それでも……弱らせるのにかなりの時間を要してしまった。


 着実に削られ足掻く翼神蛇……乱れ交う風や羽根の中を、ライ本体は残像すら残さぬ速度で移動する。

 《神速陣》の速度が余りに速すぎて調整に苦戦しながらも、戦闘開始以来初めて翼神蛇の頭部頭上への移動に成功した。


「ちっとばかり我慢しろよっ!」


 再び神速移動で下降し左拳で力の限り翼神蛇を殴り付けた。場所は額の黒い宝玉……が、生身の拳では精々ヒビを入れるのが精一杯。


「クッソ……なら、これで……」


 宝玉に手を掛け無理矢理に引き剥がしを試みると翼神蛇は甲高い悲鳴を上げた。

 音波攻撃により鼓膜が破れライの耳から血が流れ出すが、手を休めることはない。


 しかし───。


 黒い宝玉が黒い霧を放ちライの手を黒く蝕み始めた為、堪らず離脱……やがてライは最終手段に打って出る。


「……痛いだろうが我慢してくれよ?」


 ライが背負う炎と氷の翼を集約した消滅の刃……それを左手に展開し翼神蛇の肉体ごと宝玉を分断。同時に、宝玉に向け右手で維持していた《混沌陣》を打ち込んだ。


 翼神蛇と黄泉人の分断……それを確認したライは《混沌陣》を蹴り飛ばし、待機していた一体の分身へと受け渡す。


「ほっ!やりおったわ!」


 メトラペトラはそれを確認すると、分身と共に黄泉人を小さな消滅結界へと移し代える。ライの思惑は念話による意志疎通など無くとも通じていた。


「うっし!さぁて……これで一対一だ。我慢比べと行こうか?」


 一瞬動きを止めた翼神蛇は再び攻撃体制に移行。今度は口から光球を五つ発生させる。その全てが輝きを放ち膨大な熱量を発した。


「ぐっ!熱っちぃ!ヤロウ……先刻まで手を抜いてやがったな?」


 太陽の具現化……植物を育成する為に宿したであろうその力は、攻撃に利用され猛烈な熱波を拡げて行く。

 恐らくその力で黄泉人までも被害を受ける為、先程までは熱源を絞り使用していたのだろうとライは判断した。


 分身が耐久限界に至る前に【吸収属性】纏装へと変化させ、ライはひたすら守りに転じる。分身達は本体を熱から守るように配置し吸収を続けている。

 更に、分身達から魔力を吸収し続けたライ……半刻以上もの間太陽の具現に焼かれ続けその分身を全て消滅させられながらも、【吸収】を続け堪え抜いた。


 結果……それまでより更に大きく魔力限界を引き上げた反動で、身体中の血管が浮かび上がり異様に脈打つこととなる。


 対して翼神蛇は、力を使い果たしたのか力の放出が弱まり始めた。違和感を感じたライは再びメトラペトラとの念話を繋ぐ。


「メトラ師匠……おかしくないですか、今の」

「うむ。………どうやらお主が言ったことが正解じゃった様じゃな」


 神の力の一部を持つ翼神蛇は完全に乗っ取られてはいない。今のは自ら魔力を全て消費し討たれるつもりだった様に感じる……。

 とはいえ危うく灰になり掛けたが、あれでも加減していた可能性もある。


 ならば──ライのやるべきことは一つ。


「今からお前を引き戻す!諦めんな!」


 黄泉人が食い込んでいた位置に取り付いたライは、過剰な程の魔力を聖属性に変化。魔力が空に近い翼神蛇の中へと一気に流し込んだ。

 始めは抵抗した翼神蛇──やがて大人しくなり魔力の大量流入を受け入れる。それからしばし……光を放ち始めた翼神蛇は、大きく翼を広げ優しく鳴いた。


 翼神蛇アグナは今、魔獣たる軛から解放された。それを悟ったメトラペトラは巨大な結界を解除し翼神蛇へと接近して行く。



『感謝する、勇者……そして大聖霊メトラペトラよ』

「正気に戻ったかぇ、アグナよ?」

『迷惑を掛けた……まさか戻れるとは思わなかった……』

「ワシの弟子は、ちとおかしいのよ……のう?」


 アグナの頭上にて胡座をかきへたり込んだライは、力無く手を振っている。軽口を叩く余裕すら無いようだ。


「アグナ……一体何があった?お主程の者が遅れを取るなど……」

『相手が、いや、相性が悪かった……あの黄泉人は我が力でも振り払えぬ存在……』

「何じゃと……?そんな存在など……」


 居ない訳ではない……が、黄泉人ではない。そもそも、黄泉人がそうそう居る訳もないのだ。


『あれは【火鳳】だ……』

「火鳳!火の鳥かぇ!?」

『そうだ……火の鳥を宿した女の成れの果て。何度払っても復活し、具現太陽で焼き払うことも出来ぬ』

「むむむ……確かに相性が悪いのぅ」


 火の鳥に太陽の具現は効かず、植物は焼き払われる。額に張り付かれた黄泉人を大地の力で宝玉に閉じ込めたは良いが、瞬く間に侵食され自由を奪われたのだそうだ。


「具現太陽を加減したのは本能で黄泉人に抵抗していた故か……じゃが、最後は何故本気を出した?」

『恥ずかしながら疲弊で一瞬意識が途切れた。我に戻ったのは魔力放出後……』

「……つ、つまり只の偶然か……考えてみれば魔獣にそんな判断付かぬわな」


 つまり……アグナが抵抗している風に感じたのは希望的観測に過ぎなかった、ということらしい。魔力が空になるまで放出を行ったのは本当に偶然……結果。


「俺、本当に死に掛けた訳か……危っねぇ……」


 ライは掠れた声でフラフラと立ち上がる。全身の虚脱感と頭痛は魔力限界を繰り返したが故か……血管は正常に戻っているが目の出血はそのままだ。


『済まぬ。だが、声は聞こえていた……あの呼び掛けがあったからこそ我は意識を取り戻せたと言える』

「ん……確かに最後に抵抗少なかったのは助かったよ。もう一戦残っているし」

『!!……まさか、そんな状態で黄泉人と戦うつもりか?』

「そうだよ?あれを放置しておく訳には行かないでしょ?そこで聞きたいんだけど、黄泉人を元に戻す術は無いのか?」


 既に黄泉人からの救出に意識を向けているライ。アグナの頭上で絞り出すように分身を発生させ、法則矛盾の魔力回復を繰り返し始めた。


 翼神蛇アグナはメトラペトラに視線を向けるが、ただ肩を竦めるばかりだ。


「言い出したら聞かん。止めても無駄じゃ」

『…………ならば一つ忠告だ。火鳳は先程の我の様に魔力を空にすることは不可能。自動で魔力回復を行える。それでも……もし行うのであれば、回復を上回る吸収と一瞬で流し込む魔力が居る。が、やはりその前に魔獣と人を切り離す必要があるだろうが……その術がない』

「御魂宿しは稀少……その中でも黄泉人化自体三例しか無い。当然、人に戻すなど不可能……じゃな」


 話を聞きながら回復魔法 《無限華・大輪》を発動したライは、メトラペトラ、アグナ諸共に自らを回復させる。頭痛だけは抜けないが、体力・魔力は全快を果たした。


『我の負傷まで回復させては疲弊が溜まるだろう……何故……』

「ついでだよ。アグナを解放したから取り敢えず危険は減った。カブト先輩とマーデラは帰還して良いよ」


 承諾した蟲皇とマーデラはそれぞれの契約紋章を通り帰還。幾分だがライの負担は軽減された。


「さて……もう一仕事……」

『待て。ライよ、我と契約せよ』

「え?折角元に戻ったんだから、好きにすれば良いのに……」

『好きにするならば契約させて欲しい。今はある程度力が落ちている故、多少の助力にしかならぬだろうが……』


 ライはメトラペトラに視線を送る。どうやら遠慮しているらしい。


「なぁにを呆けておる。貰える力なら何でも貰っておけば良いじゃろうが……まさか、ワシと同類の『神の分身』じゃからと遠慮しとるのかぇ?」

「そうじゃないですけど……そんなに俺に神の力を集めても大丈夫なのかな、と」

「何を今更……それにお主とアグナの契約、案外悪い提案ではないぞよ?」

「どういうことです、ソレ?」

「聖獣は契約すると性質が固定される。契約者……つまり、お主がおかしくならぬ限りアグナは魔獣にはならぬのじゃ。お主、アホじゃから裏返らぬじゃろ?」

「くっ……!ア、アホだと裏返らないんですか?」

「そじゃよ?ワシはお主が裏返らない方にワシの全部を賭けても良い。さ、どうするかぇ?」


 プルプルと震えるライだが、今後アグナが魔獣になり得ないのは非常に有り難いこと……ならば。


「わかったよ、アグナ。俺はライ・フェンリーヴだ。今後宜しく頼むよ」

『承知した。我が主、ライよ……我は一度聖地に戻り休ませて貰うが、我が力の一部は使用可能な筈だ。上手く使ってくれ。では……』


 契約紋章を通り姿を消したアグナ。同時にライの右腕には、掌から肩に掛けて絡み付く様に大きな翼ある蛇の紋章が浮かび上がる。代わりに聖獣マーデラの紋章が消えたことにライは慌てた。


「え?な、何で?」

「アグナの紋章を良く見よ。最上位の……いや、神獣と言っても良いアグナじゃ。マーデラはその配下ということになる。アグナの翼に記された神代文字の数字が現在契約した聖獣・霊獣の数じゃ。右翼が聖獣、左翼が霊獣の様じゃな」

「紋章が統一された訳ですか……神代文字読めないっすけど」

「それは後に教えてやるわぇ。それに紋章は統一された方が良いじゃろ?契約の度に紋章が増えたらお主、股間まで全身真っ黒になり兼ねんからの?」

「ま、まあ、解除されてないなら良いや……マーデラ、割りと役に立ってくれてるんで……」

「マーデラの豊満な乳が見れなくなると寂しくなるからじゃろ……?」

「ち、違ぇし~!せ、聖獣にそんな邪なこと考えねぇし~!オラァ、トテモトテモ純心ヨ?」

「本当かのぉ?」


 疑いの眼差しに堪えられなくなったライは、必死に話題を逸らす。


「そ、そんなことより黄泉人ですよ!ど、どうしたら……」

「黄泉人は既に死人……救えて聖獣のみと心得よ。分離させるには……まあ、なんやかんや頑張れ」

「くっ……何か先刻と違って雑じゃないですか、師匠?」

「アグナ解放で危険はグンと下がったからのぉ……それに方法が解らぬのも事実。結界だけは維持してやるから、やるだけやってみよ」

「し、仕方無い……取り敢えず色々試すしかないか」


 アグナという脅威を解放に導いたことでメトラペトラ、そしてライも気が緩んでいた。


 確かに力だけであるならばアグナは群を抜く存在だ。その聖獣転化など奇跡と言っても過言ではない程の功績だ。

 しかし……ライにとっての本当の敵は力ではなく悪意や悲劇……。



 火鳳との戦いは、アグナ戦以上にライを苦しめることとなる──。


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