第五部 第三章 第六話 久瀬峰の出会い


 神羅国の王女に仕えるサブロウとクズハとの出会い。

 それにより、王女カリンが『首賭け』廃止を望んでいることを知る。


 カリンとの会談を取り付けたライだったが、雁尾領・久瀬峰ではやることがまだ残されていた……。 


「カリン姫との繋がりが出来て良かった……。ただ、申し訳ありませんが少しだけ待って頂けますか?」

「龍神様のお告げ、とやらですかな?面白いことをお考えなさる」


 あまりの察しの良さにトビが僅かに警戒を見せたその時、サブロウは穏やかに笑い掛けた。


「警戒なさらずとも良いですよ。私もかつて隠密頭だったので察しが良い方でしてな……」

「隠密頭……神羅国の、ですか?」

「はい。隠居しようとしたのですが、カリン様が是非一緒に暮らそうと。嬉しかった……私は家族を持たなかったので尚更に。そこなクズハも隠密の血筋ですが、両親を任務の事故で亡くしましてな。やはり姫が身請けしたのです」

「優しい方なんですね……カリン姫は」

「はい。そして真っ直ぐな御方です。故に、今のカゲノリ様と対峙するには少々分が悪い」


 その気質に惚れ込み従う領主が居る反面、女と軽んじる者がカゲノリに付く。この構図が現在の王位争いの大勢だという。


「貴公はカリン姫に王位を継がせたいのか?」

「いや……本音はその地位から解放させてあげたいのだがね……。今、カゲノリ様が王位に付けば間違いなく国は荒れる。しかし、他に候補者も居らぬ以上カリン様が王位を継ぐのが一番の保身になる。そうなるとカリン様は何れ首賭けに出なければならない……」

「……だから貴公としても首賭けを止めたい、か。理屈は理解した。が、本当に成せると考えているか?」

「この身はカリン様の為にある。カリン様が自ら王位候補を外れぬのは、国内の乱れを防ぎたい意図から……。ならば、この老体はそれに殉じたい」

「……………」


 隠密と元隠密……互いの心を探る様に語っていたが、結局のところは忠義心に行き着いたことにトビは思うところがあった様だ。


「ともかく、もし信じて頂けるのならばカリン様に御会いして頂きたい」

「……わかりました。では、トビさんとクズハちゃんはカリン姫の元へ。サブロウさんは俺と一緒に領主の決着までお付き合い願えますか?」

「わかりました。では、クズハよ……頼んだぞ?」

「はい。行ってきます……」


 駆け出そうとしたクズハの腕を掴み止めたトビは、少し躊躇した後改めて提案する。


「嫌でなければクズハ殿を抱えて飛翔したいのだが、良いか?」

「飛翔?そう言えば先程も……」

「神具の力だ。その方が断然速い……が、嫌ならば地を駆けても問題は無いが……」

「い、いえ……よ、宜しくお願いします」

「わかった。では、行こうか」


 抱えられたクズハは真っ赤な顔で俯いていることにトビは気付かない。そのまま二人は上昇し姿を消した。


「クズハは普通の娘と変わらぬのですよ。出来ればあのままでいて欲しい」

「まぁ、確かに少し素直すぎますね。俺達が久遠国から来た『悪党』だったら危険でしたよ?」

「あれでも隠密の娘……人を見る目はある。だから声を掛けたとお考え下されば」

「あなたの様に経験則で『見抜く』目とは別ですね……。それに、念には念を、ですか……流石は元・隠密頭」

「それを見抜くあなたも油断ならぬお人ですな。その若さでどれ程の研鑽を積まれたのやら……」


 サブロウが勢い良く腕を振ると、四方からクナイが飛翔し手繰り寄せる様にその懐に納まった。極細の糸を付けたクナイの先には方術札が仕込まれている。


 腹を割って話している風だったが、サブロウはキッチリ攻撃態勢を取っていたのだ。しかも殺気を一切感じさせないという離れ業。トビですらそれに気付かなかった程に完全な遮断……ライは感心頻りである。


「あなたも人が悪いですな……判っていて話を進め纏める。しかも一切偽りが無い。こんなに冷や汗が出たのは老い耄れて初めてのことですよ」

「ん?いや……サブロウさんの言葉はウソじゃなかったでしょ?姫の為に……だから乗っただけの話です。此方からすれば渡りに船ですから」


 全く裏表を見せないライに、とうとうサブロウは心から破顔した。それを確認したライもまた、屈託なく笑う。


「さて……それじゃあ、まず新しい領主候補者の元に向かいますか。あ、俺には敬語は不要ですよ?」

「わかりま……わかった。では私のことも……」

「いやいや、目上の方には礼儀を弁えないと。ウチの母はそういうの厳しかったので……」

「ハッハッハ。良き母御をお持ちよな……それで、領主候補者というのは?」


 『志瞳館』に居るコウヅキ・イオリ──その素性はサブロウも知っていたらしい。


「御存知なんですか?」

「うむ……実は姫様からの命の一つにイオリ様のご助力を求めたいとあったのだが、私では話を聞いては貰えなかった。クズハでは説得が出来なかった」

「何か面倒な人なんですか?」

「そうではないが、嘘に敏感なのだ。私は隠密時代の癖で心を隠すから尚のこと警戒されたのだろう」

「だったらクズハさんは何で……」

「あの娘は口下手だから」

「………。よし!行きましょう!」



 路地裏をしばし進みやや広めの通りに出ると、やはり人が溢れている。各地から集まった者達がいよいよ揃い出したと見るべきだろう。


 ならば時は満ちた──。後は領主を決めれば良いだけのことである。


 再び狭い路地に入りそれを抜けた先……そこでようやく、目的の『志瞳館』へと辿り着いた。


「うっわ……古いですね……」

「これでも由緒正しい建物だという話だ」

「へぇ……」


 ディルナーチ大陸には珍しい古びた洋館。一階は改装され幾つかの店舗が入っている。正面に『志瞳館』の看板は掲げてあるが、実質は二階のみがその名残を残すばかりらしい。


 正面の扉を開けた先に階段があり、それを昇れば左右に続く廊下。

 サブロウの話では右は物置きになっているそうなので、左へと進み最奥の部屋へと向かう。


 部屋の扉には、立て札が掛けられていた……。


「診察中……。イオリさんはお医者さんなんですか?」

「医者ではないが博識で、時折医師の真似事を格安で行ってしているらしい」

「普段は何をしている人なんですか?」

「寺子屋を開いているそうだが、実際に生徒は居ないと聞いた」

「………う、う~ん。人物像が定まらない人ですね」


 診察中とのことで入る訳にもいかず、廊下の長椅子に座って待つことしばし。部屋から出てきた患者らしき中年男は、軽く会釈をし去っていった。

 少し間をおいて中から現れたのは齢二十半ば程の総髪の男。髪を全て後ろで纏めた糸目──彼こそがコウヅキ・イオリで間違いない様である。


「……え~っと、診察する?」

「はい。お願いします」


 天蓋を被ったままの漢は即答した。サブロウは『はっ?』と驚きを隠せない……。

 ともかく付き添うように同行したサブロウ。部屋に入ったライは改めて天蓋を外しイオリと面と向かう。


「それで……何処が悪いのかな?」


 ライが異人であることに驚きも見せず真面目に診察を続けるイオリ。


「何処が悪い訳じゃ無いんですが、少し悩みがありまして……」

「ふむ……。精神的な悩みか……どんなものなんだい?」

「その……恥ずかしいのですが……お、」

「お……?」

「オッパイが好きで好きで堪らないんです!」


 ライの背後から盛大に崩れる音がした。サブロウはさぞ我が耳を疑っていることだろう。

 だが、イオリは表情すら変えず話を続けている。


「……ふぅむ。それはどのくらい?」

「若い女性のオッパイは全て好きです!美人なら最高です!」


 『オッパイ大好き勇者』は実に生き生きしている!


「それは普通の事なんじゃないかな?」

「そう……ですか?一度触らせて貰ったんですが、天にも昇る気持ちで気付いたら日が暮れていたんですが……」

「何と……思ったより重症かも知れないな」


 この場ではサブロウだけが渋い顔で嫌な汗を流していることに誰も気付かない。


「君……下の兄弟は?」

「一つ下の妹が……」

「恐らくそれが原因かな。君は幼少期、物心が付く前に強制的に乳離れをさせられた。だから恋しかったのかも知れないが、兄としての自覚も目覚め我慢していたのだろう……」

「……言われてみれば」

「その欲求が君に深く刻まれたのかも知れない。でもね……心配は要らないよ。男は皆、オッパイが好きな生き物だから……君は守備範囲が広い、それだけのことさ」

「じ、じゃあ、先生も?」

「オッパイが嫌いなんて奴が居たら力の限りグーで殴ってやるさ」

「先生~っ!」


 到底医療にたずさわる者の言葉とは思えないが、ライは感動のあまり涙を流しガシッ!と握手を交わしている。


「じ、じゃあ、俺はこのままでも……?」

「好きでいなよ……オッパイ」

「俺、生きる希望が湧いてきたよ。ありがとう、先生!」


 ライは持ち合わせていた神羅国の貨幣を全て手渡し嬉しそうに部屋を後にした。


「……………」

「……………」

「…………いや!ちょっと待ちなさい!ライ殿~!?」


 実は伝説の隠密とまで呼ばれるサブロウ。その生涯でこれ程慌てたのは初めてのことだろう……。

 サブロウの呼び掛けに気付き戻って来たライは、何故か満足気だった。


「へへっ!いっけね!忘れてた!」

「いや、忘れてはならんだろ!」

「スミマセン……ずっと悩んでたもので」

「……………」


 呆れるサブロウを余所に改めてイオリと面と向かうライは、自己紹介を始めた。


「初めまして、俺はライ・フェンリーヴと言います。コウヅキ・イオリさんですか?」

「そうだけど……何か用かな?」

「単刀直入にお訊きします。雁尾の領主になりませんか?」

「…………君は何を言っている?」

「そうですね。事情を説明しますと………」


 これまでの経緯全てを偽りなく伝えたライ。黙って聞いていたイオリだが、一つだけ質問した。


「何故君はそこまで動く?他国の為……いや、そもそも大陸すら違うじゃないか?」

「何故と言われると幾つも理由があるので断言は出来ません。敢えて一言で言うなら『それが一番自分の気分が良い』ですかね……」

「気分が良い?」

「そうです。俺は縁が出来た相手が不幸になるのが嫌だ……だからそれを防ぐ。でも、それは俺の自己満足でしかありません。行動が正しいかは正直自信も無い」

「……………」

「でも……それで大切な人達の笑顔が見られるなら気持ち良い。だから行動するんです」


 嘘を嫌うというイオリに偽りで飾っても無駄……というより基本、ライに裏表は無い。今は本音を知られて困る場面でも無いのだ。


「……私が嘘が嫌いだという話はラカン殿から聞いているのかな?」

「はい。聞いたというより書面でですが……」

「私はその昔、友に裏切られた。友が私に吐いた嘘が元で大切な人が死んだんだ。それ以来、私は嘘に過敏になった」

「……悲しいですね」

「ああ。人が嘘を吐くのは仕方ないことだと理解はしている。嘘が悪意だけでは無いことも……。だが、私は堪えられなかった」


 苦悶の表情を浮かべるイオリ。心の傷の深さが窺える。


 そんなイオリにライは一つの書状を手渡した。


「これは……?」

「ラカンさんの書状に同封されていました。あなた宛なので中は見ていません。読んでみますか?」


 無言で受け取ったイオリは食い入る様に書状に目を通している。

 やがて書状を握る力が強くなり、イオリは書状を握り絞めながら泣き出した。


「………少し外で待ちましょう、サブロウさん」

「……わかった」


 廊下の長椅子に座りサブロウと雑談をしつつイオリを待つ。やがて目を腫らしたイオリが部屋から顔を出した。


「……ありがとう、ライ君。私は今まで間違っていたことを気付かされたよ」

「……書状に何か書かれてたんですね?」

「友の嘘の理由、大事な人の死の真相、私がどうあるべきだったか、全て書かれていた」

「そうですか……」


 敢えて深くは聞かないのも優しさ。イオリの心が晴れたならばそれで良いのだ。


「ラカンさんももっと早く伝えれば良いのに……」

「いや……今回、君の話があったから知ったそうだ。本来の『未来視』の中では君が調べてきたらしい」

「確かに時間短縮……ラカンさん、ズルい」

「ハハ……だからこれは君のお陰でもある訳だ。借りが出来た……私は何を返せば良い?」


 領主になれ、とは当然言わない。それがライという男だ。


「借りなんて無いですよ。これも縁の延長です。イオリさんとも縁が出来た……結果、笑えたならそれで充分」

「領主になれとは言わないのか?」

「俺は確かに薦めには来たけど強制に来た訳じゃない。イオリさんが思ったことをやって下さい」

「…………」


 やはり嘘は見当たらないライに、イオリは苦笑いで返した。


「わかった。即断は出来ないが、考えてみよう。少し気になる噂もあるからな……決闘を見届けた後に決める」

「それで充分です。では行きましょう……そろそろ決闘の時間だ」


 サブロウに視線を移せばやはり笑顔……どうやら完全に信頼を得られた様だ。



 そしていよいよ、雁尾領主の交代劇は決闘という舞台へと移る。

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