第五部 第三章 第五話 姫君の使い
「結局、ラカン様の未来視通りになりましたね」
次期領主をどうするかという問題に対し答えを示したのは、【御神楽】から来訪したスイレンだった……。
「スイレンちゃん?」
「取り敢えず、ライ殿にはこれを手渡せと言われています」
スイレンが懐から取り出した書状を受け取り、ライはその内容を確認する。それはラカンの直筆らしく、ライへ語り掛ける様に文章が
『語るべきことは多々あるが用件のみを伝える。どのみちお前は一度俺の所に来ることになる……語るのはその時で良い。さて……領主に相応しき者を捜すと未来視に出た。本来ならば俺は視た未来に関わるべきではないのだが、お前に残された時間を考慮し今回だけ力を貸す』
その文章からは、ラカンはライの行動を既に『視ている』であろうことが窺えた。今回の領主交代への行動、首賭けの廃止、そして恐らく魔獣との戦いまで見通していると考えて良いだろう。
『お前達が休憩に入るであろう宿の近くに【
「志瞳館……」
『男の名はコウヅキ・イオリ。神羅王家の血縁にして魔人……俺とも面識がある男だ。少々変わり者だが人格と器は保証しよう』
神羅の王族が何故こんな場所に居るのかは不明だが、かつての久遠王であるラカンが薦めてきた人物。充分期待出来るだろう。
『一つだけ注意しろ……。イオリは嘘が嫌いな男……無用な偽りは避けることだ。後はお前達次第。幸運を祈る』
ラカンらしい余計な情報がない書状に、ライは思わず笑みを溢す。
「魔獣のことが全く書かれていないのがラカンさんらしい」
「魔獣との戦いは未来視できなかったそうです……。ラカン様の未来視は、ラカン様が接触した相手がその場に多い程視やすいと聞いています。それと、未来視の精度は間近に起こる事態ほど高くなるそうですが……恐らく今回は魔獣の力が強いので未来視が阻害されているのだろうと……」
「成る程……こっち側はトビさんとゲンマさん以外全員、ラカンさんに会ってるから……」
「いや、俺もお会いしたことはあるぞ?クロウマル様のお供でな」
「となると、ゲンマさん以外全員……だから確実に見えた訳か。さて……どうします、ゲンマさん?」
神羅国の事情は神羅の民が……先程ゲンマが述べた言葉だ。身体を張る立場にして神羅の民であるゲンマ。全ての決定権を持つのは当然と考えて然るべきだろう。
「分かった……どうせ他に当ても無いんだ。【御神楽】頭領の薦めに乗ろうぜ」
「了解です。じゃあ、時間も限られますし行きますか」
宿を出て通りを歩けば更に人の数は増している。流石に雁尾兵が不審に感じたらしく、警備兵の数も増加していた。
時折、集まった民に兵が尋問している姿が見える。
「……なぁ、ライよ?イオリという人物の説得を任せて良いか?」
「どうしたんです、ゲンマさん?」
「このままじゃ民が捕縛され兼ねないだろう?だから一足先に決闘を申し込んでくる」
龍のお告げで集まったなどという民の話を雁尾兵が信じる訳がない……。ゲンマは自らが決闘を申し込むことでお告げに信憑性を持たせ、民に手出しをさせないことを狙っている様だ。
ゲンマには領主の器がある……それが勿体無いとライは感じていたが、ゲンマの気持ちは尊重すべきだろうと諦めた。
「じゃあ、イオリさんの説得には俺が向かいます。クロウマルさんとスイレンちゃんは、ゲンマさんの護衛を」
「護衛なんて必要ないぜ?」
「形ですよ、形。お供を連れているのといないのでは相手からの見られ方が違う。一人ってのは軽んじられるんですよ」
流石は『ぷらっとボッチ勇者』……言葉の重みが違う……。
本当のところは、同行者を見せることで余計な介入を防ぐ為……。ゲンマ一人では決闘前に因縁を付けられる恐れがあるのだ。
それはクロウマル達も気付いているのだろう。
「わかった。決闘は半刻後として申し込んでおく。説得は任せたぞ?」
「任されました。それとトビさんは俺と……」
「わかった。クロウマル様、お気を付けて」
「ああ……わかっている」
トビがクロウマルから離れるなど以前では考えられないことであるが、今のトビはクロウマル同様に自らの在り方を模索している。
ライの呼び掛けに従ったのは、その行動に意味があることを理解している為だ。今のトビはライを信用出来る相手として向き合っているのである。
「では、半刻後……領主の居城で会いましょう」
「わかった」
人混みの中を進むライとトビは裏路地に入り『志瞳館』を目指す。こうして裏路地を歩けば、久瀬峰の街の現状も把握出来るという判断である。
「……あまり栄えてはいないな」
建物は古びていて物が散乱している光景は、とても領主のお膝下とは思えない光景だ。
「領主が代わればそれも違ってくるでしょう」
「……俺をお前に同伴させた理由を言え。何か考えがあったんだろう?」
「流石はトビさんですね……じゃあ、遠慮なく」
ライは足を止めぬまま今後についての話を始める。
「ここの領主が代わった後、各領地の警戒はどうなりますかね?」
「間違いなく警戒が厳しくなるだろうな……」
「特にカゲノリに関わる領主が、ですよね。だから先手が必要かと」
「先手?どうするつもりだ?」
「第二王女……カリンさんに会うべきかと……。そうすれば行動の大義名分も出来る。勿論、久遠国の人間だから目立つ訳にはいかない」
「そこで俺の出番か……わかった。潜ませている隠密と連携して引き合わせる」
ふたつ返事で応えたトビ。流石に驚いたライは確認をせずにはいられない。
「良いんですか?一時的とはいえクロウマルさんから離れることになりますけど……」
「ラカン様はそれを見越してスイレン殿を派遣したのだろう。ならば問題は無い」
「……わかりました。頼りにしてますよ、トビさん」
「ああ……では早速……」
神具による飛翔を行ない上空へと昇ったトビは、そのまま建物に遮られ見えなくなった。
「後は俺の役割か……っと、そこに居るのは雁尾の隠密さん?」
路地裏で立ち止まり語り掛けるライに応える者は居ない。だが、ライは構わず話を続けた。
「敵意が無いってことは今の領主に付いている訳じゃないのかな?話があるなら聞くし話を聞いてくれるなら話すけど、どうする?」
やはり返事はない。ライは溜め息を一つ漏らし肩を竦める。
「じゃあ、俺は行……」
「お待ちください」
ライの背後……建物の蔭から現れたのは十二、三程の少女。普通の街娘の姿をしている。
(……子供……隠密じゃないのか?いや……)
気配を断つ技量を持ち合わせてはいるのだ。トビは気付いていた様だが、ライが相手をするだろと放置したのだろう。つまり、戦闘には向かない連絡役……ということになる。
「……本当に話を聞いて下さいますか?」
「勿論だよ。俺の名はライ」
「……私はクズハと申します」
被っていた天蓋を外したライの姿に、クズハは一瞬目を見開いた。
「異人さん……でしたか」
「驚かせちゃったかな?何だかんだとあってディルナーチ大陸に辿り着いてね。異人だと話せない?」
「……いえ。少し驚いただけです。言葉も流暢だったものですから」
「ハ~ハ~ハ~!ワタ~シ、ライイイマスヨ~!クズハサ~ン、ヨロシ~コ?」
「………い、いえ。無理に片言にせず普通に話して下さって結構ですよ?」
クズハと名乗った少女はやや呆れている様だ。
「それで、何か話があるのかな?」
「はい。あなた方は久遠の民ですね?」
「……良く分かったね。やっぱり隠密だからかな?」
「いえ……実は姫様から預かった魔導具で……」
「姫様?」
クズハは懐から櫛を取り出しライに手渡した。櫛には爪先程の小さな魔石が埋め込まれている。
「これは魔導具……。人捜しの……かな?」
「はい。私は任を受け久遠国の人間を捜していました。何処かに密偵が居ると思って捜していたのですが、一度逃げられてしまってから見付からなくて……」
「そりゃあ、まあ……逃げるよね……」
一応、対立する国に潜んでいるのだ。相手から発見されることは死を意味しているも同じ……当然、その後は警戒を忘れないだろう。
「だから声を掛ける機会を窺ってた訳ね……また逃げられちゃうから」
「お恥ずかしながら私はまだ若輩……然したる能力が無いものですから」
「う~ん……もしかして正式な隠密じゃない?」
「はい。私は姫の側仕えをしている者。隠密の真似事は出来ますが、かなり劣ります」
「また『姫』か……それ、カリン姫のことで間違ってないかな?」
「はい……お察しの通りです。神羅国第二王女……カリン様のことです」
ライはガクリと崩れ落ちた。クズハは何事かと慌てたが、ライは苦笑いで説明を始める。
「もっと早く名乗り出て欲しかったかな……」
「え?な、何故ですか?」
「
「そ、それは……申し訳ありませんでした」
「……ま、まあ大丈夫。呼び戻すから」
念話による伝達。トビの仮面には念話も付加されているので連絡は直ぐに届き戻って来た。肩を竦め珍しく笑っている。
「まさか、カリン姫の関係者とは思わなかったから放置したが……二度手間だったな」
「まぁまぁ。寧ろ手間なくカリン姫との繋がりが出来たと考えるべきでは?」
「……そうだな。それで、クズハ殿と言ったか?用向きを頼む」
「はい。実は姫様は、以前から久遠国と連絡を取りたがっていたのです。理由は首賭けの中止……いえ、廃止に協力して欲しいと」
クズハの言葉に顔を見合わせるライとトビ。
「首賭けの廃止……それをカリン姫が?」
「はい。姫は以前から首賭けを疑問視していたそうです。しかし、一方がそれを持ち出しても和解は出来ないだろうと……」
「……まさか神羅国にお前と同じ考えを持つ人物がいるとはな、ライ?しかも姫君か……お前はつくづく何かあるのだな。少し寒気がしたぞ」
「えっ?姫様と同じ?」
驚きの表情でライとトビを交互に確認するクズハ。腰を落としクズハと同じ目線になったライは、笑顔で告げる。
「俺達も首賭けを止める為に来たんだよ。でも、神羅国のことを知らないから学ぶ為に雁尾に来たんだ。そしたら王位継承の問題で領地が荒れてて……」
「そう……でしたか」
「で、今から領主交代の一騎討ちが始まるんだけど……」
「…………。え?えぇ~っ!?」
クズハは流石にそこまでは知らなかったらしい。街中で領民が口々に語っていた筈だが、どうやらそれを確認する余裕は無かった様だ。
「一騎討ち……だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。一応、一騎討ちは神羅国の人がやるし問題無いと思うよ。それより、クズハちゃんはトビさんと一緒にカリン姫の元へ向かって欲しいんだ。姫様との会談の場を用意して貰いたい」
「わ……わかりました。あ!す、少しお待ちください。連れがいるのです」
「連れ?その人も姫のお付きの人?」
「はい。私一人では旅は難しいと同行してくれたのです。今呼びますので……」
小指程の小さな笛を取り出したクズハは、目一杯吹いた。甲高い音が街に木霊した僅か後、一人の老人が路地へと足を踏み入れる。
「クズハ……どうした?」
現れたのは、杖を突いた小柄で白髪の老人。やや猫背で長い眉毛が特徴的だ。
「サブロウ様。ようやく目当ての方が見付かりました」
「ほう……その者らが久遠国から来た者か。ん?そちらの方は……」
ライを凝視しているサブロウは片眉を釣り上げ目を見開いている。
すると突然豪快に笑い出した。
「成る程、成る程……トンでもない御方が現れたものだ。姫様のお導きかな……?」
意味が分からず首を傾げるクズハ。しかし、サブロウは構わず話を続けた。
「事情はクズハからお聞きになりましたかな?」
「はい。偶然にも目的が同じで驚きましたが……」
「目的が同じ?……あなた方も首賭けを……何故かお聞きしても?」
「不毛だからです。優秀な王を悪戯に失うのは只の愚行と思いませんか?それに……」
含みを持たせたつもりではないが、ライはその瞬間ドウゲンやトウカの姿を思い浮かべた。
「俺の身勝手と言われそうですが、大事な人達を失いたくないし失い続けさせたくない」
「……久遠王が大事な人ですかな?」
「はい。久遠王だけじゃなくその家族も皆、大事な人達です。だから首賭けを止めたい」
「……………」
今度は両の目で凝視しているサブロウ。先程より更に高い声で笑った……。
「ハッハッハッハ!いや……失礼しました。あなたがとても真っ直ぐなので……だが、気持ちが良い。分かりました。あなた方を姫にお引き合わせ致します」
神羅国第二王女・カリン姫との会談……その約束がこうもあっさり成ったのは、ライの幸運故か、それとも運命か……。
神羅国でのライの行動は、ここから次々に縁を繋ぎ始める……。
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