第七部 第五章 第四話 ヒイロまでの道程 


 上空に迫るは鳥の影、地に迫るは躍動の揺れ……広大な森林で構築されたヒイロの異空間は、早速話し合いとは違う流れへと変化する。


 やがて姿がハッキリと確認できた飛翔体は、やはり魔物……但し、鳥型だけではなく虫型・亜種型と様々だった。それが大型小型の区切り無くざっと三万程。更には知られている種類以外の未確認の魔物まで混じっていた。


「本来なら引き付けて転移で躱したいところですが……気付きましたか、エイル?」

「ああ。転移は妨害されてるよな……この空間の設定ってヤツか?」

「恐らくは。転移……というより魔法全般が封じられている様ですね」


 使用できないのは飽くまで魔法……魔力は封じられた訳ではないので纏装は展開できている。故に戦闘は可能だが、魔法が得意な者にとっては大きな不利となる。

 飛翔ができず、かつ広範囲魔法展開も使用できないとなれば、多数の魔物を相手取り戦うのはかなりの労力を要するだろう。


 ライも聖獣・聖刻兎も外から喚び出すことができないらしい。これは想定外である。


「どこでも来るって言ってたんだけどなぁ……」

「存在特性による妨害かもしれませんが……ともかく、私達が侵入した時点で何かを行ったのは間違いないでしょう」

「う~む……やっぱりクロマリとシロマリ、連れてくるべきだったかな」

「……。やはり魔物を殺さないのはかなりの手間ではないですか、ライ?」

「わかってる。でも、ヒイロにとって魔物が大事な家族だったのかもしれないからさ?殺したら対話もできなくなるんじゃないのかと思って」

「それは……確かにそうかもしれませんけど……」


 目的は飽くまで対話──ライとしては極力穏便に行きたいのが本音である。


「もしかすると、全く違うかもしれない可能性はあるよ?だから殺さない方向ではあるけど、やむを得ない時は倒して良いと思う。最優先は自分だからね?」


 ロウド世界にも【魔物使い】という者は少数ながら存在する。魔物を使った運搬業は普通の馬や牛を使うより重い荷でも速く移動でき、傭兵業では人との連携で下級魔獣を倒した事例もある。


 魔物化した際に稀に大きく知能を上げる個体も居るので必然的に人との繋がりは強くなる。【魔物使い】は魔物を大切にする為に変わり者扱いされている存在でもあるのだ。


 ヒイロが本当に魔物を大切に思っているなら恐らく前線に投入はしないだろう……それはライにも判る。だが、やはり可能性を捨てきれないのだ。


「ですが、あの数を魔法無しで相手にするのは少々骨が折れませんか?」

「そうでもないよ。何せいざとなったら今回はフェルミナが一緒だし」

「【生命の大聖霊】の力ですか……。確かに【概念力】は存在の力──封じることは困難でしょう。当然、魔物など取るに足らない筈ですが……」

「勿論、フェルミナに任せきりってのは無し。それぞれのやり方で魔物を無力化しつつヒイロの居場所を特定する……つもりだけど」

「わかりました。では……」


 ベルフラガはハンドベル型の神具を取り出した。空間収納されていたそれを取り出すその様子を見て、ライはふと気付く。


「……。そういえば神具や魔導具は使えるのか?」

「私が空間収納していたものは取り出せましたから可能とは思いますが……」

「ふむ……ちょっと試してみるか」


 ライの持つ【空間収納腕輪】は転移機能も付加されている。使うことができればより楽になるかと早速試してみた……のだが、転移は失敗した。


「やっぱりか……というか、俺の腕輪は空間から取り出しも収納もできないぞ?」

「……。推測ですが、貴方の神具は《付加》により作製したものではないですか?」

「そうだけど……」

「私の神具は事象神具です。それらは構築された魔法式が刻まれたもの……その違いでしょうね」


 魔導具・神具は本来、ラジックやエルドナの様な専門家が時間を掛けて作製する。素材の選別、魔力経路の作製、そして機能の中心となる魔石と魔法式──。

 特に魔法式は、神代文字や古代魔法文字を刻み込むことで力を固定する。これは事象神具にも施されている技法だ。


 しかし、ライの《付加》は物質に性質を持たせる魔法。実は《付加》には欠点があり、魔法無効化や魔力吸収を無防備に受けると物に性質を与えた《付加》自体が霧散してしまう。《付加》は魔法なので当然ではあるのだが……。


 二つの明確な違いは魔力回路──。道具に確実に組み込まれた回路を血管、《付加》による構築を塗装の様なものと考えると判りやすいと思われる。


 因みに事象神具は【概念力】による構築なので使用可能とベルフラガは述べた。


「成る程ね……こりゃあ、俺が今まで造った神具は大規模な改修が必要かな……」

「その方が良いでしょう。今後、闘神と戦う際 《付加》による効果を無効化する者も出てくると思いますので」

「その件も後回しだな。で……ベルフラガは事象神具が使えるから問題ないんだな?」

「神具が無くても問題ありませんよ。恐らく『天威自在法』──貴方のいう『波動魔法』ならば発動が可能でしょう。もっとも、不馴れで加減ができませんがね」

「それは……俺も同じかな……」

「それ以外でも半精霊化であの程度はどうとでもなります。魔物ではなく上位魔獣なら難しいでしょうがね」


 ベルフラガは魔法が使用できない際の対応は用意していると平然としている。魔法を中心とする魔導師だからこそ備えは考えるべき……という持論を述べた。


「じゃあ、ベルフラガは心配要らないとして……フェルミナは?」

「私も大丈夫です。ライさんが成長するにしたがって私達に施されていた封印が解けています。今は概念力を多用しても問題ありませんし……それに」


 何と、フェルミナは【波動吼】を修得したという。


 万物に宿る波動……特に波動は知性ある生命に宿るもの程強い。

 そして波動は相手を傷付けることが少ない守り主体に使える力。そんな性質を考えれば、優しいフェルミナには向いていたのかもしれない。


「流石はフェルミナだね」

「エへへ……」

「じゃあ、後はエイルか……。事象神具とかある?」

「残念ながら、あたしの持ってた事象神具は殆どオルストにやっちまったんだ。ラジックとエルドナの魔導具はライから貰った腕輪の中だし」

「悪い……」

「気にすんなって。あたしにもちゃんと手はある。な?コウ?」

『フフン。ボクが居る以上、神具なんて要らないさ!行くよ、エイル!』


 エイルの胸当てに変化していた聖獣コウは掛け声と共に閃光を放つ。

 【御魂宿し】──エイルとコウの融合したそれは、実に特徴的な姿だった。


 首より下の全身を覆う黒銀の衣装は、以前ライとの戦いで纏った神具『聖女の衣』と良く似ていた。浮かび上がるボディーラインの中で、前腕、膝下、腰、そして上腕と大腿の一部には鎧型の防具が装着されている。

 更に、左右の肩の辺りには楕円型の金属板が四枚浮遊した状態だ。


 加えてエイルの頭部には小さな銀の耳が発生、額にはコウの目の部分だった小さな赤い鉱石が二つ並んでいた。


「おお……!?………。何かエロイ……」

「し、仕方無いだろ?こういう変化なんだから」

「いやいやいや。超魅力的だぜ、エイル!」

「そ、そうか……?ライがそういうのなら良いけどさ?」


 ビシッ!っと親指を立てる『エロ勇者』さんはとても満足気だ!


「これでコウの概念力も使える。あたしは元魔王だから魔法以外も普通に熟せるしな?」

『それに、ボクは神が創った最高金属・ラール神鋼だからね。エイルの我が儘ボデーには傷一つ付けさせないさ』

「我が儘ボデーて……」


 だが、ラール神鋼であるコウは確かに最強の守りとなるだろう。


 残るはアービンだが、その実力の程はライも知らない。

 高い魔力、覇王纏衣の常時展開、身の熟し等から判断する限り、イグナースと同レベルの実力を備えているとライは推測した。


(いや、神格魔法を修得しているとなれば上回るかな……?)


 神格魔属性を纏装に組み込めば戦闘力は跳ね上がる。レフ族の血が流れるアービンならば、魔法が未だ不得手なイグナースよりも多彩と考えるべきだ。

 きっとこの空間内でも存分に戦えるだろう。


 特に称号である『剣の勇者』──当人曰くそれは神具剣に由来するものだという。しかしながら、神具に頼るのみでは僅かな期間での台頭は起こり得ない筈。


「アービンさん。装備は使えそうですか?」

「明星剣は事象神具……それと、この鎧はラジック殿から貰った竜鱗装甲だから問題ないだろう。鎧は君と会う少し前に提供されたんだ」


 マリアンヌの訓練から卒業する少し前、明星剣の解析と引き換えに進呈を約束された特殊竜鱗装甲。だが、実はライが帰還し同居人の装備を依頼した際までラジックはアービンとの約束を忘れていたらしい。

 マリアンヌに嗜められ改めて作製された竜鱗装甲ではあるが、時期が良かったのだろう。丁度、最新の機能向上が行えた時期だったのだ。


「どうやら俺の杞憂だったかな?」

「貴方は……毎回そんなに他者を気にするのですか?」

「ん……?そうだけど……」

「……。成る程……リーファムが言っていた意味がようやく分かりました」


 底抜けのお人好し──関わる者へ助力せずには居られない男。敵であったベルフラガにさえもそれは変わらなかった。

 そして今はヒイロに手を差し伸べようとしている。それどころか魔物にさえ恩情を掛けようとしているのだ。


 脅威の力を宿しながら他者にここまで肩入れする者をベルフラガは知らない。

 勇者であっても心は人……高みに至るには多くの犠牲と業を背負うのが常である。当然、取捨選択が身に付きやがては効率に辿り着く。


 だが……ライは明らかに異様だった。憎み続けても不思議ではないベルフラガをあっさりと赦し、あまつさえ救うと約束まで果たした。伸ばそうとする手は何処までも広がり、その数も際限無い。


 これはもう『お人好し』で済む話ではない。


(……。貴方は……本当は何者なのですか、ライ?)


 ベルフラガには、ライはまるで闘神と戦う為にロウド世界に用意された存在だと感じられた。

 そして同時に、その道筋を影から見守っていただろう存在が居ることにも……。


「どうしたんだ、ベルフラガ?」

「いえ……。それで、どうします?各個で対応しますか?それとも組分けしますか?」

「え~っとね……ちょっと待ってて」


 チャクラによる《千里眼》は今度こそヒイロの姿を捉えた。


「……御丁寧に一番奥に居るな」

「侵入者対策で入り口から最も遠い位置に拠点を置いたのは常道ですね」

「う~ん……やっぱり纏まって行った方が良い気がする。ヒイロ自身は魔法を封じられない可能性もある。それに、ヒイロの存在特性もまだ明らかになっていない訳だし」


 もしヒイロが逃走し異空間が閉じた場合、脱出が不可能になる。その際ライは穏和な交渉を諦め《天網斬り》にて空間を破ろうと考えているが、皆が近くに居ないと脱出時に不都合が生じるのだ。

 加えてアトラにより力の抑制が行われている今、できるだけ温存したいのも理由の一つ。 


「わかりました。では……丁度魔物も迫ってきましたし、露払いといきましょう」


 ベルフラガはハンドベル型事象神具『無間幻夢の鐘』を二度程振るう。鐘の効果には指向性を持たせることが可能らしく、ライ達には影響はない。

 対して空の魔物の多くは唐突に落下を始める。同様に、地に伝わる振動は極端に数を減らし弱まった。


 神具の効果は永続……ベルフラガが解かない限り脱落した魔物は復活しない。これで状況はかなり有利になる……筈だった。


「これまたゴッソリと減ったな……」

「残っているのは千前後といったところですかね……。音から干渉する神具なので耳が聞こえない相手には通じないのですがね」

「それでも随分楽になっただろ。さぁ……行こうぜ?」


 エイルが駆け出そうとしたその時、フェルミナが違和感を感じてそれを制止した。


「待って、エイル。おかしいわ……」

「何だよフェルミナ……?」

「動かなくなった魔物の気配が消えたの……。同時に新しい魔物の気配が遠方に……」

「何だって!?」


 フェルミナの言葉通り、ライが伸ばした感知纏装にも魔物が感じられない。そして、視界の先の空には新たな無数の影が飛翔している。


「どういうこと、フェルミナ?」

「分かりません。ですが……」

「どのみち進むしかない……か」


 そして一同は高台から飛び下りて移動を始める。バラけないことを念頭にした速度で、互いを確認しながら進んで行った。


 向かう先は新たに発生した万単位の魔物が待つ森の中──ヒイロまでの道のりは思いの外険しいものとなった……。


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