第七部 第五章 第三話 緑の世界


 【異空間】といってもその構築は様々である。環境は空間を操作・創造できる者の意思が反映され、その広さは魔力量の影響も受ける。

 それでも……異空間は飽くまで同じ世界に存在する隠し部屋という表現が相応しい。


 だが……ライ達が踏み込んだ異空間は隠し部屋というには少々スケールが大きな場所だった──。



「おぉ……。凄ぇ広い……」


 異空間側の入り口は大地の高台にあった。その眼下に捉えたのは一面の森林──おおよそではあるが小国程の広さはあると思われた。


 かつて聖刻兎達が作製した異空間は大きな街程度だった。しかし、眼前のそれは遥かに上回る広大さ……やはり驚くべきことである。


「どう思う、ベルフラガ?」

「………凄いですね。これ程の空間を造り出すとなると、必要な力はやはり半精霊以上と考えるべきでしょう。少なくとも魔人の域ではありません」

「やっぱりか……」


 魔法にせよ聖獣や精霊との契約にせよ、空間作製には大きな力が必要となる。これ程となれば、やはり魔人では難しいというのがベルフラガの見解だった。


 ヒイロが魔人以上となれば、抑え込む必要がある際に相当手子摺ることになる……。勿論話し合いが目的ではあるのだが、不安要素は増えてしまったと言えるだろう。


「それにしても凄い森だな……。やはりレフ族だからだろうか?」

「多分、そうだな。あたしもなんか落ち着くし」


 アービンの言葉にエイルとベルフラガは同意の様子を見せる。しかし、ライとフェルミナには意味が分からない。


「……どういうことなんだ、エイル?」

「ん~、何ていうかだな……ライはカジームやレフ族の里をどう思う?」

「自然に包まれた国?」

「そう。魔法王国が崩壊した後のレフ族は、荒れた大地を癒してからずっと自然の管理をして暮らしてたんだ。そうやって長く過ごしたから、レフ族の多くは森が身近に無いと安らがないんだ……って長老が言ってた」

「へぇ~……。つまり故郷の元風景ってヤツが必要なのか……」


 実際、レフ族は枯れていたカジームの大地の中でも森の残った場所に纏まって暮らしていた。エイルにとっても森の暮らしがあるライの居城は居心地が良いらしい。

 これはベルフラガやアービンも同様とのこと。


「私は元々テレサと自然豊かなエンデルグにて暮らしていましたからね……。ベリドはトシューラに居る際も森の中に研究施設を造っていましたし、イベルドは滞在先の殆どが森の近くの村でした」

「へぇ~……アービンさんもそうなんですか?」

「私の故郷であるデルテン領ベルザー家管轄区は、やはり森の多い場所だよ。自然が近くにあると落ち着くのは確かだ」


 ベルフラガの母にしてアービンの祖先にあたるレフ族『ソフィーマイヤ』がベルザー家に辿り着いたのは、ある意味必然だったのだろう。そのソフィーマイヤも現在、森の中に建てられた別邸で静かに暮らしているという。


「じゃあ、ヒイロの家族はどうなんだろ?トルトポーリスって森無いよね?」

「あ~……あたしは見てないんだけど、リーファムの話じゃあの家の中は鉢植えだらけらしいぞ?」

「へ、へぇ~……」


 因みにヒイロの父は、神具で緑化に成功したというトルトポーリス近海にある島にて食料生産の仕事をしている。妻と子は時々遊びに行くらしいが、それも癒しを求めてのことかもしれない。


「と、とにかく、レフ族は自然が大好きな訳か。だからこの空間も森になっている、と」

「多分な。でも、ちょっと気になることもある」


 エイルはずっと考えていたある違和感を口にした。


「ヒイロはどこで魔法を覚えたんだ?使ってるのは多分、神格魔法だぜ?」

「……言われてみれば確かに」


 里の外に居たレフ族は三百年前に魔法の記憶を封じている。当然、トルトポーリスに残ったヒイロの父オルトリスと母サリナも飛翔魔法以外の神格魔法は使えない。

 ましてや、幼かったヒイロ自身は魔法の知識をそれ蓄えていなかった筈……。一体、どこから知識を手に入れたのか確かに謎ではある。


 これに関してはベルフラガが幾つかの推論を述べる。


「飽くまで可能性ですが、時空間系は魔法ではなくても使用できますよ」

「魔法じゃない……?……!そうか、存在特性か!」

「ええ。ヒイロ自身の存在特性、または存在特性を使用した何等かの方法で『時空間概念を使用できる』精霊や聖獣との契約を果たしたか……」


 それならば確かに異空間創造や転移は行使できる。


 とはいえ、まだ神格魔法を使える可能性も否定はできないとベルフラガは付け加えた。


「ライ。トルトポーリスの南東に感じる気配は分かりましたよね?」

「ん……直ぐ近くを飛翔してきたからね。山中に城があった。エクレトルの認識では脅威存在の居場所らしいけど……」

「私の記憶では、あの辺りに住まう魔王の伝承があります。もし接触があったのならば或いは……」


 トルトポーリスに居たヒイロが何等かの理由で南下し山中の城に迷い込んだことも可能性としては否定できない。

 魔王は現在活動停止状態の様だが、意識のみ目覚めていてヒイロと対話をした……或いは書物等が残されていてヒイロがそれを読んだならば神格魔法は手に入ると思われる。


「どのみちヒイロ当人に聞くのが早いかとは思いますが……」

「う~ん……。因みに、その魔王ってどんなヤツか分かる?」

「あまり詳しくは……魔法王国クレミラが世界を統一する前の話ですから、千年以上は前だと思いますが……」

「フェルミナは知らないの?」

「はい。私はあまりこちらの方に来なかったので」


 だが、そうなるとまた疑問が生まれる。魔王は魔人であると考えていた。

 しかし、魔人となったとしてもそこまで長い寿命はレフ族以外では有り得ない。レフ族は魔人化しづらく、【魔人転生】を用いたのはエイルとアムド一派のみ……千年以上前ならば尚のこと時系列が合わないのだ。


 残された可能性はやはり不安要素の増加に繋がる。


「寿命に制限が無いなら半精霊以上ってことも有り得るのか……。最近、何だってそんな相手ばかり出てくるんだろう……?」


 本来は魔人すら稀。メトラペトラの話では半精霊など歴史上片手の指以下だった筈。しかし、現在判明しただけでも結構な数の超越存在が明らかになってきた。


「メトラペトラもそれ程注意して把握した訳ではないと思いますよ?ライさんと出逢う前は世間に興味が無く気まぐれだったんですから」

「う……。そ、そういえば、そんなこと言ってたかも……」


 流石はフェルミナ……大聖霊姉として的確な意見である。

 とはいうものの、フェルミナ自身もそれ程の存在を感知していなかったらしい。理由としてはヒイロ同様の異空間隠遁や神具による隠蔽が有力と思われる。


 そして更に、ベルフラガは『ライが脅威と出逢う理由』を告げる。


「強い力と出逢うようになったのは、貴方がそれだけの力を手に入れたということですよ。強くなれば隠されていた上位の力に並び気付く訳ですから……実際、トルトポーリス南東の魔王はアステやトォンといった大国も気付いていないでしょう?」

「そういや……そうだな……」


 トルトポーリスの岩山は険しく魔物も存在するので滅多に人は近寄らない。そこを《飛翔》している時点で実力者ということだ。


 そしてベルフラガの指摘の通り、実力者たるトォン国の勇者ルーヴェストやアステ国の領主となったライの兄シンでさえその魔王に気付いていない。

 間近に近付けば違うと思われるが、交流の少ないトルトポーリスへの来訪もそうそうあるものではないのだろう。何より現代は、エクレトルが世界の管理をしているので脅威を捜して歩くことも少ないのである。


 逆に言えば、エクレトルさえ気付かぬ上位の存在が隠れているとも受け取れる。そう……サザンシスの民の様に。


「強い力は互いに気付き出逢う……それもまた運命でもあります。貴方が更に強くなれば異空間の存在にすら気付くかもしれませんよ?」

「成る程。………。いや!そ、それって更にヤバイ奴が増えることになるんじゃないのか!?」

「まぁ、そうなりますが……その時は頑張って下さい」

「くっ……!他人事かよ……」

「フフ……冗談ですよ。この世界にそんな存在が大勢居た場合、世界はもっと乱れていたでしょう……そうなれば大聖霊達が対応していた。違いますか、フェルミナ?」

「確かにそうね……」


 特に【時空間の大聖霊】オズ・エンが危険を見逃すとは思えないとフェルミナは考える。


 だが、フェルミナは純粋すぎて見えていないものがあると自ら気付かない。オズ・エンは勇者バベルの契約大聖霊でもあったのだ。フェルミナ以外の大聖霊達はオズが何か意図があり行動を起こしていると勘付いている。


 そしてライは……答えを先送りにした。


「ま、まぁ良いや。細かいことは此処を出てから考えよう。それより……この広さからどうやってヒイロを捜したら良いかね……」

「あちらは空間内に入った際に気付ている筈ですよ。今まで反応が無いということは様子見しているんでしょうね。穏便に対話するには……私も分かりません」

「じゃあ、反応を待った方が良いかな?下手に【感知纏装】とか《千里眼》とか使うと敵対と見られるかなぁって思ってさ?」

「でも、それじゃいつ反応があるか判らないんじゃないか?あたしは一応面識ある訳だし、ちょっと捜してこようか?」

「いや……どうせなら挨拶しよう」

「……?」


 一同がその言葉に首を傾げる中、ライは大きく息を吸いつつ高台のふちに移動した。


「うおおぉ━━━━いっ!ヒイロ━━━!話しようぜ━━━━━━!!」


 雄叫びの如きライの声が異空間内にこだまする──。幾度か響いた声はやがて掠れて消えた。


「良し!これで良いだろ。後は反応を待とうぜ?」

「……。ず、随分と大雑把ですね」

「まぁね~。でも、この方が小細工するより良いだろ?」

「ハハハ……確かにそうかもしれませんね」


 気長に……とはいかないので少し待って反応が無ければ日を改めようとライは提案した。そして待つまでの間、この異空間についての話をすることになった。


「私は魔法にまだ精通していないので判らないが、この広大な空間の維持はどうしているのだろうか?」

「異空間というのは最初の設定である程度決まるのですよ、アービン。特に広さはね……それ以外は割と後からでも調整は出来ますが……エイルは気付きましたか?」

「ああ。ライのあの声に鳥が一羽も飛ばなかったよな?つまり、この空間の生き物はかなり少ない……だろ?」

「ええ。異空間は本来、長期間の維持を目的としませんからね。空間は核が無いと少しづつ元の世界の影響を受けて崩れてしまいます。なので生物が存在しても犠牲にしてしまいますし」


 この点はフェルミナも同意をしている。フェルミナが感知できる範囲には植物以外の生体反応が無いらしい。


「う~ん……それはそれで寂しくないのかな……?」

「飽くまで寝床として使ってるんじゃないのか?あたしは好きだぜ?」

「いや……それにしては広すぎないか?」

「その辺りの疑問も当人に聞くしかありませんね……私としてもこの空間の核が何か気になりますし」


 と……そこでライは何かに反応を見せる。


「どうしたんだ、ライ?」

「いや……エイル、聞こえないか?」

「聞こえるって何がだよ?」

「何か遠くから近付くような地鳴りが……」

「地鳴り……?」


 一同が耳を済ませば確かに低い音が聞こえる。音は少しづつ大きくなっている様だ。


「………。ヒイロ……ではありませんね。彼なら転移でやってくるでしょうし。ならば、これは一体……?」


 そこで声を上げたのはフェルミナだった。


「ライさん……あれ、見えますか?」

「ん……?」


 フェルミナが指差す方向……森の上空にはおびただしい数の飛翔体が見える。


「……鳥?いや、だって……」

「生き物の気配は無かった……それはあたしも思ってた。でも……」


 エイルがフェルミナに視線を向けると、小さく首肯いている。


「確かに直前まで生命の気配は感じなかったわ。でも、今は確かに感じる。これは……まさか【創生】?」


 鳥は迫るごとに異形化していることが明らかになる。つまり、只の生物ではなく【魔物】だ。

 となれば、地に響く音も恐らくは魔物……それも百や二百ではない。万単位なのは間違いない。


「………。どうやらヒイロは対話してくれないみたいだな。どうする、ライ?」

「ん?ん~……方針は変わらないよ、エイル。対話する。ただ、こうなったらヒイロを無理矢理でも見付けないとね」

「魔物はどうしたら良いだろう?」

「できれば殺さない方向でお願いします、アービンさん。出来るだろ、ベルフラガ?」

「さて……魔物次第ですかね」


 異空間内……迫る魔物を退けヒイロとの対話を選択したライ達。だが、それは想定より少々厄介な戦いとなる。


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