第七部 第五章 第二話 異空間へ
ベルフラガの追跡魔法により浮かび上がった魔力痕跡は街の各所に及んだ。
この追跡魔法の優れていた点として、手元に出現した水晶の様な結晶が道標として発生することだろう。任意により過去を辿れるのも使い勝手が良さそうだ。
ライもチャクラの
ここで成果を出すことはベルフラガの立場にも良い影響を与えるというのも理由の一つである。
そうして一同は新しい気配を辿って行く。幾つかはトルトポーリスの中枢機関や港付近に……特に集中していたのは、とある家の周辺部だった。
エイルの話では、その家こそが『ヒイロ』の両親が住まう家だという。
「帰れなくても近くにいたのか……」
「多分、家族が酷い目に遭わないか見守っていたんだろうな……。馬鹿だよ、ヒイロは」
アービンとエイルは少し悲しい目をしていた。
「確かに此処に来ていますが、普段はあまり近付かないのでしょう。家族に会いたくなる衝動を避ける為か、目撃されるのを避ける為か……この家は通りにも面して居ますからね」
「遠くから見守っていたんだろうな。と、なると……」
ライは周辺を見回し家を俯瞰するに妥当な位置を探す。恐らくは高台……街を一望できる位置。
そこで目に付いたのは半球型の屋根をした塔だ。丁度その位置には赤い揺らめきが複数見える。
「ベルフラガ」
「間違いないでしょうね。あの塔付近を探りましょう……一番強い痕跡を調べれば魔力波形を分析して更なる追跡が可能になります。たとえ転移していてもね?」
「良し。じゃあ……」
ライの魔法により全員が塔の上に転移を果たし周囲を確認。その場所はトルトポーリス全体を見渡せる位置……。
「………」
「どうしたんですか、ライさん?」
「いや……ヒイロは誰とも関わらずずっと一人だったのかなってさ。フェルミナも寂しかっただろ?」
「はい……でも、私はライさんに救われました」
「ヒイロも救ってやれれば良いんだけどな……」
家族からさえ距離を置き、たった一人で三百年の孤独を過ごしただろうヒイロ……当時子供だったことも含め一体どれ程の事情があったのか……。
そして……何故レフ族はこうも悲しい選択をするのか──ベルフラガの口にした『情が深い故に暴走する』という言葉の意味を、ライは改めて考える。
「さて……この辺りの痕跡から魔力を追いますよ。転移先を割り出したらそのまま向かって良いですか?」
「頼む」
「では……」
ベルフラガは新たな魔法を発動。今度の魔法は空間に半透明の白い球体を浮かび上がらせた。
「ベルフラガ殿……それは?」
「この球体はロウド世界ですよ、アービン。現在地がこの赤い印──今から行うのは魔力波形に干渉した共鳴……最後に転移した先の魔力に反応して球体に印が現れます」
エイルはベルフラガの魔法に感心の意を見せた。リーファムともまた違う探知・捜索魔法はオリジナルで理論も違う。興味を引くのも無理はない。
「へぇ~……もしかして、この魔法でリーファムの居場所を突き止めたのか?」
「そうです。流石は『火葬の魔女』だけあって巧妙に隠していましたが、あの島には異物があったので結界が完全ではなかった。もう一枚結界を張るのが最善でしたね」
そうは言っても実際に探り当てたのはベルフラガのみ。魔女の島『四季島』は魔王アムド一派や神聖国エクレトルにも見付からなかったのだ。この場合、探り当てた方こそ特異な存在と言って良いだろう。
「異物?何だ、ソレ?」
「私にも分かりません。リーファムは隠したい様でしたし……貴女なら御存知かと思いましたよ、エイル」
「いや……聞いてないな。あたしはリーファムの弟子って訳じゃないからなぁ……」
「その話は後で当人に聞いてみましょう。それより……反応が出ましたよ」
光球には新たな印が記された。しかし、その場所は……。
「………。殆ど移動していませんね」
印はトルトポーリス内のまま。しかし、これ以上の追跡もできないらしい。
「困りましたね。これは神具の隠遁も追える筈なんですが……」
「どれ……一応、俺も……」
チャクラの能力の一つ《残留思念解読》を発動するも、やはり気配は現在地で途切れている。
「やっぱり駄目か……」
「それは神の存在特性なのですよね?それなら事象神具の妨害など意味がない筈ですが……」
「そうなの?」
「文献によるとチャクラは蓄積された数だけ力を増すのですよ。つまり、存在特性の集合体……複数の存在特性所有というのは本来有り得ませんからね。存在特性は魔法よりも上位の力である【概念力】ですから」
「…………」
唯一の例外は創世神だろうとベルフラガは述べた。
その言葉に思うところはあったものの敢えて口にはしなかったライ……。自らが三つの存在特性を持つらしいことを師の一人であるトキサダから聞き、クローダーからも説明を受けた。
しかし、自分が創世神と同類などと言われても全く自覚もなく烏滸がましいとしか思えなかった。
実はこの点に関してはライの考えが正しい。ライの存在特性は創世神とは全く別の理由が存在するのである。その点に関しては後に明らかになる。
「……。どうも相性が悪いのか未熟なのか分からないけど、俺はチャクラを使い熟せていないみたいなんだよ」
「確かにその可能性もありますね……。貴方は今、存在特性を使えるでしょう?だから他の存在特性の感覚が追い付いて行かない可能性も……」
「ライさんはチャクラの方が先でしたよ?」
フェルミナの指摘にベルフラガは困惑の表情を浮かべる。
「………。本当ですか、ライ?」
「ん?ああ……。チャクラは一年くらい前に手に入れた。存在特性の修得は、まだ一ヶ月も経ってないかな……」
「…………」
つまり不慣れ故の不具合ではない。ここでベルフラガは一つの可能性に行き着く。
「私は一つ見落としていましたね……。チャクラを妨害できる可能性が一つありましたよ」
「可能性……?」
「異空間です」
異空間は今ある世界に穴を開けた部屋とでも形容すべきか……。【異世界】と違い事象の地平線を越えないこちら側ではあるのだが、それでも区切りを作ることで情報は遮断される。
確かにクラリスが居た異空間はライのチャクラでも知覚ができなかった。同様に、ロウド世界の【天界】は異空間に存在する故に許可のある者のみしか入ることができない。
「………もしかしてベリド……ベルフラガは、異空間でバベルにやられた傷を癒していたのか?」
「ええ。治療に専念する為にはその方が安心ですからね。身体が安定するまで異空間で眠りについていました」
「だから居場所が特定できなかったのか……」
だとすれば、恐らく魔王アムド達の居たあの空間も異空間である可能性が高い。
これで《千里眼》の不具合の理由が判明した。ライの不調と思われていたものは単に対応外というだけの様だ。
「ってことは、つまりヒイロは異空間に居る……と」
「恐らく……。しかし、そうなればまた話は変わってきます。異空間の入り口は作製者の意思で移動できますから」
異空間への入り口は最初の位置で固定されるが、作製者の意思で変更されることが間々あるという。入り口を多数用意したり、逆に入り口を無くすことも可能といった具合だ。
因みに聖獣・聖刻兎の作製した異空間は現在、ライの住む蜜精の森に存在している。住まう者達の殆どはトゥルク国に移住を果たしたが、一部の人間、そして精霊人や聖獣がまだ暮らしているのだ。
「ベルフラガの神具で入れないのかよ?」
「難しいですね……。エイル、当時のトルトポーリスにどのような神具があったか分かりませんか?」
「長に聞けば分かるかもしれないけど、確認すると時間掛かるぜ?」
「困りましたね……」
先ずは入り口を探さねば干渉も儘ならない。しかも、入れるかどうかはやってみないと分からないのだ。魔法知識のあるベルフラガとエイルは、何か手立ては無いかと相談を始めている。
そんな会話を他所に、ライは聖獣を召喚。相手は勿論──。
『来たである』
『で、おじゃる』
時空間特化聖獣【聖刻兎】──色違いのタキシードを着た白と黒のウサギ聖獣達はライの前に浮遊していた。
「この辺に異空間の入り口ってある?」
『あるでおじゃるよ?』
『この屋根の中心……あそこにあるのである』
クロマリが指し示した先は今居る屋根の中心。細い針のような飾りの部分だ。
「あの異空間に入ることは出来る?」
『簡単でおじゃるよ』
「帰りも出られる?」
『主の契約印があれば吾輩達に行けぬ場所は無い筈である。当然、出ることも可能である』
「流石はシロマリとクロマリだな。そういう訳だから……皆、準備は良い?」
問題、あっさり解決。このことにベルフラガはかなり驚きを見せていた。
「じ、時空間特化聖獣ですか……」
「そだよ。多分、時空間に関しては世界最高の聖獣だな」
「……。何故、私との戦いで使わなかったのか聞いても?」
「結界張るのに使ったじゃん。それに、シロマリとクロマリは戦い嫌いだから……ね~?」
『ね~、である』
『ね~、でおじゃる』
「よ~し!よしよし!」
ライはシロマリとクロマリを抱えワシャワシャと撫で回している。そこにフェルミナとエイルも加わりモフモフを堪能し始めた。
「……………」
「ベルフラガ、考えるだけ無駄だぜ?ライは想像を軽く超えてくるからな」
「そ、そうですか……」
アービンは場違い感に遠い眼差しをしていた……。
「さて……。そんじゃ行こうかね」
「そうですね。………。最後に確認したいのですが、ヒイロに会ってライはどうするのですか?」
「ん~……俺の考えよりもエイルはどうしたい?」
今回の件はエイルが言い出したこと……。ライはその気持ちを尊重したいのだ。
「あたしは……救ってやりたい。話を聞いて、どうするのがヒイロにとって良いのか一緒に考えてやりたいんだ」
「じゃあ、俺は全力でそれを手伝うよ」
「ライ……」
ライはエイルの視線に笑顔で応える。
「それに……ベルフラガもそのつもりだから来たんだろ?」
「フフフ……そうですね」
レフ族はお人好し……そして同族への思いやりはとても深い。半分の血を継ぐベルフラガも、薄れた血を持つアービンもその想いは一緒らしい。
「じゃあ、ヒイロと対話が最優先。たとえ戦いになっても絶対に死なせないこと……それと、出来れば家族の元に帰してやることが今回の目的だな」
「わかりました」
「そしたら次はベルフラガだぞ?テレサさんを救ったら二人でお母さん……ソフィーマイヤさんに挨拶に行かないとな?」
「………貴方はお節介ですね」
「まぁね!良く言われるぜ!」
ライはビシッ!と親指を立てウインクしている。ベルフラガは思わず吹き出して笑った。
(成る程……これが白髪の勇者か。皆が楽しそうに語る訳だ)
噂の男の気取らなさにアービンは頬笑む。
世界最強とも目される勇者ライ・フェンリーヴは……全員に向かい世話しなく親指を立てていた為に、アービンの微笑みは半笑いに変わってしまった……。
「クロマリ、シロマリ、入り口を頼む。ここは寒いから蜜精の森で待っててくれ。帰る時にはまた喚ぶからさ」
『わかったである!』
『行くでおじゃるよ!』
そしてライ達は、開いた異空間の穴へと踏み込んだ。
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