第七部 第五章 第一話 追跡


 トルトポーリスに辿り着いたライは早速フェルミナ達との合流を果たす。

 だが……ここで予想外の出来事が起きる。フェルミナがベルフラガと対立していたのだ。


 かつてライとフェルミナが離れる切っ掛けとなったベリドはベルフラガでもある。その為、恨みに似た感情があったのだろう。


「フェルミナ……もうその辺りで赦してあげない?」

「嫌です」


 プイッと顔を逸らすフェルミナ。いつもならライの言葉に従うフェルミナがこうもヘソを曲げるのは珍しいことだった。


「ベルフラガとは和解したんだ。どうしても果たしたい願いがあったこともわかった……だから」

「嫌です」


 とりつく島もないとはこのこと……。皆に待って貰っておきながら更なる混乱を齎してしまったことにライは困惑を隠せない。


「……悪い、ベルフラガ」

「いえ……。これも我が身から出た錆ですね……」

「とはいえ、フェルミナの機嫌を直さないとテレサさんを救えない。説得するからちょっと待って貰える?」

「……わかりました」


 ここでベルフラガの願いが果たせないと、折角味方になる人材が減ることになる。何より心情を理解できるだけに、ライとしてはやはりテレサを救ってやりたかった。


「アービンさんも……すみません」

「いや……何やら複雑な事情があるみたいだね」

「アハハ~……」


 苦笑いを浮かべるライはエイルにも謝罪しようとしたが……。


「エイル……」

「あたしには謝罪はいらないから、フェルミナと話し合ってやれよ」

「悪い……」

「その代わり一つ貸しだぜ?後で返して貰うからな」

「わかった。じゃあ、ちょっと話してくるからアービンさんとベルフラガにお茶でも……」

「わかった、わかった。こっちは気にするなって。折角だからレフ族の関係者同士で少し話をしてるよ」


 エイルは呆れたような顔で笑い肩を竦めると、ライとフェルミナを送り出した。


「……あの二人はどういう関係なのですか?」


 ベルフラガはフェルミナの様子が気になったらしい。そこには大聖霊が恋愛感情を持っていることへの興味も含まれているのかもしれない……。


「ん?ああ。フェルミナはライの大事な女だよ」

「そうですか。彼女がライの……」

「勿論、あたしもライの大事な女だけどな?」

「………。はい?」

「おかしいか?」

「い、いえ……」

「因みに他にも居るぞ?ライの大事な女」

「…………」


 ベルフラガは少し遠い目をしていた……。


 テレサを一途に想い続ける男ベルフラガには、少し刺激が強い話か……。


「ま、まぁ、英雄色を好むとも言うから……」

「ライは童貞だぞ、アービン?」

「ど!?……ちょっ、エイル殿!」


 女性であるエイルから飛び出した言葉にアービンはかなり動揺している。対するベルフラガは逆に興味を持ったらしい。


「それは……どういうことですか?」

「ん~……道端じゃ何だからライが言ったように店で話そうぜ?」

「そうですね」

「…………」


 少し雪がチラついているトルトポーリスの空は、間も無く本格的な冬が訪れることを告げている様だった……。



 エイルがレフ族の血縁達と話をしている間、ライはフェルミナの説得を試みる。どこか落ち着いて話せる場所をと移動しながら見付けたのは、海沿いの公園の長椅子だった。

 屋根はあるが吹きさらしで気温が低い為、人影はない。話し合いには都合がよいだろう。


「フェルミナ、寒くないか?」


 大聖霊が寒さ如きで凍えることがないのはライも理解はしている。が、やはり印象の問題で気になった。


「大丈夫です。でも……」


 フェルミナはライから貰った純白のコートを【腕輪型空間収納庫】から取り出し身に纏う。合わせてライも対照的な黒のコートを羽織った。


「温かい……」

「気に入った?」

「はい」


 そうして二人で椅子に腰を下ろすと同時に魔法で冷気を遮断し外気の流入を減少させる。


「……ベルフラガを赦してやってくれないかな。アレはベルフラガではあるけど、当人の意思とはまた別に動いていた様なもので……」

「関係ありません。あの人がやったことのせいで私はライさんと長く離れることになったんです。それに、ライさんも酷い目にあったんですよね?」

「う~ん……その辺りは力をぶつけ合って和解したよ。フェルミナと離れた点では……確かに責任はあるのかもしれないけど、それだって俺が弱かったからだし」

「でも……」

「フェルミナ。俺はベリドとの戦いが無かったら多分もっと早く死んでいたと思う。あの出来事があって世界を巡って強くなれたんだ。そのお陰でこうしてフェルミナと居られると思っている」

「…………」


 確かに『エノフラハ魔獣事件』が無ければライは旅に出ることもなくシウト国に居たまま……大きな成長も果たせなかっただろう。

 結局のところライの成長はメトラペトラとの出逢いが大きいのだ。


 途中で帰る選択肢もあったが、そうしなかったのはライ自身である。そしてシウト国に滞在したままだった場合、ライは環境に甘えていただろうと自覚している。その場合、世界は多くのものを失っていたことは想像に易い。 


「フェルミナに寂しい思いをさせたことは本当に悪かったと思う。でも、それは俺の責任……その償いは改めてする。一方で俺は自分の運命に感謝してるんだ。あの旅が無ければフェルミナの姉弟であるメトラ師匠やクローダーも解放できなかっただろ?」

「それは……」

「他にもエイルやトウカ、ホオズキちゃん、リーファムさん……フェルミナにとっても大切な出逢いじゃなかった?」

「……………」


 確かにフェルミナにとっても大切な縁になった同居人達。特にエイルやトウカとは姉妹と言える程の仲となった。


「……ライさんは狡いです。私がどうして……」

「わかってはいる……つもりだよ。フェルミナは俺を苦しめたベリドに怒ってくれているんだよね。でもさ……もし立場が逆だったら俺もああなっていたと思うんだ。フェルミナやエイル……同居人を救う為なら俺は魔王にもなるよ、多分」

「…………」

「納得しろとは言わない。でもベルフラガは今後、闘神と戦うにも大きな力になってくれる筈なんだ。だから……」

「……わかりました」


 フェルミナは結局、ライに甘い。誰よりも強いつながりは大聖霊契約の賜物かもしれないが、フェルミナ自身もライという人物が必要不可欠になっているのも事実。

 とはいうものの理解はしても不満は残る。そこでフェルミナはライに対して我が儘を言いたくなった。


「代わりに対価を要求します」

「た、対価?」

「はい。週に一回の添い寝を要求します」

「添い寝……」


 フェルミナはすっかり以前のような甘えん坊に戻っている。二人きりだからかもしれないが、ライは少し嬉しくなった。


「アハハハ」

「何で笑うんですか?」

「いや……懐かしいなぁと思ってさ。初めはフェルミナ甘えん坊さんだったなって」

「今も変わってないですよ。我慢してるだけです」

「そうなの?」

「そうですよ」


 ローナの教育の賜物か聞き分けが良くなっていたフェルミナ。そう考えれば色々我慢させすぎていたかもしれない。


「わかった。善処します」

「本当ですか?」

「うん。ま、まぁマーナ辺りが騒ぎそうだけど……何とかなるだろ」


 その瞬間、パッと明るい表情になったフェルミナ。ライも大概に甘い。


(対価というより、寧ろご褒美だけどね)


 この約束はまた騒ぎの種となるが、それはまた後のお話し……。


 ともかく、フェルミナは添い寝をすることで納得し話は纏まった。これで問題は解決するかと思われたのだが……。


「良し。じゃあ、あたしも添い寝で」


 皆の元に戻った途端、フェルミナはエイルに経緯を話した。仲が良い故に話が伝わるのは仕方がないのだが……エイルは早速対抗意識を燃やした。


「エ、エイルさん?」

「貸しはそれでチャラだ」

「あ、あのね?」

「あ、あたしだって我慢してるんだぞ?フェルミナが良いなら、あたしにもそうしてくれても良いだろ?」

「うっ……」


 エイル、ここぞとばかりに上目遣いで乙女の表情……勇者さんはタジタジだ!


「それとも嫌なのか?」

「嫌じゃないけど!寧ろ嬉しいけど!いや……そうじゃなくてね?」

「じゃあ、何が不満なんだ?」

「不満じゃなくて不安なんだよ。俺、寝てる時にあれこれやらかしそうで……」


 眠っている内に無意識に手が動かないとは言い切れない。かといって眠らずに添い寝をするのは拷問とも言える所業である。

 基本、ムッツリ勇者さん……成長を果たしたのはその強さだけに非ず。エロ根性も当然、成長しているのだ。


「アハハ。別に良いよ……な?フェルミナ?」

「はい。好きなだけ」

「い、良いのぉ!?本当にぃ!?」


 ライの中から『スーバーリビドー勇者』がひょっこり顔を覗かせた!


 しかし、そんな様子にアービンが咳払いをして注意を促す。見ている側もかなり恥ずかしい様だ。


「そ、そういった話は後にしないか?」

「あ……アハハ~……。ごもっともです~」

「………」


 緊張感の無いやりとりにベルフラガは再び遠い眼差しをしている。しかし、そこは流石の『伝説の魔導師』さん……しっかり話を軌道修正。


「ともかく……この街の魔人の件ですが、確かにレフ族の気配を感じます」

「気配か……。俺にも強い魔力の残滓みたいなものは感じるけど、レフ族かまでは判らないな。アービンさんも判るんですか?」

「何となく……ではあるけどね」

「これはレフ族の血縁だから分かるものかもしれませんね」


 事実、最初に気付いたエイルは魔力だけで言い当てたに等しい。恐らくレフ族の血が濃い程感じ得るものだろうとベルフラガは口にした。


 レフ族の長・リドリーの話が確かならば、トルトポーリスに居るのは純血のレフ族である『ヒイロ』ということになる。故に気配が強い可能性もあるのだが……。


「じゃあ、居場所は判るのか?」

「いえ……今は神具で認識阻害していると思われますね。いや、これは隠遁とでもいうべきか……」

「う~ん。じゃあ、取り敢えず……」


 ライは額のチャクラの力である《千里眼》を発動するも霞が掛かったように対象が見えない。


「ダメだ……てことは事象神具で隠れてるのか」

「三百年前のレフ族ならばそういった可能性もありますね。ですが、それはそれでやりようがあります」

「どうするんだ?」

「追跡魔法の一種ですが……まぁ見てもらった方が早いですね」


 ベルフラガが魔法を発動すると周囲に朧気な影が揺らめく。街の人々は驚きの様子を見せていたが、ベルフラガは気にする様子はない。


「もうちょっと目立たない方法は無いのか?」

「大丈夫ですよ。実害はありませんし」

「いや……そういうことじゃなくてさ?」

「たまにこういうことか起こった方が国としての警戒心が高まるんですよ」

「そんなものなのか……」

「そんなものですよ」


 ベルフラガのいう通り警備の兵が出てきたのを確認したライは妙に感心している。


「さて……あの揺らめきは魔力痕跡です。古いものは薄い黒に、新しいもの程濃い赤になっています」

「つまり、一番鮮やかな赤い影の近くに『ヒイロ』が居るんだな?」

「恐らくは……ですがね。レフ族長老の話から察するに、この地に居るのは家族を見守る為と思われます」


 そんなベルフラガの言葉にエイルは疑問を呈する。


「だったら家族の元に帰れば良いじゃんか」

「帰れない理由があるのでしょう。魔人化の方法次第では異形化の可能性……または、まだ目的を果たせていないか」

「目的……?」

「当時の子供が姿を隠すとなれば余程のこと……私は今回の話が案外大きな問題に繋がる予感がします。その辺りは当人に聞いてみましょう」

「………。そうだな」


 トルトポーリスに警戒体制が拡がる中、『ヒイロ』とおぼしき人物への追跡が始まった。


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