第七部 第四章 第十六話 訪れた限界
ベルフラガはライと共にトルトポーリスへ向かうことを選択した。
一方、リーファムは……。
「リーファムさんは居城の皆に経緯を伝えて貰えますか?アンリも心配していると思うんですが……」
「ええ……そうさせて貰うわね。マリアンヌ達にも伝えておくわ」
「助かります」
リーファムは早速転移にてライの居城へと向かう。きっとマーナは心配している筈……。ベルフラガの無事を喜ぶに違いない。
「さて。俺達もトルトポーリスに……と思ったんだけど、そう言えば行ったことないんだよね」
「私は行ったことがあるので一緒に転移できますよ?」
「そりゃ助かる……けど、悪い。ベルフラガは先に行ってくれないか?ちょっと野暮用があるんだ」
「それは構いませんが……野暮用とは?」
「ん~とね……トイレ?」
ベルフラガはガクッと体勢を崩した。
「ま、まぁ、生理現象は仕方無いですね。でも、トルトポーリスにもトイレはあるのでは……?」
「だって!皆の前で『大きい方』を待ってて貰うなんて、オラこっ恥ずかしくて……!」
両手で顔を覆い肩をイヤイヤと振っている勇者さん。伝説の魔導師さんの視線は生温い……。
「わ、分かりました。では、先に……」
「悪いね~。あ……この刀を見せれば信用して貰える筈だから」
そういってライは腰の愛刀・頼正を手渡す。それはライの信頼の証──。
「なるべく直ぐに行くからさ。トゥルク国なら俺も転移できるし、そこからなら飛翔でも直ぐに着くと思う」
「そうですね。では、待っています」
ライの刀を受け取ったベルフラガは転移の光を残して消えた。
そして……ベルフラガが消えたのを確認したと同時にライは崩れるように膝を着く……。
「ぐ……あぁぁぁ━━━っ!?」
ライは両肩を抱えるように踞ると絶叫した……。
小刻みに震え、遂には倒れのたうち回る。周囲には血が飛び散りライの服は黒く濡れ始めた。
『主!?』
「ぐ……ア……トラ……ガァァ━━ッ!」
『主!大聖霊化の影響で限界が……!?』
アトラの機能で回復魔法を発動するが全く効果が見えない。吐血し、肉は裂け、全身に黒き血管が浮かび上がる。目は内出血で赤く染まり血の涙が流れた。
激痛に耐性があるライが人目を憚らず悲鳴を上げ続ける程の苦痛──アトラは自らの無力を嘆くことしかできない。
そんな中……ヒラリと一枚の羽根が舞い落ちる。
「やれやれ……本当に無茶ばかりだね、キミってヤツはさ?」
現れたのは赤い鳥……時空間を司る大聖霊、オズ・エン。
「オ……ズ……ぐっ!うぅ!」
「……仕方無いね。ちょっと待ってて」
肩を竦める仕草を見せ溜め息を吐いたオズは、ライに向かい片翼で羽ばたく。青い光に包まれたライの傷は、みるみる塞がった。
「ハァ……ハァ……。助か……った……よ、オズ……」
「油断はダメだよ、ライ。君の身体はもう限界……クローダーに忠告されていたでしょ?」
「それ……で……も……」
「ハイハイ、君の性分は理解してるよ。ベルフラガの為に全力で向き合いたかったんだよね?でもね、ライ……存在が崩壊したら【次】にはいけないんだからね?」
「……つ……ぎ……?」
「この回復も二度目は効かないよ。キミはあらゆるものを吸収して適応してしまうから……。それは長所だけど短所でもある。分かったら『その時が来るまで』無茶はしないこと……と言っても聞かないんだろうなぁ」
オズは今度は自らの腰に翼を当てながら溜め息を吐いた。
「アトラ。もう大丈夫だから改めて回復魔法を掛けてあげて。それと、次にライが肉体崩壊が起こらないようキミが制限してあげるんだ……出来るよね?」
『わかりました』
「大聖霊化や精霊化、勿論半精霊体も禁止。それが無くてもライは強いんだから何とかなるよ」
クルリと背を向けたオズは大きく翼を広げると、最後はまるで別人の声でつぶやいた。
『間も無くお前にとっての分岐点が来る。俺達が視えたところまでは手伝ってやるからよ……』
大きく一羽ばたきし空に飛翔したオズは、最後にもう一言加える。
『だから……この世界の為にも勝手に死んでくれるなよ?』
オズは空高く昇り空間に融けるようにその姿を消した──。
「………。はっ!?お、俺は……。…………。どうしたんだっけ?」
意識を取り戻し大地から跳ねるように身体を起こしたライは、まだ重さが残る頭を振りつつ記憶を辿る。
周囲はシウト国ノルグー領にある『英霊の墓』──少しづつ記憶の靄が晴れ始まった頃、声を掛けたのは竜鱗装甲アトラだった。
『覚えていませんか?』
「アトラ……。え~っと……確か、此処でベルフラガと戦って……」
『……決着の後、主は遂に限界に至り倒れてしまわれたのです』
「………。そっか……ああ、思い出した」
会話の途中で自分の身体の違和感に気付いたライは、ベルフラガを先にトルトポーリスへと向かわせた。その後、全身に激痛が走り意識混濁状態となった……。
ライは自らの身体を確認する。傷は消えているが肌や服は血塗れだった。
「オズが……何とかしてくれたのは少し覚えてる」
『はい。主……その大聖霊オズ・エンからの忠告です。【半精霊化以上の力を使うな】とのこと……。その為に私は主の封印となろうと思いますが宜しいですか?』
「………」
精霊体以上はともかく、半精霊化まで封じられるのは正直不安が残る。しかし、このままでは闘神と戦う以前に身体が崩壊する可能性もある。
オズは《未来視》を使える……最悪の事態を避けるためには素直に忠告に従うべきだろう。
「………。わかった。アトラ、頼む」
『申し訳ありません』
「いや……アトラが謝る必要は無いよ。寧ろ心配を掛けて悪いね」
『いえ……』
「限界を試す筈が死にかけるとか洒落にならないよな。ハハ……ハ……」
『………』
残る力は素の状態の魔力と剣技、装備一式、各種契約、それと存在特性……成る程、通常ならば十分な力と言えた。
我が身の恵まれた状況をライは心から感謝した。
「今更ながらメトラ師匠のお小言が身に染みるな……」
常日頃、無茶をするなと言ってくれたメトラペトラ。心配させぬ為にも、やはり現状は悟られたくない。
(フェルミナにもこれ以上心配させる訳にはいかないしな。この身体……早く何とかしないと)
それでも一応、当てはある。
【
存在を神格に引き上げるあの力ならば負担無く使用が可能だろう。それと、もう一つ……オズ・エンの言っていた言葉……。
【分かったら『その時が来るまで』無茶はしないこと……】
恐らく『その時』というのが、情報の大聖霊・クローダーの示唆していた『問題が解決する』時……つまり、存在の崩壊からの解放。
ただ、そこに至るには苦難の道だとも告げられている。若干の不安は残るが、どのみち歩みを止める訳にも止めるつもりも無い。
「ま……やるだけやるさ。でも、アトラ……俺が命を賭けると決めた時には封印を解いてくれよ?」
『……お断りします』
「流石、アトラ……わかって……え?こ、断っちゃうの?」
アトラ、初めてライに逆らう。ライはかなり驚いていたが盛大に笑った。
「そっか……。相棒がそこまで言うなら従うしかないな」
『………』
「自慢じゃないけど俺は結構馬鹿だからね。アトラがそうやって上手く助けてくれれば安心だぁね」
『主………』
「さて……。じゃあ、最後に一仕事……」
『その前に血の痕跡を消すべきかと』
「あ……確かに……」
傷は塞がっているものの血塗れの衣装や肌を見ればフェルミナやエイルが心配する。洗浄魔法にて手早く身綺麗になり、トルトポーリスへ向かう準備を始めた。
「こんな忘れられた土地でも英霊が眠ってるんだ。ちょっとは直していかないとな……騒がしくして悪かったね、英霊さん達」
といっても、英霊達の魂は元々ドラゴン達の魂である。もうとっくに竜の卵に戻りロウド世界に新たな生を受けているだろう。
その行動は飽くまでライの気持ちの問題……墓を荒らしたままにしたくなかった、というのが本音だった。
周囲はともかく、ライが展開した結界内はかなり派手に破壊されている。それを大地魔法と《物質変換》を使用しできる限り『英霊の墓』を元に戻した。
「……。うん。魔法は問題無く使えるな。オズに感謝しないと」
『疲弊は残っていませんか?』
「少し怠いかな。あ……リーファムさんから貰った薬があったんだっけ……」
薬の小瓶を開け一口で飲み干す。同時にライの身体は金色に輝いた。体力、魔力は
「……凄ぇ。これはもしかして……」
『はい。
ベルフラガと並ぶだろう魔導師リーファム……。その出会いもまた幸運だとライは改めて思った。
「さて……行くか」
『了解しました。転移は私が行います』
「頼むよ」
転移先はトゥルクの西。かつての邪教の総本山『
「アトラ」
『はい。感知しています』
「凄く微弱だけど……これがアスラバルスさんの言っていた魔王級か……」
飛翔しながら気配を辿れば、岩山の中にポツリと城らしきものが見える。だが、敵意どころかライが近くを飛翔しても反応がない。
「詳しい話は知らないけど今は休眠状態なんだっけか……。下手に刺激して動き始めても面倒だしトルトポーリスへ急ごう」
『そうですね』
気持ち飛翔速度を上げつつ北西へ……。
やがて見えてきたのは沿岸部に構築された街。周囲を長い壁で囲み、海側は港になっていた。
実質、街の半分が港……船は貨物船も軍艦も全て武装されていた。内、幾つかは通常の船とは大きく形状が違う流線型の船だった。
市街地は薄茶色の建物が多く、所々に半球状の屋根をした塔が伸びている。中央にある大きな礼拝堂の様な建物は恐らく王宮といったところだろう。
【海洋都市国家トルトポーリス】
海運交易と漁業、そして魔石輸出にて成り立つトルトポーリスは、他国と商業提携はしても同盟を結ばないという独立国家でもある。
街はこの沿岸都市のみ。周囲は一部の自然を除き岩山であることに加え、北の土地故の寒冷期間の長さから農耕には向かない為、国民の殆どは都市部に何等かの仕事を持ち生活していた。
また海洋上には幾つか小さな島が存在し、魔導具を利用した環境開発を行ない温暖な気候を維持する結界開発に成功。農耕地にすることにより食料自給率は七割を確保している。
そんな独立国家トルトポーリスではあるが、近年多発する脅威に対し国民の不安が高まり他国との同盟を求める声が増えているらしい──というのは親友ティムから聞いた話だ。
「魔人か……」
『どうしました、主?』
「いや……このトルトポーリスって何かとレフ族との関わりが深いなって思ってさ」
今回の魔人がレフ族なのは間違いないとエイルは言っているらしい。しかし……【魔人転生の術】はエイルが長老リドリーの家から文献を盗み見て使用したもの。
遠く離れたトルトポーリスの……しかも子供のレフ族が同じ真似ができるとは思えなかった。
では、どうやって魔人化したのか……疑問として残る。
(まぁ、魔人化に至る方法は他にもあるけどさ……)
朧気に感じるその魔人らしき気配……明確に場所が分からないのは認識阻害を行っているのだろう。
「取り敢えず皆と合流しよう」
そうしてライは、トルトポーリスの街の中に転移を果たすのであった。
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