第七部 第五章 第五話 樹海を走る


 異空間内──ライ達は樹海の中を抜けヒイロの元へと向かう。


 フェルミナは浮遊しているので飛翔とほぼ変わらない移動。エイルは軽い跳躍をしながらの移動だ。

 一方、ライとベルフラガ、そしてアービンはそれぞれ地を駆ける。ライやベルフラガば精霊化すれば概念力で飛翔ができると思われるが、力の温存の為にそれを避けていた。


「そう言えばベルフラガ……この異空間の情報書き換えって出来ないのか?」


 ライの指摘はベルフラガの存在特性を利用し異空間の主導権を握れないか……というものだ。それが出来るならば障害の大半を排除した上、ヒイロに逃げられることも防げる。


「異空間の情報を書き換えるには【空間の要】を見付ける必要があります。しかし、この広さですからね……残念ながら私の存在特性が及ぶ範囲はそこまで広くないので、近付かねばなりません」

「成る程……」

「それに、【空間の要】は十中八九ヒイロの傍にある筈ですよ?」

「ムムム……。じゃあ、《千里眼》で見付けても結局ヒイロに会う方が早い訳か……」


 想定の範囲とはいえ、そう上手く事は運ばないらしい……。 


「私からも質問ですが、貴方と私なら精霊化による概念飛翔でヒイロの元へ行けるでしょう?何故、そうしないのですか?」

「う~ん……ベルフラガはともかくヒイロは俺を警戒すると思うんだよねぇ……レフ族じゃないし。ベルフラガは説得する自信ある?」

「………いいえ」


 恐らくこの中でヒイロが対話に応じるのは、純粋なレフ族であるエイルのみではないか……というのがベルフラガの意見だ。


「あたし?いや……ベルフラガでも大丈夫じゃないのか?」

「私が昔トルトポーリスに行った際には、ヒイロは姿すら現しませんでしたからね……。その点、エイルは一度会話していますから適任だとは思います」

「じゃあ、あたしが飛翔して行けば良いのか?」


 聖獣コウも概念力による飛翔はできる……筈なのだが……。


『残念だけど無理だね』

「何でだ?」

『だって、走らないとエイルの乳房が揺れないだろ?そんなの、許せないよ!』

「くっ……こ、このエロ聖獣……」


 プルプルと震える拳を握るエイルだが、コウと融合状態なので振り下ろす先が無い。


『冗談だよ、エイル。実は飛翔しようと思ったんだけどできないんだ。多分ライとベルフラガも同じじゃないかな?』

「そうなのか?」

「つまり……空の利は相手側にあるということですね」


 現在、一同は鬱蒼とした森を木々を避けながら走っている状態。視界も足場も悪いので感知纏装を展開し警戒しつつの移動は、予想以上の負担となっている。


「そろそろ最初に出現した魔物と遭遇する頃だが……」


 アービンがそう呟くや否や森の地面が盛り上がる。地中から飛び出してきたのは、ミミズ型の魔物──。

 更に……バキバキという音を立て木々を薙ぎ倒し迫るのは巨大なクワガタ虫。他にも大きな蛇型と種類に統一性が無い魔物が襲い掛かってきた。


 反射的にライは波動吼 《無傘天理》を発動し魔物を押し退ける。


「……何か空気が重いですね」

「それが波動だよ。ベルフラガは波動魔法使えるんだから、波動だけ分離すれば使えるぞ?」

「簡単に言いますが、それは無理ですよ。私は波動を理解していませんので」


 ディルナーチ大陸・久遠国の勇者カズマサは初めから覇王纏衣が使えたが、逆に命纏装と魔纏装の分離には苦労していた。どうやらベルフラガはそれと同じで、波動を知覚できていない様だ。

 

「んじゃ、後で教える。それよか、何でコイツらはベルフラガの神具が効かないんだ?」

「簡単ですよ。この魔物達には音が判別できないのでしょう」


 魔物は動物の魔人化とも言える変化である。しかし、元が生物ならその生態はあまり変わらないと思われる。 

 蛇は音ではなく振動に反応する。昆虫やミミズもそれは同様だ。『神具・無間幻夢』は鐘の音であることを理解できる者にのみ絶対的な効果を生む。故に、人間であっても耳が聴こえない場合には神具は通じないのだ。


「う~む……無力化は簡単だけど、一々相手するの面倒だな」

「じゃあ、こうしようぜ?」


 一歩飛び出したエイルは二、三度腕を振り、進行方向に飛翔斬撃を繰り出した。幹を断ち斬られた樹木が倒れ地響きが伝わる。

 同時に、聖獣コウの力で生み出した赤く熱された鉱石を飛ばし木々に撃ち込む。


 生木はそう簡単には燃焼しない。が……一つ、発生することがある。エイルの考えは直ぐに一同に伝わった。


「成る程。虫はいぶすに限る、か……」


 アービンが腰の神具・明星剣を抜き放てば、その刀身は刃を複数枚重ねた扇の様な形状をしていた。アービンはそのまま力一杯剣を横に振るう。


 猛烈な風が起り、樹木から発生した煙が奥へと流れて行く。


「……良い案ですが、少し煙が少ないですね」

「え~……?ちょっとは樹を間引いた方が森には良いんだぞ?」

「ここは異空間ですからね……どうなるかは直ぐに判るでしょう」


 煙を浴びた魔物達は確かに動きが鈍って見えた。が……燻されていた樹木はスッと消滅し煙は減少を始める。


「やはりですか……。森林は自動再生ですね。昆虫型が躊躇無く樹を薙ぎ倒したので予測はしてましたが……」

「チッ………面倒だな、もぅ!」


 流石のエイルも木々を幾度も斬り倒すのは抵抗があるらしい。異空間に構築された樹木は自然派生した本物とは限らないが、少なくともこの空間内では本物と変わらない。樹を無駄に傷付ける事への抵抗感……それは自然を愛するレフ族ならではとも言える。


「では……どうするのが良いだろうか?明星剣を変化させて氷結すれば、殆どは止められると思うが……」

「異空間が広いのでそれだと貴方が魔力切れになりますよ、アービン。そして残念ながら明星剣は貴方にしか使えない……我々の纏装による技でも広範囲を補えないですし」

「じゃあ、認識阻害の纏装ってのはどうだ?」

「本能で生きている虫相手に認識阻害が通じるかは微妙ですね。幻覚の纏装も同じですが、我々同士が互いを見失う可能性もありますので地道に行くしか無いですよ。エイル」


 この言葉を聞いたフェルミナは自らの概念力使用をライに提案する。しかし、ライはそれを止めた。


「何故ですか?」

「フェルミナには攻撃をさせたくない。眠らせる程度なら構わないけど数も多いだろ?」

「今の私なら大丈夫ですよ?」

「う~ん……実はね?」


 フェルミナとの会話を大聖霊紋章を利用した念話に切り替えたライは、一つの懸念を伝える。


『どうもヒイロは精霊格に到達してるっぽいだろ?でも、エイルから聞いた話じゃ精神も子供の印象があるからさ……』

『もしかしてライさんは、ヒイロが封印されていたエイルと同じ様な状態だと考えているんですか?』

『流石フェルミナ、話が早い……。そう。多分ヒイロは魔力臓器が歪んでるんだと思う』


 長き封印が解けライと出会ったばかりのエイルは、禁術である【魔人転生】の影響から魔力臓器が歪んでいた。それを癒したからこそ精神が安定し今のエイルが居るのである。

 ライの推測だが、ヒイロは何等かの禁術に近い方法で精霊化に至ったと見立てていた。


 ヒイロを救うにはその歪みを癒やさねばならない。しかし……現在のライではそこまでの力を行使できるか分からないのだ。


 何せ精霊格は魔人よりも上位存在……ヒイロはベルフラガのように確固たる自我が維持された状態ではないのだ。その上ライは能力全開使用という力の行使は恐らく無理だろう。

 ライは当然その事は隠したまま、フェルミナとの念話を続けた。


『ヒイロとは多分、ちょっとした戦いになると思う。でも、死なせたくないから無力化……そうなると俺も結構消費すると思うんだ。だから、ヒイロの異常を癒すのはフェルミナに任せたい』

『それは構いませんが……ここから連れ出した後でも良いのでは?』

『いや……多分、ヒイロを無力化し出ようとした途端に異空間が維持できなくなる……気がする。勘だけど』

『……わかりました』

『頼んだよ、フェルミナ。この話をベルフラガにすると魔物を殺す流れになりそうだからさ?たとえ【創生】で生み出された相手でもそれは避けたい』


 それは紛れもないライの本心でもある。フェルミナはライの心中を悟り小さく微笑んだ。


『ライさんは優しいです。でも……本当に危険な時は躊躇わないで下さい』

『うん。ありがとう、フェルミナ』


 フェルミナに微笑み返したライは、そのまま竜鱗装甲アトラとの念話に切り替える。


『アトラ……聞いていたな?』

『はい』

『分身を使いたい。許可をくれ』

『負担を抑えるなら朋竜剣が使えると思われますが……』

『そこは使い勝手の問題だな。朋竜剣にはまだ慣れてないからさ……?』

『……仕方ありませんね。しばしお待ちを』


 アトラはペンダントの形態から鎧型に展開。そのまま同期を行いライの身体状態を診断する。


『………。魔女リーファムから頂いた【神水】のお陰で回復していますが、やはり無理はさせられません。存在の限界は長き眠りでしか癒せませんから』

『分かってる』

『では、今回は最大十体以下の分身展開を五回以内で抑えて下さい。それを越える場合は強制封印します』

『アトラ、厳しい』

『これも主の為ですので』


 アトラはベルフラガとの戦いでライの【大聖霊化】を許可したことを後悔していた。だからこその厳しい制限──ライは勿論それを理解している。


『わかった。……。アトラ……存在の崩壊はお前のせいじゃないからな?それに、お前がこうして支えてくれているから安心して動ける。感謝してるよ』

『主……』

『それに、使用の目安を教えてくれるのは分かりやすい。十体以下、五回以内だな?』

『はい。どうか御自愛を』


 その間も魔物を押し退け進む一同。ライは走りながら幾つか試してみる旨を伝えた。


「エイルのアイデアは悪くなかったよ。で……煙が足りなければ増やしてみようと思う」

「具体的にはどうするんだ?」

「俺の分身は元が纏装だから色々できるのはエイルも知ってるだろ?で……これを空に跳躍させて、睡眠効果のある煙に変化させる。分身五体分あれば結構な量を作れると思う」

「そんなことができるのか、君は……」

「分身は俺の主力の一つなんですよ、アービンさん。結局、俺以外で使える人は居ませんでしたが……。ともかく空で変化させた後それを進行方向に拡散させたいので、さっきのヤツやって貰えます?」

「わかった」

「エイルとベルフラガも出来たら煙の拡散を頼むよ。俺達自身の睡眠防御は……必要ないな」


 ライは勿論、今のフェルミナが状態異常に陥ることはない。エイルは【御魂宿し】で、ベルフラガは【半精霊化】で同様の耐性を得られる。アービンは竜鱗装甲の効果により状態異常は無効化されるだろう。


 しかし、その策は飽くまで試しの手の一つ──。


 ライは魔物を無力化できるとは考えていない。これは移動距離を稼ぐと同時に、ヒイロの能力解明の為の情報収集でもあるのだ。


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