第七部 第五章 第六話 想定外の始まり


 ヒイロの力の謎は未だ特定が出来ていない。『異空間創造』、『空間操作』、そして『創生』──更に隠された力が存在する可能性もある。

 それらが魔法か存在特性かの判断すら付かない状況は、やはり対応を慎重にせねばならない事態と言えるだろう。


 先ずはヒイロの元へ──一同はライの提案を受け、早速分身体による煙を拡散させる。ライの分身五体は森の遥か上空へと跳躍し白煙へと変化、それをアービンは明星剣を使用し進行方向へと押し流した。

 エイルは融合した聖獣コウの概念力を用い巨大な鉄扇を【創造】。それを大きく振るいアービンの起こした風に流れを加える。ベルフラガは半精霊化し帯を渦巻くように回転……結果、魔力を伴わぬ気流を生み出した。


 ライは自らが変化した煙を上手くそれらに乗せ均等に拡散。異空間の森三分の一程へ行き渡ったことを確認し、一同は再び移動を始める。


「これで少しは効果があるかな?」

「さて……。ですが、煙が拡がった範囲はしばらく効果が持続するのでしょう?それならば、少なくとも戦わずに済む距離は稼げると思いますが……」

「これを何回か繰り返してヒイロの元まで行ければ御の字……だけど」

「そう上手くはいかない……ですか?」

「う~ん……俺の経験上、こういう対策しても予想を上回る事態が起きるんだよねぇ……。だから多分、途中までは行けるけどそこから大変」

「それでも魔物は殺さないのですよね?」

「まぁね。どうしようも無くなったら別だけど」

「貴方は面倒な方ですね……。……。だから私も救われたと考えれば仕方ないのでしょうが……」


 ベルフラガは肩を竦めて溜め息を吐いた。が、その表情には不快な様子は無い。つまり、容認の姿勢と見て良いだろう。


「まぁ、ウチには魔物に縁がある人多いからさ……。俺もだけど」

「それって海王……リルのことだよな?」

「ああ。エイルは魔物の方とは会ったこと無いよな。ゴタゴタが片付いたらディルナーチの様子も見に行かないと……やること山積みだ」 


 闘神の軍勢との戦いには世界が団結せねば対峙することすら儘ならない──しかし、世界は未だその為の繋がりを果たしていない。


 かくいうライ自身もシウト国の騒動に巻き込まれた形となり、しかも縁のある相手から憎しみを向けられる始末……。だからこそ自ら踏み込むことができていないとも言える。


 縁を結んだ者に心を砕く……多くの者を救ったその性分が自分自身を苦しめているというのは、何とも皮肉な話である。


「ま、一つ一つやるしかない。ヒイロを助けてやれたら、次はベルフラガの大切な人であるテレサさん。そしたら、次は……」

「その時は一度居城に帰りましょう、ライさん」

「フェルミナ……?」

「一度ゆっくり休まないと心が疲れちゃいますよ?それに、皆も心配しています」

「……。うん……そうだな。わかったよ、フェルミナ」


 確かに今回、居城の皆には殊更心配ばかり掛けている。一度居城に戻る必要はあるとライは自嘲した。



 それからもライ達は森をひた走り、四半刻足らずで先程の煙が拡散した範囲の中程まで進んでいた。

 魔物との遭遇も無く順調に森を移動できているのは、睡眠効果が有効に作用している証……それを示すかのように、魔物が種類を問わず森の至るところで動きを止めていた。


「……どうやら、順調な様だな」


 アービンの言葉通り、今のところは順調……。


 だが、もう間もなく後から発生した魔物と遭遇する頃合……。地上側は未だ残る睡眠効果纏装の粒子により進行を防げるだろうが、上空からの魔物に対しては無防備になっている。


 そこでライは、再度分身体を展開……しようとしたのだが、フェルミナから発された声で踏み止まった。


「また……です、ライさん」

「また?……もしかして、眠ってる魔物が消えて新しく増援?」

「はい。此処からでは見えませんが、今まで通り抜けた位置から命の気配が消えて森のずっと奥から沢山の命が……」

「………。どう思う、ベルフラガ?」

「恐らく最初の判断通り【創生】ですね……。推測ですが聞きますか?」

「頼む」


 ベルフラガの判断では【創生】は魔法ではなく存在特性だろうという。理由はその発生数……。


 通常の魔法でも大量の魔法陣を展開するには限度がある。幾万もの魔物を神格魔法で生み出すには魔力の消費も並みではない筈だ。

 そして、今起こっているのは魔物の再創生──それを何度も行うのは尋常ではない魔力量が必要になる。


 だが……それが存在特性ならば少し事情が変わってくる。


 色々と制限のある存在特性ではあるが、その根源は自らの概念力。概念力は理の力なので魔力の様な明確な出量は存在しない。敢えていうならば、高き存在格を備えていれば無限の可能性に繋がる力でもあるのだ。 

 無論、無制限という訳ではない。存在特性は使えば使う程力が増す傾向にあるが、逆に消費も早くなる。それを制御するには強き意思──精神力が必要だ。


 そして精神力は存在格が高くなる程強くなる。ライの契約大聖霊達は封印が施され大きく存在の力を制限されていたが、それでも【大聖霊】という存在故に超常を行使できた。

 逆にトウカの母・ルリは、只人の身に余る強力な【未来視】を宿していたが故に大きく存在の力を消費し命を失う結果となった。


 だが……ヒイロは恐らく精霊格。しかもレフ族は、只人よりも高い精神力と長寿の生命力を宿している。それを考えればヒイロの存在特性は相当な力となっている筈なのだ。


「根拠は他にもありますよ?ヒイロの正確な存在特性は判りませんが、魔物が一度消えているのは上限の問題でしょう。わざわざ奥からやって来るのは【創生】を発動する距離の問題でしょうね」


 以前も述べたが存在特性には距離的な縛りがあるものが多い。【創生】や【情報書き換え】のように空間干渉とは別系統のものは、ある領域より外側への展開が難しいらしい。


「その辺りは存在特性の種類にも左右されます。といっても存在特性を使える者が少ないですからね……私も古い文献で知って自ら獲得した後に試したからこその知識です」

「そう言えば魔導師なのに存在特性にも詳しいよな、ベルフラガは……。クローダーから聞いたのは魔法の知識だけなんだろ?」

「私が存在特性に詳しいのはテレサのお陰ですよ。残されていた文献が役に立ってくれました。ライ……七千年前の狂乱神との戦いには魔法こそ存在しましたが、使用できたのは天使やドラゴン、そして魔術師だけ……意味は分かりますよね?」


 七千年前の魔法は『神の恩寵』と言われ適性のある者しか使用できなかった。複雑な魔法式と詠唱、相当量の魔力が必要だった為である。

 当時には【纏装】の技術は存在せず、人間は生身のまま神具・魔導具頼り戦いを余儀無くされる時代──。


 そんな人間が神と戦うには己の『存在の力』が不可欠だったのだ。


「つまり、昔は存在特性が主流だった……ってことだよな?」

「そうですよ、エイル。だからこそ存在特性の研究が残されていたのです」


 思いがけず存在特性の専門知識に出会うことが出来た訳だが、今は詳しく学んでいる場合ではない。それはベルフラガも理解している。


「ともかく、私の推測ではヒイロの存在特性は【創生】系統……となると、新たな疑問も出てきます」

「異空間のことか……?」

「そうです。エイル……貴方は異空間を創れますか?」

「一応は魔法で創れる……けど、こんな広さは無理だな」

「では、もしこの異空間を再現するとしたらどうします?」

「そりゃあ、専用の神具が必要だろうな。若しくは、誰かの力を借りる」

「具体的には誰から借ります?」

「そうだな……ライのクロマリとシロマリとか……」


 此処でライはベルフラガの言いたいことに気付いた様だ。


「もしかして……ヒイロは聖獣と契約してるのか?」

「当たらずも遠からず、と言ったところでしょうかね。ここでの要点はヒイロ以外が異空間を創っているだろうことです。そうなると、神具……若しくは異空間創造の概念力が必要になる」


 神具の場合、ヒイロは魔力を用い発動し要として固定しなければならない。そうでない場合は契約した存在に力を借りることになる。

 どちらの可能性も有り得るのだが、ベルフラガは少し違った意見も付け加えた。


「先程の話でも触れましたが、存在特性はその汎用に可能性があります。私ならあらゆる魔法情報を書き換える、ライならばあらゆる不都合を運で回避する……では、ヒイロの存在特性が創生だった場合は?」

「まさか……あらゆる魔物を生み出せるのか?」

「私の推測では……ですがね。縛りが魔物なのか生物全般なのかで判りませんが、この異空間は魔物が生み出していると私は考えています」


 魔物による異空間創造……それは前代未聞の話。


 確かに魔物には知性が高い個体も居る。空皇や海王の様な強大な存在も居る以上、存在特性が使えないとは言い切れない。

 だが……それでもそれ程高度な【創生】が可能なのか……一同は驚きを隠せない。


「……フェルミナ。どう思う?」



 【生命を司る大聖霊】フェルミナならば答えが分かる……とライは考えた。そして実際、フェルミナは直ぐに答えを出した。


「……結論から言えば可能です。そこまでの魔法式構築は難しいけど、概念力ならイメージで生み出せますから……。でも、私はそれ程の存在特性を扱える者を今まで知りません。それに今のロウド世界は本当に予測が付かないので……」

「…………」


 精霊化自体が特殊──故に存在特性能力の高い存在となっても不思議ではないという。


 確かに同じ精霊化を果たしているライやベルフラガも強力な存在特性を宿しているのだ。この場合、精霊化は存在の力を覚醒させるとも考えることができるだろう。


「では、空皇や海王の様な強大な魔物も創生できるのだろうか?」


 アービンの懸念……。それは『もし異空間を創れる魔物を生み出せるなら、同様に強さに特化した強大な魔物も生み出せるのでは?』というもの。

 しかし、これに関してはベルフラガが否定の言葉を述べた。


「恐らくですが、強大な魔物を創生すると相当な疲弊を伴うと思われます。その上数万の魔物を従えられるとは思えませんね」

「しかし、これまでに創生した可能性はあるのではないですか?」

「そちらは確かに否定できません。が……海王や空皇は御存じの通り巨体。力に合わせて肉体構築が大きくなるのが魔物の特徴でもあります。取り敢えずではありますが、感知はしていませんし……」


 勿論、空皇や海王の様な魔物は気配を消すこともできるので一概には言えない。しかし、少なくとも高台から把握した限りは存在していなかった。

 何より、ライがそれを感じ取っていないということがベルフラガの根拠でもある。


「貴方のことですから、今の会話の最中にも千里眼で確認しましたね?」

「ああ……でも、《千里眼》てのは結構細かく設定して探さないと駄目なんだよ。だから『この空間に潜む強力な魔物』では数体確認できた程度だ」

「……。数体は居るのですね……」

「流石に居るでしょ。ヒイロの傍に三体……地下に一体。でも、問題はそこじゃないかな」

「………。何を見付けたんだよ、ライ?」


 ライが困った表情で笑っているのを確認したエイルは、嫌な予感がした……。


「千里眼の探知設定を変えた。条件は『異空間内に潜むヒイロの主要戦力』……で、出てきたのが四体の魔物と【魔獣】が一体……」

「魔獣かよ!?」

「そう……。でも、魔獣は創生されたものじゃないっぽい。魔物の一体が寄生して操作してるみたいなんだ」


 これにはベルフラガも流石に動揺した。魔獣を操る魔物を創生できるまでの能力の高さを想定していなかったのだ。


「これは想像よりも遥かに厄介ですね……。……。それでも……魔物を殺さないのですか?」

「俺は殺したくない。でも……皆にまで無理強いはしないよ」

「………」

「ともかく、ヒイロの傍に集まってるなら却って好都合だ。やることは変わらない」

「そうですね……」


 先程同様にライの分身体五体を跳躍させ煙に変化、それを気流に乗せ流す──今度は上空にも拡がるように調整し、行き渡ってから一同は移動速度を速めた。



 しかし……ヒイロに辿り着く前には既に想定外が始まっていたと、この後ライ達は知ることになる───。




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