第七部 第五章 第七話 魔物に宿る可能性


 再び睡眠効果のある煙を散布し移動を始めたライ達……しかし、事態はここから変化を始める。


「念の為、神具を使います」


 ベルフラガは新たに向かってくる魔物に対し神具『無間幻夢の鐘』を使用。これで煙の届かぬ範囲の魔物も無力化が可能と考えたのだが……。


「……。やはり、そう来ましたか」

「どうしました、ベルフラガ殿?」


 何かを悟ったらしきベルフラガの言葉にアービンは警戒を強める。


「先程の話の中で、ヒイロの魔物創生の多様性について可能性を述べましたね……」

「はい。確かに」

「今回の魔物は皆、音が聞こえていない様なのですよ。どうやら一度目の無力化で原因を特定したのでしょう……創生した魔物を調整できるのは推測してましたが、まさかこうも早く対応されるとは思いませんでした」


 ヒイロは無力化の原因が音によるものと気付き新たに音の聞こえない魔物を創生──というベルフラガの判断である。事実、迫る鳥影はベルフラガの神具を受けても飛翔を続け迫っていた。

 これはある事実も同時に意味している。


「てことは、俺の煙の効果も効かなくなる訳か……」

「取り敢えず、今間近に迫っている魔物には効果がある筈ですよ。ただ、新たに創生された相手には通じないでしょうね……」

「厄介だな。う~ん……」


 足を止めることなく次の手を考えるものの、確実な手が思い浮かばない。


「煙の効果を昏倒とか混乱にしても……」

「その次で見切られますね。ヒイロに近付く程再創生された魔物との距離も近くなりますから、この空間の三分の二程ヒイロに近付いた所で打つ手が無くなるかと」


 ベルフラガはライの能力制限に気付いている訳ではない。分身を使用した効果散布を含め、ヒイロの魔物が適応を続けた際の限界を口にしているのだ。

 つまり、ライの制限を考えれば更に対応は苦しくなる。殺さない覚悟にも限界があるということはライにも理解できた。


「………。とにかく、行けるとこまではこのまま行こう。その間に新たな方法を考える方向で」

「最悪の場合は魔物を仕留めるということですか?」

「……。そこはベルちゃんの知恵も絞ってくれないと」

「ベルちゃん……」


 ベルフラガは微妙な引き攣り具合で笑顔を浮かべている。


 と……そこでエイルは自らに策があることを告げた。


「一応、あたしに手があるぜ?ただ、ちょっと疲労するからなるべく後に使おうと思ってる」

「それは確実な効果がありそう?」

「自信はあるよ。でも、やるならヒイロに近付いてからだな」

「わかった。頼りにしてる」

「おう!まかせとけ!」


 ライに頼られたのが嬉しいらしく、エイルは誇らしげに笑った。


 その後も対策を考えつつ移動を続ける一同は、まだ睡眠効果が残る森を走る。上空から迫る魔物は近付けば無力化される。その間に距離を稼ぐつもりだったのだが……。


「上空から火が来ます」


 ベルフラガの声に反応したライは波動吼・《無傘天理》を拡大。炎は逸れるも森は業火に包まれる。


「火を吹く魔物か……厄介な」

「この程度なら防げますから安心して良いですよ、アービンさん」

「それは助かるが、これで睡眠効果も薄れてしまうだろう?」


 煙の纏装粒子は火炎により焼かれ気流に流される。アービンの言う通りこれで距離は稼げなくなってしまった。


「仕方無いですよ。とにかく次の手を使います」

「次の手?」

「はい。皆、できるだけ下を向いて走って。絶対に上を見ないように」


 波動吼を解除したライは分身四体を展開し前方に広く散開、跳躍させた。そのまま纏装を光属性に変え目が眩むばかりの閃光へ……。

 上空の魔物のみならずライに反応して見上げた魔物や新たに迫りつつあった魔物も、その多くが視界を奪われ混乱に陥る。


「成る程……聴覚が駄目なら視覚ですか……。そうやって次は嗅覚や触覚を無効化していけば、最小限で魔物は対応をできなくなる。貴方は何というか……」

「フフン……頭良い?」

「悪知恵が働きますね」


 ベルフラガの言葉にガクッと体制を崩しつつも走り続けるライ。半笑いなのは自覚がある故か……。


「ま、まぁ良いさ。でも、多分そう上手くは行かないって言っただろ?これで解決にはならないよ」

「視力と聴覚……次は嗅覚辺りも閉ざした相手ならば、今度はそこまで正確な探知能力は無いと思いますが……」

「いや……多分だけど、一つ可能性がある。今までのベルフラガとの会話からの予想だけどね」


 それは勘だとライは前置きした。


「……一体どんな可能性が?」

「実は気になることは二つあるんだよねぇ。で、先ずは一つ目……の前に、フェルミナ。魔物の気配はどう?」

「はい」


 概念力でフェルミナが把握したのは、これまでの魔物全てが消え新たに発生した気配──今回はライの光が届き全ての魔物が再創生されたらしい。


「全部か……。それじゃ多分、次で辺り来るかな」

「何がですか?」

「【纏装】持ちの魔物」

「!?」


 ベルフラガは思考の中でライの推測を直ぐに肯定する。そして同時に、ヒイロがどれ程の脅威かを改めて理解した。


「……。完全に失念していましたよ。確かにヒイロの能力の汎用性を考えればそれも有り得る話です」

「マジかよ……本当に魔物が纏装使うのか?」

「そうですね……。普通の魔物は纏装など使えないでしょう。ですが、普通でなければ使えるのですよ、エイル」


 魔物は動物の魔人転生──正確には自然魔人化と同等の変化を意味する。魔物化した動物は肉体が変化し知性や肉体の進化が起こるのだが、やはり精神構造が野性に片寄っているので高い知能を兼ね備えるには中々至らない。


 それでも個体差があり稀に厄介な魔物が生まれるので、人間はそれを脅威として対応をせねばならないこともある。


 その最たる例が空皇と海王──。


 討伐の難しい生息域と何等かの影響で自然魔物化したという状況に、更なる因子が加わることで誕生した魔物は『超大型魔物』となることで脳細胞を大きく肥大させ高い知能を獲得するに至った存在。


「空皇は纏装も魔法も使いますよ。昔、一度対峙した際に確認しました」

「……それってベリドの時か?」

「いいえ。ベルフラガとして三百年近く前に出会ったのですよ。研究の為にカイムンダル大山脈にあるという稀少な薬草を探しに向かったのですがね……偶然対峙し警戒体制に」


 その際、空皇は人語を介し警告……威嚇として纏装を展開したという。魔法は高速言語ではないが、膨大な魔力を孕んだ最上位の風魔法により縄張りから追い出されたとベルフラガは口にした。


「空皇は上空から人を観察し学んだのでしょう。それに、神の寵愛も受けていた……などとも聞きますし」

「へぇ~。それじゃ海王……リルはどうなんだよ、ライ?」

「う~ん。リルは海の中に居たからなぁ……学ぶ場は少なかったと思う。精神が子供だったのはその為じゃないかな」


 陸に上がってライと行動するようになり成長を始めた海王リルは、単に知識を得る場が足りなかったのだろう。


 とはいうものの、リルに関しては魔力操作を本能で熟していた。人型のリルは怪力で防御も硬い。それらは命纏装による影響だったように思える。

 巨大シャチ型のリルは神具を用いなければ物理・魔法攻撃が通らなかった。それは魔力による防御幕……つまり、魔纏装が使い熟せていた結果……。


「因みに魔物の中にはちゃんと魔力臓器もありますが、存在しない個体もいます。魔力臓器持ち程強い傾向にありますがね」

「魔物まで詳しいのか……流石は伝説の魔導師さん」

「テレサを救う為に必要かもしれないので学んだだけですよ。ともかく、魔物が纏装を使う可能性は確かに高い。それどころか、先程ライが見付けた強力な魔物四体……もしかすると魔法や神具さえ使用してくる恐れがある」


 使う意思さえあれば魔導具・神具は発動する。勿論本来は安全装置があるので動物や魔物が発動させることはないのだが、今回は特例と考えて然るべき……。


 そして、ライはベルフラガの言葉に自分の考えを繋げた。


「これも勘なんだけどね……多分、ヒイロの【創生】は付加魔法に近いんだと思う」

「どういうことだ?」

「付加魔法っていうのは飽くまで自分の能力しか付加出来ないんですよ、アービンさん。逆に言えば自分の能力なら殆ど付加できる。ヒイロの創生はそれに近いかなって」

「つまり……」

「次は感知纏装を使ってくる……っていうのが俺の予想です」


 視覚、聴覚、嗅覚、そして触覚……。しかも纏装なら防御力も高まる。それが本当ならば、今迫る魔物が如何に脅威となるかは言うまでもないこと。


「………。ライさんのいう『もう一つの気になること』って、何ですか?」

「今までの話でフェルミナも分かっただろうけど、存在特性を持つ魔物も出てくると思う。と言ってもそこまで強力な存在特性は最後まで出てこないと思うけどね」


 存在特性は精神力により強くなる。その点では魔物に使い熟すのは無理だろう。ただ、移動の邪魔になる程度の小さな力は使うかもしれないと付け加えた。


「それも厄介なことだ。……もう、倒すしかないのではないか?」

「出来れば避けたいんですよねぇ……」

「どうして君はそこまで……」

「命は尊いんですよ。……。いや、本音を言います。俺は闘神との戦いには魔物も必要だと考えているんですよ。だから殺すのに慣れたくない」

「魔物が……?本気でそう考えているのか?」

「はい」


 切っ掛けは海王リルだ。魔物は決して悪意で動いている訳ではない。仲良くなれる相手ならば共に戦うことができるのではないか……。

 勿論、現時点でロウド世界の魔物にそこまでの力があるのは海王リルと空皇レムペオルのみ。しかし、今回の件で魔物の成長という可能性を知ることが出来た。


 そうなれば、次は協力する方法だ。


「俺が魔物の可能性に気付いたのはある女の子のお陰です」

「女の子?」

「はい。その娘は魔物と心を通わせることができるんですよ。それから俺は魔物を殺せなくなった」


 それはライが強者となったからこそではあるが、確かに魔物に対しての考え方は変化した。

 いや……以前からライは魔物にさえ意思を確認し戦った程である。ホオズキとの出会いはそれを優しい結論へと導いたに過ぎない。


「この空間の魔物は多分、ヒイロが力を解除したら消える存在だと思う。でも、違うものが混ざっていないと言い切れないので……」

「……。君も難儀な性格だな」

「アハハ~……。そんな訳で俺は魔物を殺しません。でも、何度も言うようですが皆さんは自分を優先して下さい」


 そんなライの言葉にエイルとベルフラガは笑い始めた。


「アハハ。そんな話を聞いちまったら殺せないだろ、ライ?」

「全くです。無傷でというのは難しいですが、殺さないようにしますよ」

「な、何かゴメンね~?」


 間も無く異空間の中心……不殺の覚悟が最後まで続くかはわからない。しかし、より困難な道を行くライの姿に強さの理由が少しだけ垣間見えた気がした。


 ならば、自分もできる限り付き合ってみようとアービンは思った。

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