第七部 第五章 第八話 神具戦略
ライ達が異空間の森を四分の三程走破した頃、フェルミナが唐突に警告を促す。
「……今、迫っていた魔物が半数程突然消えました」
「消えた?一体何で……」
明らかにこれまでとは違う事態。それが意味するものが何かは誰も分からない。
「この空間は我々とヒイロしか居ない筈。当然、魔物が倒された訳ではないのだろうが……」
「それは“現時点”では確実ではありませんね、アービン。可能性としては殆ど無いに等しいですが……一応調べて貰えますか、ライ?」
「もうやってるよ。でも、アービンさんの言う通り他には誰も居ない」
ライの《千里眼》で確認した以上、間違いは無いと思われる。
「じゃあ何でいきなり消えたんだ、フェルミナ?」
「わからないわ、エイル。……!皆さん、気を付けて!森から創生の気配がします!」
「森?……そうか、樹木か!」
ライの声とほぼ同時、地面から根が飛び出してきた。ライは反射的に皆を波動で包むも退けるどころか押し留められる形となる。
《無傘天理》で展開した半球状の透明な波……それが徐々に植物の根に絡め取られて、やがては完全に取り囲んだ。
「くっ!植物強っ!」
「ライさん!」
「大丈夫だよ、フェルミナ。それより……」
大地への干渉により周囲一帯は植物の魔物。進行自体が困難になってしまったことは即座に理解できた。
「植物の魔物も貴方なら想定内でしょう?どうします?」
「う~ん……フェルミナ。この植物達は意思はあるの?」
「いいえ。魂も意識も無い傀儡みたいなものです」
「じゃあ、流石に仕方無いか……。ヒイロの意思で再生する様だし、ここは強行手段で行こう」
「そうとなれば……」
アービンは納刀していた明星剣を改めて抜剣。現れたのは赤い波形形状の刀身……それは明らかに炎の魔剣。
「では、私も……」
ベルフラガは空間収納されていた神具を取り出す。それは中心の輪に風車の如く三方に曲刃が付いた武器。ディルナーチの隠密が使う手裏剣に似ていた。
『エイル、どうする?』
「今回は任せようぜ?あたし、偽物でもあんまり樹を苛めたくないし」
「無理しなくて良いよ、エイル。余力はヒイロとの対話に取っておいてくれ」
「良いのか、ライ?」
「うん。その代わりヒイロの説得には中心で頑張って貰うけどね」
「わかった。任せとけ」
恐らく、ヒイロとの対話の前には四体の魔物……いや、三体の魔物と魔獣一体を相手にしなければならない。ライは各個対応している間、エイルにヒイロの説得を任せるつもりなのだ。
「ライさん。私の概念力で森を抑えることもできますが……」
「この空間でも負担無くできそう?」
「流石に全くという訳にはいきませんが……」
「じゃあ、やっぱりフェルミナも温存で。その代わり皆が怪我をしたら順次回復を頼む。最優先は皆の無事だからね」
「わかりました」
元の空間ならともかく、ヒイロの支配下にある異空間内……流石のフェルミナと言えど概念力の消費が懸念される。フェルミナにはヒイロの異常を治癒して貰う以外に、もしもの時の回復役も期待しているのだ。
加えて、異空間の問題を解決した後にもベルフラガの想い人・テレサの治療が待っている。やはり疲弊は抑えたい。
とはいえ、この面子でそこまでの危機には至らないというのはライの若干の楽観か……。
ヒイロの異空間内に於ける脅威を改めて挙げれば、『魔物が魔法を使う』『魔物が存在特性を使う』『魔物が神具を使う』『空間内での能力使用制限が無い』という可能性……。
加えて、ヒイロ自体の戦力は不明のまま。魔法、神具、または精霊化の能力も考えれば不安要素は尽きないのだ。
とはいえ、やることは基本的に変わらない。先ずは目の前の魔物化した植物……これは扱いとしては魔導生命ということになる。
「行くぞ!」
アービンが剣を振るうと同時にライは《無傘天理》を解除。アービンの明星剣は激しく燃え盛る刃となり囲んでいた樹の根を焼き付くした。
「アトラ」
『わかりました』
ライの呼び掛けでアトラは自らに収納していた朋竜剣を現出。小太刀・頼正は抜刀せずに一刀のみで構える。
「そう言えば、先程その剣の力は見せませんでしたね」
「まぁね。慣れてないから扱いが難しいんだよ……まだ機能も一部しか把握してないし」
ライが朋竜剣を地に突き刺すと同時、大地から特大の氷柱が進行方向に列を成す。樹木は次々に貫かれた。
更に朋竜剣の刀身が僅かに鳴動すると刀身から衝撃波が放たれ氷柱に穴を開けた。
「氷結に衝撃波攻撃ですか……。その剣は一体幾つの機能があるのです?」
「さぁ……?」
「『さぁ……?』って、貴方の武器でしょう?」
「いや……実はこの剣は開発者が無茶苦茶だからさ?」
通常の神具は装飾や紋様を刻むことで効果を固定する。しかし、それでは固定できる効果は精々一つか二つに限定されてしまう。それは事象神具でさえ逃れられぬ原則。
例外と言えるのは星具だが、あれは宝玉である『星命珠』が自我と知性を供え魔法を自在に扱う故の多様性。更に星具には概念力が宿るので事象神具の中でも別格とも言える。
しかし、『星命珠』は稀少な上に作製が困難……そこでラジックとエルドナが参考にしたのは、ライの鎧『竜鱗装甲アトラ』だ。
竜の体は竜型と人型の二形態。同じ魂で二つの身体を扱う竜は片側を異空間に格納している。何故神がその様に創生したのかは不明だが、ともかく竜は異空間を常時体内に保有できるのである。
この原理を竜の鱗で再現しようと言い出したのはどちらだったのか……結果的に言えばそれは成功した。
但し、朋竜剣には意志や自我はない。つまり、使い分けの為の機構ではない。それは刻印した魔法式を格納する為のものだったのだ。
更にアトラとの同期により性能が向上。その効果は開発時点よりも更に多様性を増した。
実は、竜鱗ならではの武器効果はアトラ解析後に新たに加わったもの。それ以前の朋竜剣は、基本重力系の魔法で構築されていたことはライも知らない。
「という訳で~、この剣の中には大量の魔法式が詰まってまぁす。作製者拘りの具合が凄いだろ?」
「ハハハ。エルドナ社は知っていましたが、まさかそこまでとは……。そして、それに張り合う方が居るなんて世界は広いですね」
「うんうん。あ……因みに、ベルフラガは今後その人達との協力も視野に入れているのでお願いね~」
「はい。……はい?」
ベルフラガの膨大で高度な知識は多分野で活用できる。魔法知識は勿論、神具作製や霊位格の引き上げ、そして存在特性──協力を得られた意味は大きい。
「で……ベルフラガのソレはどんな神具なんだ?」
「これはまぁ、ありふれた物でちょっと風を起こすだけです……よっ!」
外側に払う仕草で刃を投げたベルフラガ。神具は氷柱と植物を凪ぎ、同時に竜巻を巻き起こしつつ進んで行く。更に竜巻は数を増し森を蹂躙していった。
「………。あ、ありふれた、ねぇ?」
「何か問題が?」
「イヤ……ナンデモアリマセン」
最終的に十本以上の竜巻が発生し樹々を巻き上げる……だけでなく、間近に迫りつつあった空の魔物の一部も竜巻に飲まれていた様子が見える。
ベルフラガ曰く、加減したから大丈夫とのこと。ライは若干疑ったが判断は各個に任せると言っているので突っ込みは控えることにした。
「さぁ。行きましょうか」
戻ってきた刃を受け止め収納したベルフラガに併せ再び移動。かなり広範囲が拓けたので移動は楽になった。
だが同時に、空からの襲撃も受け易くなった。この先、魔物の再創生による襲撃回数が増えることを考えれば幾分気を引き締める必要があるだろう。
移動中背後を確認すると、通り抜けた森は再生する様子を見せない。アービンはその点に疑問を呈する。
「先程と違い何故再生しないのだろうか?」
「恐らく節約でしょうね。私達を改めて脅威と見なして節約を始めたのか……無制限で再生できる訳ではないということなのでしょう」
「成る程……ならば、この先は有象無象では来なくなりますか?」
「さて……それはやや判断が尚早かと思いますよ?」
此処で初めて迫る魔物と真正面からの対峙となる。陸に迫るのは肉食・草食を問わない魔物達。上空には鳥、昆虫、飛竜と次々に間合いを詰めてくる。
ライは朋竜剣を目の高さで水平に構える。そして柄尻を掌底で叩いた。
「哈っ!」
《鐘波》──波動の波を圧縮し放つことで、対象の意識を刈り取る波動吼『攻の型』。前方に迫る魔物は次々に倒れゆくが、魔物は足を止めず押し寄せる。
ベルフラガは一応神具・『無間幻夢の鐘』を使用するも効果はない様だ。
「やはり視覚と聴覚は封じてますね」
「ならば、これはどうだ?」
アービンは炎の魔剣を鞘に納め再び抜き放つ。今度は花の巻き付いた木剣に変化している。
それを上空に掲げたアービンは思い切り前へと振り下ろした。
「ほう……その剣も先程から面白い」
「これは私の思考に反応して望みに近い効果を宿す刃に変化します」
「【創造】効果の剣……いや、それだけではなく【情報】による意思の具現化とも複合されていますね……それで、今のは?」
「ベルフラガ殿とライの会話では、魔物にはまだ嗅覚に対しての耐性が無いのでしょう?これは植物の香りで幻惑を引き起こす効果にしてみました」
「成る程……では、折角なので併せ技といきましょうか」
ベルフラガの神具・『回天万華鏡』による効果転写。明星剣の刀身のみがズラリと横一列に並ぶ。その数、凡そ五百程。
「では後は任せますよ、ライ」
「良し、任された!」
朋竜剣を使用し大規模な気流の操作を行うライは、花粉が巻き散らぬ程度の風量に調整を行う。魔物達はそれを狙い通りに吸い込んだらしく錯乱を始める。
「作戦成功!……。纏装、使ってくるかと思ったけど錯乱してるなら関係無かったかな……」
「それならそれで好都合ですよ。これで魔物を抜いて先に行けますからね」
暴れる魔物の間を通り抜けるのは容易く、一同は更に先へ……だが、移動中突然足をぬかるみに取られる。
「おっと……何だ、コレ?」
「どうやら魔物の存在特性の様ですね。良く見ればあちこちに異変が起きてますよ」
周囲を見回せば確かに様々な異変が起きていた。霧、土埃、砂風、油、他にも騒音や人影の様な揺らめき……。
それらは脅威と呼ぶには些か微妙なものだが、常人に対する足止め程度の効果はあると思われる。
「うわぁ……カオスだ」
「錯乱状態で使っているのか……」
「ええ。ですが、これでヒイロが【創生】した魔物が存在特性を使えることは確認できました。そうなると厄介なのは……」
「やっぱり例の四体の魔物か……」
存在特性の効果は精神力に左右される。ヒイロの従える特に強い魔物は、恐らくそれに相応しいだけの知能を備えているだろう。
「……。先に言っておくかな。俺が視たヒイロの戦力は、魔獣と……『飛竜』『剛猿』『猟師貝』、それと『良くわからない魔物』だ」
「『良くわからない魔物』?何だ、そりゃ?」
エイルは首を傾げるが、ライも同じように首を傾げている。
「多分、オリジナルの魔物だと思う。なんか脚の長いヤツで、蜘蛛とサソリがくっついた様な感じ?」
「オリジナル……本当に多様性がありますね」
「猟師貝は地に潜ってる。『良くわからない魔物』以外は近くまで行けば判るけど、かなりデカイよ」
「さしづめ、ヒイロの守護獣ですか……。最後の難関と言うべきですかね。流石に不殺というのは難しいかもしれません」
その点は同意だった様で、飽くまで自分の安全を最優先に……とライは再度口にした。
「さて……目的地までもう少し。皆、覚悟は良い?」
ライは全員が小さく頷くのを確認し改めて果たすべきことを言葉にした。
「皆の……レフ族の仲間、ヒイロを救おう」
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