第七部 第五章 第九話 魔物転生
ヒイロの元まであと僅か──魔物を避けつつ再び森を走るライ達は、最後まで警戒を怠らない。
ヒイロの異空間内の魔物は存外厄介である。しかしながら、ライにとっての負担が少なく済んだのは今の面子である点が大きい。
だが、真の難関はこの先にある……ライはそんな予感がしていた。
「ライさん」
「どうした、フェルミナ?」
「再び魔物が全て消えました。そして……」
「前方に出現した訳ね」
「はい……でも」
「……?」
今回新たに創生された魔物はこれまでより数が少ないとフェルミナが言う。これに反応したのはベルフラガだ。
「これまでの情報から吟味して、特殊な魔物を創生したと考えるべきでしょうね」
「数が少ないのは何でだろ?」
「創生数に限界があると考えていましたが、どうやら創生できる生命力・魔力の量に限界があると考えを改めるべきかと。つまり……」
「数万体分の生命力・魔力を凝縮した魔物か……。それってつまり……」
「ええ。魔人転生、ならぬ魔物転生とでも言いますか」
魔物は動物の自然魔人化……。本来ならば【魔人転生】と同様の進化が行われるべきだが、知性……つまり精神構造の影響から変化は人のそれより弱いものとなっていた。
人の【魔人転生】は変化形態に個人差があるのに対し、魔物は種として変化に均一性があるので、その辺りは何となく理解できる。
では、魔物に対し更なる凝縮を行った場合はどうなるのか……?
「例えば……魔人に【魔人転生】を使うとどうなるのかベルフラガは知ってる?」
「推測ですが、何も起きませんね。魔人は変化への抵抗力が高くなる。凝縮した魔力を取り込むことはできても、最大値が僅かに高まるだけで余剰魔力は散ると思われます。当然ながら変化は起こらないでしょう。逆に魔力臓器が壊れる可能性もありますし」
「まぁ、そりゃそうか……。魔人でさえ生物としちゃ異例な訳だしなぁ」
自ら魔力を増産する器官を宿す存在は、まさにロウド世界に於いての異例。
そもそも【魔人転生】を生み出したアムドがライと初対峙した際には魔人のままだったのだ。あのアムドが更なる強化の可能性を見落とす訳がなく、霊位格に関しては研究途中だったと見るべきだろう。
魔人の上位格は半精霊……進化の為の条件はまた違うということだ。
そこでベルフラガは、“ですが……”と、前置きし自らの推測を言葉にする。
「魔物は自然派生です。そしてヒイロの魔物も恐らくそういう前提で創生されている」
「だから途中で変化させるんじゃなく、一々再創生してるのか……」
「ええ。加えてヒイロの創生は、魔力を凝縮させた魔物でも問題が起きない。何故なら……」
「存在特性で初めから凝縮させられるからだろ?」
「そうです。だから、魔物に【魔人転生】を掛けた状態ですら進化に繋げてくることが出来る。可能性の想定はしていましたが……ここまでとは」
新たに創生された魔物はこれまでとは段違いの知能を宿しただろうとベルフラガは溜め息を吐いた。
そして進化の形がヒイロの思い通りならば、発声器官でさえも調整される。それは即ち、『魔法高速言語』を発することが可能となることを意味する。
更に【存在特性】……魔物の強さはどれ程に進化したのか想像が付かない。
「本来ならば空皇や海王が永き時間を掛けたものをヒイロは劣化ながら即時行うことができる訳です。四体の守護獣は最低でも空皇・海王の半分程の力があるかと……」
「新しい魔物はどの位強いと思う?」
「直ぐに会敵しますから確かめた方が早いですね」
「……わかった」
全員が気を引き締めて前進を続けると、感知範囲内に魔物の気配が伝わってきた。
「………。ざっと三十程だろうか?」
アービンは新たに剣を納刀すると、自らの纏装を強化した。進行先から感じる気配は小型の魔獣程……これまでとは感じる力が別格だった。
「実際、魔物ではなく魔獣を相手と想定した方が良いでしょうね。魔法、概念力、そして纏装……これらは魔獣も使えます」
「此処に来て仮想魔獣相手か……。ヒイロはそんなに……あたしらに会いたくないのかよ……」
エイルはやや不満な顔をしている。救いたい側と救われる側の意思が一致するとは限らない……それは自らが体験している為、余計にもどかしいのだろう。
ライはそんなエイルの頭を優しく撫でる。
「俺は救った後には希望があると信じるよ。エイルの時みたいに、何かの異常があって今は混乱しているだけかもしれない。そして、ヒイロは確かにエイルの元に姿を見せたんだ。そこに意味がある筈だよ」
「ライ……」
「それと……俺は考えを改める。ここからは魔物の不殺を諦める。勿論なるべくは殺さないけど必要なら躊躇わない。……ゴメンな、フェルミナ」
「いいえ。私もそう結論付けていますから……」
これまでの魔物に関してだけ述べれば、ヒイロの創生は生命というものを少々を乱雑に扱っている節がある。
持って生まれた
その辺りの思想は個人差があるだろうとベルフラガは割り切っている様だが、何かと甘いライにはそれが出来なかった。
それでもライが魔物の不殺を諦めた背景は、やはり『存在特性』──魔法よりも上位に当たる力が使い熟されることを脅威と感じたが故。
そして……ライの考えが正しかったことは直ぐに判明する。
感知を展開し会敵に備えつつ進んだ一同は、新たな魔物の姿を捉える。木々の隙間から見えた先に居たのは、全て同一種。
頭部が兜の様な硬質な甲殻で覆われた獅子……その色は黒。ロウド世界には存在しない個体であることから、オリジナルで創生された魔物で間違いないだろう。
更に……一同が一番警戒したのは……。
「………。やはり纏装まで……」
アービンは流石に戸惑いを隠せない。勇者として行動して以来、魔物が纏装を使う姿など初めて目にしたのだ。
しかし、そんな驚きを見せているのが自分だけだと気付き幾分自嘲気味に笑う。
(全く……この状況に平然としているとは……。超越とはこういう者達を言うのだろうな……)
大聖霊、『御魂宿し』の元魔王、伝説の魔導師……そして、様々な脅威を人知れず退けた勇者。アービンがその場に並んでいることが場違いに感じる程の存在達……。
そんなアービンに気付いたベルフラガは、そっと近付き助言を始めた。
「アービン……臆することはありません。貴方はこれまで脅威と対峙する経験が足りなかっただけ……勇者としての器は確かにある」
「ベルフラガ殿……」
「私は魔導師ですからね……。勇者としてどうあるべきかは教えることはできませんが、これは成長の機会であることは判ります。必要なら私が助力しますから思いきりやりなさい」
「……ありがとうございます!」
「それに、此処には丁度良い目標も居る」
ベルフラガが視線を移せばそこには剣を構えたライが先へと歩み出していた。
先ず放ったのは波動吼・《
続けて行ったのは広域展開した朋竜剣の幻覚効果 。しかし、ライはこちらも渋い表情で首を傾げている。
「………。ベルフラガ、ちょっと良いか?」
「何ですか?」
「取り敢えず【波動吼】と剣の【幻覚魔法効果】を使ってみたけど、反応が薄い。波動は存在特性で打ち消されているんだとは思う。ただ、魔法効果に対しては何か違和感があった」
「違和感……ですか?」
「ああ。幻覚は抵抗されたって言うより無効化された感じに似てる。で……気になったのはあの頭の甲殻。ベルフラガ……鐘を鳴らして見てくれ」
「……。わかりました」
神具・『無間幻夢の鐘』を取り出し響かせるベルフラガ。だが、魔物達に反応はない。
「……やはり耳が聞こえない様ですね」
「違う。耳は聞こえてる。目も見えている。恐らく鼻も……」
「何故判るのです?」
「実は幻覚の展開と同時に分身を先行させたんだよ」
十体の分身は、魔物の能力確認、そして出来れば無力化を目的として展開した。その際、視覚・聴覚・嗅覚といったものが無いと確認できれば遠回りして戦闘回避という選択肢も生まれると考えていた。
だが、魔物達は分身ライの存在を明らかに視認していた。そして音にも反応を示していた節がある。
「魔法使える知能があるなら対話できるかと思って声を掛けたんだけどね……駄目だったけど」
「……。貴方の分身に意識が向いていたから見える位置に来ても襲って来ないのですね」
「それは一応足止めしてるからかな。ともかく、視覚・聴覚は機能しているみたいだけど幻覚やベルフラガの神具は効かない。理由は何だと思う?」
「そうですね……恐らくはあの頭部の甲殻でしょうか」
頭部全体を覆う甲殻は様々な抵抗効果の為にそう誂えたのだろうとベルフラガは推測した。
「魔物は再創生される度に抵抗力を身に付けていました。ですが、やはり視覚・聴覚を封じると戦闘には向かない。だからあの甲殻に一種の魔導具のような役割を持たせた……といったところでしょうか?」
「大体俺の考えと一緒だな。多分、視覚は閃光を防ぐ為の膜がかかってる。聴覚は神具の鐘の音域だけ聞こえないようになってると思う」
嗅覚は鼻から異物が入らないように保護され、魔力による精神干渉を防ぐ精神防御力場も構築されていると見るべきだ。
「これまでの経験は蓄積されていて、それらに適応する様に再創生されていた……ということですか」
「もしかすると、初めからそれが目的だったのかもしれないぞ?」
「流石にそれはないと思いたいですね」
そこまで周到であるならばヒイロが精神に問題を抱えていることが間違いになる。それは意図して敵対を選んでいることに他ならない。
だがライは、その不安定さをエイルとの戦いで理解している。時折覗かせる本当の心とどうしようもない衝動、そしてそのどちらでもない正確な判断力……ヒイロの行動にはエイルに通ずるものがある様に思えた。
(……いや……寧ろここまではヒイロに導かれている気がする)
最初の魔物無力化の時点でライ達への警戒は最大に高めるのが普通だろう。だが、ヒイロは何かと回りくどいながら弱い魔物を送ってきている。
それはヒイロの本当の心が救いを求めているのではないのだろうか……ライにはそう思えてならなかった。
「それで……魔物の方はどうですか?」
「想像よりずっと強い気がする。………。悪い。俺が倒すけど良いか?」
「ええ。お任せしますよ」
ベルフラガの同意を得たライ本体は単身で森を駆け抜けた。既に展開していた分身と合わせて十一……三十の魔物と戦うには数こそ劣っているがライにとっては些事だった。
「アービン。良く見ておきなさい。あれが最強の勇者の姿です」
「はい」
『ライ』対『三十の魔物』──そこから異空間最後の戦いへの火蓋が切られる。
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