幕間⑦ 家族


 シウト国・王都ストラト。大臣執務室に呼ばれたフェンリーヴ夫妻は現在、キエロフと面会中である。勿論フェルミナも同伴している。



 キエロフの為の部屋はかなり殺風景で然程の広さは無い。財政難の解消の為に節約・倹約に励むキエロフは、来賓や公務に必要な場所を除き贅沢を避けることにしたのだ。

 といっても余り極端に政策を行っては皆の気概を削ぐ恐れもある。なので、先ず自ら率先し質素倹約を行っていた。


 四人はテーブルを囲みキエロフと向い合わせた形で茶を飲んでいる。用意したのはキエロフ付きの老執事だ。


「わざわざ来て貰って済まぬな。勇者ライの件で改めて謝罪せねばならぬと思ってな……多忙ゆえこちらから伺えなかった非礼、先ずは詫びさせて貰おう」


 沈痛な面持ちのキエロフ。ライの失踪にはキエロフ自身もかなり衝撃を受けている様だ。しかし、フェンリーヴ家の心痛を考えればそれは比べるべくもなく軽いものと思っていた。


 だが……。


「大丈夫ですよ、キエロフ大臣。ライは生きてるのは間違いないそうですから」

「ティム殿もそう言っておったが本当なのか?それならば一体何処に……」

「そこまではちょっと……。ライはこの娘と魔術的契約をしていまして、寿命が尽きれば契約も切れることになります。しかし、それが切れていないとのこと」


 フェルミナの頭を撫でながらローナは根拠を説明した。しかし、それを聞いてもキエロフは半信半疑である。


「うぅむ……し、しかし怪我などをしていないとも限るまい。それが気になってな……」

「大丈夫です。安心して下さい」


 キエロフの疑問を断ち切る様に力強く述べたのはフェルミナだった。


 目の前の一見か弱い、類い稀なる美貌を持つ少女。その目を見るとキエロフは何故か反論出来ない。それに気付いたローナはフォローするかの様に言葉を繋ぐ。


「キエロフ様……あの子も勇者の端くれです。それに運だけはとても良い子ですから」


 ライの家族は全員、いや……ライと深い関わりのある者達は皆、無事を疑っていない。キエロフは改めてライの人徳を理解する。実際は人徳でも何でもないのだが、人間勘違いしたらそのままの方が幸せなのかも知れない。


「……わかった。私も無事と信じることにしよう。だが改めて謝罪はさせて頂く。勇者ライの貢献に甘えた故の此度の失踪は私の落ち度だ。済まなかった」

「大臣のせいではありませんよ。ライが自ら選んだことです」


 ローナの言葉にキエロフは改めて頭を下げた。その行為が謝罪と感謝、両方の意味を持つことはローナ達にも理解出来た。


「さて……それでは改めて本当の用向きを伝える。ライが生きているならばトシューラ国にいる可能性が高い」

「トシューラ、ですか?」

「うむ。フラハ卿……いや、大罪人ニビラルはトシューラの息が掛かった間者であった。それ故かトシューラの傭兵を手足として使っていたらしく、その者らに連れて行かれた可能性がある。探索部隊を調査に当たらせている故、近日中に報告が来るだろう」


 シウト国の中でも選りすぐりの隠密部隊。それを調査に当たらせている辺り、キエロフの気合いの入れようが分かる。


「それに伴い国境の『欠陥』も判明したのは不幸中の幸いだ。今はそれらを封鎖する対策の最中。……さて、話は変わるが」


 何やら言い淀んだキエロフは一呼吸置いて切り出した。


「今回……というより全ての勇者ライの貢献に未だ褒美を出しておらんのだ。お前達に渡しておくべきかと思ってな」


 それまで黙っていたロイはその言葉に反応する。今は『勇者フォニック』の装備を外しており、以前使用していた黒の鎧を着用していた。


「褒美……ですか?」

「左様。円座会議での協力、フラハ卿断罪に際する数々の活躍、それに物資不足解消の大元もライの財産の様なものだとティム殿から聞いておる。おお……あとドラゴンとの和睦もあったな」


 ノルグーの【魔獣召喚未遂】は非公式の為に言葉にはされないが、キエロフはノルグー卿と申し合わせをし別の形として報償を考えている。


(……随分と功績上げてやがんだな、アイツ)


 雇われ勇者として頑張っていた自分より息子の短期間での功績が高い……そのことに軽い嫉妬を感じながら、それでもわが子の活躍を喜んでいるロイ。自分もその恩恵を受けているから尚更である。


「まずフェンリーヴ家の邸宅を変えるのはどうだ?今は丁度ニビラルの所有していた別邸に空きがあるのだが……」


 ロイとローナは顔を見合わせ互いに頷いた。


「勿体無きお言葉ですが、ライの功績はライのもの。褒美はライの戻った時に直接渡してやって下さい」

「フム……それで良いのか?」

「はい。実は今の家にも愛着がありまして……私達が自らの労働で手に入れ子を育てた家ですから。それに子らが皆旅立った現在、大きな屋敷は少し寂しいですからね」


 ロイとローナは互いの手を繋ぐと微笑み合った。二人の間に座っていたフェルミナは何故かその手に自分の手を重ねる。夫婦の愛情を確かめる場面が『力を会わせて頑張ろう』の構図になってしまった……。


「ま、まあ、そういう訳でライが帰還した際に宜しくお願いします」

「う、うむ。余計な気遣いだった様だな。本日は手間を取らせた」

「いえ……キエロフ様こそ多忙な中、時間を割いて頂きありがとうございました」


 その後、キエロフの邪魔にならぬようローナとフェルミナは我が家へと帰って行った。ロイは残ってキエロフの補佐を行う様だ。


 取り敢えず今早急に決めることは、領主の空席を埋めることである。フラハ領とトラクエル領……特にトラクエルは国境の防壁的な役割があるので急がねばならない。


「フラハ卿は既に候補がいる。しかしトラクエルは適任者がな……」

「一時的にノルグー卿のご子息にお願いするのはいかがですか?」

「それも一つの案ではある。だが、諸侯は出来るだけ永くやって貰いたい。それは最後の手段としよう」

「ならばフラハでの活躍があったアブレッド殿などは?」

「うむ。しかしアブレッドはドレファーでの信頼が厚い。同様の功績があるバズが良いかと思うのだが……」

「成る程……しかし近衛の副団長が抜けるのは痛いですな」


 無血制圧出来たトラクエルと違いフラハでの騎士の犠牲は多い。人員補充と育成も含めると頭が痛い問題である。


「そう言えば、エルフトに優れた指導者が居ると聞いたな。そこで育成を頼めまいか……」

「マリアンヌさんのことですか?確かに凄い女性らしいですが……」


 本来、【纏装】の習得には初歩的な段階でも数年掛かる。というのも、魔力を纏う感覚を掴む事が非常に難しいからだ。だがライは、マリアンヌの指導の元それをひと月と掛からず習得した。かつてフリオが片鱗を感じた様にこれは異常と言って良い。


 纏装習得に必要なのは『集中力』『精神力』『感覚』。ライの場合、それらが訓練の中で鍛えられたのは言うまでもない。


 しかし、例外としてマリアンヌが行った様な『感覚を掴ませる為に相手を通して【纏装】を発動する』といったことは本来出来ない。通常は『相手を包む』だけである。

 それは、【解析】という固有能力を持ったマリアンヌだけの技量と言って良い。加えて、マリアンヌは献身すべきライに対してだからこそ行ったのであり他者にそれを行うつもりは一切なかった。それは『自分を相手に感じさせる行為』でもあるからだ。そんなマリアンヌの献身をライは知らない。


 ともかく、短時間でライをそれ程に鍛えたマリアンヌの技量は計り知れないのだ。例えライの様に纏装修得をさせずとも、マリアンヌに鍛え上げられる者はその実力を飛躍させるのは間違いない。


「では、育成要望の前に人員を募集せねばなりませんな。そうなるとまた費用……ですか」

「それは仕方あるまい。王の散財が無いだけマシというものだ。先ずは国力を上げねばな……エノフラハの様な悲劇を二度と起こしてはならん」


 ロイの人脈も動員し人員確保を検討する二人。問題山積……その為、このところ連日帰宅が遅いロイ。


 そんな夫を労う為に、ローナは家路の途中夕食の材料を揃える。ロイは多忙な分稼ぎが増えた。労うのが妻の努めだと張り切っているローナ。


「今日はご馳走ですか?」

「ええ。たまには美味しいものを食べさせてあげないとね?良い、フェルミナちゃん?男を掴まえておくなら、美味しいご飯よ?」


 フェルミナは感心するようにローナを見つめている。


 ローナはライの連れてきたこの少女を我が子の様に接していた。世間知らずの、とんでもない力を秘めた少女。実はローナより遥かに年上なのだが、そこは考えないようにしていた。


「美味しいご飯……ライさんもですか?」

「勿論。あ、でもフェルミナちゃんは大丈夫ね」

「何故ですか?」

「こんなに可愛いからよ」


 フェルミナに抱き着くと頭を撫でるローナ。フェルミナはローナが、いや、フェンリーヴ夫妻が好きになっていた。

 優しく温かいフェンリーヴ夫妻。フェルミナがどの様な存在かを知りながらも変わらず接した二人。今はライ同様に大切な存在である。


「全く、あの子は本当にトラブルに巻き込まれるわね。王都にいる間でもそうだったけど、旅に出て半年経たずに行方不明なんてもう才能よね……他の子達はそんなことないのに」

「他の子?ライさんのご兄弟ですか?」

「二人とも他国にいるからフェルミナちゃんは会ったことないわよね?一番上が男の子のシン、一番下が女の子のマーナよ」

「二人とも勇者なんですか?」

「そうよ。シンは『武の勇者』なんて言われてるの。マーナに至っては三大勇者の一人なんて言われてるけど……」


 マーナは伝説の再来とまで言われている実力者。シンはたゆまぬ努力によって培われた武術の腕で名の知られた存在になっていた。


「シンは真面目一徹。マーナは凄い魔力を持つけど、まだ大人になりきれない子供。マーナはお兄ちゃん子だったからフェルミナちゃん、危ないかも」

「お兄ちゃん子だと危ないんですか?」

「お兄ちゃんを取られるのが嫌で何するか分からないでしょ?フェルミナちゃんならどうする?ライを取られたら?」


 フェルミナは少し無言で考えていたが、ローナに視線を戻すと悲しそうに答えた。


「……嫌です」

「アハハハ。ゴメン、ゴメン。冗談よ。流石に大丈夫だと思うから安心して良いわよ」


 ところが安心どころではなかった。


 マーナはライを奪おうとする相手を下手すれば消しに掛かるだろう。

 そしてその力は世界最強クラス──現在、シウト国で止められる者はマリアンヌ位だが、そのマリアンヌですら敗色の可能性が上回る存在。それが『伝説の再来』マーナである。


 そしてその『伝説の再来』は今、王都の門をくぐり抜けたところだ。


 『お兄ちゃん子マーナ』という猛威は、静かに……しかし確実にフェルミナに近付きつつあった……。



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