魔人勇者 編

勇者復活の章

第二部 第一章 第一話 勇者、再び


 その日、若者は微睡みから脱け出せずにいた……。


 薄暗く、カビ臭い、空気のヒヤリとするその場所で、人々は重い身体に苛まれるよう起床し足を引き摺るように歩き出す。

 日の光も無い為に朝晩の区別が付かないその時刻……。けたたましく反響する鐘の音がだけが時を告げ、行動を起こさぬ者には容赦ない制裁が加えられる。そんな場所……。


 そう……世間ではそれを『強制労働』と言う。



「お~い!起きろ~!」


 黒茶の髪の青年は目を覚まさない友人を揺さぶり起床を促す。服は支給品らしく眼前で寝ている友人と同じものだが、酷く安物でボロ同然……あちこちに穴が開いていた。


「うぅ……あと少し……」

「その『あと少し』したら監守が来るぜ?袋叩きで起きたいのか?」

「良いよ……どうせ俺には効かないし」

「俺がトバッチリ喰うんだよ……ちっ、しゃあねぇな」


 黒茶の髪の青年はそう愚痴を溢すと、横たわり微睡む赤髪の青年の顔に濡れたタオルを被せた。


「…………」

「…………」

「………ッ!」

「……………」

「……ブハッ!ハァハァ……ゲホッ!ゴホッ!」

「ヒャッヒャッヒャッ!起きたか、寝坊助!」


 濡れたタオルを剥ぎ取り飛び起きた赤髪の青年……。しばらく噎せていたが、落ち着きを取り戻し素早く起き上がる。良い子は決して真似してはいけない!


「パーシン!死ぬ!マジで死ぬから!」

「起きないお前が悪い。ってか、ライよ……いい加減、巻き込まれる俺を可哀想とは思わないのか?」


 目を覚ましたのはライと呼ばれる赤髪の青年。そう──何を隠そう彼こそがシウト国を閃光の如く駆け抜け閃光の如く消えた、あの大者『ライ・フェンリーヴ』その人である。



 ライが姿を消してから二年……。月日は確実に経過していた。幼さを残していた顔は僅かながらも大人へと近付き身体もしっかりと成長している。以前より頭一つ分以上高い身長、体格はかなりガッシリとしたものとなっていた。

 といっても無駄な筋肉ではなく、実に柔軟で絞られている細めの体躯になっている。 


 そして……一目で変わったとわかる点が一つ。赤一色だった髪は前髪の一部分的が白く色抜けしているのだ。これは【破壊者バベル】による肉体酷使と【魔獣融合実験】の際の激痛の影響である。


 エノフラハで行方知れずになったあの時……傭兵団、実験、破壊者バベル、魔獣、と立て続けて異常な事態に見舞われたライ。その為にフラハ卿ニビラルの屋敷地下で意識を失ったのだが、目が覚めた時は既にこの場所……『秘密魔石採掘場』と言う名の洞穴に居た。



「早く行かないと飯貰いっぱぐれるぜ?」

「そりゃマズいな。じゃ先行くわ、パーシン!!」

「おい!起こしてやったのに汚ねぇぞ!!」


 食事と言っても具が少ない水の様なスープとカチカチのパンが一切れだけの簡素なもの……当然、味は最低である。

 しかし人は食わねば生きていけない。そんな悪劣な環境に二年……ライは脱出を試みなかった訳ではない。


 ライは採掘場で目覚めて直ぐに見張りを質問攻めにしたのだが、その見張り総出で袋叩きにされたのである。咄嗟に纏装を発動し大怪我を避けられたものの、質問など出来る相手ではないことを理解させられた。

 それから現状確認に徹しているライに声を掛けてきたのがパーシンである。


 パーシンの話により此処がトシューラ国の隠し魔石採掘場であることを知ることが出来た。更にパーシンは、見張りの兵からライが人身売買されて来たことを聞き出したのだ。連れて来たのが傭兵だったと聞いた時、ライは何となく事態を把握したのである。


 あの時……屋敷の崩壊とニビラルの死によって報酬を手に出来なかった傭兵の残党は、ライを見つけ人足として売り飛ばしたのだろう。シウト・トシューラ間の国境には抜け穴があり、過去にもシウト国の人間が拐かされて来ているとパーシンはライに告げている。


 それからライは脱出の機会を静かに窺っていた。パーシンも協力し計画を練っていたのだが、脱出するには足りないものが多かった。

 ライの実力もその一つ……。入り口にはかなりの強者が配置されていて人手も多い。先ずは自らを鍛えねばならないと判断し現在に至るまで鍛練を続けていたのである。


「何とか確保出来たな。ったく……感謝しろよ?お前、飯抜きになるトコだったぞ?」


 食事を確保し寝床に戻ったライとパーシン。寝床といっても洞穴内にある小さな横穴でしかない。労働者は皆、自分で場所を確保し寝床としているのだ。

 因みにライとパーシンの寝床はライが纏装を使い岩盤を削った特別製。十分な広さを確保しただけでなく、石製の椅子やベッドまで備わった空間だ。


 そんな寝床でパーシンは早速食事を口に運ぶ。対してライは、取り出した小さな赤い石を【纏装】を込めた岩で磨り潰し始めた。それが粉になるとパンに練り込みスープに混ぜ食べ始める。


「ウェッ……毎回良くやるわ。見てるこっちの飯が不味くなる」

「何言ってんだよパーシン。元々不味い飯だろ?」


 ライは配給される一日二回の食事全てに同様の行為を行っている。採掘場に来てから欠かさず、である。


「本当に効果あんのかよ、ソレ?」

「失礼な。高名な魔導師がやった方法だぞ?効果は抜群だ……って……思うよ……多分」

「うわぁ……自信なさげだな。効果無かったら不味い飯食い損だぜ……」


 それは、ライが昔読んだ母・ローナの魔導書の記述。ライは強くなる為に確証のないそんなものすら真似ていた。


 かつて大魔導師と呼ばれた男が修行で洞に籠る際、魔石を砕き飲み込み続けたという。修行が終わる頃には尋常ならざる魔力を得たと魔導書には記載されていた。

 今では与太話と言われ実証する者は皆無であるこの行為。実はあながち間違いではないのだが、大抵の者はあまりに薄い効果に見切りを付け止めてしまう。成果を見るには最低でも二年以上を要する行為なのだ。


 そもそも魔石が稀少な上に成果が遅い為それに気付く者は殆どいない。しかし、ライは後にその効果を自覚することになる。


「さて……じゃあ今日も額に汗するか」

「それは良いけど、パーシンさんや?ちゃんと計画は進んでるのかい?」

「当たり前だろ。何処かの修行馬鹿と違って俺は頭を使ってるんだよ。ま、腐っても王族だからな」

「期待してるぜっ!『腐れ王子』!?」

「妙な称号付けんな」


 パーシンはトシューラ国の第三王子である。正式な名は『パーシン・ドリス・トシューラ』。兄妹同士の王位争奪戦に敗れこの採掘場に幽閉されたのであるが、実のところ醜い争いに嫌気が指し自らを出奔を図ったのだ。その途中であえなく捕縛されて現在まで強制労働者として生き長らえている。


 元々トシューラ国の王族にしては国民寄りの思考であったが、そのことに反感を持たれ真っ先に貶められたのだ。故にトシューラ国内のことは表も裏も事情に明るい。



 そんな勇者と元王子、二名による計画……それは労働者全員での蜂起である。監守にバレぬ様、パーシンが労働者に声掛けをしながらこれまで準備を進めて来たのだ。


 この採掘場で働かされている者は殆どがトシューラ国民では無い。外から誘拐されてきた者、またはトシューラ国に立ち寄った者ばかり。国外の人間を奴隷の様に扱うこの採掘場は、国際的には明らかに条約違反である為に『秘密の魔石採掘場』とされてきた。


 そんな環境の労働者は逃げ出したいのが常。故郷に待つ者が無くともあまりに劣悪極まる環境……待つ者があれば尚更にこの様な場所には居たくないのが当然である。

 そこをパーシンが巧妙に声を掛け賛同者を増やし、警備や監視者の隙を調べ、戦える者を集めているのが現状だ。勿論、言い出しっぺは我らが蛮勇者であるのは言うまでもない。


「いつも思うんだけど、この洞穴は何処まで深いんだ?」


 採掘現場に向かう二人は下り坂を歩く。すぐ脇は崖になっており暗闇のあぎとが奈落への口を開けていた。


「さてなぁ……この採掘場自体はかなり前からあるって話だけど、こんな下まで掘るようになったのは最近らしい。一番下まで行ったヤツなんていないと思うぜ?」

「魔物がいないとも限らないし……当然ちゃ当然か」

「いや……単純に日数が掛かるからな。落ちて万が一に無事でも食糧が足りず戻る前に餓死するだろ。落ちんなよ、ライ?」


 不思議なことにこの採掘場には魔物が存在しない。底の方は分からないが、少なくとも現時点では確認されていない。それはこの洞穴の特殊性と考えられている。


 この洞穴は下に行けば行くほど魔力を奪われるのだ。居住に使っている上層は然程でもないが、現在行ける下層でもかなりの魔力を奪われる。理由は判らないが魔力吸収の性質を持った大型の魔石があるのでは、と推測されていた。

 魔物は魔力が無い空間では極端に弱いと言われている。元々存在したとしても絶滅した可能性もあった。


 そんな洞穴内。ライ達はかなりの下層で作業を行っている。魔力を使えない状態での労働作業はライの肉体を必然的に鍛え上げるのだが、真面目人間である兄・シンから唯一教わった『理想的肉体育成法』を加えることで更に効果的な鍛練を実現していた。


「んじゃ、後でな。例の如く勧誘してくるから俺の分の採石も頼んだぜ、ライ?」

「わかった。パーシンも監守に見付かるなよ?幾ら王族のお前でもウロウロしてるのがバレたら吊し上げられるからな?」

「俺がそんなヘマするかよ。誰だと思ってんだ?」

「『腐れ……外道』?」

「なんか称号、悪化してない?」


 不満げに立ち去るパーシンは王族にも関わらず潜伏・隠密技能が高い。それは恐らく、度々城を抜け出し市勢を見て回った経験の賜物だろう。今になってそんなスキルが有用に働いているのは実に皮肉な話である。


 そうして脱出の準備を着実に進める彼らの日常──それは、明くる日の事件により大きく動き出すことになる……。


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