第二部 第一章 第二話 魔族
翌日もパーシンは寝起きの悪いライを起こしていた……。
今回は濡れタオルではなくライの鼻と口を直接手で塞いでいる。当然飛び起きたライは、目をギラつかせパーシンから距離を取り対峙する。
「……貴様!俺の命を狙う曲者か!」
壁際でネコの様に“フシャーッ”と威嚇をしているライ。時たま空中を猫パンチで掻く姿にパーシンは爆笑して転げ回っている。
「笑い事じゃない!死ぬっつうの!殺したいの?」
「アハハハ……悪い悪い。お前を見てるとつい、な?それにしても、いつまでも寝ないお前も悪いんだぜ?早く寝りゃ起きるのも楽だろうに」
「修行してんだよ、修行……俺が強くなんなきゃ計画を始められないだろうが」
ライは労働後、遅くまで【纏装】の修行を行っている。他の修行同様に毎日欠かさず、ギリギリの時間まで研鑽を重ねているのだ。
マリアンヌの指導通り、衣一枚の纏装は修得した。魔力を奪われるという場所柄は魔力調整が難しく、最近ようやく完璧に熟せる様になったのである。今は【命纏装】と【魔纏装】の融合、【覇王纏衣】を練習しているのだが中々上手く扱えない。
かつて意識を奪った【破壊者バベル】が使用した感覚。その再現を試みているライの【覇王纏衣】は最大出力で使うとどうしても不安定になる。故に遅くまで悪戦苦闘する日々が続いていた。
「もうちょっとで何か掴めそうなんだけどなぁ……」
「まあ程々にな?身体壊したら意味が無くなるぜ?」
「わかったよ……さて、飯だ飯」
いつもの様に食事確保の為、洞穴内の配給場所に向かう二人。普段なら行儀良く人が並んでいるのだが、その日は少し事情が違っていた。
「オイオイ……何だ?何で人集ひとだかりになってんの?なあ、爺さん。何の騒ぎだ?」
配給場所には人が並んでいるのではなく何かを囲む様に人集りが出来ていた。パーシンは近くにいた老人に事情を訪ねるが、痩せ細った老人は首を振りながらパーシンに答えた。
「何やら男が騒ぎ出してな。子供達に無体しとるようじゃ」
「はぁ?何だそりゃ?飯は?」
「監視の兵が下げちまったよ。今日は朝飯抜きじゃな」
その言葉でパーシンは人ごみに突入。どうやらオカンムリの様だ。食事の恨みは実に恐ろしい……そう思いつつライはゆっくりパーシンの後を追った。
人ごみの中心では、厳つい中年の大男が子供達の髪を掴み何か喚き散らしていた。子供は三人。一番歳上らしい子供は少女で、長い髪を掴まれていながらも残り二人の子を抱きしめ男から守っている様に見える。
「オイ!テメェ!何騒いでやがる!テメェのせいで飯食いっぱぐれちまったろうが!!!」
男に向かい啖呵を切るパーシン。しかし男は悪びれもせずパーシンを睨み付けた。
「うるせぇ!それどころじゃねぇ!!魔族だぞ?魔族が居やがんのに、良く平然としてやがるなテメェら!!」
その言葉で周囲一同ざわめき始めた。
魔族──今の世界混乱の原因。それがこの場にいるということは戦慄の事態。
しかし……辺りからは男の主張に疑念の声が上がる。
「魔族?アンタが虐待してる子供が魔族だって?馬鹿いえ……」
「馬鹿だと?何も知らねぇヤツぁ黙ってやがれ!!この髪と目の色、そしてこの耳が証拠じゃねぇか!!」
男は少女の耳を強く引っ張り少女の悲鳴が上がる。青い瞳と金髪、そして特徴ある長い耳。耳は通常の人間よりかなり長い。しかしライの考える魔族という印象には程遠い容姿だった。
そもそもこの採掘場はトシューラ国外の人間が大半である。魔族と出会ったことのある者などいないので判断が付かない。当然、不興の声が上がり始めた。
「不安にさせんじゃねぇよ、タコ!」
「そうだ!ふざけんな、ボケが!!」
「飯返せ!飯返せ!」
食事を逃した怒りの矛先が男に向けられ、それに激昂した男は益々興奮し掴んでいる少女を怒りの捌け口にした。
見兼ねたライが歩み出そうとした時、パーシンはそれを無言で止める。いつもの不真面目な目線ではなく真剣な目……しばらく視線を交差させていたライだったが、結局あっさりとパーシンの腕をすり抜け男に近付く。
「何だテメェは?邪魔すんのか?あぁ?」
少女の髪を掴んだまま威嚇する男を無視して、ライは少女へと近付いた。屈んで間近に見るとかなり殴られていたらしく腫れや出血が生々しかった……。
近付いたことでビクビクと涙を流しているが、年下の子供達を庇ったまま離そうとしない少女の姿にライは感動すら覚えた。
「オイ!無視してんじゃねぇぞ、コラ!!」
背後からライの肩を掴んだ男。しかし……そこで違和感が男を襲う。
自分の方に向かせる為力を入れライの肩を引いたのだが微動だにしないのだ。大柄である自分と比べれば明らかに細い青年を動かすことすら出来ない……その事実に、男は当然動揺を隠せない。
そんな男を続けて無視したライは、何事も無いように少女の髪を掴む男の腕に手を添え手首を握る。すると、まるで丸太をへし折った様な嫌な音が周囲に響き渡った……。
「ぎゃあああぁ~!!!う、腕がぁ~!!」
激痛のあまり力が抜け慌てて飛び退く男。少女は解放され崩れ落ちると子供達を更に強く抱き締めた。
一方、激痛に腕を押さえていた男は再びの違和感で我に返る。腕は傷一つ無く痛みは既に消えていた……。
「あ、あれ……?」
周囲を取り囲んでいた者達は男の間の抜けた声に一斉に笑い出した。それはそうだろう。大騒ぎしておきながら何ともないなど臆病者にしか見えない。
だが、男はその笑いで再び激昂を始めた。
「テ、テメェ!虚仮にしやがって!!」
得体の知れ無さがあるとはいえ、笑い者にされ引き下がる訳にはいかない男。ライは男が近付くと素早く自分の背後に少女達を庇う。
その顔は……満面の笑顔だった。威圧なども出さず嘲りの気配も微塵もない。ただ無言のさわやかな笑顔。しかし男は……いや、だからこそ男は思い切り拳を振るった。目の前の青年は自分より弱い、と確信したのである。
その後、男はしばらくライを殴り続けた。鬱憤を晴らし、自らの力を誇示し、周囲の雑音を消し去る為に。そのあまりの勢いに周囲の者達は動けない。
青年は反撃の素振りすら無く、仁王立ちで殴られ続けている。流石に止めようと誰かが動き出したその時、男は殴り疲れとうとうその手を止めた。逆に自らの拳を痛めたらしく震える手を抱えている。
「ハァハァ……ぐっ……ハァ……何なんだ、お前は……」
一方、ライは殴られる前と全く変わらぬ笑顔だ。殴られていたにも関わらず傷一つ見当たらない。
「満足したか、おっさん?満足したなら止めにしようぜ」
「くっ……どんな手品か知らねぇが、俺は認めねぇ!魔族を庇うようなヤツは絶対にな!!」
「ああ。別に良いよ?俺も自分より弱い、特に女子供を殴る様な下衆は認めないから。但し、次にこの子供達に手を出したらギッタンギッタンのメッタンメッタンのケッチョンケッチョンにしてやるぜ?」
笑顔でからかうような言動だが、今までに無く威圧を込めた視線が男に突き刺さる。周囲はそれに全く気付いていない。
「お……覚えてろよ!せいぜい背中には気を付けるんだな!!」
捨て台詞を吐いて逃げ出す男。だがライは賞賛していた。
(フッ……リアクションといい台詞回しといいヤツは逸材すぎる!惜しい!ここで埋もれさせるにはあまりに惜しい男だ……)
周囲の歓声の中、両手を羽ばたく鳥の様に掲げ片足を上げた構えで応える勇者さん。パーシンはしばらく微妙な表情で生暖かく見守ることにした……。
その後……騒ぎを聞き付けた監視兵が大挙して押し寄せたのだが、労働者達は既に蜘蛛の子を散らすが如く姿を消した後であった。
「大丈夫かい?」
「……はい」
「ちょっと動かないでね~」
魔族と呼ばれた子供達は今、ライの寝床に連れて来られていた。下層では魔力が奪われ回復魔法で手当てをするのが困難だからである。
「これで大丈夫だと思うけど、痛いところがあったら言ってくれ」
「………ありがとう」
「じゃあ取り敢えず今日は俺と一緒に行動ね。また因縁付けられるかもしれないし」
因縁……その言葉にパーシンが僅かに反応する。ライはその様子に気付いていたが素知らぬ振りを続ける。
「……
あの男に起こった異常。少女は当事者であるが故に一番間近で目撃していた。質問せずにはいられなかったのだろう。
「ああ……ちょっとした手品かな?」
「……?」
ライが中年男に行ったのは【魔纏装】に回復魔法を付与したものである。対象への攻撃前の状態を保存し瞬時に戻す効果を持つ。故に骨折も瞬く間に癒されるのだ。
但し、痛覚はしっかり機能し瞬間の痛みは残る。
それは採掘場に来てから編み出した技の一つ【痛いけど痛くなかった】というもので、飽くまで攻撃前の状態に戻すだけで超回復という訳ではない『ある種の拷問技』である。
因みにライが殴られていた際に展開していたのは只の【命纏装】。衣一枚程の纏装とはいえ、金槌で殴られても完全に防げる程に今のライは強固な守りが可能となっている。
そんな事情を知らない少女は意味が分からない様だったが、【纏装】を説明しても理解出来る年齢には見えないので説明を控えたのである。
それからいつもの如く魔石の採石作業に向かうライ達。採石は事前に余裕があるだけ掘ってある。しかし、念の為子供達の分も追加で掘ることにした。
というよりライは採掘場の弱者……老人・女子供のノルマ分も掘りまくっている。パーシンがそれを配り歩いているので、洞穴内では頼れる存在として信頼と信用を積み上げていた。
「成る程……トシューラ国で親を探していたのか。で、掴まったと」
この採掘場は女子供でも平気で重労働をさせる。囚われている子供の数はかなり少ない様だが、殆どが心ある大人と共に助け合っているというのはパーシンからの情報だ。
そんな場所で子供達だけが行動するのは無謀でしかない。
「トシューラを旅をしていたのですが、運悪く人拐いに掴まってしまいまして……」
「そうか……大変だったね。えっと……名前教えてくれるかい?」
「私はフローラ。この子達はベリーズとナッツ。あの……あなたの名前は?」
「フッ……仮にライと名乗っておこうか」
仮にも何もまんま本名である。その言動の意味不明さは、洞窟暮らしで脳に黴が生えたかを疑うレベルだ。無茶な修行の成果が脳に残念な結果を残した可能性も否めない。
「ライさん、ですね?助けて頂いてありがとうございました」
「なぁに、たまたま近くに居たからだよ。それより災難だったね。しかも魔族とか酷い因縁付けられたもんだ」
「あの……ご存知ないのですか?」
「え?何が?」
少女……フローラは居心地が悪そうに視線を逸らした。ベリーズとナッツも同様である。
事情があると判断し追及をせず採石を続けるライ。しばらくするとフローラは、消え入りそうな声で語り始めた。
「私達は……世界から【魔族】と呼ばれています……」
その告白にライは作業の手を止めた。
「魔族?……本当に?」
「……はい。しかし、それは真実ではありません」
「……。どういうことか説明して貰える?」
「はい。長い……話になります。始まりは三百二十年程前……」
そしてフローラは今に至るまでの『魔族の真実』を語り始めた。
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