第二部 第一章 第三話 魔法王国の末裔
今を遡ること三百二十年程前。ロウド世界には大いなる危機が迫っていた。
世界を管理する【神】と、異界から来訪した【邪神】の戦い。それは世界に存在する者全ての未曾有の危機……しかし、そのことを認識していた者は一握りのみだった……。
理を司る四体の大聖霊、神に仕える天使、天地を調和する竜族、自然を護るレフ族、そして世界を駆け抜けた偉大なる勇者。
神々の戦いはその超越の力で世界に混乱を与える恐れがあった。その為、ロウドの神は世界の管理を事情を知る者に託す。異界での戦いに専念するにはそうせねばならぬ程の力を邪神は持っていたのである。
【覇竜王ゼルト】が神の代行者となり世界管理を行う時代。世界は平穏を維持出来るかに思われた。
だが……人の心は荒んでいった。邪神……神々の戦いの余波は、戦いの場である異界からですら人の心に影響を与え始めたのだ。
欲を駆り立て、理性を乱し、道徳を軽んじる。元々領土紛争が続いていた世界はその停戦期にあっただけ……邪神の影響を受けるのは容易だった。
「カジームという国をご存知ですか?」
ライは自らの知識を探るが思い当たらない。
「いや……」
「カジーム国はレフ族の国です。千年前に滅んだ【古代魔法王国クレミラ】の子孫達の国。しかし、今は【魔族国】などと呼ばれています」
「魔族国……親大陸の西の果て、死の大地にあると言われてるよな?そこがカジーム国ってことなのか?」
「はい。三百年前はアステ国領土の西半分程がカジームだったと聞いています」
「まさか……侵略されたのか?」
フローラは静かに頷いた。三百年前の戦乱の時代に起こった悲劇……自分達にとって辛いそんな歴史を努めて冷静に語り始める。
「レフ族は自然と共に暮らす事を選んだ者達です。今は見る影もありませんが、かつてカジーム国があった場所は広大な森だったと聞いています。そこにアステ国が攻め込んだ」
「抵抗はしなかったのか?かつての魔法王国の子孫ならどうとでも撃退出来たんじゃないかと思うんだけど……?」
「レフ族は話し合いを望んだのです。地上の争いは邪神に力を与えてしまう。神の戦いを知るレフ族は極力穏便にしたかった。それに……」
「……それに?」
フローラはそこで言い淀んだ。それは一族内では公然の秘密なのである。
「レフ族の魔法は強力ですから……。もし一族が怒りに任せて戦えば世界に多大な被害が出たでしょう」
「…………」
古代魔法王国の文明は現在のものより数段優れている。その力はかつて世界全土を統治した程──エノフラハの様な遺跡に眠る宝は殆どがその遺物と言って良いのだ。そしてそれは世界中に存在し、現在の魔法技術の発展にも欠かせぬものでもある。全世界に広がり研鑽した時代……その技術の程は計り知れない。
「私達はクレミラ王国が亡びたのは奢りからだと聞かされて育ちました。資源を無制限に搾取し、環境を破壊してまで魔法技術に固執した。それ故に大地を枯らし、神の怒りを買い滅びに向かったのだと……。それから生き残った者は過ちを質す為、枯れた大地に力を取り戻すことに心血を注ぎました。甲斐あって大地は命を取り戻し、レフ族は代々その維持を使命としていたのです。そこへ……」
「アステ国が攻め込んだ訳か……。レフ族とカジームについては理解したけど、何で魔族?」
「最初の理由は、アステ国が自らの侵略を正当化する為に人に災いを為す存在として【魔族】と吹聴したことが理由です。【魔物】や【魔獣】など、あまり印象の良くないものの影響もあり世界から忌み嫌われる扱いになりました」
レフ族からすれば災難でしかないだろう。だが、何故反論をしなかったのかという疑問が湧く。
それに……。
「魔族が『人』なら、いくらアステ国が嘘を吹聴して回っても気付くんじゃないのか?」
「………私達を魔族として最西の地に追いやったのはアステ国だけではありません。トシューラ国もです」
「は?じゃあトシューラ国もレフ族を【魔族】と吹聴してたってこと?」
「そもそもカジーム国に攻め込んだのはアステ国とトシューラ国です。その二国は裏で同盟を結びカジーム国から略奪の限りを尽くしました。領土や魔法王国の遺産、それに奴隷まで」
フローラ達が中年男に殴られていた際、パーシンは助けに入るライを止めようとした。それは、トシューラ国の王子である後ろめたさが原因なのだろう。
直接の関与は無くとも加害者側の人間には違いないのだ。フローラ達に関わればライに事情を知られてしまう恐れがあるから。
「レフ族は他の国に助けを求めなかったのか?攻め込まれて三百年。一度も他国は助けなかったのか?」
「……時代だったんです。先程も言ったように人心は乱れていた。シウト国やトォン国も領土紛争をしていて、他国を庇い立てする余裕は無かった筈です。神聖国は人間の争いに不干渉を貫き、竜達は人間に興味を持ちません。カジーム国と関わりのあった小国は、関われば侵略の口実になってしまう」
「だからって、やられっぱなしで良い訳ないだろ……俺なら納得出来ない」
話を聞いていただけでもライの心に怒りが湧き上がる……。フローラはそんなライに近付き、固く握る拳にそっと手を添えた。齢十程の少女に気を使われた自分の短気に恥ずかしくなりライは我に返る。本当に辛いのはフローラ達レフ族なのだ……。
そしてフローラは、少し悲しそうな顔を向け話を続けた。
「あなたの様に考えた方がレフ族にも存在しました。彼らは少数で立ち向かい抵抗を続けたのです。でも……大軍相手ではどうしても分が悪く、やがて禁断の術に手を出してしまった。それが【魔族】と言われるもう一つの理由……」
「ちょっと待った!魔族は捏造されたものじゃないの?」
首を横に振るフローラ。この先はトシューラ国やアステ国ですら知らない話だ。
「古代魔法に【禁忌魔法】と呼ばれる術があります。その一つ……魔力を大量に吸収し肉体を変成させる《魔人転生》の術。これを行った人間は九分九厘が死に至りますが、耐え抜けば『大天使』に匹敵する力を得る。それが【魔人】です。三百年前の魔王はそうして生まれてました。今考えれば、これも邪神の影響があったのかも知れません」
「それじゃあ魔王は……」
「世界を意味なく滅ぼそうとしたのではなく、復讐する為に猛威を振るったのです。だからアステ国とトシューラ国は三百年前、特に甚大な被害を受けた。そして怒りの矛先は、レフ族を助けなかった国にも向けられるところでした。勇者が倒すまで【魔王】は止まれなかった」
魔族という架空の存在を口実に侵略を行った結果が世界を乱す魔王たる存在を生み出したのは、実に皮肉な話である。
それだけにアステ国とトシューラ国の罪は果てしなく大きいのだが、真実を隠蔽されたが故に未だ『先鋒として魔族と戦う勇敢な国』と誇張されているのだ。
「魔王は倒されたんだよね?……じゃあ今の魔王は?」
「わかりません。ただ、今のカジーム国の中で禁忌魔法を行った者はいません。ですから拐われた者の中にそれを行った者がいるかと考えました」
ライは一人の人物が思い当たりフローラに確認した。その存在は今の世からすれば明らかに異常さを際立たせていたのだ。
「フローラ。『ベリド』って名前を聞いたことは無い?」
「ベリド……ですか?初めて耳にする名前です。その方が何か?」
「う~ん……じゃあ違うのかな。以前戦った相手なんだけど、どうも尋常じゃなかったんだよ。転移魔法や見たことの無い黒い球体空間魔法とか……」
詳しく当時の状況説明をすると、フローラは信じられないといった表情を見せる。
「……それは一人で使っていたのですか?」
「そうだけど……?」
本来、転移魔法は複数人の能力が必要とされる。魔力量もさることながら、空間干渉、転送座標固定、転送される対象の情報把握、魔力調整、などをそれぞれが担当し成し得る神格魔法なのだとライは説明された。
「じゃあ、やっぱり尋常じゃないよな。一体、何だったんだアイツは?」
「わかりませんが、脅威なのは間違いありません。接触は避けた方が良いかと思います。トシューラ国やアステ国に奪われた遺産が関わっているのかも知れませんし」
「それだけヤバい奴ってことね……」
二年の修行を続けた今であっても、ライはベリドと戦って勝てるとは思えなかった。中でも警戒しているのは魔法である。見たことの無い魔法と詠唱の速度、そして魔力量。あれが魔王だと言われても納得出来る……そんな相手なのだ。
「そうか……。あ!じゃあバベルって名前は知ってる?」
ライの肉体を奪いベリドが為す術無く破れた更なる超越存在。何度も『破壊』を口にし、肉体を奪う力を持つ者。それが魔王ということは無いだろうか、と疑問に思ったのだ。
「バベル、ですか?あの……凄く有名な方なのですが、本当にご存知無いのですか?」
「えっ?そ、そうなの?それって知らない方が恥ずかしいかな?」
「恥ずかしいかは分かりませんが……その方は……」
フローラがそこまで口にした時、突然の大声で説明が遮られてしまった。労働者達と連絡を終えたパーシンが戻って来たのだ。
「お~い!そろそろ終わりにしようぜ!!また飯抜きじゃ流石に死んじまうよ」
「わかった!今行く!!」
魔石の原石を人数分袋に積め用意し作業を止めると、フローラ達に帰還を促した。
「取り敢えず帰ろうか……話はまた聞かせてくれると有り難いかな。元の寝ぐらに戻るなら送るけど、出来れば数日は一緒にいた方が安全だと思う」
レフ族の子供達は相談の後、ライの厚意を受けることにした。大勢の前で【魔族】と騒がれたことがどう影響するか不安な部分もある。それに加えて、魔力が奪われるこの採石場は魔法を主流にするレフ族には難所なのだ。
「お世話になります。よろしくお願いします」
「うん。出来れば脱出まで一緒にいた方が良いんだけどね」
その言葉にレフ族の三人は明るい表情を浮かべた。脱出……それは半ば諦めていたこと。因縁深いトシューラ国領の採掘場は逃げ出せぬ地獄だと感じていた。
「本当に……脱出できますか?」
「『出来る』んじゃなく『やる』んだよ。もう少し時間が掛かるかもしれないけど、それまで我慢してくれる?あと、普段は口外禁止だからね?バレたらご破算だし」
「はい!良かった……これでこの子達をカジームに帰せる」
ベリーズとナッツは双子で、二人は行方不明になった母親を探しにカジーム国から抜け出した。カジーム長老の孫・フローラはそれを見捨てておけなかったらしく、三人はその旅先のトシューラ国で捕縛されたのだという。
(フローラも苦労人だねぇ……)
他人事の様に思えないらしく、ライはフローラの頭を優しく撫でた。彼女もまた巻き込まれ型の可能性から親近感が湧いたのだろう……。
フローラ達が同居することになったその日の就寝後……事態は更なる波乱となりライへと迫る……。
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