第二部 第一章 第四話 三兄弟
同居することになったフローラ達を先に休ませたライは、パーシンと話し合いを行っていた。今後の計画……そして、フローラ達の同居を納得させる為である。
「という訳で第一、第二区画の連中は協力してくれると約束したぜ?まあ、残りも余裕だと思うけどな?」
「油断すんなよ、パーシン。上手くいってる時ほど一気に奈落に落ちるんだから。……俺がまさに良い例だし」
エノフラハまで順調だった旅が現在の強制労働に転落したライ。流石、勇者様はその落差も伝説級である。
「それにしても、折角昼間止めたのにお前って奴は……揉め事起きても知らねぇぞ?」
パーシンは背後に振り返り眠っているレフ族の三人を見る。パーシンのその横顔からは複雑な心境が読み取れた。
「……なぁ、パーシン?お前、本当は助けたかったんだろ?」
観察力があるパーシンが、男に殴られていたフローラ達の身元に気付かない訳がない。【魔族】として迫害されるのを放置することが出来ないからこそ、非難を浴びせ男を孤立させようとした。ライはそう考えている。
「お前の気のせいだ。俺はそんな善人じゃない」
「照れんなよ……なぁ、パーシン?お前はもうトシューラ王族から外れたんだろ?なら自分に正直に生きろよ……でないと、つまらないぞ?」
「ウルセェ……説教すんな」
パーシンの言葉は力無い。ライの言葉を頭では理解しているのだろう。
「ま、どのみち一蓮托生だけどな~?ケッケッケ……フローラ達を庇った俺の友人だし、今さら逃げられねぇぜ?」
「お前……勇者の癖にそんな小悪党臭いことを……。チッ……わ~ったよ。コイツらのことは良いさ。だけど気を付けろよ?昼間の奴……」
「あの逸材か?まあ、その時は少し『撫でて』やるさ。何せ俺は『トラブル大魔王』らしいからな?全員巻き込んで全部呑み込んでやる」
「誰だ?その絶妙な称号与えたのは……」
「ん~?散々巻き込んだ騎士団長?」
「何だろ……凄く目頭が熱い……」
『王族を逐われた強制労働者』という悲しいパーシンに同情されるフリオ。きっと今頃盛大な“くしゃみ”をしていることだろう。
「ともかく気を付けろよ?この採掘場は不意打ち、寝首、何でも起こりうる無法地帯だ。忘れんなよ?」
「ん?ああ……大丈夫だ。だってホラ」
ライが指差した先にはうっすらと人影が見える。揺れる灯りの松明は四つ……今朝方の男と、それより更に大柄な三人の男達。新たな男達は顔が皆同じことから、兄弟と予想できる。
「
「オイオイオイオイ!全然正々堂々じゃねぇよ!何だ、あの巨人モドキは?絶対ヤベェぞ!」
「大丈夫!話せばわかる!多分!それぢゃ、行ってくるわ!」
軽やかに寝床を離れ男達と去っていくライ。パーシンはライを信じてはいても不安だった。当然、こっそり後を追う。しかし、そのパーシンの後を更に追う者には気付かない。
ライと男達は下層の作業場まで移動すると、互いに対峙した。改めて見れば、助っ人らしき三人の男達は浅黒く筋骨隆々で巨漢。まるで巨大な石像の様だ。
「へへっ……予告通りお前をぶちのめしに来たぜ!」
昼間の中年男が一番奥で声を上げる。その姿にライは目を輝かせ固唾を飲んだ。
(やはり逸材!どこまでも予想を上回る小物感……天才か!)
ワナワナと奮えるそんなライを『恐れている』と勘違いした中年男は、更に加速していく。
「ククク……今さら謝っても遅いぜ?貴様はこの俺……ダグレック様の逆鱗に触れたのだ!さあ、先生方!お願いします!!」
逆鱗に触れたのに他人頼り。ダグレックよ、お前は何処まで登り詰めるのか……ライの心の中でその疑問が繰り返す。
そんな小物界のカリスマ……もとい、ダグレックの前に歩み出た大柄の男達はそれぞれ名乗りを上げる。顔だけでなく声まで同じに聞こえる為、微妙な特徴の違いで判断するしかない。
「俺は『皆殺しのジョイス』!」
「俺は『根絶やしのアスホック』!!」
「そして俺が『血祭りのウジン』!!!我ら三兄弟!!!義によって助太刀する!!!」
「成る程。俺はライだ。勇者ライ。よろしく~」
威圧的な三兄弟に対し実にフレンドリーに応えるライ。その態度に三人は怒りを露にした。
「貴様!ダグレックに対する非道、恥ずかしいと思わんのか!」
「公衆の面前で恥をかかせるなど言語道断!!」
「その思考、修正してやる!!!」
そもそもライは一方的に殴られた側である。それが何をどう説明したらそうなるのか『恥をかかせた非道な輩』にされていた。
やれやれと首を振るライ。そこへ三兄弟・ジョイスが殴り掛かる。咄嗟に【纏装】を展開。衣一枚の命纏装…それだけで威力はほぼ通らない。
「それが件の手品か!だが!」
三兄弟・アスホックとウジンが巨体に似合わぬ想像以上の速さでライの背後を取り囲み、怒濤の攻撃を仕掛ける。
兄弟だけあり見事な連携──ライはタコ殴りにされた。
しかし……ライは負傷も苦痛も無くただ揺れているだけに過ぎなかった。しばらく黙って殴られ続けていたが、男達は違和感で一斉に距離を置いた。
「成る程……確かに得体が知れん奴だな。だが、これならどうだ!」
三兄弟・アスホックは魔法の詠唱を開始。実に滑らかに詠唱を終え大地に手を着き魔法を発動する。同時に、残りの兄弟二人はアスホックの裏に下がった。
中位火炎魔法・《熱波衝》
大地を這う波の様に迫る炎と熱……地面の石が赤く変化し爆ぜる程の威力がライを襲う。
(この下層でこんなのを使えるのか……中々の腕だな)
魔力が削られる洞穴内の下層で中位魔法を使える。それはかなりの手練であることを示している。
しかし、ライは動じない。展開している命纏装を一瞬で【魔纏装】に変える。属性は炎。これにより地中を駆ける熱波は全く効果を成さない。
「クッ……これも防ぐか。ならば、これはどうだ!!!」
三兄弟は再びライを取り囲むと、三角形になる配置でそれぞれ魔法詠唱を始めた。
「降参するなら今の内だぞ、外道め!」
「う~ん……アンタらさ?少し素直過ぎないか?あのダグレックって奴が嘘を吐いている可能性は考えないの?もし嘘なら完全に言い掛かりで俺に迷惑かけてると思わない?」
「ダグレックは俺達に土下座してまで頼み込んだのだ!!大の男が土下座するその心中……疑うなど出来る訳がない!!」
「……そうか。じゃあそれが嘘だった場合、アンタらにも覚悟がある訳だな?」
「無論だ!!!その時は貴様の下僕でも何でもなって詫びてやる!!!」
その言葉でライは少し真剣になった。三兄弟を引き込めれば採掘場脱出の蜂起にかなり力強い戦力が加わる。相棒への確認として視線を上層の岩場に向けるとパーシンが頷いていた。
「うっし!じゃあ、アンタらを倒したら話を聞いて貰おうか?その上で判断してくれりゃ良いからさ?」
「フッ……俺達の技を受けて無事だったなら負けを認めてやろう!行くぞ!」
三兄弟は詠唱を終え魔法を発動。それぞれが別系統の中位魔法を順に発動し放つのは彼らのオリジナル魔法である。
複合魔法・《溶岩弾雨》
地系統魔法で岩盤から浮かせた岩石を、宙の大火球に巻き込み、風魔法で更に温度を上げつつ射出する。大小様々な高熱の岩がライへと降り注いだ。
始めの内は躱していたライだったが、やがて地面に落ちた溶岩が爆ぜ熱の散弾を浴びダメージを受け始める。
「オリジナル魔法かよ……凄いなアンタら」
「フン!いつまで軽口を叩けるかな?」
その後全ての散弾を躱す事が出来ずライの纏装は徐々に削られ始めた。しかし、真に威力を発揮したのは地面である。
溶岩が着弾した場所は同様の熱を帯び足の踏み場が減って行くのだ。
瞬く間に辺り一面赤く燃える大地に変わり、三兄弟の居る場所意外立つ場所が減って行く。
仕方無くライは上空へと飛び上がり回避。そこに狙い済ました巨大な溶岩弾が直撃した……様に見えた。
だが、ライは更に上方へと回避している。一瞬だけ風魔法の纏装に切り替え宙を蹴り上空に脱したのである。
「危ねぇ~……殺す気かよ」
「どうせ貴様は直撃しても死なんだろ?それより、いつまでそうしているつもりだ!!」
再び命纏装に切り替えたライはちゃっかり岩壁に指を食い込ませ休んでいる。溶岩弾はそこにも容赦なく飛来したが、まるでヤモリの様に移動しこれを躱し続けた……。
「こんな場所で魔力使い過ぎると気絶するぜ?見ろ……脂汗出てんじゃねぇか……」
「フン!俺達はそんな柔では無いわ!そろそろ終わりにするぞ!」
三兄弟は魔力を振り絞り最後の魔法を放つ。赤く熱された大地に手を着き、更なる複合魔法を発動したのだ。
上位火炎地魔法・《溶岩龍》
熱された地からせり出した溶岩は、猛烈な熱を孕む龍に変化しライへと襲い掛かる。触れればタダでは済まないであろう魔法……。
しかし……そんな魔法に対してもライは全く怯む様子はない。
(マズいな……そろそろ音と熱で上階の兵が騒ぎ出す頃かな?仕方無い。決着と行こうか)
岩壁を蹴り矢のように《溶岩龍》へと向かって行くライ。三兄弟は一瞬躊躇いを見せたが全力で応える。そしてライは……竜の口に飲み込まれた。
「オイオイオイ!ライ……まさか無事だろうな?」
パーシンは身を乗り出すと熱風を感じ顔をしかめた。その中心部にライがいると考えると怖気が走る。だが……次の瞬間、それは杞憂と知ることになる。
《溶岩龍》は動きを止め徐々に熱が収まり始めたのだ。
只の岩の彫刻と化したそれは、自重に耐えられず崩壊を起こし落下。同様に熱された地面も既に冷め始めている。三兄弟の魔力切れ……三人は頭を押えヘタリ込んだ。
そんな崩れ落ちる竜の瓦礫の中に淡く輝くもの───それは氷結の魔纏装。その輝きに周囲の者達は目を惹かれる。注目の中をゆっくりと地に降り立つ人物……ライは、纏装を解除し笑顔のまま三兄弟に近付いた。
「まだやる?」
何事も無い様に語り掛けるライに、三兄弟は豪快に笑った。
「ワハハハハ!俺達の敗けだ!」
「上には上がいるな!!なぁ?!!」
「全くだ!!!しかし流石は勇者たる存在だな!!!約束通り俺達はお前の下僕だ!!!」
その言葉をライは即事に拒否する。下僕なんて真っ平御免なのだ。フェルミナに対してでさえ一度も下僕などと考えたことはない。
「アンタらには下僕じゃなく仲間になって貰いたいんだ。と、その前に派手にやったからな……場所変えよう」
「な、仲間だと!?しかし……!」
「拒否は受け付けないよ?仲間……飽くまで対等な、ね。詳しくは上にいる仲間に聞いて欲しいんだけど……って、うぉう!な、何で泣いてんの、三人共……」
一方的に言い分を押し付けた側の三兄弟はライの寛大さに驚いている。しかも仲間とまで呼ぶ姿に涙を堪えられなかったらしい。
ライ本人が『丁度良い練習相手』としか思っていなかったのは、三兄弟には秘密にしておくべきだろう。
「パーシン!助けてぇぇ~!!」
その言葉で駆け降りて来たパーシンは、三兄弟のあまりの泣きっぷりにドン引きしながらも何とか宥めることに成功。ともかく場所を変えようとしたその時、パーシンがあることに気付く。
「あれ?昼間のオッサン、何処行った?」
その言葉に反応し全員がダグレックを探す。その時……少し上の岩場から声が響く。
「ケッ!使えねぇ奴らだ……まあ良い。今からこの大岩を落として全員に消えて貰うぜ!」
「貴様!!!謀ったのか!!!」
「騙される方が悪いのさ!魔族と関わる奴は皆、死ねば良い!!さぁ!お別れの時間だ!」
ダグレックは大岩に仕掛けた発破用の魔石をハンマーで叩く。しかし魔石は反応しない。
「あ、あれ?この!このっ!!!」
何度も叩くうち姿勢を崩したダグレック。そこは先程の戦いで溶岩弾が激突した場所───一度熱され脆くなっていた足場が崩れた瞬間、運悪く魔石が炸裂し一気に崩壊を始めた。
「あらぁ~っ。た、助けて~!!」
あまりに間抜けっぷり……その見事さにライは涙した。そう。ダグレックは今、小物界の神の降臨を果たしたのだ。
そのまま奈落に落ちかけたダグレック。しかし、それを救ったのはとても小さな優しい手……。
「フローラ!何でここに!」
大柄なダグレックを支えるには余りに頼りない小さな身体。ライは纏装を使いフローラの元に駆け寄る。
「ま、魔族!は、放せ!魔族に助けられる位なら死んだ方がマシだ!!」
「そ……それでも……死んではダメです。悲しむ人がいるでしょう?」
「そんなものいない……皆、死んじまった!」
「少なくとも私は悲しいです。命は帰らないんですよ?生きるのを諦めたら……」
フローラがそこまで言葉にした瞬間、足場が更に崩れダグレックはフローラ諸共に滑落してしまう。
しかし、次の瞬間───。
「フローラァァ━━━━━ッ!!!」
ライが崖から飛び出しフローラの手を掴んだ。
それとほぼ同時に崩れた岩場を足場として利用しダグレックをパーシン達の所まで蹴り飛ばす。
そこで足場を失ったライはフローラと奈落に飲み込まれ始めた。瞬時に風の魔纏装に切換え何度か空を蹴るが僅かに届かない。
「ライ!!」
「くっ……パーシン!俺は必ず戻る!!それまで頼んだぜ!! 」
それぞれの叫びが反響する中、ライとフローラは暗い奈落の底へと姿を消した……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます