第六部 第二章 第七話 超常故に


「おお……よくぞ戻った!勇者ラ……イ?」



 シウト王城『慧星殿』──大臣専用の執務室にて再開を果たしたライとキエロフ。

 しかし……キエロフは少し困惑している様だった。


 それもその筈。ライとキエロフが最後に会ったのは『円座会議』による国王退位劇の頃……。

 あの時のライは赤髪に中肉中背……しかし、現在のライは白髪にて大柄。全く別人の容姿になっているのだ。


 言われれば確かに面影はある。しかし、大概の人間は疑いを持って掛かるのは致し方無いことだろう。


「ご安心下さい、キエロフ様。これは間違いなく私の息子……ライですよ」


 実父ロイのお墨付きが出たことで納得したキエロフは、ようやく破顔しライに近付くなり握手を求めた。


「済まなかったな。あまりに以前と違うので、つい……」

「いやぁ……。まぁ、色々あったので……」

「うむ。そうであろうな……。だが……本当に無事で何よりだ」

「キエロフ大臣もお元気そうで……は無いですね。少し痩せましたか?」

「何かと多忙でな……」

「それはいけないですね……」


 固い握手を交わしたライとキエロフ。ライはそのまま回復魔法 《癒しの羽衣》を発動──。

 《癒しの羽衣》は肉体疲労だけでなく精神を癒す効果も高い。光の羽衣を纏っている間は常に回復を与えるので、過労による疲弊も幾分楽になる筈である。


「おぉ……。疲れが消えてゆく……」

「羽衣が消える頃には肉体も精神も癒える筈ですよ。でも、これは一時凌ぎでしかありません。せめて睡眠と食事はちゃんと取って下さいね」

「うむ……感謝する。………。勇者ライは本当に実力を開花させたのだな」

「それも全てキエロフ様が送り出してくれたからですよ」

「……そういってくれれば私も鼻が高い。だが、貴公には謝罪せねばならぬ。あの時私は……」


 キエロフはライに甘え過ぎたと考えていた。


 シウト国に改革を起こしたあの時──関連して発生した国の一大事『フラハ卿の謀叛』を駆け出し勇者に頼らざるを得なかったのは、単なる流れと言って良い。

 信頼があり、事情を知り、地位に関係無く自由に動ける者は、ライやティムだったというだけのことなのである。


 しかし……ライ達は十二分に役割を果たしシウト国の危機を救ったのだ。キエロフはその功績を誰よりも評価している。


「キエロフ様が気に病むことじゃないですよ。俺は自分が最善と思ったことをしたんです。戦いに身を置く俺が敵に捕まったのは、自業自得なんですよ……。それに、そんなことがあったからこそのでもありますから」

「………。その言葉だけで私も救われる。感謝する、勇者ライよ」

「私も感謝しています、キエロフ大臣」


 ライとキエロフが再び固い握手を交わした後、一同はソファーに座り改めて対話を始めた。

 その際、キエロフの執事は素早く紅茶を用意し脇に控える。


「さて、ライよ。先ず気になっていたのだが………その子らは一体?」


 物珍しげに部屋をキョロキョロと見回しているニースとヴェイツ。ライ同様の白髪である双子は、事前に言って聞かせたことを守り大人しくしている。


「この子達とはアロウン国で出会いました。実は……この二人は『双子の魔王』らしいのです」

「な、何だと!」


 眼前の子供が脅威存在と知り思わず立ち上がるキエロフ。そんな様子にライは苦笑いで説明を続けた。


「大丈夫ですよ。この子達は人を傷付けないと俺に約束してくれました。それに、本当は悪い子達じゃない。アロウン国で復興も手伝ってくれましたし……」

「し、しかし、信じられん……。まさか、件の『双子の魔王』と親しくなるとは……」

「この子達は善悪を教えられていなかったんです。だから敵意を向けられれば反撃して、そうでなければ気にしなかったみたいですね。でも、今は大丈夫ですよ」

「成る程な……その子らを連れて来たのは敵でないことを認めさせる為か?」

「はい。脅威と見られていては健やかに成長出来ないと思って……」


 キエロフは唸っている。


 幸いシウトでは『双子の魔王』の被害は無かったが、他国の事情を考えれば安易な判断は出来ない。


 だが……キエロフはライの意を敢えて汲んだ。


「相分かった。今後、シウト国に於いて双子は脅威から外す。他国にも事情を説明し打診しよう」

「ありがとうございます!」

「何……この程度では貴公の貢献の礼には程遠い。それに……これも我が国の為なのだろう?」

「はい。半分は、ですが……」

「半分とな?残り半分は一体……」

「この子達自身の為ですよ」


 双子の味方は多い方が良い……それはきっと双子にとって必要不可欠になるとライは考えていた。キエロフはそんなライの言葉に理解を示す。



「それはそうと……魔獣を倒したのは貴公と聞いたが、本当か?」


 キエロフの問いに答えたのはロイだった。


「実はその件で伺ったのです。魔獣はまだ倒されていないとのこと……」

「何?それは……どういうことだ……?」

「魔獣は本体が居るそうで、それを倒さねば再び出現し被害を齎すらしいのです」

「そ、それが本当なら……由々しき事態!至急、他国にも通達せねば」

「それが宜しいでしょう」


 キエロフは一度席を立ち大国……特にエクレトルを優先して連絡を行う。

 神聖機構と直ぐに連携を取れる状態になっている辺り、如何に今の世界に脅威が多いのかが窺えた。



 そうして連絡を終え戻ったキエロフ。その傍らには若い女性と白い鎧を纏う騎士が同行していた。


  ライにはその白い鎧に見憶えがあった。


 但し鎧は以前よりかなり手を加えられていて、魔石と装飾が増え見事な出来映えに変わっている。


「その鎧を着ているってことは……レグルスか?」


 ライの言葉で兜を外し現れたのは間違いなくレグルスだった……。


 レグルスは成長を果たしかなり身長が伸びている。それでもライよりは幾分低いが、ロイよりは頭半個分高い。

 何より、凛々しくなった顔には頼りなさは見当たらない。


「久しぶり、ライ。無事で良かった……」

「悪い、レグルス。心配掛けた」

「………。ライが居ない間、僕がフォニックを演じた訳だけど……代わるかい?」

「勘弁してくれ……俺はそんな柄じゃないんだよ」

「ハハハ。そう言うと思ったよ」


 レグルスはライに近付き握手をしながら肩を叩く。ライも同様の態度で改めて応えた。


「おかえり」

「ただいま。レグルス……かなり強くなったんじゃないか?それに、その鎧……」

「うん。みっちりマリアンヌさんに鍛えられたからね……鎧はラジックさんが改良を施してくれた。剣もラジックさんの魔導具だよ」

「そうか……もう立派な『姫を守る騎士』だな」

「ライ~……」


 涙を浮かべるレグルスに苦笑いのライ。レグルスは本当に心配してくれていたらしい。


「ところで、そちらの女性は……あ、クローディア姫か」


 直接会話したことはないが見掛けたことはある……というのが互いの印象。しかも共に成長しているので、一目では判らなかった。

 そんなライとクローディアは会話を交わすことも初めて……実質、初対面だ。


「初めまして、ライ殿。私はクローディア……今はこの国の女王です」

「そうでしたね……初めまして、クローディア様。ロイの息子ライです。………。貴女には悪いことをしました」

「え?何の話ですか……?」

「いや、その……先王……ケルビアム様を陥れる様な真似に加えて、若いクローディア様を無理に王位に就かせてしまったので……」


 国政のイロハも分からないクローディアを女王に押し上げた直後の『エノフラハ魔獣事件』──その後の混乱にも晒された筈だ。

 特にライとしては、クローディアから若い時分の自由を奪ったことが申し訳無く感じていた。


「そのことでしたら大丈夫です。キエロフ、ロイ、レオン……そしてレグルス。私には支えてくれる者が沢山いましたから」

「ですが……」

「それに……フフッ。不謹慎かもしれませんが、大国会議で素晴らしい友人も出来たのですよ?。きっとそれも運命だったのでしょう」

「……そう言って頂けるなら」


 クローディアの言葉で安堵したライは、ようやく肩の荷が下りたといった表情を見せる。


「さて……勇者ライ殿。今日はお礼と併せてお願いがあって参りました」

「お願い?何ですか、クローディア様……?」

「貴方には我が国の臣下になって頂きたいのです。貴方ほどの力があれば我が国は安泰……勿論厚遇致しますが?」

「あ~っと、その……申し訳ありませんが、その話はお受け出来ません。父にも話しましたが、俺の力は魔王と同じ。国に荷担すれば他国からやっかみを受けるでしょう?それに、堅苦しいのは苦手でして……」


 クローディアはクスリと笑う。どうやら断られるのは分かっていたらしい。


「レグルスの言う通りでしたね……それにマリアンヌ様も……」

「はい?」

「堅苦しいのが苦手……はレグルスの言葉です。マリアンヌ様はエルフトでの兵士育成や大国会議でお世話になりました。その際に同様のお願いをしてみたのですが、『あの方は自らが国の縛りを受け争いの種になるのを好まないでしょう』と」

「マリー先生が……」

「今回は断られるのを覚悟しておりました。ですからお気になさらず……」


 クローディアは礼を尽くしてくれたのだろう。ライは改めて自らの考えを伝えた。


「有事の際は必ず手助けしますのでご安心下さい。俺は救う相手を自ら判断したいのです。勿論キエロフ様やクローディア様、レグルスも友人として守るつもりですが、でも……」


 国に仕えれば望まぬ争いでも拒否をすることが出来なくなる……。シウトの内部からも妬みややっかみも生まれないとは限らない。

 そんな中で力を振るうことはシウト国だけでなく他国にも不幸を齎すだろう。


 元来の夢が『日がなゴロゴロ、食っちゃ寝』という平穏主義。魔物や魔獣とすら戦いを避けようとするライは、戦いの選択権を奪われるのを特に嫌う。

 そんな身勝手な者が国に仕えれば、最終的に規範が乱れてしまうだろう。


「今の時代は大丈夫でしょうけど、長い目で見れば国は永遠に賢王が存在出来る訳じゃない。俺はもう人の寿命から外れてしまってますし、仕える期間にも限界がありますから……」

「魔人化か……マリアンヌ殿から聞いてはいるが、一体どれ程長いのか……」

「それが……分からないのだそうですよ、キエロフ様。俺は大聖霊と契約したから余計にです。寿命では死ねないかもしれません」

「……………」


 不死を望む者は多い。しかし、それは『終わりのない苦悩』をも意味すると理解している者はどれ程いるだろうか?

 ライの言葉を聞いたキエロフは、そう考えずには居られなかった。


「だから尚更なんです。俺の様なヤツは他者から恐れられる。もしかすると力を奪おうとする愚か者も居るかもしれない。それは国にとっては害でしかない」

「そんなことは……」


 しかし、クローディアはそれ以上言葉が出なかった。

 ライはそんなクローディアの優しさに感謝しつつ意思を伝える。


「困っている時はどんな話でも遠慮せず言って下さい。友人として必ず応えます。だから……シウト国を故郷と思っていて良いですか?」

「はい、是非に……。大切な国民として扱います故」

「ありがとうございます、クローディア女王」


 臣下の礼ではないがライは心の底から頭を下げた。そんな意思表明は却ってクローディア達にやる気を奮い起こさせた様だった。


「では、貴方に恥じぬようにならなければいけませんね。私達も、国も……」

「期待してます。俺の最終目標は『ぐうたら』ですから」

「……お前、旅立つ前から『ぐうたら』だったじゃないか。駄目な部分を目指してどうするんだ?」

「う、うるさいなぁ、父さんは……。良いんだよ。俺がぐうたら出来るくらいなら世の中平和だろ?」

「屁理屈だぞ、それは?」

「ぐぬぬぬぬ……」


 そんな親子の光景にクローディア、キエロフ、レグルスは笑う。超常であるとは聞いていたライは、どこにでも居そうな若者なのだ。


 シウト国の権力に関わらずとも力にはなれる。こうして結んだ縁は宝ではあるが、時には枷にもなるだろう。

 しかしライは、自らの勇者としての道を選んだのだ。


 そんなライを、思いがけない褒美の数々が待っていた……。


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