第六部 第二章 第八話 勇者への報奨


 仕官話を断ったライではあるが、故郷であるシウト国への協力は惜しまない旨を女王クローディアに伝えた。


 元々シウト国の民であるライは、やはり今後もシウトの地に住まうつもりだったのだ。

 これによりシウト国は、家臣としてではなく友人として大きな助力を得ることになるだろう。



 そんな勇者ライさん……遂に己の行ないが報われる日が訪れた──。



「おっと……失念していた。貴公の我が国への貢献……その数々に対し報奨があるのだ。ロイに託そうとしたが直接渡して欲しいと言われてな……受け取って貰えるか?」

「それは……財政は大丈夫なんですか、キエロフ様?」

「ハッハッハ。貴公のお陰でな?あの湖水は見事我が国の財政を建て直した。特にラジックの貢献は大きいぞ?」

「へ、へぇ~……ラジックさんが……」


 キエロフの話では『回復の湖水』を元に効果を調整した薬は商人組合を通し大陸中に流通しているらしく、先王の散財はかなり早くに補填されたらしい。

 湖水は有限であった為、ラジックに複製を依頼。そしてラジックは湖水を解析し効果の近い魔法薬の開発に成功──これにより湖は枯渇せずに済んだとのことだった。


 因みに、フェルミナの封じられていた湖はいざという時の予備に温存しているという。あの地は小さな街が生まれ、『生命の地』と呼ぶ者もいるそうだ。


「そういった訳で『新型回復薬』の利益から兵の育成も賄える様になった。エルフトの訓練場は非常に役に立っている」

「今でもマリー先生……マリアンヌさんが訓練を?」

「いや……今は別の者がその任を引き継いだ。その者等も貴公の知人だと聞いている。機会があったら覗いて見ると良いだろう。それと、マリアンヌ殿だが……親善大使としてラジックと共にエクレトルに居る。『ロウドの盾』の存在は聞いたか?」

「いえ……」

「では、後にロイから詳しく聞くが良い。それより今は褒賞の話としよう」


 クローディアと確認をしたキエロフは、執務室の棚から一枚の書状を取り出しライの功績を読み上げ始める。そして功績毎の褒賞を続けて提示した。



 ・『ノルグー魔獣召喚未遂事件』───褒賞金


 ・『ディコンズ・ドラゴン交渉成功』──シウト国内希望の場所に土地及び館


 ・『国王退位、及びトシューラ対策』──ストラト内にある元フラハ卿別邸の進呈


 ・『フラハ卿ニビラル討伐、及び魔獣討伐』── 特別爵位【英傑位】



「尚、『回復の湖水』の件は別枠としてある。貴公に相応しい報奨自体が思い浮かばぬので、宝具や権利など要望があれば言って欲しいが……領主という訳にもいかぬのだろう?」

「ハハハ……スミマセン」

「湖水関連の売り上げ利益はティムが管理している。そちらは当人と合って確認して欲しい」

「分かりました。こんな勝手な身分にありながら過分なる報奨、痛み入ります」

「ハッハッハ。これでも少ない位なのだがな……一先ずの礼として受け取ってくれ」


 ライにとってそれは初めての大きな報奨──。


 提示された報奨金は数年は働かずに済むだろう金額だった。それだけでも貴族の一年分の所得に匹敵する。

 屋敷・土地はそれのみでも大きな財産であり、平民では有り得ないと言える報奨である。


 そして特別爵位【英傑】──これは所謂『救国』を行った者への賛辞であり特殊権限の授与。領地こそ無いものの、発言力だけであれば王に次ぐだけの効力を持つ。



 一介の勇者としては大きな報奨の数々に、ライの顔は思わず綻びニマニマとしていた……。



 今まで改めて大きな報奨を受け取らなかったライ。それは成した功績が大きいとしても、半分は自らの性分で動いていた為……。


 だが今回、手元に残る明確な形として初めて報奨を受け取ることにした。

 トウカやホオズキ、双子のニースやヴェイツ、そしてフェルミナ、メトラペトラ、マリアンヌ……同居する、またはする可能性のある者達を養う責任を自覚したのが理由である。



「ありがとうございます!」

「ハッハッハ。そこまで喜ばれるとは思わなかったな」

「いやぁ……ハッキリ言うと初の公的な褒美かもしれないので……」

「そうなのか?ディルナーチに居たと聞いたが余程平和だったか……」

「そんなことはなかったんですけどねぇ……。やっぱり異人の俺が目立つと不味いかと……あ、でもこれは頂きました」


 ライは腰の刀を外しキエロフに手渡した。それは不知火領主ライドウから進呈された小太刀【九重頼正】──。


 キエロフは刀のこしらえを珍しそうに確認した後、スラリと刃を抜き放つ。


「ほぅ……素晴らしい剣だな。まるで美術品の様だ……」

「その刀は三百年前の物で、材質は『玄淨石』という不思議な石でした」

「玄淨石……聞いたことが無いな……」

「そうですか……。玄淨石の刀は錆びづらく粘り強いんです。しかもディルナーチ大陸には切れ味を非常に高める鍛鉄技術がある」

「キエロフ様……私にも見せて頂けますか?」


 刀を受け取ったロイは念入りに刀身を確認している。


「……鉄より少し重いか?光に当てると仄かに赤く見えるのが不思議だな」


 ロイは刃を上に向け懐から取り出した布を乗せる。そのまま傾け刀を手元へと軽く引けば、布はスルリと二分された。


「……成る程。これは凄い匠の業だな」


 小太刀はレグルスも確認し、それが魔導具の類いで無いことも理解したらしい。


「……ライ殿。ディルナーチでの修行と聞いておりましたが、あちらの様子はどうでしたか?」


 クローディアは武器よりディルナーチ大陸の文化に興味がある様だ。 


「自然と共にある良いところでしたよ?木造家屋に衣服の文化も独特。でも皆、良い人でしたし……実は二人、ディルナーチの女の子が同行しています。良かったらお会いしますか?」

「まぁ!それは是非に!」

「そこで相談なんですが、フラハ卿の屋敷を少しの間貸して頂けますか?」


 フラハ卿別邸はライの報奨に入っている。キエロフは怪訝な顔で首を傾げた。


「貸すも何も貴公の館になったのだが……」

「いえ……館は国に仕える者に与えるべきかと思います。代わりに貸して頂くということで……」

「しかし……それでは報奨が減ってしまうぞ?」

「良いんです……何かこう、功績の報奨を聞いただけで満足ですから。それに、あんまり贅沢すると本当に堕落しちゃいそうで……」

「ふぅむ……」

「代わりに報奨の一つ……土地は『蜜精の森』を貰えませんか?」

「蜜精の森か……あそこは今となっては大した場所でもあるまい。……。クローディア様、如何致しますか?」

「問題はないと思いますが……ライ殿は本当にそれで良いのですか?」

「はい。あの森、何かと縁があるみたいなんで……」


 王都ストラトから徒歩で四半刻程の距離にある『蜜精の森』───そこはライとティムが旅立ちの資金の為に薬草を集めていた森である。


 古くからライに縁がある地で、何体かの傷付いた魔物を見付け治療した場所であり、マーナを魔物から庇いライが重傷を負った地でもあった。

 更に現在、その森には大聖霊の一体アムルテリアが居るというのは唱鯨モックディーブからの情報。そこまで縁があるならば、いっそその地に暮らすのも一興だとライは考えていた……。


 ライは未だ知らないが、そこはかつて幸運竜ウィト……つまり、ライが前世で暮らした真に縁深き地でもあった。


「では、急ぎ館の建築手配を……」

「それも大丈夫です、キエロフ様。今なら自力で造れますから……」

「………。で、では、手が必要ならば遠慮せずに言って欲しい」

「はい。ありがとうございます」


 蜜精の森に屋敷を作ることになったライ。完成までの数日……フラハ卿別邸で暮らすことに決まった。

 急な話なので本日はフェンリーヴ家での宿泊が決まり、フラハ卿別邸には明日移動する予定である。


 クローディアは、翌日そこでトウカとホオズキに会うことになっている。



 キエロフは報奨金の一部を用意しライに手渡す際、確認を行った。


「ディルナーチ大陸は敵対することは無いだろうか?」

「礼を尽くせば間違いなく友好国になれる筈です。その内鎖国も解けるでしょうから是非そうして貰いたいですね」

「そうか……」

「俺にとっては第二の故郷ですよ。いつかキエロフ様にも見て貰いたい……そんな国でした」

「うむ……そうなれば良いな」


 問題は山積な現在、そんな日がいつ訪れるかはライにも分からない。

 しかし……ライの言葉にディルナーチへの興味を持ったキエロフは、今後ペトランズとディルナーチという二つの大陸の橋渡し役を担う日が来るかもしれない。


 少なくともライはそう信じていた。




 クローディア、キエロフ、そしてレグルスに別れを告げた王城からの帰り道……再びニースとヴェイツを背負って歩くフェンリーヴ親子。

 余程退屈だったのか、双子は仲良く夢の中だ。


 城からの帰路、ストラトの街は既に黄昏時……『魔石街灯』の柔らかな光が街を仄かに照らしている。

 道すがら、時折窓の開いた建物から賑やかな家族団欒の笑い声が聞こえた。


「……ねぇ、父さん?」

「何だ?」

「今現在、何か困ってることある?」

「そうだな……文官がかなり足りんな。各領地では問題無い様だが、ストラトは中央機関だからどうしても書類が集中する。それでもかなり人員は増やしたんだがなぁ……」

「文官か……それは俺じゃ解決出来なそうだね」

「ハッハッハ。そりゃあ仕方無いさ。ライ……一人で何でもやるんじゃないぞ?【神】でも無ければそんなことは無理だからな……」

「分かってるよ」


 今のライですらメトラペトラに頼らざるを得ないことが多々あるのだ。

 人は何かを頼り生きてゆく……それは宿命でありながらも幸福なことだと、その昔に母ローナは語っていた……。


「あ……そう言えばティムは?」

「おお……そういや伝えて無かったな。ティム君は今や商人組合の幹部様だ。時折帰っては来る様だが、基本的にはシーヴ領にある商業都市ハーネクトに居ると聞いている」

「……ティム、出世したんだなぁ」

「お前は仕官の話を蹴ったから『プラっと勇者』のままなのにな?」

「むむむむむ……」

「まぁ、ティム君のことだ。お前が帰国したと聞いて飛んでくるだろう」

「アイツにも心配掛けたからなぁ……そうだ!ティムの親父さんの店で酒買って行かないと」


 メトラペトラへの土産である酒と肴を思い出したライは、ティムの父の店『ノートン商会』を目指す。

 ノートン商会は武器や道具などの品以外に食料専門の別店舗がある。目当ての物は直ぐに手に入る筈だ。


 受け取った報奨金で酒樽ごと入手し肴も珍しい物を用意できた。後は皆が待つフェンリーヴ邸へ帰宅するばかりである。

 片手の掌で軽々酒樽を持ち上げ子供を背負う姿は些か人目を引いたが、二人は気にせず帰路を急ぐ。


「……さ、早く帰ろう。皆待ってるよ」

「そうだな。………。ところでライ。聞いておきたいことがあるのだが……」

「どうしたの、父さん。急に改まって……」

「お前、一体どの娘が本命なんだ?」

「は……?」

「もう大人の階段は上っちゃったのか?ん?ま、まさか……本当にハーレム野郎に?ち、ちょっと父さんに根掘り葉掘り聞かせてみたまえ?」

「…………」


 父の追及を受けたライは……加速した──。


「くっ!逃がすかっ!」


 続いて、ロイも加速した──。



 ようやくの帰宅となったライは、久し振りの我が家で懐かしの団欒となる。


 だが、フェンリーヴ家は両親のもの。成長を果たしたライは、自らの『我が家』を用意する為に森の土地を手に入れたのだ。

 それは改めての巣立ちを意味しているのだが、当然当人に自覚はない。



 そんなライの我が家となる敷地『蜜精の森』──そこでは新たな大聖霊アムルテリアとのが待っている……。 



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