第七部 第四章 第八話 七千年の呪い
異空間で行われたイベルドとの対話──だが、リーファムの指摘により状況は大きく変化する。
見た目は全く変わらないイベルド……しかし、その精神は『赤のベルザー』ことベルフラガ・ベルザーと入れ替わったのである。
「赤のベルザー……丁度良いわ。全て聞かせてもらうわよ?」
リーファムが動じる様子はない。ベリドがイベルドと同一人物だと知った時に既に推測はしていたのだろう。
「そうですね……。形はどうあれ私は貴女方を巻き込んだことには違いありません。説明するのが筋でしょうね」
マリアンヌが用意していた茶を一口啜るベルフラガは穏やかな微笑みを浮かべそう告げた。
異空間は敵意を察知すると相手を排出する仕組みだと聖獣・
少なくとも現時点の話ではあるが……。
「殆どのことは『イベルドの私』が説明した通りです。私はある女性を救う為に研究をしています」
「それがテレサね?」
「ええ……」
「……。イベルドの話では、あなたは二百年以上もの時を生きているのよね?魔人化したあなたならともかく、テレサが現在生きているとおかしいことになるのだけれど……」
テレサが魔人か否かはわからないが、確率から言えばそれは有り得ない話だった。
魔人は病にならない。それ以外で長寿となればレフ族の可能性も否定はできない。
しかし、リーファムがエイルから受けたレフ族捜索の依頼の中に『テレサ』という人物は存在しなかったのだ。
ベルフラガと同様の混血レフ族……リーファムはその可能性も考えていた。
「……。テレサはか弱い人間ですよ。魔術師でも、戦いに身を置くこと者でもない。本当に普通の街娘でした」
「……でした?」
「テレサはもう長い間眠りに就いて居ます。病……オルトレー病の進行を遅らせる為に私が神格魔法でその時を止めました」
ライやメトラペトラですら困難な時空間神格魔法による時間停止を行使したというベルフラガは、やはり超越の魔導師。リーファムはそれを改めて理解する。
「それで……オルトレー病の治療方法は見付かったのですか?」
話を聞いていたマリアンヌはいきなり核心を突いた。
これまでの話を考察するに、【オルトレー病】さえ治療出来ればベルフラガはベリドに変化する必要性が無くなる。そうなれば脅威存在が一つ減るのだ。
いや……それだけではない。上手くいけばベルフラガのその力はロウド世界の支えになるだろう。
しかし、そんな期待は叶わない……。
「オルトレー病の治療は残念ながら未だ果たせていません」
「やはりね……」
ベリドが活動していたとなれば、まだ足りないものがあることを意味する……リーファムはそれも推察していた。
「そもそもオルトレー病って正確にはどんな病なの、イベルド?」
既にベルフラガに入れ替わっているのだが、マーナにとってはイベルドなのだ。その認識を変えるつもりはないらしい。
ベルフラガはそれを理解しつつ優しげな笑みを浮かべている。
イベルドもベリドも別人の様だが、精神も含め同じ人物から構成されている。願望、博愛、冷酷……しかしそれは本来誰しもが宿すもの。
ベルフラガがそれを魂ごと分けた為に、イベルドとベリドは別人格となっていると感じるに過ぎないのだ。
つまり……逆に言えばベルフラガはベリドやイベルドでもある。マーナのことを大切な存在として記憶しているので、異論は口にしなかった。
「これまでの研究により、オルトレー病は血筋に刻まれた異常だと分かりました。なので、通常の医療魔法や薬草では癒せません。病ではありますが呪いでもあるのです」
「呪い……?それはどういう意味かしら?」
「オルトレー病を患うのはある一族血筋……。私はそれを調べましたが、大変興味深いことが分かりました」
オルトレー病が発生する地域はシウト国とエクレトルの境にある街。そこはエクレトルが建国する以前からある一族が暮らしていた。
「テレサの姓はアルグリットと言います。御存知ですか?」
「アルグリット……お伽噺に登場する昔の勇者ね。悪い神様と戦う物語で、確か……大魔術師マクレガーの友人の……」
「流石は【火葬の魔女】リーファム・パトネグラム。そして、そのお伽噺は真実です。テレサの一族には伝承が残っていましてね」
七千年前──異界の神によるロウド世界襲来はお伽噺という形で伝わっている。だが、テレサの一族である『アルグリット家』には戦いの詳細が伝えられていた。
「『
【狂乱神】は【邪神】【破壊神】と並ぶ『終末の三神』とも言われている。この三柱は『真なる神』の中でも異世界に渡りその世界を破滅させることを容認された存在だ。
それは世界を成長させる為の試練であったり、存在に相応しくないと判断された世界の駆逐であったり、また神自身の存在意義であったりと理由は様々。
故に七千年前ロウド世界に現れたのは単なる不運──。
数多ある異世界の中で、誕生から九万年程度の若い世界に『終末の三柱』の一体が現れるなど本来は稀なこと。
では……何故現れたのかに関しては、神の意思とだけしか言い表せない事例である。
「狂乱神はロウド世界の抵抗を受けた末、やがて倒されました。激戦だったようで、その際に多くの存在が失われたと伝わっています。創世神の遺した事象神具もかなり破壊されてしまったとか……」
「……。お伽噺では『皆で力を合わせてやっつけた』としか書いてないわよね、イベルド?」
「ええ。でも相手は『真なる神』──本当は当時のロウド世界の人口が半数以下になったそうですよ」
「そんなに……」
人間の数は凡そ狂乱神来訪前の三分の一程に……。更に聖獣は多くが消滅、または魔獣化。竜もその数を大きく減らし、慈母竜が回収しきれない竜の魂は【地孵り】となる。
その後……人として転生した竜達は不思議な力を宿した。やがて英雄豪傑に成長した彼らはそれぞれ国を興すことに……。狂乱神が齎した被害で興国の起きやすい時代でもあったのだ。
そして地孵りの英雄達は、更なる大国を創る為に激突を繰り返す結果となる。それもまたお伽噺『王さまたちのケンカ』として語り継がれているのは余談であろう。
「……。悪いけど貴方の話の意図が読めないわ。狂乱神が世界を乱したのは分かったけど、『テレサ』と何の関係があるの?」
「狂乱神は真なる神──それを最後に討ち果たしたのは誰か御存知ですか、リーファム?」
「物語ではアルグリットだったかしら?」
「ええ。ですが、正確にはアルグリットとマクレガーです。そしてマクレガーは命を落としました。理由は【天罰】です」
真なる神の存在を討ち倒す……途方もない偉業を果たした代償は『神の呪い』。天に唾すれば己に返るという因果をアルグリットの分まで一身に受けた魔術師マクレガーは、不幸にもその命を落とした。
そして、マクレガーが所有していた二つの星具は『狂乱』の影響を受け厄災へと変化してしまった。
更に……アルグリットは命こそ無事だったものの代々短命の呪いを受けてしまう。やがてその呪いは一族の血肉と同化し遺伝病となった。
七千年の時を経ても残る病魔は、約三百年に及ぶベルフラガの研究を以てしても克服には至らない。
アルグリットの血筋が必ずしもオルトレー病になる訳ではない。だが、本家筋の女性のみは発症する傾向にあるという。
「………。悲しい話ですね。世界を救った血筋なのに、永い時を越えた現在も赦されないなんて……」
マリアンヌの言葉に皆静かに頷いた。
「つまり、呪いを解かなければテレサを救えない訳ね?」
「少し違いますよ、マーナ。呪いは病に変化してしまったのです。そして同時に呪いの性質は維持されたまま。だから医療魔法だけでは癒せず、解呪魔法を研究しても答えは見付からなかった」
「じゃあ、救う方法はもう無いの?」
「いいえ……。だから私は考え方を変えることにしたのです。病巣を消すことができないのであれば、病に負けぬ身体を用意すれば良いのだと。その為に不死の研究を始めたのです」
ベリドの人格は不死を求めた。普通の人間が不死に至る……それには多様な実験による情報が必要となる。結果、ベリドは冷酷非道な行為を繰り返し続けた……。
その間、イベルドの人格は他の治療方法を探していた。やはり犠牲を出すことは避けたかったのだ。結果イベルドは、神具探しに舵を切ったとのこと。
「狂乱神にトドメを刺したのは星具という事象神具……故に【天罰】さえも打ち破る神具も存在するかもしれない。『イベルドの私』はそう考えた様ですね。ですが、私自身は『ベリドとしての私』の方が確率が高いと判断しました。そして──」
イベルドとベリドの考えを統合したベルフラガは、更に新たな考えを打ち出した。
それが『霊位格』を引き上げるという結論──。
「恐らく魔人程度の進化ではオルトレー病の進行は止められない。ですが、半精霊格に至れば寿命の観点では不死に近くなる。肉体的な安全を確保するならば、精霊化の魔力体に至ればオルトレー病は止まるでしょう。しかし……通常の人間は半精霊格に至ることさえ到底叶わない」
上の霊位格に進化するには才覚もあるだろう。しかしそれ以前に、過酷な修行による進化は普通の人間であるテレサにとって不可能とも言える事柄。
「魔人転生と言いましたか?あの術ではテレサの姿さえ変わってしまう恐れがある。でも、魔石食いでは時間が掛かり過ぎてしまいオルトレー病が進行してしまう。だから、最初に半精霊格まで引き上げる術が必要になります。それなら自らの意思で姿を調整できますからね。無論、それは仮でしかありません。最終的には精霊格まで引き上げるのが私の今の目標です」
ここでリーファムは一際厳しい表情を見せた。ベルフラガから違和感を感じたのだ
「貴方……魔人転生の知識は何処で手に入れたのかしら?いいえ、魔人転生だけではないわね……霊位格、それに星具まで……。今の世界では改竄されていて入手することすら難しい筈よ?」
魔人転生の知識を有するのはライ、アムド一派、そしてカジームの民。確かに半分とはいえレフ族の血を継ぐベルフラガならば、高い魔法知識を有する機会は無くもない。
が……ベルフラガの母であるソフィーマイヤは魔法の知識を封じたと聞いている。
いや……密かに魔法知識をベルフラガに伝えていたとしても、霊位格や星具の知識まではレフ族も有していなかった筈。そもそもベルフラガは『歴史改変』が為された後に生まれている。通常ならばその知識に触れる機会はない。
そこで思い出したのはベリドの言葉……。
「貴方はクローダーに出会った……。その時に誰の人格だったかは判らないけど、一体何の知識を願ったのかしらね?」
「察しが良いですね、リーファム・パトネグラム。しかし、魔法に携わる者が何を願うか……想像が付くでしょう?」
「……。そうね……」
かつて守護者と言われた偉大な魔導師クインリーは、『より多くの者の助けとなる為の魔法知識』を求めた。そして限界はあったものの、相当量の魔法知識を得た。
既に半精霊に至っていた【火葬の魔女】リーファムは、純粋な向上心から『有用な魔法知識』を求めた。人の限界を超えていたリーファムは、真なる神の領域たる【神炎】さえ操る膨大な魔法知識を得るに至る。
では……一人の女性の身体を癒す為に自らの全てを
「私は、『全ての魔法知識』を望みました。ですが、一部情報は欠けてしまっています。どうやらクローダーの知識には制限の掛かるものも含まれているらしい」
「それはそうよ……。クローダーもまた神に創造された存在。神を超える術を持つとは思えないわ」
「ええ……。ですが、全くの空振りという訳では無かった。テレサを救うのに必要なことは『肉体の進化』ないし『霊位格の進化』が必要であり、その確信を得ることができたのだから。ただ……」
不確実な情報には実践の積み重ねによる精査が必要だ。肉体進化の情報はベリドが実験を繰り返したが、異形化の危険性は取り除くことが出来なかった。
霊位格の進化を探るも、存在自体が少なく調べることさえ出来ない。ベルフラガ自身を使い実験を行うだけでは足りないのだ。
そんな時、ベルフラガは力を感知。それはほんの僅かな結界の綻びからのもの……。
「……どうやって四季島の位置が判ったのかと思ってはいたけど……」
「転移追跡──多くの者が転移する先には魔力痕跡が生まれるのですよ。その為の結界も張るべきでしたね」
とはいえ、そんな僅かな気配を感じ得る存在など考え付きようもない。現にアムド一派さえ四季島には気付いていないのだ。
やはりベルフラガは特殊……より魔法に長けた存在と言えよう。
そんなベルフラガから立ち昇り始めた圧力。表情は変わらないが、明らかな敵対──だが、何故か異空間より排除されない。
「リーファム・パトネグラム。貴女は私の知る限り最高の霊位格に至っている。実験の協力をして貰いますよ?」
即座に反応し半精霊化を行ったリーファムとマリアンヌは警戒体制に移行。
だが……マーナは違った。ベルフラガの肩を掴み厳しい目で見つめている。
「それじゃ駄目よ、イベルド。知識が必要なら押し通すんじゃなく協力を頼むの。一人の力では限界があるんだから」
「マーナ……貴女、変わりましたか?」
「ええ。一人の限界を知ったの。そして頼ることの大切さもね?イベルド……いえ、ベルフラガ・ベルザー。私はアンタを敵にしたくない」
マーナの言葉に少し困った表情を浮かべたベルフラガ……。しかし、小さく首を振る。
「私はもう戻れないのですよ、マーナ。何としてもテレサを救わねばならない」
「テレサってあなたの大切な人でしょう?他の誰かの犠牲を出して救われても喜ばない筈よ?」
「それでも……私は止まれない」
「待って、イベルド。お兄ちゃんが居るわ。ニャンコ師匠も、フェルミナも……」
「ありがとう、マーナ……すみません」
「イベル……!」
ベルフラガがマーナの前に手を翳すと、その意識が刈り取られた。マーナが崩れ落ちる前にベルフラガが身体を支えソファーに横たえる。
「……マーナ様をどうしたのですか?」
「眠って貰っただけです」
「……。マーナ様が言ったように、貴方には協力する選択肢もある筈ですよ?ライ様ならきっと……」
「ライ・フェンリーヴですか……。彼はそれ程の存在に?」
「恐らくは貴方の想像以上に……」
「そうですか。でも、私は彼を殺そうとした……。今更協力などどの顔で……」
「それでも……あの方はきっと手を伸ばします」
「…………」
ベルフラガは少し迷いを見せる。そこでリーファムは半精霊化を解除。改めてベルフラガに提案を行った。
「では、こうしましょう。ベルフラガ・ベルザー……あなたはライとケジメを付けなさい。それまで私はあなたの人質になるわ」
「リーファム様!」
「大丈夫よ、マリアンヌ。……。良い、ベルフラガ?
「………貴女程の方がそこまで断言する理由は?」
「今のライに会えばそれも分かる」
ベルフラガは更に迷いを見せたが、やがて納得したように頷いた。
「良いでしょう……。では、貴女は私の人質として同行して貰います。但し、ライ・フェンリーヴが私の期待に応えられない場合には私の研究にその身を捧げて貰います」
「それで良いわ」
「貴女はマリアンヌと言いましたね?ライ・フェンリーヴに伝えて下さい。ノルグー領・英霊殿にて待つ、と……」
リーファムの肩に触れたベルフラガは敵意を放出。即座に異空間から弾き出されリーファム共々姿を消した。
マリアンヌはマーナを抱え上げ蜜精の森居城へと帰還。念話にてライに詳細を伝えた。
ここにきてライは、これまで問題として残されていた事案に対応を余儀無くされる。この流れはシウト国円座会議が終わるまで止まらない──。
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