第七部 第四章 第九話 ライの不安


 大陸会議から数日後──魔王アムド・イステンティクスとの交渉を終えたライは、複数の脅威を察知し警戒を促す為にエクレトルへと戻ることになった。


 体面上、捕らえられていることになっているので密かにアスラバルス元へ転移──そこで打ち合わせをすることにしたのだが………。


「前回、貴公が現れた少し前──トシューラ女王ルルクシアが各国首脳に向け宣戦布告を行ったことは知っているだろう?」

「はい……結局、戦争になるんですよね……。闘神復活が迫るこの時期に……」


 最早ライの身柄云々の話ではない。早くに大戦が始まれば【闘争】を力とする闘神の復活は早まり、たとえ先伸ばしになっても闘神が大戦前に復活し世界は危機に至る。まさに最悪の状態である。


 闘神復活まで正確にどれ程の猶予があるのかわからない。デミオスの言葉は明確な時間を示唆するものではなかったのだ。しかし、遅くても数年内には復活と見るべきだろう。


「………。貴公、まさか自らトシューラに行くまいな?」

「流石に今回はそんな余裕は無くなりました。何せ……」

「複数の脅威──か。うぅむ……」


 差し迫る危機の数々……最優先で対応すべきは数の猛威を振るう魔獣アバドンだろう。


「魔王アムドは本当に大丈夫なのか?」

「恐らくですけどね……アイツは約束は破らないと思いますよ?」

「根拠は何だ?」

「勘……というのは嘘です。アムドは俺と面と向かって約束しましたからね……。王としての気位と、一度退けた俺との約束を考えれば可能性は高いと思いますよ?」

「………そうか」


 アムドは何かとライに執着している。それを考えれば有り得る話ではあるとアスラバルスは思った。


「アバドンが動き出したことはエクレトルでも認識はしている。だが、かなり緩慢な動きな様でな……今は各国への警戒を促し支援するに留めている。どのみち出来ることは少ない」

「そう……ですね」


 地中に居る以上、待つしかないのがアバドンへの対応である。

 本当ならばライが直接地中に向かい戦えば良いのだろうが……。


「地中ではアバドンに利があるだろう。それに──」


 星の中核に近付くと膨大な魔力で感覚が狂う筈だとアスラバルスは忠告する。


 ロウドの星は魔力を一度星の核に還し循環させる摂理になっている。中核の魔力はディルナーチ大陸の空に浮遊する【御神楽】の凡そ数千万倍……人では即死する濃度だ。


 ライならば或いは耐え得るが、確かに他の脅威を察知できなくなるのでは不安が残る。


「そうなると……一応、対策を打っておくかな。確か紫穏石に近寄らないんですよね、アバドンは?」

「うむ……?」

「まぁ、詳しくは後で……。それで、会議自体の細かい部分はどうなりましたか?」

「勢力は二分してしまったようだが、詳細は概ねは悪くない様だな。私としては気掛かりはあるが……」

「気掛り……ですか?」

「うむ。アステ国のことだ」


 この状況でトシューラに付くことはアステにとっての利がない様に思われる。何より、闘神の脅威を考えればトシューラを説得するか反トシューラに舵を切り抑止するのが筋──。


 ライはマリアンヌから過去の大陸会議の場に於ける様子を聞いている。アステ代表たるクラウドはトシューラの被害を望んでいる節がある、と……。なのに何故、トシューラに加担するのか……。


 ライの兄シンが領主となった国でもある以上、動向が不明なアステもまた不安要素だった。


「でも、目論みはどうあれアステがトシューラと繋がっているなら先に行動は起こさないでしょう。それよりも、アバドン同様に対応が必要なものがあります」

「………。ベリドのことか」

「はい。実はマリーから連絡があって、ベリドはリーファムさんが倒したらしいのですが……」

「それはこちらも連絡を受けたが……何があった?」

「実は……」


 ライがマリアンヌから聞かされたベリドの正体……イベルドとベルフラガの存在を簡略に伝える。すると、アスラバルスはかなり渋い表情を見せた。


「魔導師ベルフラガのことは私も知っている。が、まさか生きていたとはな。しかも脅威存在になっているなど……」

「俺は今からベリド……じゃなかった、ベルフラガに会いに行きます」

「……。相変わらず無鉄砲なことだ。メトラペトラにも言われなかったのか?頼ることもまた大事な覚悟だと」

「わかっては居るんですけどね……。でも、これは俺とベリドのケジメでもあるので」


 また一人で背負おうとしている……アスラバルスは小さく溜め息を吐いた。


「スミマセン。でも、今回はちょっと考えもあるので」

「考え……とは?」

「はい。上手くいってから話します。それと、もう一つ……これは俺の勘ですけど……」


 北に感じる異様な気配。方角はトゥルク・トルトポーリス方面。


「確かにその方角には脅威存在を認識している。一体はもう長らく動かぬので判断を保留しているが……」

「そんなヤツが居たんですか……気付かなかった」

「以前は強い反応だったが、今は休眠でもしているのか微弱なのだ。感知できぬのは仕方あるまい」

「じゃあ、多分ソイツじゃないですね。もっと不安定な感じでベリドを連想させるんですよ」

「うむ。そちらも認識済みだ……が、やはり動きは鈍い様だ。注視は続けているがな」

「じゃあ、大丈夫かな……。どっちみち、先ずはベルフラガとの対話が先なので……」


 今、ライは本当に余裕がない。【神衣】は安定せず、身体の負担の打開策もまだ見出だせていない。分身もあまり多用しない方が良いという大聖霊アムルテリアの忠告に従い力を抑えている状況なのだ。

 しかし、動き出した魔獣アバドンへの対策は各国では間に合わないように思われる。ベルフラガなる人物も最悪の場合、対峙せねばならない。


 そして……一番の懸念──。


「……勇者ライよ。本当に良いのか?」

「……何がですか?」

「シウト国のことだ。内乱の兆しが強まっているとアリシアからも報告がきている。それに……イルーガは貴公のかつての友と言っていた筈」

「…………」

「頼ってばかりの私が言うことではないのだろうが……いや、済まぬ。忘れてくれて良い」


 アスラバルスはライが自国に目を向けぬことを心配した。だが現状、脅威に対し最も頼れるのがライであることも事実……分かっているからこそライも行動の確認に現れたのだろう。


「シウトには頼れる人達が居るので……」

「………うむ」

「…………」

「…………」

「……本当は怖いんです」


 ライはイルーガに対する不安を初めて吐露した。それは家族と言える者達には話せない本心……。


 目上に当たり信頼できる存在であるアスラバルス──エクレトル最高責任者という立場に距離がある関係だからこそ思わず口にできた不安だった。


「イルーガは……良い奴でした。俺は以前、イルーガに心を救われたことがあって……」

「……そうか………」

「でも……俺は今のイルーガを説得できるか分からない。最悪、大切なものを守る為殺さないとならないかもしれない……。それが不安で……逃げてるんです、結局」

「………」

「ヒルダも……それにクロム家にも悲しみを与えてしまうのが……俺は怖い……」


 アスラバルスは僅かに震えるライの肩を叩く。


「私には何が正しい選択かは分からぬ。だがな……勇者ライよ。私は貴公の選択を尊重しよう。イルーガの為に行動したいならば迷うな」

「アスラバルスさん……」


 ライはしばらく逡巡した後、小さく首を振った。


「……やっぱりベルフラガの元に向かいます。今はイルーガよりもリーファムさんの安全が第一ですし」

「そうか……」


 かつての友であり幼馴染みであるイルーガと、何かと縁があり頼れる姉のようなリーファム……。優先するならば現在結ばれた絆である後者を選ぶ。ライにとってはリーファムはそれだけ身近な存在になったのだ。


「アスラバルスさん……ありがとうございました」

「こちらこそ済まぬな……貴公にばかり」

「いいえ……」


 この選択が正しいかはライにも分からない。だが、シウト国では多くの者が動いてくれている。ライは彼等を信じることにした。


 それでも……イルーガがライの身内にとっての脅威となるならば──覚悟を決めねばならない時が迫っていた。



 アスラバルスとの会話を終えた後、早速シウト国ノルグー領へと向かう。ライは転移の光を残し姿を消した。


 一方、部屋に残されたアスラバルスは誰もいない筈の空間に語り掛ける。


「ぺスカーよ……聞いていたな?」

『…………』


 しばし後……アスラバルスの部屋の扉が開く。現れたのは至光天ぺスカーだ。


「……。アスラバルス」

「何だ、ぺスカーよ?」

「先程の勇者ライですが……アレは私が聞いていたことに気付いていたのでしょうか?」

「いや……恐らく気付いてはいまいよ。あの者は神聖機構内に於いては感知を切っている。礼儀のつもりなのだろう。それは機構内の管理情報でも分かる筈だが?」

「……。つまり、あれは本心からの言葉なのですね?随分と傲慢な……」


 ぺスカーには、まるでライ一人で脅威を排除できるような口ぶりに聞こえたのだろう。だが、アスラバルスは首を振った。


「本当にそう聞こえたか、ぺスカーよ?」

「………」

「やはり分からぬか……。私も初めは気付かなかったからな」

「あなたは……一体何の話をしているのです?」


 怪訝な表情をするぺスカーにアスラバルスは穏やかな表情で告げる。


「あれは幸運竜ウィトだ」

「!?……まさか……」

「正確にはウィトが【地孵り】した姿。そこまで言えば分かるのではないか?」


 ドラゴンの中でも特に穏やかだった幸運竜ウィト……女神アローラの伴侶たるの存在は、力が足りぬことで愛する者を喪い天界から去った。

 その後、自らの身を削るように幸運を使い続け人間に寄り添ったその生き様は、見ている者が痛々しく感じる程に愚直だった……。


 ぺスカーはアスラバルス同様にウィトを知っている。確かにウィトに力が宿ったならば同様の行動を取るだろうとも考えている。


「……。まさか、ウィトの転生体とは……。しかし、アスラバルス。地孵りは当人そのものの存在ではないでしょう?それは『英雄の時代』が証明している……なればこそ、勇者ライは危険なのでは?」

「確かに環境次第ではそうなるやもしれぬ。が……地孵りすらも幸運だったのだ」

「……………」


 良識ある両親、真っ直ぐな兄、一途な妹、頼れる親友…… その地に転生したことがライの運命でもある。お人好し……それはライを知る者全ての認識。


「ぺスカーよ……一度ライと対話の場を持ってみることだ。理屈ではないことが分かる」

「………。必要ありません。それより、アバドンの対策が必要です。あなたの拘束を解きましょう」

「……まぁ良い。いずれお前にも分かるだろう。が、一つ……ライの行動の邪魔はしてやるな。我々は既に幾度か救われているのだ」

「……考えておきましょう」


 アスラバルスはぺスカーと共に神聖機構の指揮に回る。まだ備えが済んでいない国々の為、アバドンを誘導する作戦を考案し戦力も揃える必要があるだろう。



 しかし……アスラバルスは既に確信していた。この問題さえも打開するだろう者が誰かを……。


 ライとベリドの再会……いや、ライとベルフラガの邂逅は、脅威と呼ばれる存在が同様の『脅威存在』に対し有効な力であることを証明することになる──。



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