第五部 第五章 第十五話 ペトランズへの帰還


 アプティオ国の港にてアロウン国・青揃えの戦士達と手合わせを行ったライ。

 結果は言うまでもなく圧倒。これで、ライを助力として薦めたアプティオ国やアスレフの名誉は守られた。


 ライの回復魔法により手合わせをした者全員が目を覚ました時には、誰も何があったのか理解していない様子。

 波動吼は通常感じ得ることが出来ない力である以上、当然と言えば当然である。



「お……俺達は……負けたのか?」

「そうだよ?」

「くっ……魔力もない相手に何故………」

「魔力が無いんじゃなくて、読み取れなくなってるだけだよ。ちょっと待って……」


 波動を弱め魔力主体に切り替えたライは、半精霊体に変化。この時点でようやくシーン・ハンシーは己の過ちに気付いた様だ……。


「これ程の力を……」

「【流捉】は便利だけど、どっちかって言うと動きの予測や罠の警戒に使った方が良いよ。魔力イコール実力って訳じゃないから」

「……それを教える為に手合わせをしてくれたのか?」

「まぁね。それと説教もあるぞ?」

「せ、説教?」


 既に全員正座しているので用件のみを伝える。


「何で訓練なんてしてんの?」

「え?いや……日々の鍛練は必要かと……」

「そうじゃなくてさ?アンタ達は避難して来たんだろ?つまりはアプティオに世話になってる訳だよな?なら、何でアプティオの為に労働していないのかって話」

「え……?」

「避難させるのが役割でも、アプティオ側には世話になってるんだろ?テントも土地も、この先食料も世話になる可能性がある。それをタダで貰っていて自分達だけ訓練ておかしくない?」

「いや……それは……」


 改めて言われればもっともな話である。


 アプティオは大国ではないのだ。ほぼ対等な国……しかも安定も途中。そんなアプティオは幾ら労力があっても困ることではない。

 それを、青の一団は倉庫で余裕綽々としていた。確かに批判は当然とも言える。


「訓練なんかはさ?労働しながらでも出来るだろ?纏装の研鑽とか……」

「………確かにそうだ」

「魔法に関してもそうだよ。魔法それ自体が貢献することもある。でも、アンタ達はそうしなかっただろ?俺はそれが気に入らなかった」

「………。いや、返す言葉もない」

「ま、分かれば良いや。どうせ直ぐアロウンに向かうんだし……」


 力の差を見せ付けられたシーン・ハンシーは改めて謝罪する。


「お前を軽んじた発言、謝罪する。それとアスレフ殿にも……。改めて自己紹介をさせて欲しい。私はシーン・ハンシー……アロウンの勇者にして義勇結社『青の旅団』のリーダーだ」

「俺はライだ。ライ・フェンリーヴ。シウト国出身の勇者だよ」

「ラ、ライだって?まさか、マーナの兄というライなのか?」

「マーナを知ってるのか?」

「あ、ああ……。実は……」


 シーン・ハンシーはアロウン国でのマーナとの出会いを一部始終伝えた。


 千人の同志を集めアロウンを強くする──青い竜鱗剣を手にそんな難題に取り組んだシーン・ハンシーは、以前よりもかなり成長を遂げている。


「マーナがそんなことを……」

「マーナに指摘された様にアロウンはかなり御荷物になっていた。だから私は言われた様に仲間を集め旅団を創ったんだ。お陰でアロウン国はかなり力を付けた……筈だったんだが」

「魔獣が現れた訳か……それは災難だったな」

「実は……今回アプティオに助力を願ったのは、アロウン王族を救う為なんだ。王族は自ら魔獣の囮になり城内に立て籠った。その隙に我々が民を逃がして……」

「へぇ……今時大した王族だな。でも今頃、シウトから救援が行ってる筈だぞ?」

「だが、魔獣が……」

「実は、取り敢えずだけど一掃したんだよ」

「なっ!ま、まさか!?」


 シーン・ハンシーは魔獣と一戦交えたのだが、皆で掛かってもようやく二体程の討伐。しかも倒した端からまた増えるのだ。

 それをあっさり倒したと言われても信じられない。


「多分、王族は大丈夫だ。でも魔獣本体を倒した訳じゃない。だからアロウンに戻ったら備えが必要だよ」

「………。確かお前は三年程前に旅に出たと聞いている。しかし、その力はあまりに……」

「俺には出会いの【幸運】があってね……。良い師匠達に恵まれたんだよ。シーン……お前達はシウトに訓練所があるの知らないか?」

「い、いや……」

「じゃあ、行ってみると良い。エルフトに行けば分かる筈だから」


 経過はどうあれアロウン国を建て直そうとしたシーン・ハンシーの心意気は悪いものではない。ならば少しばかりの世話を焼いても良いだろう。


「さて……アロウンに寄って確認するのはこのメンバーで良いのか?」

「ああ……仲間は千人程居るんだが、皆それぞれの役目を熟している筈だ。私達は難民を頼むついでに戦力を求めていた」

「俺のことは信用してくれたか?」

「ああ。私は間違っていた」

「ウッシ!じゃあ、準備して船で待っていてくれ。直ぐにアロウンに向かうけど、その前に俺の同伴者を向かえに行く」

「わかった。私達の船はあの一番奥だ」


 シーン・ハンシーは改めて握手を求める。組織作りを進めつつ捜していた『ライ』という男……それが、まさかこれ程の男とは考えていなかったのだ。

 そのライが薦めるエルフトの訓練所。シーン・ハンシーは俄然やる気が湧いてきた。


 この先訓練を受けることになるシーン・ハンシーと『青の旅団』。実力を増しロウド世界の平和に一役買うことになるのは、もう少し先の話となる……。





 手合わせを終えたライ達はシーン・ハンシーと一端別れ再び庁舎へと向かう。


「………アスレフさん」

「ん?何だ?」

「難民達は暑さに慣れてませんよね?具合が悪くなったりしてませんか?」


 庁舎までの道すがら、テントで休んでいる難民達はどこか元気がない様子。

 そんなライの予想通り、時折具合の悪くなる者が居て涼しい建物で養生しているらしい。


「俺達も慣れるまで結構キツかったからな……」

「う~ん……アスレフさん、あの辺の空き地って何か造る予定あります?」

「いや。無かった筈だが……」

「もし問題があったら取り払いますから、ちょっと使わせて貰えます?」

「まぁ……多分大丈夫だろうが……。何をするつもりだ?」

「いや……住まいを造ろうかと」

「は……?何だって?」


 アスレフの確認には答えずスタスタと空き地へ進んだ。


 そんなライが屈み込み大地に手を着けた途端、島を揺らしつつ岩が隆起し大きな岩壁が出現した。

 当然、アスレフは白眼である……。


「はっ!な、何をしたんだ?」

「いや……難民の住まいを……」

「は?住まいって、只の岩壁だろ?」

「まぁ、中を見て来れば分かりますよ」

「………。よ、よし……見てくるぜ」


 岩壁の入り口に向かうアスレフ。メトラペトラはライの頭に移動し遠い眼差しでそれを見送る。


「……全く、世話好きにも程があるのぉ」

「アハハ……まぁ、成り行きですよ。以前、ディルナーチの『篝火海』で見た海賊の砦って岩で出来てたんで参考にしてみました。あ……最後に一つ仕上げを」


 再び大地に手を付いたライは、今度は蔓植物の【創生】を行う。蔓はみるみる建物を覆い尽くした。

 蔓植物を海水でも枯れないよう調整し、常緑型で固定。瓜科の果物らしくあちこちに実を付けていた。


 その時、興奮気味のアスレフが戻りライの肩をバシバシ叩く。


「全く……お前はトコトン驚かせやがる。中を見てきたが、俺の家より暮らしやすそうだ」

「じゃ、引っ越したらどうですかね?誰か管理者が必要ですし、アスレフさんの奥さんに任せれば色々安心かと」

「そりゃ良い……って何だ、ありゃあ!?」


 緑に包まれている岩壁に気付き再び驚くアスレフ。防熱効果に加え食料としても使えることを伝えると、最早当たり前の様に振る舞い始めた……。


「ハッハッハ!そりゃ良いな。さて、行くか……」

「そうですね」


 そして改めて行政庁舎に。


 買い物を済ませたトウカとホオズキ。トウカは白装束からいつもの様な袴衣装に着替えを終えている。ホオズキ共々革の袋を背負っているのは予備の服だろう。


「準備は済んだ?」

「はい。アウラ様のお陰で滞りなく」

「ホオズキもです」

「そっか……ありがとうな、アウラ」


 その言葉に満足げに笑うアウラ。


「フフフ……。少しでも恩返し出来たなら良かったわ」

「うん。十分だよ」

「……。これでお別れかしら?」

「うんにゃ?たまに遊びに来るよ。出来れば今度はバカンスにしたいけどね」

「ええ……。そうなれる場所を目指して頑張るわ」


 握手を交わしたアウラはライの胴を強く抱き締める。が、これが結構な怪力だった……。


「ア、アウラ……ぐ、ぐるじい……」

「あら……ご免なさい。……。またね、ライちゃん、ニャンちゃん、トウカちゃん、ホオズキちゃん」


 アウラはご丁寧に全員と抱擁を交わす。


「プラトラムさん、アスレフさん、お元気で……」

「ああ……遠慮せずまた来てくれ。今度は宴で歓迎する」

「俺はもう少し鍛えて驚かせてみせるぞ?」

「アハハハ……期待してます」


 最後にライは、レフティスとオルネリアに手を差し出し握手を交わす。


「レフティス。その内ディルナーチから交易の申し出がある筈だ。多分、久遠国だけじゃなく神羅国からもね。仲良くやってくれ」

「わかった。友好を結べるよう頑張るよ」

「オルネリアさん。難民の居住地は頑丈に造ったので、避難所にもなります。難民が帰ったら上手く使って下さい」

「わかりました。また……必ず来て下さいね?」

「はい。また……」


 アプティオ国の面々の港での見送りを遠慮し、ライ達は北の港に移動。シーン・ハンシー達と合流し船に乗り込む。


「あ……。俺の服用意して貰うの忘れてた……」

「その服じゃ駄目なのか?」

「ディルナーチが開国するまではあんまり目立ちたく無いんだ。揉め事の種になりそうだから」

「ならば、私の予備の服をやろう」

「ホント?助かるよ、シーン」


 全員が船に乗り込みいざ出航───とはならないのがライの旅。


「メトラ師匠」

「うむ。では、行くかの」


 上空に巨大な《心移鏡》が出現──。


 シーン・ハンシー達が慌てる中、鏡は船を飲込みアプティオの港からアロウン国の船は姿を消した。



 次に一同が気付いた場所はアロウン近海──ライはいよいよペトランズ大陸へと帰還を果たす。




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