第五部 第五章 第十四話 青の旅団
アプティオ国・北の港に向かったライとメトラペトラ、そしてアスレフ。
魔獣から避難してきたアロウン国の民……その代表たる『青揃えの者達』に会う為、三名は港にある倉庫へと足を運ぶ。
「アロウン国か……。昔、家族で海水浴に行ったなぁ……」
「ほぅ……。そういえばアロウンはシウトの庇護下にあるんだったな」
「名目は同盟ですけどね……ちゃんとアロウンにも王族は居ますし」
飽くまで名目なのは周知の事実。しかし、実のところそれはアロウン国に限った話ではない。
小国は大抵大国の庇護下にいる。理由は明白、他の大国から侵略を受け併合されるのを避ける為だ。
また大国側としても『属国』として扱えば、侵略者の謗りを受け兼ねない。属国が増えれば国力の増加を認めることになり他国との緊張高める恐れもあるので、『同盟国』という言葉を選んでいるのだ。
もっとも……トシューラと同盟した小国は数年後には解体されて取り込まれる運命にあるのだが……。
「リーブラ出身の俺からすれば身につまされる話だな……」
「でも、アロウンは結構対等に扱われてる筈ですよ?確か、唱鯨海には守り神が居てアロウン王族と盟約があるとか何とか……メトラ師匠、何か知らないですか?」
「何かも何も、そのままじゃな。あの海域には昔から一体の聖獣が居る。鯨型の聖獣【唱鯨】がの」
恐らくは最も古い類いの聖獣であろう【唱鯨】。人族が生まれ最初の国を創った頃には、既に存在していただろうとメトラペトラは語る。
「聖獣……聖域って海中にもあるんですか?」
「ある。【唱鯨】は海の聖域に住んでおる筈じゃ。確か……『幻夏宮』と言ったかの……」
「そんな場所が……。そういえば、海の聖獣ならリルとも知り合いだったりして……」
「有り得る話ではあるのぅ。海王の居た『魔の海域』は『唱鯨海』と繋がっていた訳じゃからのぅ」
魔の海域の危険さで恐れられる海王ではあるが、それは飽くまで縄張りへの防衛本能の類い……海王は決して邪悪な存在ではない。
聖獣ならばそんな海王とも上手く交流していたのではないか、ライはそう思った……。
「……アスレフさん。この辺りも唱鯨海になりますよね?」
「ああ。だが唱鯨という聖獣は見たこと無いな……魔物は時折泳いでいるが……」
「じゃが、襲われたことは無かろう?唱鯨の領域にいる魔物は不思議と大人しくなるからの……」
「漁師に被害が出たことはないと聞いていたが、それが理由か……」
そうなると、少なからずアロウン国に借りが出来た気がしたアスレフ。
「やはりレフティス様に手助けを進言すべきか?」
「それよりアプティオの強化を優先すべきです。トシューラがまた侵略してきた時の方が俺は心配ですよ……」
「まぁ……そうだな」
「という訳で、アロウンの方は任せて下さい」
大恩あるライにそう言われては任せる他無い。アスレフは自国の防衛強化に専念することにした。
「お?居たぞ」
アスレフが指差した港の倉庫前……そこには青い色の装備を何かしら身に付けた一団の姿が見える。
総勢は凡そ二十名程……衣装を見る限り、“ 戦う者 ”で間違いあるまい。
一団は、装備の手入れをする者、魔法の研鑽をする者、手合わせをする者と様々だ。
そんな中、一団の首魁らしき若い男がライとアスレフに気付き近付いてきた。
「アスレフ殿」
「シーン殿。今日も訓練か?」
「ええ。身体が鈍ってしまってはアロウンに帰った際戦えないのでね……」
シーンと呼ばれた男は力強い顔で笑っている。
「それで……今日は?」
「実は……やはりアプティオの戦力は避くべきではないということになってな。トシューラ国の件は知っているだろう?済まないな……」
「そうですか……ご事情がお有りなのに無理を言いました」
「代わりという訳ではないが、我々よりも遥かに頼りになる者が力を貸してくれるそうだ」
アスレフの言葉で視線を隣に移すシーン。鋭さを帯びた目がライを射抜く。
「アスレフ殿……私はガッカリだ。助力が出来ないならそれも致し方ないこと。しかし……それをこの様な『頭に猫を乗せた巫山戯た者』を代わりとするなど、我々を侮辱しているのではないのですか?」
「は?い、いや、この者は本当に強いのだが……」
シーンの言葉に慌てたアスレフは、ライに耳打ちを始める。
「ど、どういうことだ、ライ?アイツ、お前の強さが分からないらしいんだが……?」
「あ~……多分、【流捉】で見てるからですよ。でも、今の俺は主力を【波動】に切り替えていますから……」
「波動?な、何だ、それは?」
「ちょっと複雑なんで説明は省きますけど、力の種類が違うんですよ。だから俺の魔力の流れが見えない」
「だが、俺はお前から強さを感じているぞ?」
「アスレフさんは勘や経験則で俺の力を感じているんでしょう。つまり……」
目の前のシーンという男は【流捉】という技術はあれど、肌で感じる程の経験は無いことになる。
以前と違い今のライは剣士としての動きが身に染み付いている。それを察知出来ないということは、戦いの場数が足りないのだろう。
「コソコソと何を話している?」
そんなこととは知らず、不快な表情を隠せないシーン。ライは思わず肩を竦めた。
「なぁ、アンタ……シーンって言ったか?俺は弱くは無いつもりだけど……」
そんなライの言葉に、シーンは人差指を立て“ チッチッチッ! ”と舌打ちする。
「自分は強いつもりなのだろうが、私からすればまだまだだ。助力しようとする気持ちはありがたいが……死ぬぞ、お前?」
「……………」
「強くなりたかったら私が鍛えてやっても良い。この『勇者シーン・ハンシー』がな?」
ここで、堪えきれなくなったメトラペトラが盛大に笑い始めた。宙を浮遊しながら笑い転げる姿は中々に不思議な光景である……。
「ブハハハ!此奴、よりによってお主に“ 鍛えてやる ”ときたぞよ?」
「師匠……駄目ですよ、笑っちゃ。悪気は無いんですから……」
「し、しかしのぅ……プッ!」
猫に笑われたシーン・ハンシーは益々不快な表情へと変化して行く。このままでは話を聞くどころではない。
そこでライは、手合わせを申し出ることにした。そこには力を見せれば納得するだろうことに加え、もう一つ意図がある。
「じゃあ俺と手合わせをして下さいよ。あなた方全員で掛かってきて下さい」
「何……だと?お前はどこまで私を侮辱するつもりだ」
「良いから良いから。アンタが俺に不満があるのは分かるけど、俺もアンタ達に不満があるんだよ」
「不満だと?一体何を……」
「まぁ、それは手合わせの後でね」
「ならば私だけで相手をする」
「駄目。俺は全員に不満があるんだよ」
「……後悔するなよ?」
シーン・ハンシーは不満ながらも仲間の元に向かい戦いの打ち合わせを始める。殺さない様にという配慮なのは、離れていてもしっかりとライに聞こえている。
「相変わらず、お主も人が好いのぉ……」
「まぁ、行き掛かり上ですよ。師匠には街に被害が出ない様にお願い出来ますか?」
「良かろう。といっても大概お主が何とかするじゃろうがの」
アスレフの頭上に移動したメトラペトラ。ライはそのままシーン・ハンシー達の近くへと向かった。
「人が好いってのはどういう意味だ?」
頭上のメトラペトラに語り掛けるアスレフ。ライがまたお節介を焼いているということは、何となくだが察しが付いたらしい。
「【流捉】は確かに力量を図る目安ではあるがの……。それに頼りきっている様ではこの先危険があるじゃろう。ライはそれを質そうとしておるんじゃよ」
例えば、魔力は放出ではなく圧縮により面積を縮めることが出来る。この場合、同時に感知纏装を組み合わせ相手から伝わる圧力を察知せねば威力を推し量り損なうのだ。
また……例えばディルナーチ大陸の剣技などは、宿る魔力量だけで判断すると剣技自体の強力さに気付かず命取りになり兼ねない。
更に【流捉】は纏装……つまり生命力や魔力を読み取れても、その者の身体能力まで見極められる訳ではない。
現時点のライは素手で初心者の纏装を打ち破るだろう進化を果たしているのだ。世界には同等の存在がいないと否定出来ない。
「まぁ、早めに超越存在に触れれば更なる研鑽に励むじゃろうという話じゃよ。お主らアプティオの者の様にの……」
「……理解した。確かに俺達はライの力で助けられたからこそ、次は自力でと考え励んでいる。あの領域に届かなくとも、足元に届くまではとな」
「ライもそれを理解したからこそ、お主らの海外遠征より修行を優先させるのじゃろう。その為には、先ずアプティオを確かな国にせねばならぬじゃろうからの」
「全く……本当に他人に対する配慮が凄いよな、アイツは」
以前アスレフには性分と語ったライは、未だに他人との繋がりを掛け替えの無いものとしている。故に今回の手合わせ。
その面倒見の良さは諸刃の剣……しかし、メトラペトラはそれを止める術がない。
(何せ強情じゃからの。いつか誰かを人質に取られた際が心配じゃが……最上位魔王級がどう動くか警戒が必要じゃな)
その際はメトラペトラが自ら対応するつもりではある。例えライに恨まれようと、メトラペトラにとっての最優先はライなのだ。
そんな師匠の憂いなど知らぬライは、『シーン・ハンシーとその仲間達』を前に対峙している。
「……。本当に良いんだな?」
「勿論。ついでだから少し弱点を指摘してあげよう。全員、本気で来い」
ライは波動を大地に流し込み周囲に伝達した。これで耐久性が強化され、戦いによる破損は抑えられる筈。
更に、自らの放つ波動を最大にして自らの内に留める《波動吼・凪》。これにより魔力無しでも十分な対応が可能となる。
実のところ自らの研鑽の意味合いもあるのだが、そんな事情は当然シーン・ハンシー達の知るところではない。
「行くぞ!」
「どうぞ~」
シーン・ハンシーの掛け声で青揃いの者達は各自配置に付いた。皆、纏装の使い手……ライはその事実に素直に感心する。
魔術師は防御重視の戦士と二人一組。万能型は動きながら牽制しつつ、遠距離組が弓や投擲武器を使用。
先に述べた様にライを殺さぬよう急所を避けている辺りに、善人らしさが垣間見える……。
(……本気で来いっつったんだけどなぁ。まぁ、それだけ良い奴らってことなんだろうけど)
波動の防壁 《波動吼・無傘天理》により矢やナイフなどの投擲武器は、ライに届く前に減速し落下。その光景に一同は響動めきを起こす。
「な……何だ、今のは?」
「わ、分からん。が、成る程、口だけではないということか……」
これにより油断を捨てた青の一団は、更に力を高め集中に切り替えた。
(へぇ……大したもんだ。判断力も陣形も思ったよりずっと良い。見事な連携だな)
自分には仲間との戦闘経験がないので、少しばかり羨ましくなったライ。超越故にボッチ……ある意味可哀想な男である。
その後も少し様子を見ていたが、あまり時間も無駄に出来ないのでボチボチ決着を付けることにした。
「え~っと……一つだけ助言。魔術師と戦士だけじゃなくて、万能型を加えた三人一組の方が良いかな。戦士を弾くような相手が居た場合、速攻で魔術師が殺られちゃうぜ?」
足からの波動放出による高速移動。更に波動を拳に込め強化し、戦士の盾ごと殴り付ける。その衝撃を逃せなかった戦士は大きく飛ばされ海に落ちた。
唖然とする魔術師はデコピン一発で気絶。一応回復魔法を掛けた後、波動を再展開。これを各組相手に繰り返し、全ての魔術師は魔法を使う間も無く排除された。
更に……波動を展開し移動したライは、納刀状態のまま相手に鞘を向け《波動吼・鐘派》を放ち相手の意識を刈り取る。
流石に驚きを隠せないシーン・ハンシー。ならばと残った仲間達との連携に切り替えた。
「陣形・『青の旋風』だ!行くぞ!」
フェイントを混ぜた移動に加え風魔法による海水の巻き上げ……ライの視界を塞いだシーン・ハンシー達は八方から同時攻撃を仕掛けた。
だが、その刃は当然ライには届かない。減速し、押し戻され、全員弾き飛ばされる。
次の瞬間には、高速移動したライの掌底が全員の顎を掠め意識を奪い手合わせは終了……。
青の旅団達は改めて力不足を理解することとなった……。
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