第七部 第八章 第三話 そして、神の眷族との対話へ



「さて。不在の者への説明は任せるとして……エイルはどうしておる?」


 メトラペトラの質問に答えたのは丁度サロンに茶菓子を運んできたホオズキだ。


「エイルちゃんのお部屋、入口が石になっていて入れませんでした」

「コウが部屋を覆って結界を展開しているんじゃろうのぅ……。ライが言っておった“神衣へ至った反動”で眠っておるのは間違いあるまいから、しばらくすれば起きるじゃろうて。……ん?そう言えばフェルミナも姿が無いようじゃが?」

「フェルミナはラヴェリントに居るとライが言っていましたが……」


 ベルフラガの言葉でメトラペトラは大方理解したらしく溜め息を吐く。ここでアムルテリアはエルドナから聞いたラヴェリントの経緯を伝えた。


「行く先々で、かぇ……。全く、次から次へと……」

「急ぎと聞いて少し手伝った。ライからの頼みだからな」

「ふむ。で……そのエルドナはどうしておるんじゃ?」

「今は研究室で開発をしている様だ。完成したら確認と調整をして欲しいとは言っていたが……」


 ライがそこまで言うのであれば必要なこと……メトラペトラはしばし考えてから口を開く。


「フゥム……。では、お主にはやはり残って貰わねばならんかのぅ」

「……何かあるのか?」

「話の流れでは、この後プレヴァインとやらとの対話となるじゃろう。神の眷族から聞けることは多いと考えたんじゃが……念の為に城の対魔王戦力として大聖霊一体は残したい。この混乱に別の魔王が出現……とも考え得るのでな」


 大聖霊達は超常存在ではあるがロウド世界の外を知らない。狂乱神の眷族たるプレヴァインならば『神の世界』に関する知識や道理にも通じている筈……闘神への備えには対話は欠かせない。

 しかし、他の者ではプレヴァインの話に理解が追い付くかといえば難しいところである。やはり大聖霊の内一体は同行すべきなのだ。


「ワシとしてはお主にも同行して欲しかったところじゃな。最も役立つ知識は【神具】として反映させるのが最適じゃからのぅ」

「知識だけなら大聖霊不在でもそれ程困らないだろう?」

「ん……?どういうことじゃ?」

「今はクローダーが居る。恐らく覚醒までには然程時間は掛からない筈だ」

「……。そうじゃ……クローダーを忘れとったわ」


 【情報の大聖霊】たるクローダーはロウド世界の記録者──。正常な状態に戻った今、新たな情報は一度齎されればその後自由に確認が可能となる。

 一部閲覧制限にされている情報はあるものの、ライが契約者となり見聞きしたものは確実に引き出せる筈だ。これは情報の摺り合わせや詳細確認には非常に大きな利点でもあった。


「ならばワシだけでも問題無いかのぅ」

「私も同行するつもりですが……」

「うむ。ライもお主を頼りにしている様じゃからの……頼んだぞよ、ベルフラガ」

「ええ」


 ベルフラガの視線の先ではテレサが屈託のない見せている。どうやら問題無く皆に受け入れられた様だ。


「では、テレサ……後で迎えに来ます。あまり無理はしないように」

「分かってるわ。……。ベルも無理はしないでね?」

「ええ。折角再会できたのですから生き長らえる欲も出てきました。では……皆さん、テレサを宜しくお願い致します」


 テレサとの濃厚なキスの後 《心移鏡》を潜り、メトラペトラとベルフラガは姿を消した。


「………良いわねぇ、熱々で」


 ポツリと漏らしたリーファムの声でテレサは顔を真っ赤にした。


「す、すみません。お恥ずかしい姿をお見せしました」

「謝ること無いわ。寧ろ自然で正しい行為よ」

「そ、そうですか?」

「セラもデルメレアといつもああしているでしょう?」


 ここでセラは茶を吹き出した。そして口をハンカチで拭いつつ苦笑いで答える。


「え、ええ。い、いつもでは……ないですけどね?」

「良いのよ良いのよ。恋人同士はそうでないと。それに比べてここの家主さんはねぇ……」

「……そう言えばライさんの恋人ってどなたなのですか?」

「それがねぇ……」


 何やらおかしな方向へ話が流れ始めたことを察知しアムルテリアは無言でサロンを去って行った。デルメレアとカインは興味津々のブラムクルトの背を叩き鍛錬場へと戻る。


 残る女性達で行われたのは恋愛話……そう、恋バナである。そこに男が居ても退屈、若しくは居た堪れないあの恋バナだ!

 こうして不在のライをお題にした恋バナが始まり、やれ甲斐性なしだ、ヘタレだ、ケダモノだと言われ放題だったことを当人は知る由もない。




 そのケダモ……家主さんは事前の打ち合わせ通りトルトポーリスにてメトラペトラ達と合流を果たす。場所は政府機関の塔の上……ヒイロの異空間の入口があった場所だ。


 空は曇天。街も港も雪に覆われている為、冬の到来を改めて感じさせられる光景だ。


「良し。今度は面倒事にはなっておらんな?」

「え〜……。い、一刻も経ってませんから流石にそれは無いッスよ……?」

「ほぅ……?お主……昨日ワシと別れた後ラヴェリントでまた悪い病気が出たようじゃが?ホレ。何か言うことはあるかえ?」

「スイマセンした〜!」


 後ろに飛びながらボフッと雪の中にめり込みつつ土下座をかますライ。その頭の上にノッシリと座るメトラペトラ。ベルフラガは半笑いだ!


「メトラ師匠が知ってるってことはエルドナはアムルとちゃんと連携してるんですね?」

「連携、というより最終確認だけ任せるつもりなんじゃろ。時間まで自分だけでやりたい……といったところかの」


 エルドナは飽くまで自力でやり遂げたいらしく、蜜精の居城に着くなり研究室に籠もったままだという。


「ま、まぁ、仕方無いですね。時間さえ守って貰えればやり方は好きにさせようかと」

「それで……ヴォルヴィルスはどうなったんじゃ?」

「竜人化に成功した後、休眠状態に入りました。元々ある程度の実力があったので多分数日で目を覚ますかと思います」

「フェルミナを置いて来たのは代わりの守りの為かぇ?」

「いえ……そっちは女王が不安にならないようにですね」


 早ければ本日中にもディルムとミレミアがラヴェリントへ入国するだろう。その後ならフェルミナがお役御免でも問題は無い筈だ。


「それにしてものぅ……まさかヴォルヴィルスがモルゼウスの子孫だったとは思わなんだわ。全く似とらんし」

「師匠もモルゼウスを知ってたんですね」

「代々の覇竜王はどこかしらでワシらと出逢うからのぅ。こうしてみると覇竜王は子孫を残すことも使命……他にも覇竜王血筋がおるかもしれんのぅ」


 これまでに判明した覇竜王の血筋は三つ……。その子孫は現在に於いて確かに勇者という形で世界の守り手となりつつある。

 ヴォルヴィルスもかなり期待できるだろうとメトラペトラは期待を口にした。


「さて……では、プレヴァインとの対話……の前にじゃ。お主の野暮用とは何だったんじゃ?」

「あ〜……。それがベルフラガに協力して貰うことと繋がるんですよ。プレヴァインとの話し合いには関係無いのでここで説明しとこうかな……」


 ライが行おうとしているのは各地への紫穏石の配置である。計画しているのは小国を優先し《物質変換》にて地層の一部を変化させるというものだった。

 先にトルトポーリスに来訪したライは既に地下層の一部を紫穏石へと変えていた。


「……アホじゃのう、相変わらず」

「う……。だ、だって!アバドンが動き始めた今、後手に回ったら手を付けられなくなるでしょう?」

「それは否定はせんがの……。エクレトルが対策に動いておろうが」

「それがですね……神聖国家も一枚岩という訳じゃ無いみたいなんですよ」

「……。至光天のことかぇ……そう言えば一翼が欠けておるんじゃったな」


 最高意志を担う天使三体による協議は、現在対立という最悪の状態に置かれている。この時点でライやメトラペトラはアステ王子クラウドの思惑が絡んでいることを知らない。


「という訳で、エクレトルに任せきりにはせず先手を打とうかと。ベルフラガなら力に不足はありませんし、これを功績にすればエクレトルからの脅威認定も外れるかなぁ……と」

「う〜む……。しかし、アバドン相手というだけでは労力が過ぎると思うんじゃがの……」

「いや……そんなことは無いですよ。動き出したアバドンは以前よりヤバい気配がしてます。下手をするとアムドどころの騒ぎじゃなくなるかもしれませんし……」


 アムドは確かに脅威だがライとの約定によりしばらくは大人しくしている筈。その意味でも、ベルフラガやプレヴァインの様に対話が可能な相手というのはまだ救いがある。


 しかし、アバドンはそうではない。魔獣となってしまってからはたた衝動に任せるかの様に世界を蹂躙しようとしている。そこに思惑が無い分行動の推測がしづらいのだ。


「その点は私もライに同意ですね。先に動き安全対策を取るのは非常時への備えでもあります。事態の把握にも危険は少ない方が良い」

「だそうですよ、師匠?」

「うぅむ……しかしのぅ……」

「それに、魔獣アバドンのことはクローダーから得た記憶にもありました。吸収と増殖特化のアバドンから力を借りる魔術というものがありますが、これをトシューラやアステが知っていた場合悪用される可能性もありますし」

「アバドンから力を借りる魔術?そんなものが……師匠、知ってました?」

「いや……初耳じゃな」

「…………」


 突然無言になるライにメトラペトラは嫌な予感がした。


「……お主、また良からぬことを考えておらんかぇ?」

「いえいえ。流石にそんな余裕は無いですよ、今回は……。とにかく、ベルフラガもこう言ってますから小国のみでも対策をした方が良いと思うんですが……」

「………。お主、疲弊は大丈夫なんじゃな?」

「はい。今朝方もゆっくり寝られましたし」


 メトラペトラが渋る本当の理由はライの疲弊である。


 ライの身体が限界に近いことはオズ・エンからの情報でメトラペトラも知っている。だが、それを理由にライが止まらないことも理解していた。

 寧ろ止めることで意固地になり過剰に行動しないとも言い切れない。だからメトラペトラは陰から疲弊を減らすよう行動していたのだ。


 オズ・エンの言葉を信じるならライは自力で限界を乗り越えると思われる。そう考えたメトラペトラは盛大な溜め息を吐いた。


「ヤレヤレ……まさかワシがこんな気苦労をさせられるとは思わなんだわ。良かろう……但し、小国のみじゃからの?」

「流石は師匠……。じゃあ、その辺の打ち合わせはプレヴァインとの話の後ということで。ベルフラガも良いか?」

「問題ありませんよ」

「さて……それでは行きますかね〜」


 目指す先はトルトポーリスの山中にある古城。そこにはロウド世界の中で誰よりも【神】について詳しい情報を持つ男が待っている。


 ライ、メトラペトラ、そしてベルフラガの三名は雪化粧をした岩山へと飛翔を始めた──。


 



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