第七部 第八章 第四話 プレヴァインの世界


 プレヴァインの城へ移動を果たしたライ達は現在、雪の中に聳え立つ城の前に居た。


 石造りの城は機能を優先した無骨な外観で優雅な城というより外敵を防ぐ砦を思わせる。永い時間の経過を感じさせる変色などはあれど破損等は見当たらずその頑強さが窺えた。

 とはいえ、城は足場の険しい岩山の頂上……命懸けで登る者も皆無だろう。


「門は開かれたまま……か。まぁ俺達は迎え入れてくれてるんだろうけど不用心だな……どう思う、ベルフラガ?」

「神衣に至る者ですから何者も敵ではないのでしょうね……。それを除いても恐らく城には封印が為されていると見るべきでしょう。こんな場所までやってくるのは飛翔や転移を使える者……つまり脅威存在です。トルトポーリス側からは辛うじて見えましたが、我々だから見えたに過ぎません」


 並の人間の視力では高山の頂きにある城は先ず見ることはできない。ライ達も飛翔で上空から確認したから認識しているに過ぎず通常なら見過ごしている。


「そう言えば、ルーヴェストさんすらも城の存在知らなかったみたいなんだよなぁ……。アムド辺りは気付いていても不思議じゃないんだけど……」

「フム……それは恐らく門の結界が原因じゃろうな。認識阻害魔術と光の屈折を利用した目眩まし……それと……」

「……因果干渉型結界……でしょうか?私も初めて見ました……」


 ロウド世界の魔法は完成されたものではない。


 魔法は世界の法則の一部を魔力と公式により干渉し発現・操作する技法である。しかし……炎や氷のような物理法則と違い、確率や可能性といったは魔法として殆ど公式を組み立てられないのである。


 しかし、『神の遺産』の中には運命に関わることさえ可能なものが存在すると言われていた。但し、それは魔法ではなく概念力を元にする道具……ということになるとメトラペトラは言った。


「恐らく門の何処かに核となるものが埋め込まれておるのじゃろう。これを造ったのはプレヴァイン当人か、それとも他の者かは知らぬが……」

「つまり、この城が俺達に見えたのは導かれたから……ですか?」

「確証は無いが、の」

「ま、それもプレヴァインに聞けば分かるんじゃないですか?」

「……そうじゃな。ならば逢いに行くとするかのぅ……狂乱神の眷族とやらに」


 一行は開かれている門の中へと足を踏み入れる。プレヴァインが許可している故か排除等の機能は発動せず、すんなりと城内へ迎え入れられた。


 正門から奥へと進むと広間があり、部屋の左右にはズラリと石柱が並んでいた。仄暗かった城内はライ達の来訪に合わせ柱の燭台に青白い灯りがともる。明るく浮かび上がった城内はやはり飾り気は少なく、来訪者を迎え入れることを念頭に置いていないことが分かる。

 メトラペトラとベルフラガは周囲を観察しつつ進んでいるが特に目新しいものは見当たらない様だ。


 燭台の光に導かれるようにライ達が進んだ先は大扉に閉ざされていた。罠の気配はないことを理解しているライが扉を押し開けば、奥に淡い緑青色を放つ巨大な結晶体が目に付いた。


「……。お主、少し無防備過ぎんかぇ?」

「そんなことはないですよ。プレヴァインはヒイロを救う為にあれだけ尽力してくれていたんですよ?それに俺達のことは戦いで認めてくれていますし」

「ふぅむ……見抜く目、かぇ」

「どうでしょ……。でも、もしプレヴァインが全力の力を向けられたら俺やベルフラガは死んでました」

『それは半分正しく、そして間違っている』


 静かに語り掛ける男の声──だが、それは反響していないことから念話の類いであることが判る。


「プレヴァイン……。話を聞きにきた」

『ならば入るが良い。もてなすことはできぬがな』

「同行者も居るけど大丈夫か?」

『ライとベルフラガ……それと……あの小娘はフェルミナと言ったか?貴様はあの小娘同じこの星の原理調整体か』

「原理調整体?」


 聞いたことのない言葉……ライはメトラペトラへと視線を向け確かめる。


「簡単に言えば神が不在でも世界が狂わぬ様にする役目のことじゃ。と言っても、ワシらはロウド世界しか知らんがの……。プレヴァインとやらよ。他の世界にもワシらの様な存在が居る……ということかぇ?」

『そうとも限らぬ。それは各々の神が世界を創る際の選択肢の一つに過ぎん』

「成る程のぅ……。ともかく、話を聞かせて貰うぞよ?ワシは大聖霊メトラペトラじゃ」

『我が名はプレヴァイン……。プレヴァイン・メサリア・フルオール・ランギルス・エクザリン・マグナードだ』

「………」

「………」

「………えっ?ゴメン。もう一回頼む」

『………』


 プレヴァインの名前はとても長かった……。


「……プレヴァインの世界の人間は皆そんなに名前長いの?」

『私の名は短い方だ。この世界の人間の名前が短いのは世界がまだ若いからだろう。長く存在する世界ほどその名は長くなる傾向がある。名にもまた言霊は宿る……それは歴史にも関わる故にな』

「へぇ〜……」

『ともかく中へ入るが良い。そんな場所で立ち話がしたいならば別だが』


 プレヴァインの言葉に従い部屋の中へと足を踏み入れる。部屋奥にあった巨大な結晶体の元へと移動した一同は、そこでようやくプレヴァインの姿を確認した。

 結晶の中に居たのは白の鎧に身を包んだ状態で眠る長い髪の大男……。それがまるで彫像の様に固まっている。


 ヒイロの異空間で見た精神体と同じ姿なのでそれがプレヴァインの本体で間違いない。受け答えしているのはプレヴァインの思念なのだろう。


「………。もしかして……身体に異常があるのか?」

『………。聞きたいのはそんなことか?』

「いや……。でも、俺はそれも含めて聞きたいと思ってる。俺達に必要なことから過去の出来事、アンタの神とその世界、そしてアンタ自身のことも」

『………。そうするには時間が掛かる。余裕はあるのか?』

「余裕は……正直無いけど、時間が許す限りは話をしようぜ。終わらないならまた話をする機会を作れば良いし。俺はアンタのことを知りたいんだ」

『フッ……』


 小太刀頼政と共に腰で交差させ携えていた朋竜剣……その収納機能の中から椅子を取り出しプレヴァインと向き合う様に座るライ、メトラペトラ、ベルフラガ。先ず最初に話を切り出したのはメトラペトラだった。


「始めに確認しておこうかのぅ。お主はこの星に仇成すつもりではないのじゃな?」

『無論だ。狂乱神ネモニーヴァ様は役目としてこの星の災いとなり役目として討たれた。そこには私の考えの及ばぬ深いご意思がある。逆恨みすることは主への侮辱となろう』

「忠義者じゃな。……。では、もう一つ。お主以外の眷族はどうなったのじゃ?」

『私以外の者達は我等の世界へ帰った。残ったのは私だけだ』


 ここでライはロウド世界で討たれただろう狂乱神の眷族達のことが気になった。そのむくろがプレヴァインの世界へ戻せていたのならば、闘神の眷族デミオスの遺骸も戻す手段がある……そう考えたのだ。

 だが、プレヴァインの答えはライの期待に沿うものではなかった。


『ロウド世界で討たれた神の眷族達は骸こそそのままだが魂は神の世界へと旅立つ。それは更なる高みへ至る為の旅路でもある』

「それはデミオスからも聞いた。でも、遺体をせめて故郷の星へ返したい」

『……。無理だな。異世界に渡るには【事象の地平線】を超えねばならぬ。魂のみならば可能だが物質は変質する』

「……。じゃあ、アンタ達はどうやって行き来したんだ?」

『それが主神の御加護……。真なる神に越えられぬ壁など無い』


 狂乱神を含む破壊神、邪神の『終末の三神』は異世界への試練としての役割を担う。故に眷族を伴い異世界へ渡る能力も備わっている。

 しかし、『終末の三神』には討たれる役目もある。その際に眷族を残したのでは試練を与え星の混乱は収まらない。故に、眷族達には主神が討たれた際に帰還する為の門が開くことになっているのである。


『戦って討たれることは『終末の三神』の眷族にとっては誉れではあるが、役割を終えた後に命を無駄に散らすことは誰も望まぬからな。主神はやがて元の世界に復活することも含め眷族は帰還を選択するのだ。ただ、その期を逃せば帰る術を失う』

「つまり、貴方も帰還はできない……と?」

『そうだ』

「……。何故、貴方はそこまでしてロウド世界に残ったのですか?主神が復活するのであればこの世界に拘る意味は無い筈ですよ」

『…………』

「そして恐らく、貴方が『ヒイロの身体を借りた』ことと『ロウド世界に残った理由』は繋がっている……違いますか?」


 ベルフラガの指摘にプレヴァインは小さな笑い声を漏らした。


『やはり賢しいな、ベルフラガ。大凡は正解だ』

「お聞きしても?」

『私がこのロウド世界に残ったのは至極個人的な理由と言える。お前達の為になる話とは限らぬぞ?』


 ベルフラガはライに視線を向け決断を促した。ライはニンマリと笑いつつ結晶体の内で眠るプレヴァインへ視線を向け語り掛ける。


「言ったろ?俺はアンタのことも知りたいって。個人的なことでもアンタを知ることに無駄なんてないさ」

『フッ……変わった男よな、ライ・フェンリーヴ。通常ならば敵対した相手と語らう気にはなるまい。ましてや古き厄災の残滓など……』

「敵対じゃないさ。それに残滓でもない。アンタはプレヴァインという確かな意思を持つ存在だ。意図がどうあれヒイロは間違いなくアンタに救われた。そしてレフ族……ひいてはエイルの恩人は俺の恩人でもある。それで良いだろ?」

『フッ……』

「だから聞かせてくれ。アンタが嫌じゃないなら……ね」

『……良かろう』


 先ずプレヴァインは自らの立場について語り始める。


『私は狂乱神の眷族の中で主神の補佐を行う役割を担っていた』

「補佐?」

『正確には少し違うのだが実質はそのようなものだ。真なる神に手助けは必要無い。しかし、御手を煩わぬようにする……それが眷族の役割。お前も理解しているのではないか、メトラペトラとやらよ?』

「うむ……。じゃが、ワシらの主神はワシらを家族の様に扱ってくれた故に力となることを自主的に選んでいるに過ぎぬ。狂乱神の眷族もそうなのかぇ?」

『確かに神によっては眷族を道具の様に扱う御方も居る。が、ネモニーヴァ様は芸術の女神でもあり本当は心優しい御方だったのだ。役割とは似合わぬ程に私達眷族へ愛を注ぎ慈しむ存在だ』


 【狂乱】という概念を宿す神は役割の残酷さに反し慈悲に満ちていたという。故に眷族の忠誠は当然ながら強く、己の持てる力で貢献することになる。

 プレヴァインは眷族の中ではネモニーヴァの右腕の様な存在だったらしい。特に目を掛けられた理由はその能力の高さと強さ。眷族の中でも【神衣】を使い熟せるプレヴァインは『次の段階へ進める可能性』があった。


「次の可能性……?」

『そうだ。稀に《真なる神》へと覚醒する眷族が居る。私はネモニーヴァ様に候補として育成されていた』







 

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