第七部 第八章 第五話 世界を越える想い


 真なる神への覚醒……そんなプレヴァインの言葉にメトラペトラは疑念の目を向ける。


「それは……流石に信じられぬのぅ……」

『まぁ確かにそうだろう。真なる神への道は奇跡とも思える条件がある故な』

「条件……じゃと?」

『真なる神に至るには魂の質が問われるのだ。これを【神魂選別しんこんせんべつ】という。十万年以上存在しても劣化せぬ精神と魂を持つ者、または真なる神の力を奪うことのできる者……或いは元より真なる神の血縁である者。それらに一つ、または複数該当する者は『真なる神の領域』へ踏み込む可能性がある』


 実質、どの世界であってもそれは到底叶うものではない。


 人の魂は長き刻を耐えられる精神構造ではない。たとえ万年生きることができても心はやがて少しづつ世界に融け、魂と精神は希薄となり上位の世界には到達できない。


 そして真なる神の力を奪うなど不可能そのものだ。


 真なる神は稀に人との間に子を儲けることは確かにある。だが、その血が覚醒しても半分の力しか無い。不完全な力では精々【半精霊体】……神の眷族になれるかさえ難しいだろうとプレヴァインは語る。


『私が候補として育成されたのは全てに該当したからだ。それでさえ前提だったが、ネモニーヴァ様には何か感じるものがあった様だな』


 正確には『真なる神』と『神の眷族』との間に生を受けたプレヴァインは、幼き頃から真なる神と接触する機会があった。結果として順調に存在特性に覚醒し、半精霊や精霊体の力を発露させ【神衣】へと至った。

 その頃には狂乱神ネモニーヴァの眷族となり共に役割を担った。プレヴァインは魂と精神の質の高さを認められた。


 ネモニーヴァが育成を決意した最大の理由は存在特性である【万物吸収】──。強力な存在特性を【神衣】として発動すれば真なる神の力さえも取り込めると推測されたのだ。


「……。もう、それって初めから可能性があったってことでは?」

『たとえ同じ様な条件でも【真なる神】の領域には至れないのが普通だ。何故違いがあるのかは知らぬ。ネモニーヴァ様は運命だとのみ仰った』

「運命……ねぇ。でも、今の条件に合う存在を俺は知ってるんだけどな……」


 チラリと視線だけを変えたライはメトラペトラを見ている。そう……大聖霊達は神の写し身。十万年の存在でも歪まぬ魂と精神、元より宿った概念力、そして創世神直々に最初に生み出した存在……。只の眷族というには創生されるに至る神の拘りようが違う。


『……確かに原理調整体にしては自由な精神を宿している気はするな。が……先程も言った様に私にも“真なる神”への覚醒の要因は把握できていない』

「分からないなら可能性の否定もできないんだよね?」

『うむ……』

「良ぅし、ニャン公!覚醒の時は今ぞ!」

「うむ………は、はぇ?」


 突然ライに肩を掴まれたメトラペトラはいきなりの無茶振りに呆然としている。


「……。そんな簡単な訳なかろうが、戯けめ」

「いや、メトラ師匠ならきっとできる!」

「じゃから無理じゃと……」

「師匠ならやれる!」

「ワ、ワシならやれる?」


 段々とライの勢いに引っ張られ始めたメトラペトラ……。


「お前ならやれる!」

「ワシならやれる!」

「お前ならやれる!」

「ワシならやれる!」

「お前は無敵だ!」

「ワシは無敵だ!」

「闘神なんて敵じゃない?」

「イエス!イエス!」

「立ちはだかる奴は?」

「全員消し飛ばす!」

「ぶっ殺せ!」

「ぶっ殺せ!」

「ぶっ殺せ!」

「ぶっ殺せ!」

「ぶっ殺せ!」

「手始めに貴様からじゃ!」

「ぶべべれべぺぺ!?」


 メトラペトラのネコ・テイルウィップ炸裂!シャー!っとその尻尾で怒涛の往復ビンタを食らったライは椅子から“ドチャリ”と崩れ落ちた。


 ベルフラガは白目だ!


「うう……何故に……」

「フン。そんな安い鼓舞に乗る訳なかろうが。大体今は大事な話の真っ最中じゃぞ?少しは真面目にせんか」

(……。案外乗り気に見えましたが……)

「ん……?何じゃベルフラガよ?」

「いえ……別に」


 触らぬ神に祟りなし……ベルフラガ、伝説の魔道士だけあって賢い選択である。


『…………。話を続けても良いか?』

「うむ。頼むぞよ」


 構わず話を続けるプレヴァインとメトラペトラ。倒れていたライは何事も無いかのように起き上がり椅子に戻ると背筋を伸ばし対話に加わる。ベルフラガは半笑いだった……。


『……。あながちライの言葉も無視はできまいが……』

「じゃが、お主にも要因は判らぬと言ったじゃろう?」

『お前達は神の写し身……だったか?それはこの星の創世神の願いなのだろう。少なくともお前達大聖霊とやらは【神衣】には至れる筈……その場合、お前達は何の概念になるのだろうな……』

「むぅ………」


 確かに大聖霊がそれぞれ【司る力】は分かれているが根元の概念は【創世】──それは万能の力であり真なる神のみが得られる概念。もし神衣としての概念展開が【創世】であるならば、真なる神の領域へ踏み込んだ、とも言えなくもない。

 無論、本当の『真なる神』の力は更に別格……しかし、触りとしてでも発動するならば可能性は残るとプレヴァインは続けた。


『そこで敢えて聞くが……何故、お前達大聖霊は【神衣】に至って居ない?』

「……【神衣】はこのロウド世界の神の継承に必要な力と思うておったのじゃよ。ワシらは神の写し身ではあるが神になるつもりはなかったのでの」

『………』


 ここでプレヴァインは沈黙した。


「……何じゃ?」

『違和感しかないな……』

「何じゃと……?」

「少なくともお前達は七千年前に【神衣】を目の当りにした筈だ。ネモニーヴァ様は加減してた故に気付かぬのは致し方ない。しかし、眷族達の中には神衣を使用していた者は存在する。私のようにな……』


 確かに【神衣】は神格に至る力ではあるが、『真なる神』となれる訳ではない。つまり、狂乱神との戦いに参加していた大聖霊は対峙した眷族との戦いで【神衣】が技法の一つだと気付く機会はあった筈なのだ。

 プレヴァインの違和感は他にもある。狂乱神との戦いの中で有利になるにはロウド世界の神衣使いを増やした方が生き残る者も増えただろう。だが、メトラペトラの言い分では歴代のロウド神はそれを大聖霊にさえ伝授しなかったことになる。世界の存亡を賭けた戦いにしては判断が御粗末……ならば理由があるのではないかと感じた。


 だからプレヴァインは改めて問うたのだ。『何故、大聖霊は神衣を使えないのか……?』と。


「…………」

『……。言いたくない……か。いや……無意識に避けている自覚が無い……といったところだな』

「どういうことですか、プレヴァイン?」

『恐らく、この世界の歴代神とやらは大聖霊へ【神衣】を伝えている。が……何故か研鑽を避けた』

「……益々意味が分かりませんね」

『その辺りは私にも分からぬな。恐らく当者の内面の問題だろう故にここで問い詰めたところで何も変わるまい。メトラペトラよ……今一度己に問うことだ。お前達大聖霊にとって【神衣】とは何を意味するのかをな』


 無言を貫くメトラペトラは自分でさえも良く分かっていないのだろう。そんな様子を見たライは……驚きを隠せなかった。これまでメトラペトラが反論しようとさえしないことは初めてだったのだ。

 更にライはメトラペトラが答えられぬ理由も何となく理解した。大聖霊達が深く迷う理由となるのは『創世神ラール』に関わること……。しかし、それは直ぐにどうにかできることでもない。


 よって、これ以上メトラペトラが苦しむことがないようライは話題を変えることにした。


「ところでプレヴァイン……何でアンタの存在は疲弊しているんだ?今の話の流れなら『真なる神』に至ろうとする存在が七千年程度じゃ疲弊しないだろ?」

『……単純な話だ。ここは私の世界ではない』


 プレヴァインにとっては異世界に当たるロウド世界。その法則性は微妙に元の世界とも違いがあるのだという。


 例えば時間の流れや物理法則、魔力効率、魂の循環……。異世界に滞在し続ければその存在は適合を始める。それが『事象の地平線』を超えた対価……。


『真なる神へと至っていればそのようなものに煩わせられることもないのだがな……。数百年程度ならば問題無いが流石に千年を超えれば変化は避けられぬ。そうなればこれまで神の眷属として研鑽されたものが変化し無駄になる』

「つまり、いま肉体を封じているのは疲弊ではなく変化を抑える為……か……。でも、そこまでしてロウド世界に残った理由は何なんだ?確か……個人的な理由だっけ?」

『……。知りたいのか?』

「できればね。何かアンタの助けになれるかもしれないだろ?」

『………。私はあるものを探している。それを回収することが目的だ』

「あるもの……?」

『私の世界からきてこのロウド世界に存在し、かつ変化することなく残るもの……。複数の意味で私にとって非常に重要なものだ』


 抽象的すぎて掴みどころのないプレヴァインの探しもの……ライがベルフラガを見るとブツブツと何かを呟いていた。


「……。もしかして今ので分かったのか、ベルフラガ?」

「可能性ですがね……。プレヴァイン……貴方にお聞きします。通常【終末の三神】が他の世界で討たれた場合、その遺骸はどうなります?」

『魂は神々の世界へ帰る。遺骸は不変だがその世界の神の手により星に取り込まれる。神の遺骸はそれ自体に大きな存在の力があるのでな……他の神の遺骸を取り込めれば世界の成長にも繋がる。謂わば試練を乗り越えた褒美のようなものだ』

「ですが、創世神が不在の世界は取り込みを行えない……違いますか?」

『さてな……。それはそれぞれの世界の構築次第の話だろう。だが、もし何者かが取り込めぬよう細工をした場合は違う』

「その何者かが貴方な訳ですか?」

『フッ……。本当にお前は賢しいな、ベルフラガよ』


 つまり、プレヴァインは狂乱神ネモニーヴァの遺骸に取り込めぬよう細工を施したのだと仄めかしたのだ。それこそがプレヴァインが危険を犯してまでロウド世界に残った理由……。


「プレヴァイン……。貴方はネモニーヴァの遺骸が奪われることを良しとしなかったのですね。個人的な理由というからには、狂乱神が復活し遺骸は只の残った器に過ぎないことも理解していた」

『そうだ』

「貴方は……ネモニーヴァを奪われたくなかったのですね」

『……そうだ』

「えっ……?つまり……どゆこと?」


 キョトンとするライの顔にベルフラガは小さな溜息を吐いた。


「ライ……。貴方は誰よりも他者の深くを理解している節があるのに時折驚く程鈍感になりますよね……」

「そ、そう?いやぁ……照れるな」

「今は褒めてませんよ。良いですか?プレヴァインがロウドに残ったのは、たとえ空の器でも愛しい者を他者に渡したくなかったのですよ」

「……えぇ━━━っ!?つ、つまりプレヴァインは狂乱神が好きだったの?」

『…………。悪いか?』


 やや憮然とした口調のプレヴァイン。だが、ライは妙に納得していた。


 誰かを想う心は時に無謀なことにさえ挑み乗り越えようとする。ライはそれをエイルやベルフラガから教えられた。そしてプレヴァインもまた同じだったのだ。


 神の眷族であっても誰かを想える……そのことがライには妙に嬉しく感じた。


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