第七部 第八章 第六話 プレヴァインとの協力


『お前達の言う【好き】に該当するかは自分でも良く分からぬ。ネモニーヴァ様とは私が子供の頃から面識があった。永い刻を共に過ごしたことで大切な存在となったのは確かだが、恋慕の情というよりも家族愛に近いのやも知れん』

「因みに、ネモニーヴァさんは美女だった?」

『当然だ。芸術の神でもあるのだぞ』

「そっか……」


 ライが嬉しそうに微笑みを見せると、プレヴァインは腑に落ちないらしく問い質す。


『何故、お前が喜ぶ?』

「理由は色々だよ。でも、一番はアンタのことが知れたからかな」

『……どういうことだ?』

「単純なことだよ。ロウド世界の住人は異世界のことを殆ど知らないんだ。ましてや異世界の神や眷族のことは尚更にね。でもさ?少なくとも俺の出逢った異世界からの来訪者は心を持っていた。道理や倫理、道徳もそんなにズレていない様に思う。まぁ、多少融通は利かないみたいだけどね……」


 ライは一瞬哀悼の表情を浮かべた。それは闘神の眷族であるデミオスの最後を思い出した故のこと。今更変わることは無いと理解していても他の方法はなかったのかと考えてしまうのだ。


「……。少なくともプレヴァインは後悔で壊れそうなヒイロを放っておけなかっただろ?これまでの話を聞いて慈しみを持てたのはネモニーヴァさんのお陰なんじゃないかって思ったんだ」

『否定はしない。私という存在にとってネモニーヴァ様はそれ程に大きな存在なのだ』

「だから好きになったんだよな?俺はそんな当たり前を知れて嬉しかったんだよ」

『…………』


 プレヴァインはヒイロの目を通し異空間内でのライを観察していた。戦いの場に於いてさえライは明確な敵意を殆ど向けない。そして戦いの後は敵対した者さえも理解し善意で迎え入れる。戦士たるプレヴァインには温いとさえ感じるものの不思議と気分は悪くないと思った。


「それでさ……プレヴァインの事情も分かったことだし決めた」

『………?』

「アンタの目的……というより願い、かな?一つはネモニーヴァさんを見付けて取り返すこと。二つ目はロウド世界での変化を抑えて真なる神の領域へ至ること。で、その過程でヒイロと関わり救済すべき願いが加わった。合ってるか?」

『うむ。間違いない』

「ヒイロはもう大丈夫だから残りは二つ。異空間で言っていた『【未来視】で告げられたアンタの目的を叶える出逢い』ってのが俺達のことなら、多分力になれるんだろ?」

『…………』

「アンタにはヒイロの件で恩もある。少なくともネモニーヴァさんの遺骸を見付けるのは手伝うよ」


 ライの言葉にプレヴァインは反応に迷っているようだ。


 本来なら神の眷族が自らよりも格下の存在から力を借りるなど起こり得ないこと。しかし、今回は状況の特殊性故に藁にも縋りたいのが本音である。

 ヒイロの件は『ロウド世界の事情をロウド世界の者が解決した』に過ぎない。助力される側ではなくだったことが抵抗を感じなかった理由だろう。


 だが、ネモニーヴァの件は飽くまで個人的な理由……だからこそ迷っている。そもそもプレヴァインは過去に伝えられた【未来視】を全て信じている訳ではない。



 そんなプレヴァインの迷いを感じ取ったかは分からない。だが、ライはここで改めて言葉を選んだ。


「抵抗があるなら“助け合い”ってのならどう?それなら互いの利益になるだろ?」

『助け合い……だと?』

「そう。アンタの願いの為に協力はする。その代わりに俺達に力を貸して欲しいんだ」

『………。続けろ』

「闘神のことは?」

『聞いている。事情までは詳しくは知らんがな』

「実は封印されていた闘神が復活しそうなんだよ。だからロウド世界は生き残る為に力が必要なんだ」

『私も共に戦え……とでも言うつもりか?』


 ライはこの言葉に首を振った。


「そうしてくれれば助かるけどね……アンタはこの星の存在じゃないからそこまでは頼めないよ。それに、今の状態じゃどのみち戦えないだろ?ましてや相手は『真なる神』だ……。だからさ?知恵を貸して欲しいんだ。俺達が強くなるには何が必要なのかをね。代わりにネモニーヴァさんの遺骸は闘神復活までに見付けて引き渡す。アンタには……本当は帰る手段もあるんだろ?」

『……ああ』

「なら巻き込まれずに済む筈だ。そんな助け合いなら互いに利にならないか?」

『ならば【契約】にすれば良かろう。裏切りは確実に無くなる』

「いや……俺は助け合いが良いんだ。アンタには強制をしたくない」

『……どこまでも甘いな、お前は。良かろう。その協力を受けよう。が……恐らくさしたる力にはなれまい。お前やエイルが【神衣】に至っているならば尚更な』

「それでも良いさ。さて……ベルフラガは何か聞きたい?」

「そうですね……幾つが疑問があります」


 ベルフラガの疑問の一つはネモニーヴァの遺骸。ロウド世界の星に取り込まれなかったのはプレヴァインが手を加えたからという話だが、行方が分からなくなったのは何故なのか……。

 プレヴァインはこの質問に自嘲を交えて答える。


『何……。この星の当時の神の動きが思いの外早かった……それだけのことだ』


 プレヴァインはネモニーヴァの右腕としての役割もある。主神が討たれ眷族を元の世界へ帰還させる為に動いていたという。

 眷族を無事に送る役割を終え回収しようとしたネモニーヴァの遺骸は突如として大地に沈み始めた。プレヴァインは慌て取り込まれぬよう術を講じるだけで手一杯だったという。


『先に述べた様に真なる神の遺骸は世界の格を引き上げる。私が回収しようとしたことを察知し早く取り込もうとしたのだろう。私は取り込みこそ阻止できたが位置の把握術式までは手が回らなかった』

「そうですか……。ならば遺骸は地中では?」

『遺骸そのものは取り込まれぬ限り不変だが、永き時が経てば異物として【星の核】から遠ざけられ排出される筈。星にどんな影響があるか分からぬからな……。だが、地殻変動のあった土地を重点的に探してみても見付からぬ。と、なれば何者かが遺骸を隠したと考えるのが妥当だろう』

「そんなことをできるのは……やはりこの星の神でしょうか?」

『恐らくは、な。帰還せぬ私の動きを警戒した故の対応と見るべきだろう。お陰で我が身体は変化する兆しが見えたので封印することになった。精神体も依代が無い状態では本体から長く離れられないことも捜索を困難にさせた』


 ヒイロと契約しその身体の使用権利を手に入れたのはネモニーヴァの遺骸を探す為のもの。これにより長い時間の捜索が可能となったという。


『故にこの三百年近くはかなり捜索することができた。結果から言えば発見には至らなかったが……』

「しかし、それならばヒイロ以前にも依代の契約を行えば良かったのでは?」

『精神体とはいえ何度も依代を替えれば影響が出る。その点、レフ族は長命……不思議と精神体との相性も良かった。【未来視】の予言もあったのでな。ヒイロとの契約こそ必然と思ったのだ』

「成る程……納得しました」


 そして入口でライが口にした『プレヴァインが本気なら全滅していた』という言葉を否定したのは、封印している本体を解放してライ達と戦っても存在への影響は避けられず劣化や変化を余儀なくされたことも含めての発言とのこと。


「依代って何でも良い訳じゃないなら俺が用意するのも無理か……。ずっとここに居るのも暇そうだし、精神体だけだと危ないかと思ったんだけど……」

『そう都合良く物事が運ばぬのが普通だろう』

「そうでもないぞよ」


 それまで沈黙していたメトラペトラはようやく会話に復帰。話は聞いていたらしく事態の改善への提言を行う。


「プレヴァインよ……恐らくお主がヒイロを依代にできたのもまた運命じゃ」

「どういうことですか、師匠?」

「言う必要が無い故黙っとったが、レフ族は異界の神の眷族……その末裔じゃ」

「マ、マジですか!?」

「大マジじゃ。お主もレフ族は人の種の中でもかなり特殊とは思うておったじゃろ?」

「それはそうですけど……まさか元・神の眷族だなんて思いもしませんよ」


 長命で宿す魔力も桁が違うレフ族──。確かに通常のロウド人とは規格が違うと常々感じてはいた。それも神の意志かと思っていたライは流石に動揺している。


「まぁ【終末の三神】の眷族とは違うらしいがの」

『らしい……とはどういうことだ?』

「ワシも聞いただけじゃからの。神同士が対話で受け入れたことを後に聞かされたに過ぎん」

『それは……どのような神の眷族か分かるか?』

「確か【博愛の神】……じゃったかの」

『フッ……そうか。どうりでな。色々と合点がいった』


 レフ族が元・神の眷族の系譜であるならばプレヴァインとヒイロの契約相性の良さも納得が行く。そしてエイルが目醒めた存在特性が【愛】であったこともある意味必然だったとも言える。

 レフ族が情に厚いこともまた【博愛の神】の眷族だったことを考えるならば妙な納得力を感じざるを得ない。

 

『だが、ネモニーヴァ様とこの星に来訪した際は存在を感じなかったぞ?』

「ワシが聞いたのは狂乱神来訪から千五百年程後くらいかの。恐らく耳にした時間とレフ族が根付いた時間は然程のズレはあるまい。ワシら大聖霊も気付かぬ程静かに交流が行われた以上、制限の掛かったお主では気付かなかったやも知れぬのぅ」

『確かにな……』


 と、ここでベルフラガは一度話を止めた。


「す、少し待って下さい」

「どうした、『博愛の民』?」

「博愛の民……」


 ライの言葉にベルフラガの表情はまたも生温い……。


「で……?何が気になるんじゃ、『博愛の民』は?」

「くっ……。プレヴァイン……貴方は神の眷族は死した後、魂が神の世界へと言いませんでしたか?」

『そうだ。お前の疑問は【変化】に関してだろう?』

「ええ……」

『通常、〘仕えるべき神〙が眷族より先に斃れることはない。私のような【終末の三神】に仕えている場合は特殊で、主神が討たれても自らの世界であれば変化は起こらず神の眷族のままだ。【真なる神】に完全なる死は無くやがて復活なさる故な』

「それは分かります。そして異世界の場合は世界を司る神が異なるので、主神が討たれると眷族としての加護が消えその世界の法則に引かれてしまうのでしょう?」

『そうだ。但し、元の世界の神を斃して力を奪った場合は別になるが……それは次の機会に話すとしよう』


 【真なる神】同士が世界を奪い合うことは稀に起こる。今のロウド世界は少し事情は違えどあながち無関係とも言えない。

 しかし、今は先ず一つづつの確認が必要だった。

 

『自らの派生した世界ではない異世界では主神が斃れるとその加護を失う。やがて変化は魂に至り、魂は神性を失う為に神の世界への導きを失う。変化した世界の神に仕えれば別だが……』

「それって【神衣】が使えても駄目なのか?」

『簡単に言えば魂の成長がリセットされるのだ。神衣では入り口に過ぎぬ。それは私も同様……故に』

「変化を避けた訳ですね。それも理解しました。では、ライが戦った闘神の眷族はどうなのですか?」

『闘神は封印されているだけなのだろう?異世界でも主神が無事ならば変化は起こらぬ。倒された眷族……デミオスと言ったか?その魂は神の世界へ至った筈だ』


 デミオスの魂は無事に神の世界へ……その言葉は少なからずライの気持ちを軽くさせた。



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