第七部 第八章 第二話 聖なる呪い


 やがてメトラペトラとベルフラガの魔法談義も終わりようやく今後の話へ……。



「さてと……先ずはテレサさんのことかな。このままこの森に居ても良いんだけど、安全を考えるなら俺の居城にと考えてる」

「私としてはテレサに選ばせたいと考えています。時が過ぎてもエンデルグは故郷に違いありませんし」

「まぁ……確かにね」


 元々テレサ一人だと考えていたので安全確保を兼ね孤独になることを避ける為の提案だったのだが、両親も居るならば少し事情も変わってくる。


「ベルフラガ。エンデルグのテレサさんの家はどうなってるんだ?」

「経年で一度建て替えましたが、土地はイベルド……私が買い取ってそのまま倉庫となっています。住まいにも商売にも使えますが……テレサはどうしたいですか?」

「私は……ライさんの提案を受けようと思ってる。これ以上ベルの足手纏いにはなりたくないの」

「そんなことは……」

「私も少し思うところがあって、その為にはライさんの提案を受けたほうが良い気がするのよ。ただ、お父さんとお母さんはエンデルグで商売するって言うと思うわ。だから……お願いして良い?」

「分かりました。すぐに手配しましょう」


 ベルフラガは転移にて姿を消した。準備が早ければテレサの両親は数日内にエンデルグで商売を始められるだろう。


「私の家は元々染物店だったんです」

「あ〜……成る程。だから商売なんですね」

「はい。………。あの……一つお聞きしても?」

「何ですか?」


 テレサは至って真剣な表情だ。


「ライさんの話は昨夜聞きました。もし……城に行けば私は強くなれますか?」

「………。テレサさんの思うところって……」

「はい。実は以前……三百年前近く前にもベルの魔法知識を求めた者が居て人質にされ掛けたことがあったんです。私は結局、頼り切りになってしまって……だから……」

「う〜ん……。でも、強くなるのが目的ならベルフラガが喜ばない気がするんですが……」

「分かってます。でも……お願いします。私はベルに守られるだけじゃ嫌なんです」


 気持ちが解るだけにライはどう答えるか迷った。と……その時、頭上からタシタシと叩く感触が伝わる。


「良いのではないかぇ?ワシが見たところ案外見込みはあるぞよ?」

「いや……だって……」

「この先、生き残る可能性を上げる為にも悪いことではあるまいよ。お主もそう思うからこそ同居人達の鍛錬を止めんのじゃろ?」

「それは……」

「それに、この娘は勇者血統じゃ。ベルフラガのつがいともなれば魔法知識も少しは蓄えておるじゃろ。存外、同居人達と互いに刺激し合うのではないかのぅ。まぁ、【御魂宿し】にはなれんじゃろうが……」

「?……それは……ど……う……」


 【御魂宿し】は処女おとめでなければ聖獣との契約を果たせない──そんなメトラペトラの言葉の意味に気付いたライは、両手で顔を覆い“イヤイヤ”と肩を振っている。今更ながら先程自分が吐いた『二人だけの再会の夜』の意味が理解できた為に尚更恥ずかしいらしい。


「全く……お主は本当にいつまでもお子ちゃまじゃのぅ。じゃが、分かったじゃろ?テレサは化ける可能性は高い。特に存在特性の面ではのぅ」

「それって七千年前の勇者アルグリットが理由ですか?」

「そうじゃ。一度存在特性に覚醒めた血統なら可能性は低くはあるまい?」

「う〜ん……」


 再びテレサの顔を確認するライはその気持ちを汲むことにした。


「テレサさんの希望は分かりました。但し、容認するには条件があります」

「何でしょう?」

「今の話をして許可が出たら……ですね。ベルフラガは貴女を救う為に本当に必死だったんです……だから、なるべく大切なことは二人で決めた方が良いと思うんですよ」

「…………」

「テレサさんが本気ならベルフラガも認めるんじゃないかな」


 罪を秘密にしているベルフラガの立場を考えれば矛盾しているかもしれない。しかし、お互いの為を想ってのことでも秘密は少ない方が良い……ベルフラガの苦悩を知るライはそう思った。


「ベルフラガに昼間動いて貰う間テレサさんは鍛錬、夜は二人で過ごせる様にすれば安全確保もできると思うんですけど……」

「……そう……ですね。分かりました。ベルと相談してみます」


 テレサはベルフラガが戻ると早速相談を始める。メトラペトラも話に加わり説得していたことにライは少しばかり驚いたが、やがてベルフラガは諦めの混じった微笑みを見せた。


「では、本当にテレサは安全なのですね?」

「うむ。蜜精の森の守りは魔王級でもそうそう破れぬ。指導も無理はさせぬから安心せよ」

「……わかりました。ではお任せします。それではライ……話の続きを」

「いや……先にテレサさんを城に案内して皆に紹介したほうが良いかな。あの〜……メトラ師匠、お願いできますか?」

「ん……?何じゃ?何でお主がやらん?」

「ち、ちょっと野暮用が……」

「…………」


 徹底して城に帰還したがらないライにメトラペトラは呆れている。その心情も何となくではあるが気付いている様だ。


「仕方無いのぅ……今回だけじゃぞ?どのみち、お主はイルーガと向き合わねばならん。円座会議までに覚悟を決めよ。できぬならばワシがカタを付けるぞよ」

「スミマセン……もう少しだけ待って下さい。ベルフラガ……事情はエイルが伝えてる筈だから蜜精の森で揉めることはない筈だけど……」

「そうですね。私もマーナやリーファムと改めて話をする必要があると思います。少し掛かるかもしれませんが……」

「ああ……それまでに野暮用を済ませておくよ。トルトポーリスで待ち合わせということで。師匠……お願いします」

「ヤレヤレ……」


 小さく溜息を吐いたメトラペトラは《心移鏡》を展開。ベルフラガとテレサを連れ鏡の中へと姿を消した。


「……ダメだなぁ、俺……。言葉に気持ちが付いていかねぇ……」


 ライは大きく溜息を吐き自らも転移で姿を消した……。

 



 ◆



 鏡を潜り抜け蜜精の森へと移動したメトラペトラ達は直ぐにライの居城の中へ移動した。それから残って居た者全員を集め事情説明を行う。


「良かったわね……赤のベルザー」

「リーファム・パトネグラム……。貴女達には御迷惑をお掛けしました」

「人は皆、何処かで誰かに迷惑を掛けるものよ。生きるということはそれをどれだけ支え合えるかだと私は思っているわ。あなたはこれから誰かを支えれば良いのよ」

「………ありがとう」

「まあ、見返りは貰うけどね?」

「…………」


 既にエイル達が事情を伝えていた為か同居人達のベルフラガへ対する警戒は無かった。理由としては最も因縁深きライが受け入れたことが何よりの禊となっていたのだ。


「マーナ……」

「全くもう……でも、テレサさんが治って良かったわね、イベルド。あ、そうだ!アンタが無事だってことエレナとアウレルにも伝えないとね」

「二人はお元気ですか?」

「フフフ。実はあの二人、くっついたのよ?アウレルが告白してね」

「!……それはそれは……」

「今はカジームで暮らしてる。後で会いに行きましょう」


 それから他の同居人達とも挨拶を交わしテレサの紹介を行う。女性陣は友好的でテレサはたちまち取り囲まれ恋愛話に花が咲かせていた。

 そんな光景を離れた位置で温かく見守っているベルフラガ……。頭上にはメトラペトラが乗っている。


「それにしても……魔人、妖精族、精霊人……。まさかここまで様々な力の持ち主が集まっているとは思いませんでしたね」

「この場に不在の者も実力者じゃぞ?」

「幸運なる縁……。そういえば貴女は何故、私を疑わないのですか?」

「ライは言い出したら聞かんからのぅ。それに、じゃ……アヤツが自信たっぷりで“大丈夫”と言った場合はまず外れん。特に人間関係はの」

「………」

「無論、それだけが理由では無いがの。お主の身体、聖獣と融合しとるじゃろ?それは一種の証明でもあるんじゃよ」


 聖獣との細胞融合を果たしたベルフラガはそれだけで【御魂宿し】と同等の状態。しかも人間ベースなので裏返ることもない。

 ベルフラガはもう悪意を持つことが出来なくなったとも言えるのだとメトラペトラは述べた。


「お主、以前まで己が内に渦巻いていた負の感情を殆ど感じまい?」

「……確かに……妙に穏やかな気持ちですね」

「お主は簡単に言うなら完全人型聖獣……。この先、恐らく誰に対しても心からの憎悪を抱くことはできぬじゃろう。たとえテレサが傷付けられようとものぅ」

「………」


 人間にとってその結果は一種の呪いとも言えるのかもしれない。愛する者を傷付けられ怒るのは愛情の深さの裏返しでもある。それを失うということは心の一部を削られたことに等しい。


「じゃがのぅ……代わりに、誰よりも愛深き心も手に入れた筈じゃ。テレサへの想い……以前よりも更に深かろう?」

「ええ……」

「ライは意図してそうした訳でもあるまいがの……。お主は今後、己の罪をその正しき心で見つめ直すことになる。それはある意味苦行じゃ」

「だから貴女は警戒しない……ですか。そして『聖なる呪い』を齎したライのことを恨まないで欲しい……と」


 恨む……という言葉さえ今は正しいかも分からない。心からは負の感情が殆ど取り払われてしまっているのだ。

 矛盾──それを知ればライは苦しむだろう。しかし、同時にベルフラガは誰より誠実である証明を手に入れた。


「……問題ありませんよ。私自身、人のままだと思っていますので」

「そう言ってくれるかぇ……」

「寧ろテレサを救えた対価としては非常に軽い程です。貴女が気に病むこともない」

「うむ。……。と、言う訳じゃ。お主らには個人的に恨みもあるやもしれん。水に流せとも言わん。じゃが、ここはライに免じて赦してやることじゃ」


 メトラペトラが視線を向けた先にはデルメレアとカインが立っていた。


 トシューラ国に関わる者であれば少なからず『ベリド』の行動で被害を被っている。元筆頭騎士デルメレア、そして元領主カイン……その地位を考えれば尚の事だ。


「……。俺はセラが戻ったからな……もう良いさ。カインはどうだ?」

「そうだな。脅威だったベリドは居なくなったのならば深くは問わんさ」

「……。感謝します」

「だが、これからのお前のことはちゃんと見ているぞ?あの子……テレサ殿を悲しませるなよ?」

「ええ……。言われるまでもありませんよ」


 こうしてまた一つ、ベルフラガにとっての蟠りが解ける。背負った罪は多く、都合の良い贖罪も存在しない。だが、少しづつ……しかし確かに光の方へベルフラガの道は繋がり始めた。


「そういう訳じゃ。お主も矛を収めよ、犬公」

「……ライが望んだのなら仕方無いか」


 視線を変えた先にはアムルテリアが居た。その眼差しはまだ少し怒気を孕んでいる。

 ライを傷付けた存在を認めたがらないことは予想はしていたが、それでも赦す旨を案外すんなりと口にしたことはメトラペトラも想定外だった。


「お主も変わったのぅ……」

「……お前が一番変わっただろう?」

「まぁ否定はせんよ。じゃが、犬公よ。此奴が居らねばライはワシとは出会わなかったのじゃ。その意味でも運命とも言えよう?」

「フン………」


 メトラペトラは意固地なアムルテリアにヤレヤレと肩を竦めた。



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