第七部 第八章 第一話 魔導の開祖


 シウト国ノルグー領・エンデルグへと転移したライは早速ベルフラガの元へと向かう。


 一晩しか時間を与えなかったことに少々後ろめたさを感じながら森の中を進むライは、ベルフラガの家が見えてきた位置にて足を止めた。視界の端の木陰からチラリと覗く何者かの姿に気付いたのだ。


 それは……メトラペトラだった。


「…………」

「…………」


 互いに見つめ合うことしばし……。メトラペトラは木から身を乗り出しチラチラと視線を送ると引っ込むを繰り返している。どうやら声を掛けて貰えるのを待っている様だ。


『ニャンコが仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか?』


  はい

▷ いいえ


 ライは何も見なかったことにした……。


「ウニャァ━━━っ!ワシが悪かったよぉ、ライちゃ━━ん!許しておくれよぉ━━━っ!」

「げぶぁっ!?」


 メトラペトラのネコ・ロケットアタック炸裂。頬に頭突きを受けたライは錐揉みしつつ地面を転がる。


「ぐふっ……!さ、流石は師匠……謝罪さえもえげつねぇ……」


 近くの樹木に手を着きガクガクと膝を震わせ立ち上がるライは朝から存外の大ダメージである。


「いやぁ……つい勢い付けちった。ゴメ〜ンちゃい?」

「くっ……ま、まぁそれは良いんですけど……。師匠、もしかしてまだ飲んでます?」

「いや……流石にワシも反省したんじゃよ。気付けばアクト村の者達の殆どが酔い潰れておったからのぅ……」


 猫神神殿周辺は大量虐殺現場と見間違う様な状態で大人達が酔い潰れていたという。今朝方そんな光景の中で目を覚ましたメトラペトラは、ライとフェルミナの姿が無いことに気付き羽目を外し過ぎたと反省したらしい。

 マリアンヌ手製の『酔い醒まし・改』を自ら服用しライの行動を追った後、先回りしてまで待っていたメトラペトラ……それを思うとライは穏やかな笑顔が溢れた。


「別に怒ってませんよ。メトラ師匠……俺の為に奔走してくれていたんですよね?昨日ノルグーに居たのも内乱の危険を排除する為に行動してくれたから……そうでしょ?」

「ライ……」

「そんな師匠に好きなだけ酒を飲ませてやれない俺は不甲斐無い……。本当なら怒るどころか謝らないといけないのに……」

「……。フフフ……。うむ、お主も成長し……」

「それはそれとして……」


 シュッ!と姿を消したライはメトラペトラを背後から拘束する。その笑顔はいつの間にか物凄く怪しい笑顔に変わっていた。

 抵抗するメトラペトラ……しかし、ガッシリと抱えたライの腕は解ける気配はない。そしてライはメトラペトラの耳元で囁いた……。


「クックック!罰は罰として受けて貰わないとなぁ?さぁ……堪能させて貰うぜぇ?そのモフモフをな!!」

「ぜ、全然成長しなイニャ━━━!!」


 静かな森に響き渡る嬌声……的確に刺激を受けたメトラペトラは、ライにモフモフを堪能された末に草の上でピクピクと痙攣している。


 そんな騒ぎに気付き家の中からベルフラガが姿を現した。テレサも寄り添う様に歩いてくる。


「………。何事かと思って様子を見に来て見れば、貴方という人は……」

「あ、あはは〜……ゴ、ゴメンね〜、何か邪魔しちゃって……」

「いえ……。貴方達のお陰でようやくテレサと過ごせたのです。感謝こそあれ煩わしいとは思いませんよ」


 そこでテレサはベルフラガの隣に並び立ちライに感謝の意を伝える。


「ライさん……ですね。全てはベル……ベルフラガから聞きました。あなた達のお陰で私は救われたのですね。本当にありがとうございます」

「いえいえ。多分、私達が手助けしなくてもベルフラガはあなたを必ず助ける手段を手に入れていたと思います」


 それは真実であると共にほんの少しの優しい嘘……。


 ライが絡んでいなければ更に時は掛かっただろうがベルフラガはテレサを救う手段を見付けていた可能性はあった。特にディルナーチ大陸は時折異世界からの医療技術が齎される。それが遺伝子疾患を打開しなかったとは言い切れない。

 同時に……今のように穏やかな再会が成ったとは限らない。ベルフラガが勇者の誰かと対峙し討たれなかったとは言い切れない上、闘神の存在により全て滅ぼされる可能性もまた存在している故である。


 しかし、テレサがそれを知る必要は無い。今は救われた喜びを胸に愛する者と共にあれば良いとライは思った。


「ベルともまた共に過ごせるように……この御恩にどう報いれば良いのか……」

「気にしなくて良いですよ。私もベルフラガを頼りにしてるし助けが必要でもあります。何より友人ですから」

「……はい」

「……………」

「それより……テレサさん、お辛くないですか?」


 テレサにとっては目覚めた時点で三百年近くも時が過ぎ去っているのである。親類も友人も突然、しかも一度に失ってしまったことになる。その悲しみは計り知れない。


「テレサの御両親なら生きてますよ?」

「へっ……?」

「テレサと同じ方法で御両親の時もほぼ止めて居ます。勿論、同意を得てです」


 何のことは無い。ベルフラガもテレサの悲しみを減らす為の配慮をしていたのだ。

 但し、飽くまでも両親のみで友人達はその例に含まれていない。目覚めたら遥か未来……などという因果は少ない方が正しい。何よりベルフラガは労力をそこまで割く訳にはいかなかった。


「……それならまだ良かった……のかな。因みに御両親は何処に……?」

「家の別室に居ます。まだ術式は解除していないので目覚めていませんが……」

「ハハハ。まぁ二人きりで再会の夜にしたかったんだろ。うん、まぁ良いんじゃない?」


 テレサは顔を赤くしたが、ライは自分の発言の意味を理解していない辺りまだまだお子様である。


「さて……。それでベルフラガ……今後のことなんだけど……」

「その前に……フェルミナの姿が見えませんが……。改めて感謝を伝えたかったのですが」

「ちょっと所用でね……今はラヴェリントに居る。用もあるから後で迎えに行く予定だよ。代わり……って訳ではないけど俺の師匠がきてくれた」

「師匠……?」

「ホラ、アソコに……」


 ライが指さした先には恍惚の表情でグッタリと横たわり足を痙攣させている猫の姿があった。


 ベルフラガとテレサの表情は何とも生温い……。


「お〜い、メトラ師匠。そろそろ……」


 ライが呼び掛けるや否やメトラペトラは転移で姿を消すとライの頭上定位置に出現。そして今更ながらふんぞり返りつつ威厳ある声で宣う。


「ワシが此奴の師にして大聖霊の一柱、メトラペトラである!」

「メトラペトラ……お初にお目に掛かります。私はベルフラガ、そしてこれは婚約者のテレサです。お見知り置きを」

「ほぅ……ワシの姿を見ても驚かんかぇ」

「クローダーの記憶から御姿は存じて居ますので。貴女が偉大なる魔導の祖であることも」

「えぇ!?……そ、そうなの!?」

「知らなかったのですか?」


 新事実発覚!メトラペトラは『魔導の開祖』だった!


「え〜……。初耳っすわ、師匠……」

「魔導の祖と言っても魔法を解りやすくして伝えただけじゃからのぅ……。考えてもみよ……七千年前には僅かだった魔導師・魔術師は今ではペトランズ大陸中に居るんじゃぞ?知識の発展というのはそういうことじゃ」


 それは一つの実験でもあったという。


 大聖霊達はそもそも概念力という上位の力を行使できる。しかも得手不得手はあるものの汎用性が高い。魔法行使の必要性は低いのだ。

 そんな中、メトラペトラだけは初めから魔法を使用できた。その理由は『天威自在法』──つまり波動魔法である。


 大聖霊達には波動魔法が使えない。しかし、神の写し身ともなれば何処かに力の片鱗が残っていて然るべき……。つまり、それがメトラペトラの魔法知識となっていた。

 但し、神の使用するの波動魔法は本来詠唱を必要としない。故にメトラペトラは身に纏う魔力を性質を変化させ魔法として行使していた。それが【圧縮魔法】──。



 ロウド世界には【魔力】という神秘の力が存在することを理解したメトラペトラは、いつしかその力の意味を知りたくなった。何故魔力が存在し、どんなことに使えるのか……その理由を。

 が……如何せん『気まぐれ猫』なので単身での探究には直ぐに飽きた。自分が使う分には何の障害も無いので尚の事……。一応、クローダーに聞こうとしたものの【期限付き禁則事項】となっていた情報だった。


 そこでメトラペトラは、先ず探究者を増やす為に聖獣やドラゴンに魔法の使い方を伝えようとした……のだが、漠然とし過ぎていて伝わらない。聖獣やドラゴンは概念力や纏装を使用できるのでやはり研鑽の必要性があまり無かったのも理由である。


 次にメトラペトラが目に付けたのは新たに生まれた【人間】という種族……。か弱き存在故に知恵で生き残ろうとする人間ならば魔法を探究し続けると思われた。


 だが……当時のロウド世界や人間では魔力量が少ない。魔法を使えそうな者でも纏装自体が展開できぬ為圧縮魔法など夢のまた夢の話……。

 しかしながら、メトラペトラは折角の魔力を持て余すのは惜しい気がした。


 そこで人間が使える様に自然摂理を魔力と繋げ形にする『詠唱』の知識を生み出したのが現代魔法の始まりである。


「ワシも最低限しか伝えなかったのじゃがのぅ……。そこから研究と研鑽、試行と実践を繰り返し魔法を発展させていったのは人間自身……正直、早まったと後悔もしたわぇ」


 異常な早さで魔法を発展させてゆく人間という種族。当然その力を悪用する者も存在する。メトラペトラは後悔したがクローダーはそれで良いと述べていたという。


「……。圧縮魔法って後から生み出した技術なのかと思ってました」

「逆じゃ。人間にも使用でき解るよう噛み砕いて伝えたのが今の主流たる『詠唱魔法』じゃよ。思えば波動魔法を簡易劣化にしたものが『魔法』だとすればあの時のクローダーの【期限付き禁則事項】の意味も解るのぅ」


 ロウド世界に魔法が根付き、使う必要がある刻が来るまでの『波動魔法禁忌』……。


 波動魔法へ至る為に宿ったメトラペトラの魔法、更に世界に広げる為に人へ伝わった現代魔法……メトラペトラはラール神の意志の様なものさえ感じている。

 そして、人への魔法伝達はしっかりと副産物をも生んでいる。


「【魔術】は後世の技術じゃな。あとは高速言語……生み出されたお陰でワシも重宝しとるぞよ?基本、大聖霊は属性全て使えるとはいえ効果が薄いものもある。『詠唱の発展』でそれは補われたが神格魔法は長くてのぅ……。が、高速言語は一瞬じゃろ?」

「成る程……確かに師匠向きかも」

「詠唱の発展にも意味があったぞよ?言霊が増え【如意顕界法】使用の際にも使えるからのぅ。あれは緻密な制御が必要じゃから尚の事じゃな」


 この言葉にベルフラガは目を輝かせた。


「如意顕界法……ですか?」

「複数の神格魔法を組み合わせ新たな魔法へと昇華させたもの……といえば解るかえ?」

「私でも限定的なら使用できますが、どの程度の汎用が……」

「それは使い手次第じゃな。……そう言えばお主は魔導師……気になるかぇ?」

「ええ。物凄く」


 冷静なベルフラガが何時になく子供のような笑顔を浮かべ魔法談義を始めている。その様子にライは少し驚いた。


「フフフ……。アレが本当のベルなんですよ?」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。………。私が病になってからベルは追い詰められた顔をすることが増えて……あの顔を見るのは本当に久し振りです。ライさんや大聖霊様は私だけではなくベルも救って下さったのですね」

「そんなことは……」

「……。ベルは魔導師として優れていた為に肩を並べられる人が殆ど居ませんでした。でも今は違いますね。どうか……これからもベルフラガを宜しくお願い致します」


 テレサが救われたことでベルフラガは本来の自分を取り戻しつつあるのだろう。ライはテレサに満面の笑みを返し頷いた。



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