第七部 第八章 第二十五話 聖なる精霊


 星土竜ほしもぐらエデンの概念力【分離】は対象から指定したもののみを分ける能力である。指定も概念領域から行うので形の有無に関係なく分離が可能だった。

 但し、対象から分離できるのは一度に一つのみ。一度分離させた対象から新たに何かを分離するには一日の休息期間を置かねばならない。


「分離したものって戻せるの?」

『分離が確定したものは戻せないわ。確定前に私が猶予期間を作ることができるからその時にやり直しはできるわね』

「分離で切り離したものってどうなるんだ?」

『切り離したものは何とでも。魔力なら私が取り込むこともできるし誰かに渡すこともできるわ。先刻さっきみたいに色なら他の何かに移して色を付けたりね? でも、そのまま何もせずに切り離したものを放置すると消滅してしまうの』

「へぇ〜……。面白い力だな」


 使い方次第では色々な変化を齎しそうな概念力。ともかく、これなら精霊から属性魔力を分離することが可能となるだろう。


「エデン。力を貸して貰って良いか?」

『ええ。それで……何をすれば良いの?』

「ここに居る四体の精霊から地属性魔力を分離して欲しいんだ」

『それじゃ精霊の存在の力が脆くなるんじゃないの?』

「大丈夫。今からそうならない為の準備はするから」


 花畑に腰を下ろしたライは腕輪型空間収納庫から燐天鉱りんてんこうの塊を取り出した。それを《物質変換》にて四分割し、更に丸い水晶のような結晶体へ変化させる。

 続いて、小石程のラール神鋼の欠片に火鳳セイエンの《浄化の炎》を付加……しようとしたが、白銀の炎は火花の如く弾け散った。


「うぉう!」

『アムルテリア様は以前、ラール神鋼に加工できるのは自分だけだと言っていた。呼ぶか、戻って頼むか……』

「あ……確かに言ってた」


 蟲皇の提案にしばし悩んだライは一つ試したいことがあると口にした。


「という訳でカブト先輩。もし昏倒したら叩き起こして貰えます?」

『昏倒……成る程。神衣を使うつもりか』


 【神衣】を発動している間なら一時的にライの力は神格に至る。その段階で大聖霊紋章を使用しアムルテリアの力を使えばラール神鋼にも加工できると踏んだのだ。


『しかし、その手間を掛けるならばアムルテリア様を頼った方が早かろう』

「何でも自分でできるようになりたいんですよ。城に居る時ならともかく事ある毎に呼んでたらアムルだってゆっくりできないでしょ?」

『………。まぁ良い。ならばやってみるが良い』

「そんじゃ早速……」


 神衣発動──。今回は昏倒も無く発動に成功。


「う〜む……。成功と失敗の差は何なんだろ?」

『我の見立てでは恐らく責務だ』

「責務……?」

『城で【神衣】に成功した際は誰かに伝え学ばせる目的があった。失敗の際はただ修行していたことが多い。加えて分身展開でも確率が変化していたようだな。神衣の際は分身を一度切った方が良い』

「成る程……。流石、カブト先輩。参考になります」

『それより急げ。今は時間を掛けている余裕はあるまい?』

「そっスね」


 予想通り神衣状態での大聖霊紋章発動ならばラール神鋼にも辛うじて干渉が可能だった。しかしながら小さな欠片に紋章を刻印し《浄化の炎》を定着させるにはかなりの集中力が必要で、四つ全てのラール神鋼に炎を固定した時点で【神衣】は解除されてしまった。


「つ、疲れる……」

『当然だ。ラール神鋼への干渉など大聖霊以外で初めてのことだろうからな』

「で、でも、取り敢えず一番の要はできたので後は組み上げるだけ……」


 ライが白銀の炎を放つラール神鋼を球体の結晶体に埋め込んだ途端、結晶体自体が白銀の炎を纏い始めた。


「良し……じゃあ、エデン。精霊達から地属性魔力の分離を頼むよ」

『ええ。行くわよ』


 四体の精霊は僅かに淡い赤色から無垢な白色の魔力体へ変化。直ぐ様ライの用意した結晶球の中へと入り込んだ。

 結晶球はそのまま宙で静止している。ライの目には内側で精霊達が変化してゆく様子が見えた。


「ふ〜……取り敢えず成功?」

『まだだ。ここから安定するまで通常よりも長く掛かる可能性がある。が……恐らくは成功するだろう。しかし……お主にはほとほと呆れさせられるばかりだ。前代未聞の【聖なる精霊】の卵を……しかも四体も生み出すのだからな』


 この様子を見ていたギンゲツやエデンも改めて驚いる様だった。


『本当に凄いわね……。ところで、この地属性魔力なんだけどどうするの?』

「それ、そのまま精霊の一部として固定できる?」

『う〜ん……少し難しいかしら』

「じゃあ、俺が貰うよ」


 エデンから預かった地属性魔力を手早く作製した結晶球の中に封じ込めるとそのまま空間収納庫へ。


『そんな微量な魔力をどうするつもりだ?』

「後で聖精霊化が固定したら返すんです。元が同じ魔力なら共食いしなくても取り込めるでしょ? 聖属性だけじゃ幾分耐久力に不安もありますし」

『全く……よくもまぁ考えるものだ』

「良し。じゃあ、目的は果たした。悪いけどギンゲツ……聖精霊の卵達を頼まれてくれるか?」

『ええ。と言っても、ラール神鋼が核となっている精霊に他者が何かできるとは思えませんが……』

「エデン。会えて良かったよ。またね」

『こちらこそ。また会いましょう』


 慌ただしく転移し去って行ったライ……エデンはギンゲツへ視線を向ける。


『本当にあれが要柱……?』

『確証はありません。が……あなたも感じたのでは?』

『ええ。不思議な気持ちになったわね……ずっと一緒に居たい様な』

『あなたは契約しなくても良かったのですか?』

『別に急ぐこともないわよ。しばらくは月光郷から出られないし、縁があればまた会えるわ』


 エデンは地中に居る珍しい聖獣である。アバドンの脅威が去るまで月光郷に避難しているが、本来は星の核にさえ届くことができる特殊な聖獣……。


『出逢いもまた運命……私が必要ならまた必ず会えるからね、要柱さん』




 再びニフラース領へと戻ったライは周囲の気配を探る。兄シンはまだ領主と打ち合わせをしているのだろう。


 その時……ライはある気配を感じた。ゆっくりとだが確実に迫る人物。その気配には覚えがあった。


「やぁ。勇者会議以来かな?」

「クラウド王子……」


 ライは無自覚に眉間にシワを寄せた。


 現在問題として起こっている事案の幾つかはクラウドも少なからず関係している。ライの自業自得を除いてもやはり少し苛立ちが残ったのだ。


 そのクラウド……赤いマントの下に暗い紫色の竜鱗装甲を装備している。腰の剣も恐らくは神具の類……。

 それらはライを警戒しての備えで間違いは無いだろう。最悪ここで戦うことになることも覚悟しているが兄シンの立場だけが気になった。


「そう睨まないでくれないか? 勇者会議では悪いことをしたと思ったからね……びとして君の兄上と対話できるよう入国を許可したんだよ?」

「そりゃあどうも。で……王子様がわざわざ会いに来るってのは何の用?」

「それはこっちの台詞だよ。君こそ何の用なんだ? 自分が危険人物だっていう自覚ないのかい?」

「ハハハハ。そう思うなら入国許可しなけりゃ良いだろ?」

「ハハハハ。その方が面白い気がしたんだよ」


 二人は互いの心理を探るが今ひとつ読み切ることができなかった。


 クラウドはライの来訪の意図が本当に理解できていない。勇者会議でイルーガに加担したクラウドへの意趣返し……では無いことは判る。

 しかし、ライは本来神聖国に捕われている筈の身。自らの立場を危うくしてまで来訪するには余程の目的があると考えた。まさかそれが世界中分け隔てなく魔獣アバドンへの対策を行っているからだとは考えも寄らない。


 対してライは、その見抜く目を以て会話からクラウドの本質を読み取ろうとしていた。飄々とした笑顔は掴みどころがないながら、その奥にある隠れた感情を探っていたのだ。

 ライは他者から漏れ出る感情や記憶を吸収してしまうことがある。現在ではある程度の制御ができるので抑えているが、意図すれば感情を色を見る様な感覚で推測することも可能……それを利用しクラウドを窺っていた。


 だが……それが却って困惑に繋がった。

 

(………。感情が無い訳じゃないんだな。逆に多過ぎて混沌とし過ぎてるから良く分からない、か)



 怒りと恨み……かと思えば正義感や愛情、そして友情。破滅願望にも似た昂ぶりと護りたいという切迫感がぜとなって、それを自らが否定も肯定も行う状態。

 しかしながら、多重人格という訳でもない。その混沌さの中で自分を維持できるものなのかとライは驚いている。


「冗談はこの位にしよう。それで『勇者ライ』……君はに何をしにきたのかな?」

「……。魔獣アバドンが動き出したことはクラウド王子も知ってるだろ?」

「クラウドで良いよ。僕もライと呼ぼせて貰うから」

「じゃあ……クラウド。事後報告で悪いけど、アステ国にアバドン対策の紫穏石を配置した。問題無いだろ?」

「本当に!?」

「ああ。だからアステ国に紫穏石の配置はもう必要無い」


 この言葉を聞いたクラウドは驚きの表情を見せる反面、嬉しそうに笑った。


「ハハハ! こりゃあ良い! それが本当なら凄く助かったよ。ありがとう、ライ」

「…………」


 クラウドからは嘘の気配を感じない。どうやら本当に喜んでいる様だ。


「……。クラウドは……」

「ん? 何?」

「クラウドは国をどうでも良いと考えてるのかと思ってた」

「ハハハ。そんなことはないさ。僕にとってはこの国が……アステ国だけが全てなんだ。正直、他国こそどうでも良い」

「……。その割には国に居ないって聞いてるぞ?」

「シン……からじゃないね。さしずめ商人組合からの情報ってところかな?」

「いや、人伝てだよ。一般人でもその程度は分かってるんだろ」

「ふぅん……」


 不敵に笑うクラウドは肩を竦め首を振った。


「僕がアステの国外に出ているのは情勢を知って対応する為のものだよ。アステは軍事力は高いけど個人で突出している人は少ないんだ。だから君のお兄さん……シンが来てくれたのはありがたい」


 このクラウドの言葉もまた嘘ではない。傀儡になっているという建前上、アステ国の実力者はそれまでトシューラ国へ引き抜かれることが多かった。少なくともトシューラ第一王子リーアが死ぬまでは国力を必要以上に上げることはできなかったのは事実である。


 しかし、謀略家であるトシューラ女王パイスベルが死してアステ国は内政干渉を受けなくなった。シンの領主着任後、その知人が食客としてイズワード領へ定住している者も増えている。

 加えて闘神復活の危機により力に覚醒する者が少なからず存在する。当然アステ国にも実力者は増えつつあった。


「僕としてはね、できればもう一段上の実力者が欲しい。より国を強くする為にね。ライ……君も良ければアステ国に来ない?」

「悪いけど、俺の帰る場所はもうあるんだよ。だから移住するつもりは無い」

「そっか。残念」

「でも、できれば兄の居るこの国とは敵対したくない。今からでもトシューラとの同盟を切れないか?」

「それはできないよ。僕には僕の考えがあるからね」

「……『アステ王の考え』とは言わないんだな」

「………。君は戦い以外でも厄介なタイプだね」


 互いに視線を合わせるが先に逸したのはライだった。シンが迫る気配に気付き緊張を避けたのだ。


「クラウド王子……どうして此処に」

「やぁ、シン。君から連絡を受けたから改めて弟さんに挨拶をね」

「そうでしたか。それでライ……アバドンの方はどうなった?」

「紫穏石は配置し終えたよ。だからアバドンは行き先を変えた。それでもアステは地上からの侵攻には備えて欲しいんだけど……」


 ライの言葉に反応したクラウドはシンの肩を叩く。


「そっちの通達は僕がやっておくよ。シンはもう少し弟さんと話をしておくと良い。これから先、多分ゆっくり話をする機会は減る筈だからね」


 そして背を向けたクラウドは手をヒラヒラとさせ言葉を続ける。


「話せて良かったよ、ライ。また会おう。次は戦場でね」


 クラウドは転移魔法で去った。しかし、その表情が酷く歪んだ笑顔であったことにライとシンが気付くことは無かった……。



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