第七部 第八章 第二十四話 星土竜


 アステ国内に存在するロウド世界最大の聖地・月光郷──。懐かれてしまった精霊を連れたライと蟲皇は転移魔法にてその地に姿を現した。


 月光郷は一応とはいえライの支配地ということになっている。故に聖地を守る厳重な結界がその侵入を阻むことはなかった。


「さて……取り敢えずギンゲツに許可貰いに行くかな」


 ライは月光郷の実質の管理者となる聖獣・銀虎ぎんこの元へおもむき精霊が育つまでの滞在許可を貰うことにした。

 そして歩きながら聖地を見て回る中、ふとした疑問が生じる。月光郷にも精霊は存在する。この地で生まれた精霊は聖なる精霊になり得るのではないだろうか、と……。


 しかし、蟲皇はそれを否定する。


『聖地であっても……いや、聖地だからこそその地には多くの魔素が集まる。先にも述べたが、精霊は清浄なる魔力よりも自然の魔力に影響を受ける。聖属性となる前に他の精霊へ変化してしまうのが早い』

「でも、後から取り込むことはできるんじゃないですか?」

『可能ではあるが……浄化の力は微々たるものとしてしか残らぬな。ライよ……この聖地の魔力を良く見よ』


 蟲皇に言われるがままに視覚纏装【流捉】にて聖地に満ちる魔力を確認する。そこには様々な種の魔力が満ちていた。


『その中で聖属性の魔力はどれ程だ?』

「……。凄く微量ですね……」

『当然だ。これも先に述べたが聖属性は自然由来ではない。発生してもやがては他の属性に染まる。つまり……』

「たとえこの地に誕生しても精霊が聖属性を主流としての力にする前に他の属性へ変わっちゃう訳ですね……。う〜む」


 滾々こんこんと湧き出る水、絶えず吹く風、生命の土壌たる大地、地脈の底を流れる火、日々訪れる光と闇……しかし、聖と邪はそうではない。特定条件下で生まれる魔力はその総量も少ない為に散るのも早い。


『それに、聖精霊は邪精霊と違い繊細な筈……。完全なる精霊として確立する前に変化してしまうだろう。人間が伝承として残していることもあるが……聖精霊は実のところ聖獣を指していることも多い。人にとっては聖獣も精霊も見分けなど付かぬ故な』

「じゃあ、聖精霊は本当に居ないんですね……」


 言葉とは違い含みのある顔のライに蟲皇は何らかの意図を感じ取っていた。


『………。何を考えている?』

「いや……ちょっと試してみたいことがあって……」

『聞かせてみよ』

「気になったんですけど、火鳳セイエンの力を使えば穢れは浄化可能じゃないですか? だから『浄化の炎』を使えば聖属性の精霊誕生も可能なんじゃないかなって思って……」

『………。確かに可能やもしれぬな。しかし、労力は並々ならぬぞ? 加えて、そこまでして精霊を聖属性にする必要を感じぬ』


 聖属性精霊を誕生させることができても恐らく聖地から出られまいと蟲皇は言った。外に出て魔獣や人間の邪気を浴びればたちまち弱体化してしまうだろうと。

 しかし、ライはそこにも一つ考えがあると口にした。


「要は高位精霊に育てて属性固定できれば良いんですよね?」

『お主との契約で固定するつもりか?』

「いえ……。できれば契約無しでするつもりです」

『そんな手法があるとは思えぬな……』

「そこは裏技をば……」


 ライは腕輪型空間収納庫から小指の爪の半分にも満たぬ石を取り出した。それは銀に輝くロウド世界最硬の金属・ラール神鋼──。

 魔王として対峙しライが破壊した星具・星杖ルーダの破片……。再生させる以外にほんの少しだけ保存していたのだ。


『……。確かにそれを媒体とすれば聖属性の精霊は固定される。が、それ程稀少なものを使う意味をやはり感じぬな』


 ラール神鋼の特性は不変。それを上手く利用し聖属性精霊が生まれ最上位精霊となってもその役割は限定される。そもそも浄化を行う事態すら滅多に無いのだ。聖獣・火鳳の存在があるので役割は尚少ないだろう。

 しかし、ライは蟲皇の意見に納得しつつも試してみたいのだと口にした。


「ロウド世界の穢れを聖獣だけで浄化するのは大変ですから手助けしたいんですよ。それに、聖属性は結構使える筈ですよ?」

『何に使うつもりだ?』

「医療と解呪です」


 ライは医療現場に於いての消毒や殺菌の必要性をディルナーチ大陸にて学んだ。ディルナーチの民が渡ってきた異世界の知識とはいえそれはロウド世界にも当て嵌まる。つまり、より浄化に特化した精霊が居れば救える命が増えると考えた。

 加えて解呪……流石にベルフラガが果たせなかった【神の呪い】の解呪は無理でも、傭兵ラッドリー夫妻の子・ブラムクルト、そしてライの友人クレニエスの様に呪いにて命を落としかけた者を救える可能性も高まるだろう。


 後々、聖属性精霊を増やすことも含めての考え……それを理解した蟲皇はかなり呆れている。


『己の子孫さえ残せておらぬお主がそんな先を見ても仕方があるまい』

「うっ……! そ、そそ、それは……」

『フン。言い訳など要らぬわ。………。が、試してみたければ止めぬ。手伝ってやろう』

「ほ、本当ですか?」

『手っ取り早いのは大聖霊様のお力を借りることだが』

「生命じゃなく魔力関連だからメトラ師匠ですかね? 手伝ってはくれそうですけど、あまり世界の法則に近いことをやると大聖霊は喜ばない気がするんですよねぇ……」


 これは飽くまで構想段階の話。しかし、取り敢えずなので個人で試したいのだとライは言った。


『具体的にはどうするのだ?』

「え〜っと……このラール神鋼にセイエンの《浄化の炎》を《付加》して精霊の依代にして貰う……って出来そうですか?」

『可能ではあるが……やはり既に属性固定されている精霊では弾かれるだろう。先ずは無属性の精霊の卵を探さねばなるまい』

「了解ッス」


 《千里眼》にて誕生しかけの精霊を捜してみるもどうにも見当たらない。理由は魔力濃度……濃い魔力は下位精霊の成長促進となる為、月光郷には下位精霊は殆ど存在しない様だった。同時に、下位精霊も既に属性が固定されている。

 どうやら最初から思惑は外れてしまったようだ。


『言ったであろう。聖地故に精霊は成長が早い、と』

「う、うぅむ……。じ、時間も無いし今回は先送りかな……」


 兄シンが戻る前にニフラース領へ戻るつもりなのであまり猶予は無い。


 諦めようとしたその時、どこからか声が掛かる。


『やはりライでしたか。どうしましたか?』


 現れたのは聖獣・銀虎のギンゲツだった。ライの気配を感じあちら側からも会いに来たらしい。


「ギンゲツ。会いに行く途中で考え事をしていて……」

『ええ。気配が途中で止まったので見に来たのですよ』

「アハハ。悪いね」


 ライは銀色に輝く毛並みを撫でた。


『そちらは精霊達……ですか?』

「うん。事情があって連れてきた。この地で預かって貰いたいんだけど」

『ええ。問題ありませんよ。ただ、そちらの精霊は庇護を必要としないのでは?』

「ん……ああ。カブト先輩は今の俺の指導役だよ。カブト先輩、挨拶を」

『久しいな、銀虎よ』

『ええ。数百年振りですね、蟲皇』

「あれ? 知り合いだったの?」

『うむ。銀虎は元々ディルナーチ側に居たのでな。面識はある』

『蟲皇からは【黄泉人】発生の折に逃れる様助言を受けたのですよ。私が穢れ魔獣転化してしまうと厄災は更に広がるだろうと』


 ディルナーチ大陸で黄泉人が発生したのはホタルの件を含めて三度……ギンゲツは最初の黄泉人発生の際にディルナーチ大陸から脱出し月光郷へ辿り着いたのだという。


「へぇ〜……縁てのはどこにあるのかわからないねぇ」

『お主がそれを言うか』

『そうですね。その再会もまたライの縁があってのものなのでしょうから』

「アハハ〜……」


 世界中で縁を繋ぐ男、ライ……。闘神来訪に備え世界を纏めようとしているならばそれもまた必然とも言える。


『それで……考え事というのは?』

『それがな……ライは【聖なる精霊】を生み出せないかと考えているのだ』

『聖精霊を……ですか?』

『うむ。その為には無属性の精霊が必要……しかし、精霊は高位になると属性と自我が固まる。故にこの地にて生まれる寸前の精霊を捜したのだが……』

『存在しなかった訳ですね。下位精霊でも誕生と同時に属性を持ちますからね……』


 聖地の魔力は言われるまでもなく聖獣の影響もある。その性質次第で満ちる魔力にも種類が生まれる。

 故に無属性というのは難しいのは当然でもある。


「じゃあ、外で捜す方が早いかな……」

『……。一つ手はありますが……』

「えっ? 何かあるの?」

『最近来訪した聖獣の力ならば或いは可能性があります。しかし、その為には自我が固まらない個体が必要かと』


 自我が固まると属性も安定する。その為、まだ成長の余地を残した状態が望ましいのも確かではある。

 と……その話を聞いていたのか、ライに付いてきた形の定まらぬ地精霊達が周囲を回り始めた。


「………。お前達、もしかして志願してるのか?」


 この言葉に光の球体状の精霊達は明滅した。


「う〜ん……。どう思います、カブト先輩?」

『やらせてみれば良かろう。それで銀虎よ……その聖獣とやらの力で本当に可能性はあるのだな?』

『ええ。当者と会って話をしてみて下さい。こちらです』


 ギンゲツに導かれ向かった先は森の中。木漏れ日を少し進んだ先には花畑が存在していた。


 季節外れの花が風に揺れている花畑の中に聖獣の姿が見当たらない。ライが困惑の視線を向けるとギンゲツは花の根元へ向け顔を近付けた。


『エデン。少しお話があります』


 呼び掛けに反応し地中から顔を覗かせたのは白いモグラだった。身体も通常のモグラ同様にかなり小さい。


『どうしたの、ギンゲツ?』

『少し力をお借りしたいのです』

『……。そちらの方達は……人間?』

『少し複雑ですがこの地の主……要柱です』

『この方が……』


 地中から勢い良く飛び出しライの前に飛翔するモグラ。名はエデン……星土竜ほしもぐらという種の聖獣だ。


『初めまして。エデンと言います』

「初めまして。俺はライだよ」


 掌を差し出すとエデンはその上に着地した。


「堅苦しいのは無しで良いからね」

『わかったわ』

「エデンは女の子?」

『聖獣としての性別はそうよ。それで……ギンゲツの御用は主様のこと?』

「そう。少し手伝って欲しいんだけど話を聞いてくれる?」

『ええ。良いわよ』


 ライは聖属性精霊に関する話を簡潔に伝えた。するとエデンは小さく一鳴きして応える。


『多分お力になれるけど上手くいくかは分からないかな……』

「大丈夫。失敗しても責めないよ」

『それなら喜んでお手伝いするわ』

「それで……エデンの力ってどんななの?」

『私の概念力は《分離》と言って状態を分ける力なの』

「分離……? 分ける?」

『見せたほうが早いわね』


 そう言ってライの掌から飛び下りたエデンは近くにあった赤い花を咥えた。同時に赤い花の花弁は白く変色し、その傍らには赤い色の液体が浮いている。


「もしかして花の赤色の成分だけ分離したのか?」

『そう。今回は色だけ分離したけど他にもできるの。当然、魔力属性もね?』

「成る程……これは凄い」

『お力になれそうで良かったわ』

 


 

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