第六部 第六章 第十九話 萌えブタ勇者


 新たに『連合国家ノウマティン』に加わる可能性のある小国イストミル──ライはその能力を駆使しそれが連合国家にとって有益かを探る。

 連合国家の安泰は『猫神の巫女』達の為に必須。連合が乱れることを嫌ったのだ。


 だが……調査の結果は芳しくないものだった……。



(……《千里眼》でも見てみたけど……他の街のこと考えてねぇな、こりゃ)


 『権力集中型都市』とでも呼ぶべきイストミル国の首都・クラム。

 対してイストミル国内各地の街は、以前のアクト村よりもかなり素朴な街ばかり……にも拘わらず、クラムだけが栄えていてポツンと浮いている。そんな印象を受ける。


 イストミル国内を改めて確認した時、ライの内に苛立ちに似た感情が湧き上がった……。


(何だよ、これ……魔獣騒ぎの時、どうやって国民守ろうとした訳?)


 再度ライ本体にて《千里眼》を使用するも、イストミル国内に兵士の配置が確認された場所は首都のみだった……。


 それはたまたま兵が首都に集められたという訳でもなく、王都以外は駐屯施設すらないという有り様。

 王族の争いはどうでも良いが、民が関わるとなると別──今度は何時からそんな政策なのかが気になった。


 しかし……国の問題となると今回の目的から大きく逸れてしまう恐れがある。取り敢えずライは、猫神の巫女達に会ってから考えることにした。





 そんな『猫神の巫女』達は、というと───。





「うおぉぉぉ~っ!巫女様~!」


 首都クラムの中央広場に特設された会場。広場を埋め尽くさんばかりの客の中、歌って踊る七人の少女達……。

 若干名は少女と呼んで良いのか判らないが、きっと心はいつまでも少女だから大丈夫……な筈である。


「皆さ~ん!ありがとうございま~す!こうしてイストミルに訪問させて頂いたことで、今後とも仲良く出来ればと考えてま~す!」

「キャーッ!リプルちゃ~ん!」

「ベルちゃん、こっち向いて~!」

「チェルシーちゃん、カワイイ~!」



 『猫神の巫女』はイストミルでも人気を博していた。



 猫神の巫女達は以前より歌も踊りも格段に上達している。それらはティムが付けたダンスと歌のプロによる猛レッスンの賜物。

 更に、ラジックとティムがタッグを組み開発した『音楽再生魔導具』の販売は世界に大きな衝撃を与えた……。



 これにより猫神の巫女の知名度は爆発的に上昇。今やペトランズ大陸中で老若男女の憧れとなったのだ。


「残念ですが次で最後の曲です……。でも、イストミルとノウマティンが友好を結べたらいつでも会えるから……その時はよろしくお願いしま~す!」

「ミ・ソ・ラ!ミ・ソ・ラ!」

「クーネちゃ~ん!こっち見て~!」

「ミネット~!愛してるぞ~!」

「フラーマちゃん、最高~!」

「それでは聞いて下さい……『好奇心、猫、ズッキュン☆』!」



 高まる熱気……それは最早熱狂と言っても良い。

 いや……実際に客の中には異常に熱狂している人物がいた。



 歌や踊りに合わせて自らも激しく動き回る瓶底眼鏡をかけた『猫耳白髪男』は、熱狂している者達の中でも際立っている。男はいつの間にか最前列に現れ一心不乱に踊りまくっていた。


 当然、巫女達がその人物に気付くのに時間は掛からない……。



(………。ち、ちょっと、皆!コーチがいるわよ!)

(ダ、ダメですよ、ベルガちゃん!歌が終わってからに……)

(あの方がコーチ?実物を初めて見ました~)

(……フッフッフ。コーチ、クーネに惚れてるね)

(チェルシーに惚れてるの~!)

(……に、人気だなぁ、コーチ)

(み、皆さん!と、とにかく、話は後にしましょう!)


 念話にて意志疎通を行う巫女達はかなり動揺している。しかし、彼女達は今やプロ……踊りや歌を乱す訳には行かない。

 懸命に持ち直し歌を続けながらも、コーチの様子を見守った。



 そんな彼女達の様子など何処吹く風と言わんばかりに、『萌えブタコーチ・ライ』は客の一部と何やら言い争いを始めた。


「何だよ!お前、邪魔だよ!」

「ムフゥ~!ムフゥ~!おニャンコちゃん達は我輩の嫁ですぞ!」

「あっ!コイツ、規約違反の猫耳してやがるぞ!」

「フヒヒヒヒ!良いねぇ!良いよぉ?流石は我輩の嫁……」

「誰か警備呼べよ!」

「むむむ?邪魔するでござるか?良かろう!受けてたつ所存なり!」

「コノヤロウ!皆、押さえ込め!」

「ヤメロォォォ~ッ!彼女達はそれがしが育てたでごさるぞ~!」


 そう叫ぶ白髪の男は、とうとう警備兵に捕まり城の方へと連れて行かれた……。


(………)

(………)

(………)

(………)

(………)

(………)

(………ハッ!み、皆さん!気を確かに!)



 ミソラの呼掛けで何とか持ち直し公演をやり遂げた『猫神の巫女』──控え室に戻ると慌てて相談を始めた。


「ど、どどどどうしよう!コ、コーチ、連れていかれちゃったわよ?」

「お、落ち着いてミネットちゃん!この街ならお城に連れて行かれた可能性が高いわ!今から奪還に……」

「親善に来て揉め事を起こす訳にはいきません!リプルさ……ちゃんも落ち着いて下さい!」

「ミ、ミソラのいう通りよ!皆、とにかく落ち着きなさい!落ち着いて考えれば良い案がある筈よ!」

「でも、ベルガちゃん……!」


 慌てる常識人、ミネット、リプル、ミソラ、ベルガ……。しかし、天然系三人は平然としている。


「……問題ない。あのコーチを捕らえられるのは私だけ」

「ふ~ん!チェルシーもお兄ちゃん捕まえられるも~ん!」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい、皆さ~ん。お話を聞く限りコーチは凄い方なんですよね~?心配は要らないのでは~?」


 そんなフラーマの声で我に返った一同……言われてみれば大人しく牢屋に入るようなタマではない……。


 と、そこに控え室の扉を叩く音が響く。


「は、はい!」

「あ……私だけど今、大丈夫?」

「マ、マネジャー?……だ、大丈夫です」


 扉を開けて入ってきたのは『猫神の巫女』のマネジャーを務めるドーラ。彼女はティムの部下に当たる人物で、『猫神の巫女』に関する運営を一手に執り仕切っている敏腕商人でもある。


「あのね?皆にお客さんが来てるんだけど……」

「お、お客様ですか?今それどころでは……」

「あらそう?あなた達を最初に見付けた人だってティムさんから聞いてたんだけど……」

「!……も、もしかして白髪の方ですか?」

「ええ……どうする?会ってみる?」

「ぜ、是非お願いします!」


 やはり捕まる様な人物ではない……巫女達はそう安堵した……。


 だが……控え室内に入ってきた人物に一同は絶句する。それは想像だにしなかった人物だった……。


「フェッフェッフェッ……いやぁ……やっぱりメンコイのぉ。これで孫にも自慢できるですじゃ」


 それは老人だった……。


 杖を突きヨボヨボ歩きの白髪・白髭の男性はプルプルと奮えながら感動し涙を流している。


「誰っ!」


 ベルガは興奮の余り白眼になった……。


「フェッ?何だって?」

「あ、あの……あなたはどなたですか?」

「へっ?えぇ……趣味はガラスを引っ掻くことですかいのぉ……。背筋にゾクゾクッと走るアレがまた評判悪くてのぅ……フェッフェッフェッ」

「………。あ、あの~!あ~な~た~は、ど~な~た~で~す~か?」

「あ~……ハイハイ……。嫁は七人いて毎晩取っ替え引っ替えじゃよ。ゲッヘッヘ……」

「とんだエロジジイだよっ!」


 ベルガに続きミネットも興奮している! 


「あとは……え~っと……そうそう。……え?晩飯がカブト虫じゃって?可哀想にのぅ……」

「…………」


 ミソラは対応に困り項垂れた……!


「おお!思い出した!確か……斜めの角度で杖をこう、ゴツン!と……。し、死体の場所など知らん!ワシは知らん!悪いのはアイツじゃ!」

「な、何か聞いてはいけないこと口走ってますね……」

「悪いのはアイツじゃ!あのニワトリの方じゃ!アイツはワシを殺そうと毎日毎日“ コッコ、コッコ ”と……くっ!愛していたのに……」


 お縄にして下さいとばかりに手首を差し出す老人……リプルは生温い目で慰めている!



「あ、あの……ドーラさん。何でこの方を……?」

「おかしいですね……。先程は若い男の方でしたが……てっきりティムさんから聞いた方だと」

「圧倒的!箸使い!」

「はいはい……じゃあ帰りましょうね、お爺ちゃん」

「絶対に負けられない戦いが……そこに……そこに……そこにゴキブリが……」

「イヤァァッ!ゴキブリ嫌いですぅ!」


 フラーマは錯乱した!


 とんでもない爺さん乱入……困惑の一同。しかし、ずっと笑っている者が約二名。


 それはチェルシーとクーネミアだった……。


「お兄ちゃん、悪ふざけし過ぎ」

「……クーネの目は誤魔化せないよ?」

「えっ?コ、コーチ?本当に?」


 一同の視線の集まる中、老人はピタリと動きを止めた。途端に低く響く声で笑い始める。


「クックック……よくぞ見抜いた!そう……老人とは仮の姿……。ある時は旅の勇者……またある時は旅の勇者……しかしてその正体は……そう!旅の勇者!」

「全部同じじゃないのよ!」

「フハハハハ!会いたかったぜ?子猫ちゃん達!さぁ!我が胸に飛び込んで……胸に……胸に飛び込んで……行っくぞぉ!」


 白髪老人が巫女達に襲い掛かる!巫女達は反射的に反撃……『呆けた老人勇者』は一斉に攻撃を受け壁に激突……。

 しかし、その音はペシャリと力ない。それは……脱け殻だった……。


「気持ち悪いっ!」

「ハ~ッハッハッハ!甘いわ!」


 そうして部屋の入口からひょいと覗き込んだ男を見て、巫女達は一斉に声を上げた……。


「コーチ!」

「いやぁ……久し振りなんでちょっと調子に乗ちった!テヘッ!」

「……へ、へぇ~」


 自らの頭を“ コツン! ”と叩く痴れ者に皆少しばかりイラッとしたが、そこは再会の喜びが勝った様だ。


「皆、元気そうで何よりだ。おっと……そちらがフラーマさん?初めまして、ライといいます」

「はい。初めまして~」


 その間、あまりの無茶苦茶さ呆然としているドーラ……ライは苦笑いで謝罪した後、改めて再会の挨拶をした。


 これまでの経緯はティムから聞いていたが、巫女達が皆生き生きしていることにライは満足げだ……。巫女達も再会を喜んでいる様子。


「それよりコーチ……大丈夫だったんですか?」

「ん?何のこと、リプル?」

「ホラ……警備の方に連れていかれて……」

「あ~……大丈夫、大丈夫。今頃大騒ぎだろうけどね……」


 必殺・《脱皮纏装》──警備の者達は今頃、ヒラヒラと皮だけになったライの姿に錯乱していることだろう。


「それはそうと、今日は挨拶回りに来たんだ。シウト国に戻った報告がてらだったんだけど……幾つか用が出来た。皆、ちょっと話をしても大丈夫?」

「は、はい。会談は歌の前に終わっているので、後は帰るだけですが……」

「じゃあ、少し話をしよう」

「はい!コーチ!」



 互いにとっては異国の地である小国イストミル──。


 ライと猫神の巫女達にとって久々の会話が始まる。




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