第六部 第六章 第二十話 イストミル国の秘宝
イストミル国にて再会を果たしたライと『猫神の巫女』。
挨拶回りを終えた後は早めに戻る予定ではあったライだが、イストミルという国に疑問を持ち巫女達から情報を得ることにしたのである。
その上でイストミルが連合加盟するのかを知ることは、シウト国にとっても重要な情報だ。
『猫神の巫女』の控え室として使用している場所は、イストミル貴族・ベクノーア公爵が保有する商会の事務所。
巫女達は今や時の人──下手に場所を移すと何かと騒ぎになりそうなので、移動せずに話を始めることとなった……。
「それで、コーチ……話って何ですか?」
リーダーでもあるリプルを中心に放射状に椅子を配置した巫女達は、ライと向かい合うように座っている。『猫神の巫女』担当マネージャーであるドーラは、話の邪魔にならないよう自ら配慮し部屋の隅に移動していた。
「う~んとね……まず聞きたいんだけど、イストミルは連合に加わるの?」
「コーチは私達が会談に来たことは知ってるんですね?」
「来る前にアクト村に寄ったんだ。で、マイクさんから皆が会談に向かったって聞いて様子を見に、ね。本当は挨拶だけで帰るつもりだったんだよ」
ただの挨拶回りの筈が各地で何かと忙しいライ……。ともなればノウマティンも何かあるとは思っていたが、予想を裏切り大した問題は無かった。
ところが……イストミルまで足を伸ばしたことで余計なことに気付き、またしても首を突っ込もうとしているのである。
「……結果から言うとイストミルは連合には加わらないわ」
「ベルガ……それって何で?」
「この国の意見が割れてることは聞いてる?」
「情報としては、ね……。実際、皆が見てどんな感じだったんだ?」
「単純に派閥が割れてるのよ。ほぼ同数の貴族が見事に対等な勢力でね?」
「う~ん……じゃあ、イストミル王は?」
「そうね……王様は
「と……なると、国の運営は誰が……」
「貴族ごとにバラバラに権利主張しているみたい。私達を呼んだベクノーア公爵は流通を担っているそうよ」
「ハァ~……。それでか………」
それは最早、国ではなく烏合の衆……当然ながらまともな国営が出来る筈がない。
「どういうことですか、コーチ殿?」
「いや……ミソラさんはイストミルの軍事ってどうなってるか知ってる?」
「いえ……詳しくは……」
「この国……ここ王都以外に兵が居ないんですよ。イストミル中を見回したけど、兵が居るのは本当にこの街だけ。他は駐屯所も兵舎も無い」
「え……?ほ、本当ですか?」
「うん。どうやって魔獣から民を守るつもりだったんだろうね……皆が魔獣から守った時はどうだったの?」
「え?え~っと……」
実際、猫神の巫女達は兵の姿を見ていない。彼女達は魔獣を海岸沿いに押し出すことばかり考えていたのだが、てっきり民の守護に回っていたものだと思っていたらしい。
「で、でも、それって大問題じゃないの?」
「俺もそう思うよ、ミネット……。実際、各地はまだかなり動揺しているみたいだし。にも拘わらず、地方は未だ放置状態……この国の王族は腐ってるよ。違うかい?ベクノーア公爵?」
ライの言葉の直後……控え室の扉がゆっくりと開く。
そこに居たのは四十歳程の赤茶けた髪に髭男……巫女達はライが『ベクノーア』と呼んだ男とは面識があった。
「これは参ったな……何時から気付いていた?」
「最初からですよ。この館くらいは感知の範囲内です」
「成る程ね……君が
「その通り名で呼ぶってことは、あなたは商人組合に入っている訳ですか……」
「……それもお見通しか。怖いねぇ、君は」
肩を竦めるベクノーア公爵。飄々としている辺り、貴族でありながら如何にも商人気質という感じがする。
「で……盗み聞きしてた理由は何です?」
「実は巫女達に頼みがあってね……でも、もっと適任が居てくれた様だ。話を聞いて貰えるかな?」
「………聞かない時は巫女達に役割が行くんでしょ?」
「まぁね……。彼女達が聞いてくれるかは別だけど」
「狡いなぁ、アンタ……」
「悪いね。私も必死なんだよ……そう見えないかも知れないがね?」
その言葉を聞いたライは肩を竦めた。これを了承と受け取ったベクノーアは、一同を自らの別邸へと招待し事の次第を説明することに……。
「さて……君達には申し訳無かったが、大体の事情は察してくれたかな?」
首都クルムにあるベクノーア別邸。応接間にはベクノーア、ライ、そして猫神の巫女達が揃っている。
ドーラは一度商人組合と連絡を取る為席を外していた。
「事情も何も国がバラバラだということでしょう?」
「ハハハ……そう言われてしまうと身も蓋もないんだがね」
「全く……私達まで利用して会談を開くなんて安く見られた気分だわ」
衣装を着替えた巫女達は街娘風の姿をしている。そんなベルガは、他国領主たるベクノーアに対しても物怖じする様子はない。
「まぁまぁ、ベルガ。話はちゃんと聞こうよ。ベクノーアさん……あなたの言う通り、猫神の巫女を利用しようとした目的は分かりますよ。でも、根本として国が割れている本当の理由は分からないんです。詳しく説明してくれないと……」
「ああ。それが筋だろうな」
猫神の巫女を呼んだのは世論を『連合加盟』に傾ける為……。更には魔獣への不安を払拭させるのが目的だったとライは予想している。
そして、それらの行動は現状維持派への牽制目的とみて間違いはない。そちらの派閥が主要派閥となれば国民そっちのけの政策は益々進むだろう。
大体、徴税しておきながら国民の為に働かないなど以ての他……ライが最も嫌う国の在り方だ。
そんな私情はさておき、ベクノーアが流通を仕切っているのは意図があることも理解している。流通が不安定になればそれこそ各地で暴動が始まる。恐らくベクノーアが動かねばイストミル貴族の欲は際限無く暴走していた筈だ。
「この国が割れたことには理由がある。実は昔から双子を『凶兆』とする傾向があってね……」
「それは国全体で、ですか?」
「いや、王族だけだ。王族の双子は王位争いで国を乱す恐れがあるのでそう伝わったのかもしれないが……本来はそうならないよう片方の子は忌み子として内密に処理される」
つまり、処分されるか他国に流されることになるのだろう。
そんな事実に猫神の巫女達は不快感を隠せない。自らも王族だった者達は尚のことだろう。
それを理解しつつもライは話を続けた。まずは情報……それ次第では巫女達とこのまま去ることになる。
「でも、双子の姫が居るということはそうはならなかったんですよね?何故ですか?」
「王と王妃がどうしても嫌だ、とね……。国より親としての立場を取った結果が現状ではあるが、私は寧ろ尊敬したよ。私も子を持つ身だからね……」
「………」
「だが、本当の原因はそこではないんだ。この国の王位に就く者にはちょっとした特殊性があってね……実は聖獣と契約することになっている」
「それって……」
「君は知っているのか……実は我々の血筋はアロウンの古い王族なんだよ。聖獣契約は【唱鯨】の守りを真似た、と伝わっている」
魔法王国崩壊後……【天の裁き】によりカイムンダル大山脈の一部が崩れ南への道が開かれた。アロウン王族の一部が新天地を目指し辿り着いたのがイストミルの地。そこで新たな王国が生まれた。
聖獣契約の技法は伝わっていたので聖獣を探し契約としたのが五百年程前だという話だ。
「………それが何か?」
「聖獣は新たな契約者に双子の姉を指定した。それから派閥が割れたのだよ。更にもう一つの原因がそれを加速させた。君に頼みたいのは寧ろそちら……原因の排除だ」
「?」
ベクノーアはここ一番の厳しい表情を見せた。本来なら口外を許されぬ王家の秘密……ベクノーアは確かに余裕がないようである。
「これは王族と一部権力者しか知らぬことだが、王城の地下に宝が存在する。それは人の欲を駆り立てる非常に魅力溢れる物でな……魔力耐性が強い者ですら心を乱される」
「………それは神具とかでは?」
「いや、違う。十五年程前に唱鯨海から引き上げられた真珠だ。イストミル産の真珠は薄紅色……だが、秘宝とされるその真珠は赤と黒に別れている。私もあんな真珠は見たことがない」
「真珠……」
ともかく実物を確認せねば始まらない。そこで再び本体側で《千里眼》を使用するも、今度は上手く機能しない。
只の不調か、それとも妨害かはわからないが、ライは舌打ちを漏らす。
(そうなると直接見るしかないか……厄介だな)
「どうした?」
「いや、ちょっと。……。その真珠を見ることは可能ですか?」
「無理、だな。私にはそこまでの権限が無い。私も年に一度、建国記念日に見る程度だ。だが、アレを手に入れてから明らかに国が変わってしまった様に感じている」
こうなると少しばかり厄介な事態と言える。一国を乱すような代物となれば何かあるのは間違いない。
しかし、宝具の類いでも魔獣の類いでもないのであれば原因がわからない。魔人が関わっている様子も今のところは無い様に思う。
だが……一つ気になることもあった……。
「聖獣は真珠に反応しないんですか?」
「ん?ああ……特には反応していないな……」
「おかしいな……邪なものなら反応すると思うんですけどね……。じゃあ、原因は違うんじゃないですかね?」
「それが分からないから困っているんだ。最初、巫女達に頼もうとしたのは姫達の避難だ。猫神の巫女は姫で結成されているんだろ?」
「違いますよ?猫神の巫女は『美少女』で結成されているんです」
「………。は?」
「最低参加資格『美少女』です。そこは間違えちゃダメですよ?」
「そ、そうか……知らなかった」
誇らしげなライの顔を見たベクノーアは、視線をチラリと猫神の巫女達に向けた。一部少女かどうかは別として確かに全員が美女……そんな視線に猫神の巫女達は顔を真っ赤にしていた。
「だが、それなら問題はない。双子の姫は幸い美しいよ。私は姫達を『猫神の巫女』に推すことで他国へ避難をさせるつもりだった。一時的にでも国外に退避出来れば派閥争いも落ち着くだろうとね。その間に対策を立てるつもりだったのだが……」
「そこに俺が現れた、と……」
「ああ。君の功績はティム殿から聞いている。内密にという話ではあったがね?」
「ティムの知り合いでしたか……そうなると邪険には出来ないか……」
しばらく無言で考えた末にライは猫神の巫女達を見た。彼女達の協力があれば幾分楽に事が運べる。そうなれば双子の姫を巫女に加えるかは巫女達に決めて貰うべきだろう。
「皆は……どうしたい?」
ライのこの言葉を真っ先に返したのはリプルだ。
「コーチはどうしたいですか?」
「いや、質問を質問で返されると困るよ。これは結果として猫神の巫女が増える可能性もある訳だし……」
「私達は最初からコーチに従うつもりでした。多分、最善の答えを出してくれると信じてますから……」
「買い被りだよ、それは」
「それでも、です。それに、結局私達よりコーチの方が手助けしたいのでしょう?」
「………参ったな」
頬をポリポリと掻いたライは苦笑いで応えるしかない。
だが、巫女達は協力をしてくれると言ってくれた。ならば頼っても良いのではないだろうか?
勿論、危険に晒すつもりは毛頭無い。その為に必要なのは準備……。
「わかった……じゃあ、皆に手伝って貰うよ。頼りにしてる」
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