第六部 第六章 第十八話 天猫教の国
視点は変わり、連合国家ノウマティン方面へと挨拶回りに向かったライ(分身)、メトラペトラ、ホオズキ、ランカ。
四名はトシューラ国ドレンプレル領から、ノウマティン連合国・イシェルド領、アクト村に転移していた。
「おお……猫神様!お付きの方々も……ようこそおいで下さいました」
出迎えたのは天猫教司祭マイク。かつて猫耳を着用していた怪しいオッサンであった彼は、今ではそれらしい聖職者になっていた。
「お久し振りです、マイクさん。皆さん変わりは……ありまくりですね」
片田舎だった筈のアクト村は──何だかちょっと栄えていた。
それも全ては『猫神の巫女』が高地小国群を代表する存在となったことに始まる──。
そもそもアクト村は天猫教発祥の地……つまり『猫神の巫女』にとっても聖地である。
猫神の巫女の住まい、その信仰神たる猫神様の祭壇、そして猫神の齎した『護りの宝珠』もアクト村には存在している……。
更に、猫神の巫女が活動を行ない活躍すればする程『天猫教』と『聖地アクト』が拡散され認識されて行く。
これにより連合国家ノウマティンは国教を『天猫教』とするまでに至ったのだ……。
「……こ、国教に……聖地……ですか……」
「はい。特に明確に認定されたのは魔獣出現時からですね。一丸になって立ち向かわねばならぬ存在の出現に、より明確な象徴が必要だったのでしょう。それが猫神様だったのです」
ノウマティンの旗は連合を組んだ六国……即ち、イシェルド、ラムロ、オズワルド、ルオラ、フィラル、エクナールの国旗を連ねたものだったが、魔獣出現後はそこに翼ある黒猫を組み合わせたものに変更されていた。
実際に猫神の巫女が魔獣の最初の侵攻を止めたことやアクト村の防御結界が作動したことで、六つの国は『猫神』の存在を認めざるを得なかったのだ……。
そうして国教となった天猫教……今では宗徒の数はウナギ登りだという。
口外無用と言っても人の口には戸は立てられぬ……ましてや【猫神の巫女】自体が広告塔。ライが布教をアクト村に限定したこともあり、天猫教徒になるには聖地巡礼が必要。
当然、参拝者も増えアクト村は発展する……訳だが──。
(メ、メトラ師匠……。良かったですね……猫耳禁止しておいて……)
(う、うむ……。危なかったのぅ……)
『怪しい猫耳宗教国家』の危機は去った──そんなことをコソコソと相談する勇者とニャンコ……。
根本的問題として猫神信仰が拡大しすぎていることは幾分の不安が残るところではある。
ともかく……取り敢えずは問題無さそうなので細かいことは保留とし、ライは話を続けることにした。
「それで……巫女達は?」
「残念ながら今は国外へと外交に出ています。イストミル国が連合に加わるか否かの協議があるとか……」
「そうでしたか……。でも姫様なら公務は得意かな……それはそうとマイクさん。あれからミーシアさんは?」
「はい。スティオ様と婚約しエクナールに……間も無く挙式予定でしたが、
元猫神の巫女であるミーシアの婚姻ともなれば、盛大に祝う方が良い……ということになったらしく、連合国が安定するまでミーシアの結婚はお預け。婚約者として花嫁修行継続中だそうだ……。
「それで……ミーシアさんの代わりになった新しい『猫神の巫女』は?」
「はい。私の弟の娘が継ぎました。名をフラーマと言いまして、ミーシアと姉妹同然に仲が良かった娘です。皆とも仲良くやっている様ですが、少しおっとりしていまして……」
「へぇ~……後で会ってみようかな」
既に猫神の巫女として活躍しているフラーマ。あの『ニャンニャン・ダンス』もマスターしているという……中々の逸材である。
そんな会話の中、ランカから質問があった……。
「一つ聞きたいんだけど、大聖霊は神を名乗って良いのか?」
「ぬ?ワシは神を名乗ってはおらんぞよ?」
「じゃあ天猫教というのは……」
「勝手に崇めとるだけじゃ。それをワシは放置しとるだけで……」
「猫神の巫女というのは……?」
メトラペトラは前足でライの頭をタシタシと叩いている。そう。犯人はコイツですよ?
「……ま、まぁ成り行きで色々行動してたんだけど、ちょっと気合い入れ過ぎて奉り上げちった」
「………。大体理解したからもう良い」
ライの行動を幾つか見ただけのランカではあるが、色々と察したらしく呆れている……。
「全く……あれを『巫女』とはワシも驚いたもんじゃがの……」
「ま、まぁ良いじゃないですか……」
「お主は良いじゃろう。趣味全開じゃし……」
すると今度はホオズキが質問を投げ掛けた。
そもそもホオズキにとってはペトランズ大陸の文化すべてが珍しいのだ。
「ペトランズの巫女はどんな姿なんですか?」
「ふむ……そういえばディルナーチの巫女姿はカグヤの様な衣装じゃったの。ペトランズの巫女は国ごとでバラバラじゃよ……ホレ、ホオズキも会ったじゃろ?アロウン国の姫も巫女じゃ。じゃが『猫神の巫女』はちと違っての……」
「?」
「う~む……簡単にいえばマリアンヌの服をもっと派手にしたものじゃな。短い裾に飾りを増やして、色も派手にしたものじゃ……そうそう。丁度あんな感じじゃな」
メトラペトラが尻尾で指した先は仕立屋『御針子クトリ』……その手で猫神の巫女の衣装を仕上げた匠の店先には、レプリカが大量に並んでいる。
「…………」
「…………」
「あ、あれ?ほ、本物かぇ……?」
「い、いや……あれは神具じゃなくてレプリカですね。しかしまぁ……何て商魂逞しい……」
店の入り口には『猫神の巫女服、あります!お子様に、また夜の夫婦生活に是非!』と記した貼り紙が見える……。
「……ライさん。『夜の夫婦生活』って何……」
「ストォ~ップ!ホ、ホオズキちゃんは知らなくて良いんだよぉ?」
「……?」
ライがかなり必死なのでランカはクスリと笑っている。が、慌てているライは気付く余裕がない……。
「でも、可愛い服です。ホオズキ、少しお店を覗いて良いですか?」
「え?か、構わないけど……」
ホウズキの趣味は裁縫……元々家事全般が得意な為、巫女服に興味が出たらしい。
「じゃあ、ボクが付いているよ。欲しいものもあるし」
「そう?じゃあ、折角だからこの辺ゆっくり見て来ると良いよ。終わったら念話で呼べばわかるから」
「わかった」
女性達には居城出発前に金銭を渡している。居城生活に於ける家事労働の報酬、兼、お小遣い……という名目だが、ちょっとした額なので足りないことは無いだろう。
シウト国とノウマティンは同盟国……通貨も商人組合が調整しているので買い物に関しても問題ない。
「さて……。じゃ、メトラ師匠は……」
振り返れば既に姿がない。良く見ればマイクの姿もない……。
「……飲みに行きやがったな、ニャンコめ」
現在、収穫を終えた果実による新酒が出回る秋口の季節……。アクト村では約束通り猫神様への酒が準備されているのだろう。
《探知纏装》で辿ってみれば、案の定『猫神の祭壇』にて酒樽に飛び込む猫の姿が………。
「…………。ま、まぁ良っか。となると、どうすっかな」
そもそもライはノウマティンでは知名度も何も無い。
暗躍していたので当然ではあるのだが、ミーシアに会いに行くだけでも不審者として排除されるだろう。そうなるとアクト村以外に行っても仕方無いのだ。
「となれば、イストミル国に行ってみるか……」
本来は猫神の巫女への挨拶が目的……連合加盟の交渉なら何か手助けになれるかもしれない。
そうと決まれば、早速本体ライ側で《千里眼》を使用し位置確認を行った。
女性の買い物は時間が掛かる。そしてニャンコは酒浸り……時間的な余裕は多分、充分。いざ、出発!
それから僅かの間に飛翔にて辿り着いた『イストミル国』──。
ペトランズ大陸東南東に位置する小国は、北の半分程にカイムンダル大山脈を背負い、北をアロウン国、西をノウマティン、東と南は海、といった地形上にある国……。
魔獣がアロウン国に侵攻した際、猫神の巫女が助力し海側へと押しやったことで魔獣の大半が消滅……これにより魔獣の通り道だったイストミル国の被害は、非常に軽微だったという。
ただ……運搬船の一部が破壊され経済に少なからず影響が出たところを、ノウマティンが救いの手を差し伸べたのだという……。
それが連合参加という政策へと踏み切る要因となったのは想像に易い話だ。
そんなイストミル国はアロウン国と同様に海産主流の国家……。
食料としての海産物、そして何より近海で取れる真珠『薄紅真珠』は高値で取引されるので決して貧しい国ではない。
ただ……少しばかり複雑な地形に存在する故に交易路が整備されておらず、あまり観光には向かない国でもあった。
しかし、それも連合に加われば大きく改善されるだろう。
ノウマティンにとってイストミルとの連合は、『海への道』を確保出来る意味でもかなり有益となるのだから……。
「……。雰囲気はアロウン国に似てるけど、文化はノウマティン寄りか……。確かに連合に加わればもっと栄えそうではあるな。後の問題は王族の状況だね」
小国だからといって無暗に連合を組むことは危険……その程度はノウマティンの元国王達も理解しているだろう。
特にエクナール辺りはトシューラとの協力で手痛い目に遭っているのだ。
とはいえ、イストミルの情報はかなり少ない。そこでライは分身体を細分化させ【猫】に変化……イストミル中に走らせ国の情報を集め始めた。
そうして四半刻程で再び身体を再構築したライは……少し渋い顔をしていた……。
(……これまた面倒な国だな、イストミルは。このままじゃ連合は無理かな)
結果を言えば、イストミル王家は二つに割れていた……。
原因はイストミル王の元に生まれた双子の姫……。他に子は生まれず十五年……どちらかが王位を継ぐことは定められていた。
そこで権力争いが勃発。王位が欲しい王族・貴族らは、双子のどちらを女王にするのかと派閥が割れる。
仲睦まじかった双子の姫は取り入ろうとする貴族達に振り回され仲違いするまでになってしまったという噂まであった……。
しかも厄介なことに、ノウマティン加盟を望んだのは派閥の一方のみ……つまりもう一方は反発を起こすのは必至だった。
「………。取り敢えず巫女達の所に行くか」
結局のところライは王族の争いに興味はない。
イストミルが善意を持って連合参加を望むならばともかく、権力争いを抱えたままなら参加させるべきではないと考えている。
それすらも結局ノウマティン側が決めること……ライの出来ることは精々手助けの範疇なのだ。
後は代表たる『猫神の巫女』次第……その決断の手助けなら幾らでも請け負おうと決めている。
という訳で向かった先はイストミル国首都・『クラム』……そこは妙に栄えた街だった……。
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