第六部 第六章 第十七話 魂達の再会


 ライすらも超える魔力を持つクリスティーナ。神格魔法により『地の利』を取られたライは、不利な状況での手合わせが続く。

 しかし……ライはそれでも半精霊化はせずに対応することを選んだ。


 今は枷ある身こそが全力……。


 だが、これまでの旅は無駄ではない。研鑽を続け手に入れた力ならば対応することができると確信している。



 そうしてライが行ったのは波動吼 《無傘天理》の発動。クリスティーナの《赫矢かくし》はライに届くことは無い。その矢は全て滑る様に逸れ大地に落ちてゆく。

 大量の炎の矢が降り注ぐことで見えるそれは透明な膜……波動の守りがそうまでハッキリと見えるのは珍しいことだった。


「メル……凄いわ……」

『ええ。あれは魔法でも纏装でもないわね。一体何をしたのかしら……」

「フフフ……楽しくなってきちゃった」


 構わず矢を打ち続けるクリスティーナ。放つ矢の属性に炎以外も加え弱点を探るのはマリアンヌに仕込まれたこと。魔力切れが無いに等しいクリスティーナは、一切手を安めることは無い。


 全ての矢は《重力空階層》の効果により加速して射出されるが、聖獣メルレインの補助により更に多様な角度からライへと迫った。

 浮かび上がる波動の膜と地の間を狙ったり、うねる蛇の様な矢を放ったりと突破口を探ることに徹している。


『……駄目ね。隙がないわ』

「こういう時は……」

『ええ……やるわよ』


 実体の矢を構え不完全ながらの黒身套を纏わせたクリスティーナ。力を更にやじりへと圧縮。そこに回転を加え全力の射を放つ。


 《黒螺旋くろらせん


 黒き力を凝縮した矢は、ライの《無傘天理》深くまで食い込んだものの押し戻されて地に落ちた。


「やっぱり駄目……」

『いいえ、まだよ。クリスティ、今のを……』

「!……わかったわ!」


 再び実体の矢を構えたクリスティーナの《黒螺旋》は先程同様に波動の膜深くまで食い込んで停止。

 が……今度は押し戻されずに先へと進む。


 クリスティーナが《黒螺旋》を寸分違わず続けて二本……同じ場所へと放った結果だった。


 先に放った矢は鏃を残し更に先へ……三本目が続けて押し込んだ時、遂に無傘天理は維持出来ずに霧散する。


「やったわ!」

『ええ!今よ、クリスティ!』


 再び降り注ぐ魔力の矢……ライは感心し通しだった。


(ハハ!まさかここまでとはね……もしかして【ロウドの盾】最強かな?こりゃうかうかしてられないな)


 魔力弓の嵐を躱し続けるライは守りではなく攻撃へと転じることにした。


 先ず発生させたのは魔力吸収に特化した神格魔法 《黒華魔蝕陣こくかましょくじん》──。


 ライを中心に足元に発生した黒い蓮の花の紋章。魔力の矢に反応してその花弁が伸び上がり盾となる。花弁に当たった魔力は全て陣の中心に居るライの魔力に還元される自動吸収魔法だ。


 それを見たクリスティーナは再び実体の矢を構え射出。が、それはライの刃の一振りで軌道を逸らされた。

 波動の出力を高めた刃での《払い柳枝》……当然ながらクリスティーナ達は何が起きたのか分からない。


「えっ?な、何?何もないところで矢が曲がったわ……」

『あの刀の振りで何かが起こったのよ。でも、やっぱり魔法じゃない……』


 再び放たれた《黒螺旋》は尽く逸らされ、流石のメルレインも混乱している。


『一体何が……』

「メル。考えても仕方無い時は考えるのを止めるの」

『……フフ。そうね。これは手合わせ……胸を借りるつもりでいかないとね』

「ええ」


 攻撃の手が緩んだ瞬間を狙い今度はライが《雷蛇弓らいじゃきゅう》を放つ。しかし雷蛇は《重力空階層》を貫けず霧散した。


 続いての《金烏滅己きんうめっき》も同様に霧散。クリスティーナの守りを破ることは出来ない。


「……う~ん。あれは一種の結界みたいなモンかな?となると【消滅】か【吸収】で打ち消せば良いんだろうけど……これは手合わせだしなぁ……」


 折角の強者相手。ライとしても色々試すには都合が良い場。となると、簡単に終わらせては勿体無い。


(ふむ……じゃあ以前から考えてたヤツ、試してみるか)


 そうして始めたのは物質【創造】。魔石を生み出す際の感覚を利用し以前から考えていた魔法式を構築。高速言語による詠唱を行ない魔力を物質へと変える。


 そうして試しに造り出したのは、親指の爪程の直径をした鉄球十個……。


(良し。やっぱり契約大聖霊の神格魔法は上手く使えるな……) 


 ライはその鉄球に波動を流し込みクリスティーナに向け纏めて投げ付けた。


 ただ投げただけとはいえ、その勢いは射出したが如きもの。散弾の様な鉄球は《重力空階層》に到達し減速せず貫通……クリスティーナへと迫るもあっさりと弾き返された。


 クリスティーナがラジックから譲り受けた腕輪型防御魔導具【鱗盾布りんじゅんふ】。

 普段は腕に巻き付けてある布のような竜鱗。薄く加工したそれは、あらゆる物理攻撃を逸らすクリスティーナの守りの要。自動・任意のどちらでも行える防御は他にも隠された機能があるのだが、今回は使用されることはない。


「惜っしいなぁ。まぁ本気で当てる気は無かったけどさ。さて……次は……」


 同様に物質創造を行ない作製したのは巨大な丸盾。が、今度は少し形が歪になってしまった。


「う~ん……慣れるまで時間が掛かるかな。ま、今回は愛嬌愛嬌!」


 盾に波動を流し込んだライはその裏側を思い切り蹴り飛ばした。


 波動吼・《鍾波》──本来は刀で行う波動の放出を盾で行ったのは効果範囲を広げる意図があった。

 しかし残念ながら《鍾波》は《重力空階層》を僅かに揺らしただけとなる。


(……やっぱり圧縮が足りないか。じゃあ……)


 続けて刀による《鍾波》。これは見事に《重力空階層》を断ち切るように霧散させた。

 それを確認したライは一気に飛翔。クリスティーナへと迫る。



「嘘っ!ど、どうしよう、メル!」

『落ち着いて、クリスティ。接近戦もちゃんと訓練したでしょ?』

「そ、そうね……頑張るわ!」


 『収斂光矢弓しゅうれんこうしきゅう』には接近戦用の仕掛けがある。一対の翼を組み合わせた様な形状をした弓型魔導具は、一部竜鱗装甲から解析した機能が組み込まれている。


 弓の『リム』に当たる部分──長めの翼側には刃が収納されており、それを引き抜くと同時に弓が変形。翼を合わせた様な盾へと変化する。

 刃、盾共に竜鱗製の為軽量で、クリスティーナでも負担無く使用出来る一品だった。



 そうしてクリスティーナが接近戦に備えるのを確認したライは、刀を刀背みね側に構え直した。

 それから横凪ぎの一撃……クリスティーナはライの攻撃を盾で防御する。


「接近戦も考慮した魔導具……いや、神具かな?それってエルドナが?」

「いいえ……これはラジック様の魔導具です。あの方は自分の作製したものは神具と仰らないのだそうですよ?」


 神格魔法を宿す道具は『神具』と言われるのだが、ラジックからすれば『事象神具』こそが神具でありそれ以外は神具寄りの魔導具なのだという拘りがあるらしい。


「クリスティーナは接近戦をマリーから?」

「はい。ですが、少し苦手で……」

「他者を直接傷付けるのが苦手なんだね……。いや……攻撃の殆どが何処か遠慮してるのか……。優しいね、クリスティは」

「そんな……」


 それでも【ロウドの盾】に所属しているのは、武器を手に取る必要があるからなのだろう。

 クリスティーナには確かに戦う者の覚悟も見て取れる。そして目的も……。


「……クリスティの戦う理由は復讐?」

「いえ……私は……」

「辛いなら答えなくて良いよ」

「……。私は故郷を失った時何も出来ませんでした。そして失った後も故国の民達に何もしてあげられない。だから……」

「そっか……守る力が欲しかったんだね。やっぱり優しいよ、クリスティは……。じゃあ、少しだけ手解きをしてあげる」

「本当ですか?ありがとうございます!」


 接近戦となればクリスティーナはライの相手にはならないだろう。確かに研鑽も覚悟も持ち合わせているが、力の使い方を学ぶにはまだ時間が掛かる様だ。


 だからライは、僅かにでも手伝おうとしたのだが……クリスティーナはそれを心から喜んだ。

 ライが誘導するような手解きを続ける中、クリスティーナは益々湧き上がる気持ちが勢い付くことを止められない……。



 やがて……互いの刃が交差した瞬間───二人の世界は停止した。



 いや……停止したのは世界の方。それは刹那の時間、精神世界の中での『魂の邂逅』──運命の再会だった。



「ウィト!」

「アローラ!」


 どこまでも白い空間の中を一面の花が埋め尽くす。その中心で二人は熱い抱擁を交わした。


「あぁ!ようやく出逢えた!……これは奇跡なのかしら?」

「違うよ、アローラ。待っていたんだ。私はずっと君を待っていた……私の全ての【幸運】を使って君との出会いを望んだ。そして待ち続けていたんだよ」

「あぁ……ウィト。私の愛しい竜」

「アローラ……。私の魂の半身……」


 再び熱い抱擁を交わす幸運竜と女神……。


 語りたいことは山程ある。このまま二人の意識を融かして眠りにつくことも出来る。欠けた半身は遂に巡り逢ったのだ。


 しかし……ウィトの表情は何処か悲しそうだった。


「どうしたの、ウィト?」

「アローラ……私は君に逢いたいが為に過ちを犯してしまった」

「……。それはライのこと?」

「……流石は神だね。お見通しか。そう……私は君との再会を望むあまり【地孵り】を選びライの心と魂に介入した。そしてライは、それに振り回され存在が変質してしまった」

「……そう。でもそれは私も同じ。クリスティーナの中で存在する為に介入してしまったわ。でもクリスティーナは魂で喜びを感じていた」

「違うんだ、アローラ。私はアローラと居ることに幸せを感じられるけど、ライはそれが分からないんだ。原因は私ではないけど、そう運命付けたのは私の落ち度……取り返しが付かない」

「ウィト……」


 ウィトとアローラの宿る魂達は互いの再会を喜び、そしてクリスティーナも魂の伴侶を得て幸福に包まれている。


 だが……ライだけはそこに含まれない。ウィトの感情に引かれはするが、ライ自身の内側からは魂の喜びを得られない。


 それはライにとっての魂の伴侶が存在しなくなったことを意味する……。


「彼はあまりに数奇な運命を背負ってしまった。私はそれを知りながら止められなかった……全ては君と出逢う為の我が儘。償っても償いきれない」

「ウィト……」

「だから、私はもう少しライを支える。済まない……アローラ……。君と交わり眠ることは、まだ出来ない」


 再会による喜びにうち震えながらも、ウィトはライと共にあることを選択した。


 だがこの再会は【運命】……アローラはそれをハッキリと告げる。


「ウフフ……心配は要らないわ。クリスティーナがそれを証明してくれる。私達は二度と離れない。どんな形になろうとね?」

「アローラ……」

「だから今は……もう一人の自分達を見守りましょう。ウィト……」

「……わかった。君の言葉を信じてみるよ」



 そして魂の交差は解かれる。時間にして一呼吸程度の間の邂逅はクリスティーナの魂に火を付けた。


 現実世界では、突然手を止めたクリスティーナにライは戸惑いの視線を向けている。


「あ……あの!」

「ん?どうしたの?どこか痛めた?」

「い、いえ……そうじゃなくて……」


 モジモジしながらも覚悟を決めたクリスティーナ。これまでにない積極性を見せる。


「わ、私もライと一緒に……」

「?」

「一緒に暮らしても……良いですか?」


 しばらくキョトンとした後ライはポン!と手を叩いた。


「ああ。イグナース達と同じで修行って話?うん。良いよ?」


 クリスティーナはズルッと体勢を崩した……。


「あ、あれ?何か間違ってた?」

「い、いえ……取り敢えずそれで……」

「取り敢えず?」

「もうっ!何か私ばかり……ライはズルい!ズルいです!」

「え……えぇ~……。何かゴメンナサイ……」


 こうして、『惹かれ合う魂達』の手合わせは終了した……。



 新たな同居人が一気に三人増えたエクレトル来訪。そこには永き刻を経た複雑な魂達の再会が絡んでいることなど、当然誰も知らない……。


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