第六部 第六章 第十六話 引き合う魂
エクレトルの地──クリスティーナに懇願されたライは手合わせを行うことになった。
一同は昼食を挟み再び『盾の精錬場』の訓練施設へ……そこに訓練を行う者の姿はない。
ライとの手合わせを行った【ロウドの盾】所属者達は、各々の強さの問題点に気付いた……かはともかく、各々の思う場所で試行錯誤を行っているのかもしれない。
観戦者が増えると更なる手合わせを申し込まれそうなので、ライは手早くクリスティーナとの手合わせを始めることにした。
「クリスティーナさん。方式はどうします?」
クリスティーナの武器は弓……遠距離向けの戦いが得意ならばそれに合わせてやるべきだろうかとライは配慮したが、クリスティーナは通常の手合わせを申し出た。
「どうかクリスティとお呼び下さい」
「じゃあ……クリスティ。俺のことはライで良いよ」
「はい!」
とても嬉しそうなクリスティーナにマーナは幾分不満げな表情だった。
「それでクリスティ……本当に普通の手合わせで大丈夫?」
「はい。弓使いではありますが、マリアンヌに鍛えて頂きましたので……」
「そっか……。じゃあ、クリスティは俺と弟ならぬ妹弟子ということになるのか……」
「まあ!ライもマリアンヌに指導をして頂いたのですか?」
「うん。昔は凄く弱かったからね……鍛えて貰ったお陰で死なずに済んだ」
この言葉に反応したのはイグナースだった。
「弱いって……ライさんがですか?」
「そだよ?旅に出た時は纏装も使えない初心者で装備も安物でさ……」
「信じられない……だって、マーナさんのお兄さんでしょ?」
「あのねぇ……ウチは兄さんとマーナが突き抜けてただけだよ。父さんと母さんは『そこそこの実力者』だからね?」
「じゃあ、本当に……」
「そう。同じ歳の頃にイグナースと対峙したら瞬殺されただろうね」
「…………」
超越の実力を持つライは初めから戦いの才能を持っていた訳ではなかった……。イグナースはその事実が信じられないといった様子だ。
「明確に変わったのは魔人化してからだよ。勿論そこに至るには竜鱗装甲、フェルミナやマリーとの出会い、そのどれが欠けても辿り着けなかったけどね」
「魔人化……じゃあ、俺も魔人化すれば強く……」
ライはそんなイグナースの言葉に首を振った……。
「魔人化が悪いかどうかは実は俺にもわからないんだ。魔人て言っても力をちゃんと扱えれば人と変わらないと思ってる……でもさ?」
「でも……何ですか?」
「その【力】が問題なんだよ。魔人化したがるってことは初めから力が目的だろ?良いのか?そんな安易な力に頼って?」
「それは……」
「努力の果てならまだ分かるよ?状況が差し迫ってる場合でも、または生まれ付きでも仕方無いとも思う。そうしないとならない理由と覚悟がある場合も俺は否定しない。でも、手早く強くなりたいってだけなら魔王と変わらないんじゃないのか?」
「…………」
結局のところ脅威というのは【悪意】なのである。天使達が力を持ちつつも正しくあるように、力の使い方を誤らなければ【脅威】にはなり得ないのだ。
しかし、それを信じられぬのは人が力の誘惑に負けるから……。そして初めから『魔人化』をアテにしている者はその誘惑に負けていると言っても過言ではあるまい。
ライがアウレルに魔人化を持ち掛けたのは、アウレル自身の精神が限界近くまで追い詰められていたことが悟った為。
過酷な訓練の傷痕、深い後悔の念、誰かの為にと足掻いているのに力が足りない苦悩……アウレルにとってエレナはそれ程に大切だったのだろう。
逆にディルナーチ大陸・久遠国のライドウとシギは、研鑽が足りないにも拘わらず力を渇望した為【魔人転生の術】について伝えることは無かった。
といっても危険であることが第一の理由ではあるが、魔人化を安易な力として見ることは努力を妨げることにも繋がるからだ。
人には魔人化などせずとも強くなる可能性がある。半魔人、竜人、半精霊化……それだけではない。精霊や聖獣契約、魔導具・神具、中には存在特性もある。イグナースはそのどれにも手が届く可能性を秘めているのだ。
要は『力が欲しけりゃ死ぬ程努力し、そして考えろ』というのがライの意見だった。そしてそれは、足掻き続けた男の辿り着いた真理でもある……。
「それにな、イグナース……?親しい人達の死を何百年も見送るのはきっと辛いぜ?」
「…………俺は……」
「悪い。ちょっとばかし説教臭くなった。イグナースはまだまだ伸び代があるんだし、【半魔人化】変化の可能性もあるんだ。それでも魔人化を望むなら時間をかけた自然魔人化もある。但し、凄い苦行だぜ?」
魔石を毎日欠かさず取り込み続ける『自然魔人化』は魔術師の様な探究者でも苦行そのもの。ライもあの秘密採掘場でなければ続けることは無かった筈だ。
人の『食欲』はそのまま『美味への欲求』でもある。不味い魔石を取り込み続ける行為は普通なら断念するだろう。
「済みません……俺……」
「謝ることはないよ。でも、イグナースは才能に恵まれてんだからさ?後は目標。その為の助力はしてやる。その先でもう一度考えてみれば良いさ。その時は尊重するよ」
「……はい!」
イグナースにとっての師匠はマリアンヌだが主に技術面の意味合いが強い。ライとの修行は精神的な成長を促す意味でも役に立つ筈。
不安としてはライの痴れ者が伝染する可能性……そこはイグナースの良識を信じる他ない。
「ゴメン、クリスティ。待たせちゃった」
「いいえ。ライの人となりが少しわかった気が致します」
「アハハハ……さて、やろうか」
「はい!宜しくお願い致します!」
クリスティーナが弓使いということもあり通常より距離を取って構えた二人。合図はアスラバルスに任せることとなった。
「双方、用意は良いな?」
「はい!」
「お願いします、アスラバルスさん」
「うむ。では……始めっ!」
合図と共に動いたのはクリスティーナ。早めに上空の有利を確保しようと移動しながらクリスティーナは即座に魔法を発動した。
時空間魔法・《重力空階層》
上空のクリスティーナと地のライとの間に発生する幾重もの重力層……。上空に近付く相手を重力で遠ざけると共に、上空からの攻撃には加速が加わるという攻防を備えたクリスティーナのオリジナル魔法である。
マリアンヌから齎されたライの魔法知識を元にしているので高速言語であり、かつメルレインの補助が可能にした高度な神格魔法。それはクリスティーナの研鑽の程が良く分かるものだった。
(神格魔法まで使えるのか……やっぱり凄いな。それにあの魔力……)
実は魔力量だけならばライさえも上回っているクリスティーナ。
それはクリスティーナ一人の魔力でも現在のライを超えているのだが、更に【御魂宿し】となることで圧倒的な魔力を纏う超越へと変貌している。
しかし、クリスティーナはまだ未熟……精神的な問題か幾分不安定な面も見えるが、暴走するようなものではなく伸び代さえも窺えた。
味方側の人間が自分の何かを大きく上回るのはディルナーチ以来……そんなことにライは心が躍った。
一方のクリスティーナも自らの内から湧き上がる『歓喜にも似た感情』に戸惑いながらも、何かに満たされる感覚を楽しんでいた。
(ねぇ、メル……何かしら?とても心が……ううん、私の『存在』が熱いの。身体も心も羽根みたいに軽くて、そして温かい。まるで春の陽だまりにいる様な……それでいて、内側から叫びたい程に熱い気持ちが抑えられないのよ。私、どうしちゃったのかな……)
メルレインはその気持ちの正体を知っている。知っているが、それを伝えることを躊躇った。
出逢ったばかりの者への渇望にも似た感情……それは恐らく『魂の伴侶』に向けられたものとしか思えない。
つまりそれはクリスティーナの気持ちではなく、クリスティーナの魂に宿るアローラの感情なのだ。それを伝えるべきか……メルレインは当然ながら迷う。
ともかく今は手合わせの最中。メルレインはクリスティーナに集中するよう促した。
『クリスティ。手合わせとはいえ油断は禁物よ?』
「メル……でも、嫌われたりしないかしら?」
『……手合わせをお願いしたのはこちらなんだから、手加減する方が失礼よ。軽蔑されるかも……』
「それは嫌っ!」
クリスティーナは弓を引き魔力弓を展開。魔導具『
手合わせを見守っていた者達は雨の如く降り注ぐ炎の矢に度肝を抜かれた。
「なっ!ク、クリスティーナさん、本気で……やり過ぎですよ!」
「いいえ、ファイレイ……クリスティーナにとってはまだ序の口よ、アレ」
「マーナさん……」
「あの娘、どう考えてもおかしいのよ……。あんな力を持っていて最近まで存在すら知られてないなんて考えられないわ」
ライをも上回る魔力……それは即ち魔王を屠る力。故郷を失った悲しみで力が目覚めたにしろ、エクレトルがその才に気付かないということは有り得ない。
つまり、何者かに力を封印されていたと考えるのが妥当なのだ。
しかしクリスティーナ当人は至って普通の少女。箱入り娘だった為世間に疎く、結構ドジっ娘……精神力も強靭な訳ではない。
だからこそ……マーナはクリスティーナが気に入らなかった。それは勇者の不要を意味するのではないかと感じたのだ。
しかし、そんなものは只の嫉妬……。家族内最弱だった故に足掻き、しがみ付き、辛酸を舐めてきたライにとっては些事でしかない。
いや……悪意がない分、クリスティーナの様な存在は寧ろ喜ばしき相手と言える。
「ライさん、笑ってますよ………」
アリシアの言葉に思わず破顔するアスラバルス。
「ハハハ……楽しそうなことだな」
「大丈夫でしょうか、アスラバルス様?」
「心配は要るまい。魔力量は強さの基準ではあるが一端でしかない。一方の勇者ライはあらゆる戦いに精通したと見るべきだろう」
魔王アムドとの戦いの最中に見せた必死な表情も今のライには見当たらない。焦りも困惑も恐れも……寧ろクリスティーナの存在を喜んでいる様子すら窺える。
つまり……ライは今、純粋に楽しんでいるのだ。
「少しは隠している力を見られるやも知れんな。皆、この戦いを注視することこそ学ぶ機会と思え」
アスラバルスの言葉で観戦に集中する一同は、ライとクリスティーナの戦いが終わるまで見守ることにした。
「ハハハ……凄っげぇ。ペトランズ大陸にこんな凄い娘が居たとはね。どれ……」
ライは更なる昂りを胸に宿し、手合わせを続ける。
それが何を意味するかも知らぬまま、魂に宿る記憶達は互いを引き合うのだ……。
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