第六部 第六章 第十五話 相応しい立場



 盾の精練所より場所を移しアスラバルスの私室───。


 円柱形で白く明るい空間が確保されている部屋は、その殆どが緑に包まれている。どうやらアスラバルスの趣味は園芸らしく、室内で観葉植物を育てている様だ。

 まるで森の中を思わせる不思議な空間の中央……円卓にてアスラバルスとの会話が始まった。


 マーナ、アリシアに加えイグナース、ファイレイ、そして何故かクリスティーナも同席しての対話は穏やかな空気の中で進む。


「今回は挨拶回りで来たんですが、中々賑やかでした」


 アリシアが用意した茶を啜り一息ついたライ……その言葉の意味を理解したアスラバルスは小さく笑う。


「ハハハ……エルドナか。あれは奔放だからな」

「まさか、あの『エルドナ』があんな性格とは思いませんでしたよ……でも考えてみれば、エルドナが居なければ俺の旅も無かったかなって思います」

「いや……貴公はあるべくして旅に出たのだろう。そしていずれは竜鱗装甲に出会った筈だ。あれはそういう風に造られているからな」


 適合者に渡る魔術……それはやがてエクレトルにも辿り着くことも意味しているとアスラバルスは語る。今交わしているこの会話すらも、また必然なのだ……と。


「そういえばスフィルカさんは……」


 宝鳴海で解放した堕天使……改め、地天使スフィルカはエクレトルに滞在していると聞いていた。その後どうなったかは気になるところだったが……。


「あの者は今、世界を見て回っている。世界の変化をその目で確認したいと言われたのでな……許可を出した」

「そうですか……」

「……。本当のところ、スフィルカはこの神聖国では肩身が狭いのかも知れぬ。神の代行……ティアモント様により帰参を赦され地位も戻った。天使には寧ろ同情の声もある。が、恐らく……」

「自分を赦せない、ですか………」


 アスラバルスは無言で頷いた。


 スフィルカはその容姿が既に天使とは異なる。髪も翼も黒く変化し、純天使と免罪天使の中間の存在となってしまった。

 後悔はなくとも神に逆らった懺悔の気持ちは消えないだろうとアスラバルスは推察している。そして、本来の赦しを与えられる神は不在……この先もスフィルカはその苦悩が続く可能性もある。


「……もし再会の縁あらば気遣ってやってはくれまいか?」

「勿論です。俺が解放したことで苦しませているなら力になりたいですし……」

「うむ。頼む」


 実はアスラバルスとスフィルカは『天魔争乱』以前から面識がある。配慮するのは当然と言えば当然なのだろう。


「今の貴公はシウト国の勇者ということになるのか?」

「いいえ。今はシウトに居ますが色々と迷惑を掛けたくないので無所属ですよ。その方が自由に動けますし穏便に済みますから」

「ふむ……では、改めてエクレトルからの依頼だ。魔獣討伐もそうだが、トゥルク国への査察も協力して貰いたい」

「勿論そのつもりです。元々トゥルクの邪教疑惑に乗り出したのはメトラ師匠ですから」

「うむ。大聖霊メトラペトラはかなり殺気立っていた。相手が邪神絡みであるならば仕方無きことではあるが……」

「……。アスラバルスさんは邪神と対峙したことがあるんですよね?」


 この質問にアスラバルスは無言で首を振った。


「邪神と対峙した天使は居ない。アレは最初から神に挑んだ。戦いの舞台は天界だが、天使は神の命により地上を守るよう仰せつかっていた。故に神と神の戦い──その場に居たのは神、覇竜王、そして勇者バベル……」

「バベルが……御先祖が何で……」

「大聖霊から聞いておらぬか?勇者バベルは【神衣】の使い手……。神の戦いに覇竜王ゼルトと共に加わり邪神を封じた後、一時的に『神の玉座』に就いた」

「えっ?じ、じゃあ御先祖って神様だったんですか?」

「一時的ではあるがな……」


 この事実はマーナも知らなかったらしく、ライと二人顔を見合わせて苦笑いしていた。


「そ、それじゃ今は……」

「分からぬ。神の座をティアモント様に託した後、何処かへと姿を消したと聞いている。竜人は長命ではあるが、三百年となると少し長い……寿命を迎えている可能性はある。だが……」

「何かあるんですか?」

「いや……分からぬのだ。【神衣】は神格……もしかすると不老の状態で何処かに生存しているかも知れぬ。我々も【神衣】に関しては有益な情報がないのだ。済まんな」

「いや、アスラバルスさんのせいじゃないですよ。謝らないで下さい」


 『伝説の勇者バベル』が存命している可能性がある──それは一体何を意味するのか……考えても仕方ないのでライは保留を選択し話を続ける。



「それで……トゥルク国への査察は何時いつに?」

「各国の準備が済んでからだ。貴公の情報のお陰で邪教徒の捕縛は進んでいる。後はエクレトルからトゥルクへ通告し【ロウドの盾】が踏み込む算段になっている」

「わかりました」

「間も無く冬が来る。トゥルクは北の国……冬になれば査察も儘ならぬ程の雪に埋もれるだろう。その前に終わらせたいところだ」

「……となると、残る不安は魔王……。アスラバルスさん。アムドはやはり?」

「……痕跡は無い。だが、一瞬ではあるが新たな魔王級の反応があった。それも複数同時……前例を考えると関連が無いとも言い切れぬ」

「……情報があったらお願いします。その時は俺が……」

「うむ……済まぬが頼りにしている」


 アスラバルスとしては友セルミローの仇でもある魔王アムド。しかし、真の仇はアステ、トシューラに潜む何者かの仕業であることは既に掴んでいる。


 人の仕業であればエクレトルは無暗な干渉が出来ない。もし仇がアステ国であるならば侵入したのはセルミローなのだ。アステ側に報告を行ったとはいえ他国からの侵入や無断戦闘を指摘されれば反論は出来ない。


 だが通常ならば、各国がエクレトルに対し敵対する意味が無い。何かしらの企みがあったと考えて良いだろう。


 そして今は複数の危機を抱える有事……アスラバルスが私情で動くべきで無いことも確か。ならば“ 明確な立場を持たない ”ライに任せることは最善とも言える。



(その為の無所属、か……考えたものだな)


 魔獣、邪教、魔王……その全てでライを頼るのは心苦しいが、対応できるだけの力を持つ以上協力を要請しない訳にはいかない。


 アスラバルスは改めてライに申し出た。


「【ロウドの盾】には入っては貰えぬか?」

「実は迷ってます。参加すれば有利なことも多い……でも……」

「エクレトルへの迷惑を考えているのならば不要だが……」

「いえ……それだけじゃないんです。エクレトルは派閥分れしてると聞きました。俺はそこが気になったんです」

「……?どういうことだ?」


 アスラバルスはライの発言の意図を汲み取れていない。


「俺の存在はアリシアから聞いた『遵守派』からすると大きく外れている。今は問題無くても、俺が絡んだら亀裂が生まれるかもしれない」

「エクレトルはそれまで割れてはいないが……」


 ライは首を振った。問題の根幹はそこではないのだ。


「……。マリーから聞いたかもしれませんが、存在特性【魅了】を使う奴がいるのでしょう?」

「アステ国王子のことか?」

「はい。天使は存在特性を使えるかもしれませんが、精神に干渉する存在特性は揺らいでいる程効果が高いとトキサダさん……ディルナーチの師の一人から聞きました。だから……」

「僅かな不安要素でも排除した方が良いということか……」

「俺は悪目立ちしてますからね。特にエクレトルからは」


 ニッコリと笑うライは実は全く違うことを同時に考えていた。


 ライが【ロウドの盾】に加わることはその名声を落とすことに繋がる。


 それは『魔の海域』での所業──リル……海王を救う為とはいえ艦隊を沈め多くの命を奪ったのだ。

 後に彼らが魔王討伐を信じ行動していたと知りライは苦悩することになった。


 それらは魔王の所業として処理されたが、やはり自らの罪を考えれば栄光ある立場に立つべきではないと判断したのである。

 何より【ロウドの盾】に相応しい勇者は他にも居るのだ。自分は裏方として結果さえ出せば良い……これもまた迷惑を掛けぬようにと出した答えには変わらないのだが……。


 【ロウドの盾】は希望であるべき──というのがライの願いでもある。



「所属がどうであれ連携は取りますし手助けはします。遠慮せずに言って下さい」

「……わかった。では、そうさせて貰おう」

「ありがとうございます」

「但し、貴公も遠慮は不要だぞ?我々は借りもある故な」

「借り、ですか?」

「うむ……」


 エクレトルの役割である魔王との戦いを幾つも熟しているライ。更に『ロウドの盾』はマリアンヌの意見から誕生した組織……言わずもがな大きな借りである。


 もっとも、ライにそんな考えが微塵もないのはいつものこと……。


「それで……この後はどうするのだ?」

「人に会いに……アスラバルスさんはラジックさんを?」

「知っている。まさか人の身であれ程の知識を持つ者が居るとはな……あの手合いこそ天才と呼ぶのだろうな」

「ハハハ……変態でもありますけどね……。ともかくラジックさんに話があるんですよ」

「そうか……ならば気を付けて行くが良い」

「アスラバルスさんも、たまにはウチに遊びに来て下さい。歓迎します」

「そうだな。貴公の城というのも見てみたい。その内に来訪させて貰おう」


 握手を交わすライとアスラバルス。……が、ここで待ったの声が入る。声の出所はそれまで大人しくしていたクリスティーナだった……。


「ま、待って下さい!わ、わわわたくしは……まだ手合わせを……」

「……?」

「お、御願い致します!どうか私とお手合わせ願えませんか?」


 かなり慌てているクリスティーナ。確かにライは、まだクリスティーナとは手合わせをしていない。

 それを願い出る為に同席したのかと思うとライは少し感心した。


「良いですよ。俺はライ・フェンリーヴです。あなたは?」

「クリスティーナです。クリスティーナ・オルネラ・ニルトハイムと申します」

「ニルトハイム……。じゃあ、あなたが……」

「はい……ニルトハイムの元・大公女です」


 魔王アムドにより消滅させられたニルトハイム公国の大公女……。ライは目の前のか細い少女を見て言葉が上手く出なかった……。


「スミマセン。その……何て言えば良いのか……」

「大丈夫です……ありがとうございます」


 重い空気に包まれそうな場をイグナースが上手く取り持つ。


「そ、その前に飯にしませんか?それからライさんとクリスティーナさんの手合わせということで……」

「そ、そうですね。それで宜しいですか、ライ様?」

「わかりました。という訳で……もう少し訓練場をお借りしても良いですか、アスラバルスさん?」

「うむ。私も見学させて貰うとしようか」



 こうしてエクレトルでの手合わせ最後の相手はクリスティーナとなった。


 これもまた……いや、これこそが必然たる運命の出会い……。

 そしてそれは、永き間求め続けた魂の再会でもあった……。


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