第六部 第六章 第十四話 金獅子と銀虎


 かつての友の魂を確かめると決意し手合わせを選んだアスラバルス。


 自らの力を最大限に使用する為に聖獣ノーディルグレオンとの融合を行う。


「ノーディルグレオン」

『……本当に宜しいのですか、アスラ?』

「頼む」

『……分かりました』


 金色の光を放ち金獅子ノーディルグレオンはアスラバルスの中に融合した。


 人の【御魂宿し】と違い、天使と聖獣の融合はどちらも魔力体化できる存在という相性の良さもある。それにより大きく高まった魔力は、アスラバルスの力を更なる高みへと引き上げた。


 永き刻存在しているアスラバルスが開眼した力──《聖天迎》と呼ばれるそれは、他の天使には未だ到達出来ない領域。


 元が高魔力体たる純天使アスラバルスは、実体化の際最大に高めた魔力を各種能力に振り分けることが可能だった。基本は魔力に、膂力が足りねば膂力に、抵抗力が必要ならば抵抗力に、それは上位魔王に対抗し得る大きな力……。



「アスラバルスさん……こうして改めて対峙すると凄い力ですね」

「だが、貴公には及ばぬのではないか?」

「そんなことはないですよ……それに、実は今ちょっとした事情があって全力は出せないんです」

「……むぅ。ならばこの姿は卑怯だったか?」

「いいえ。俺自身の力に不安はあっても全く使えない訳ではないので……。それに、力を貸してくれる仲間も居ますから問題ありません」

「支える者、絆の力か……。ならば見せてみるが良い。その意志と力を……」

「ええ。度肝を抜かれないで下さいね?」


 ライは自らの契約紋章を発動。喚び出したのは金獅子と並び称される最上位聖獣……。


「ギンゲツ!」


 輝く光と共に現れたのは、白銀の体毛と四枚の翼ある聖獣。銀虎・ギンゲツ。


 ギンゲツは………ライの上に覆い被さっていた。


「……ライ。ほ、本当にこれで良いのですか?」

「ああ!バッチリだぜ!」


 ライの両肩に前足を、頭の上に顎を乗せているギンゲツはかなり恥ずかしそうだ!


「……一つ聞かせて貰えるか、勇者ライ?」

「何ですか、アスラバルスさん?」

「それが……その……ち、力……というものか?」

「勿論!フッフッフ……どうです?度肝を抜かれたでしょう?」


 ライは一見して背後から虎に襲われている様にも見える。確かにアスラバルスは度肝を抜かれた……。


「あ……さては甘く見てますね?じゃあ俺から先に行きますけど、油断しないで下さいよ?」

「う、うむ!ならば見せてみよ!」


 ギンゲツを背負ったまま僅かに浮いたライは、そのまま高速移動でアスラバルスの背後に回り込む。

 言葉とは裏腹に実はかなり油断していたアスラバルス──その素早さに考えを改めざるを得なかった……。


(成る程。これは油断出来んな……)


 残像が残る程の高速移動。しかし、今のアスラバルスにはライのその動きを捉えることが可能……ノーディルグレオンと融合して十二枚となった翼を大きく広げ、輝く羽根を射出。さながら光る吹雪の様に視界を遮った。


 が、この攻撃はライに当たらない。その尽くをギンゲツが《咆哮破》で打ち消したのだ。


 続いて再度高速移動でアスラバルスに迫ったライは、刀と剣の鍔迫り合いに持ち込んだ。


「その刀……ディルナーチのものか……」

「アスラバルスさんはディルナーチ大陸に行ったことはあるんですか?」

「その昔、二度程足を踏み入れたことはある。……だが、あの大陸には不干渉ということになっていた」


 鍔迫り合いから剣の交差へ……互いの技を交えながら話は続く。


「何で不干渉に……」

「あの地に住まうのは異世界から来た者……それは彼方あちらの世界からの迷い人。彼方の神が害意を持って行動した訳では無いと知った故に配慮したのだ。だが、我ら天使が誕生して数千年から今まで……彼方側の神が此方の世界に干渉、意思疎通をしたことは一度も無い。故に先代の神──アローラ様はディルナーチの民も平等に『ロウドの民』として扱うと仰られた。個人的にも縁があった様だしな」

「……?」

「まぁ、その話は良い。それよりも、貴公はディルナーチをどう思った?」

「う~ん……ペトランズと変わらないですよ?確かに魔人は多いし剣技も洗練されている。一番の違いは『存在特性』ですかね」



 ディルナーチの民は異界渡り……異界より来たる者は新たな世界での己を再認識させられる為、必然的に『存在特性』が目醒め易くなる。

 その子孫である久遠・神羅の両国民は、やはり『存在特性』を持つ者が比較的多くなるのだろう。


「それでライよ……貴公の目から見たディルナーチは危険か否かを聞きたい」

「それなら問題無いですよ。あの大陸は今、大きな試練を乗りきって生まれ変わりつつあります。長年の諍いが消えたディルナーチはその内ペトランズとの交流を始める筈ですよ?」

「では、危険ではないと言うのだな?」

「勿論。寧ろペトランズより遥かに安全ですよ。あっちの人達は穏やかで、すっかりお世話になりました」

「そうか………フッフッフ。全く貴公は……」



 互いの剣を払い距離を置いたライとアスラバルス。純粋な剣撃は二人にとって小手調べの範囲だが、周囲からは達人同士のせめぎ合いに見えたことだろう。

 事実、イグナースは憧憬の眼差しでそんな手合わせを見守っていた。


「凄い……。二人とも剣の達人だ……」

「あれ、小手調べよ?」

「ほ、本当ですか、マーナさん?」

「ええ。と言ってもお兄ちゃんの本気の剣て私もまだ見てないのよ。お兄ちゃん優しいから、多分手合わせじゃ見られないかもね」

「あれで本気じゃないのか……やっぱり凄い!」


 一方のファイレイはその凄さが理解出来る程の使い手ではない。率直な感想としては『何だか良く分からない』である。


 それともう一つ……。


(ライさんの聖獣、ずっとブラブラ揺れてて面白い……)


 だった……。


 頭と肩を支えにライにしがみついているギンゲツは、移動・行動の度に振り子のように揺れているのだ。足をダラリと下げている様を遠巻きに見ると、まるで猫に見えて微笑ましいのである。

 実は観戦している者の半数が同じことを感じていた。しかし、礼儀として誰も口にはしなかったに過ぎない。


 ギンゲツ自身もそんな状態がやはり恥ずかしいらしい……。



「ライ。こ、これでは私は只のお荷物では?」

「いやいやいや……ギンゲツ、もしかして恥ずかしいの?」

「若干……」

「う~ん……俺はさ?乙女じゃないから【御魂宿し】になれない訳じゃん?」

「はい」

「そこで【御魂宿し】の特長って何?って話になるんだけど……」


 【御魂宿し】は聖獣・霊獣と人が一時的に融合することで魔力の量と質を何倍もに引き上げるのが最大の特長である。

 更に融合により身体能力も強化されるだけでなく、二つの意思の疎通により補助、強化、対応が時間差なく行えるという利点もある。属性に関しても耐久性がグンと上がるのだ。


 そしてもう一つ。聖獣が持つ固有能力の使用が可能になる。



「それを踏まえてギンゲツに聞くけど、今の俺とギンゲツが【御魂宿し】と比べて足りないものは何?」

「それは………」


 魔力に関してはライ単体で【御魂宿し】をも上回る程である。互いの魔力のやり取りも契約紋章や【吸収魔法】を使用すれば成り立つだろう。

 補助、強化、対応は互いの意思を念話で同期しているので問題は無い。属性はライとの契約で固定され、固有能力もギンゲツが最適に使用できるようライ側がサポートしているのだ。


「………ありません」

「だろ?だから、お荷物とか言わない。分かった?」

「はい」

「まぁギンゲツが本当に【御魂宿し】の相手を見付けたら別だけど、俺は力強い相棒だと思ってるよ」

「はい!」


 但し、見た目だけはどうしようもない。ギンゲツの背に乗っても良いのだが、そこは痴れ者……より怪しい方を何故か選択するのである。



「ふむ……銀虎か。ノーディルグレオンにも劣らぬ力……良く契約に漕ぎ着けたものだ」

「それも偶然ですよ。幸運なんです、俺は」

「………覚えてるのか?」

「はい?」

「フッ……いや、何でもない」


 自嘲気味に笑うアスラバルス。ライに前世の記憶があるなどというのはアスラバルスにとっての願望でしかない。

 それよりも今は勇者として大成しつつあるライの成長を喜ぶべき……改めてそう思っていた。


「さて……このまま全力で手合わせするつもりだったが、貴公の負担になっては悪いな。また機会があれば手合わせするとしよう」

「スミマセン」

「いや……。最後に聞かせて貰いたい。勇者ライよ……貴公がその力を用いて目指す未来は何だ?」


 それはエクレトル最高意思決定機関『至光天』の長として確認しておきたかったこと……。


 ライの力は一度矛先を変えればどの魔王よりも脅威……だからこそ、アスラバルスは確認せずにはいられなかった。

 無論、ライという人物に関しては疑ってはいない。大聖霊メトラペトラすらも完全に心を許しているのだ。大聖霊四体という前例の無い契約は【要柱】であることは疑いようが無い。


 【要柱】については天使にすらも詳細は分からないが、創世神の再来であるならばロウドにとって悪しき存在となり得る訳がないとアスラバルスは確信している。


 それでも確かめたのは、かつての友の最期を知らぬ故……。

 伴侶を失い、世界に絶望しながら地に降りた優しき友の最期が『本当に世界を恨んでいなかったか?』という不安からのものだった。



 そんなアスラバルスの憂慮を笑い飛ばすように満面の笑顔でライは答える。



「俺は本来、ぐうたらなんですよ。だから、騒ぎが起こらないで『食っちゃ寝』出来る世界が最高ですね」

「………フッ!ハッハッハッハ!……全く……貴公にはホトホト脱力させられる」

「あ……やっぱりおかしいですかね?」

「いや……うむ。素晴らしい目標だ。私もそうありたいと思える程にな」

「アスラバルスさん、忙しいですもんねぇ」


 ウンウン、と頷くライを見てアスラバルスは再び笑った。同時に金獅子との融合は解除されその手の剣も消える。

 手合わせの終了……ライが納刀すると同時にギンゲツも契約印を通り帰還した。


「フフフ……久々に楽しかった。それでは改めて茶でも飲みながら話を聞こうか。その為に待っていたのだろう?」

「はい」


 そして話し合いの場は、エクレトル・神聖機構上層にあるアスラバルスの部屋へと移る……。


 

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