第六部 第六章 第十三話 アスラバルスとの再会


 ライの元で修行することが決まったイグナースは、ファイレイにそのことを伝えに向かう。

 するとイグナースは、しばらく会話した後ファイレイを引き連れて戻って来た。


「初めまして、ライさん!その……いきなり失礼かと思いますが、私も今後の修行をお願いしても良いですか?」


 イグナース同様に決意の瞳を宿したファイレイ……。


「それは構わないけど……」

「是非お願いします。つきましては私も手合わせをお願いしたいのですが……」

「………本気?」

「はい!」


 イグナースに確認の視線を向ければ困った顔で笑っている。ライにはそれで大体の事情が理解出来た。

 どうやらファイレイは言い出したら聞かないタイプらしい、と。


「……ま、いっか。で、どんな手合わせ?」

「イグナースと同じでお願いします」

「制限無しの全装備使用ね……分かった。じゃあハイ、始め!」


 ライが両手をパチンと合わせ合図を送ったと同時、ファイレイは上位の各種魔法連射を始めた。


 今度は『アトラ』を装備せずに魔法の数々を《吸収》するライ。

 ファイレイは魔法が効かぬと分かると闘気弾に切り替えライの周囲を移動し始めた。


(思い切りが良いな……)


 魔力は防御と移動、飛翔、補助魔法に絞り、攻撃は生命力……《氣》によるものに限定しファイレイは行動を続ける。


 しかし……ファイレイは戦略を間違っている。そもそも圧倒的な差がある以上、小手調べをしても意味がないのだ。


 それをファイレイが理解するのに然程時間は掛からなかった。魔力、生命力、共にただ浪費したことに気付いたからである。


「………。こんなに差が……」


 魔獣と化したプリティス教司祭メオラと戦った際のことを思い出すファイレイ。魔法は効かず闘気弾による攻撃も通じない。

 更に解析系魔法をライに向け使用した際一切抵抗されなかったことが、ファイレイに更なる焦りを与えた。


 差がある為に隠す必要が無い……それはファイレイにとっては初めてのこと。加えてライから得た情報は闘争心を削るに充分だった。


 しかし……ファイレイにも意地がある。己の持てる最大の闘気弾をライに向け放つと、新たに覚えた魔法を発動。


 吸収魔法・《闇蛭やみひるの巣》


 闘気弾の中から現れた黒い触手はライに手を伸ばし生命力を奪おうとする。《闇蛭の巣》は奪った生命力を闘気弾に上乗せする魔法……つまり、ライから力を奪い闘気弾強化しようとしたのだ。

 そして闘気弾には自動追尾の補助魔法が加わっている。生命力を奪いいつまでも追尾する闘気弾……その発想にライは感心した。


(中々面白い魔法だ。覇王纏衣とは違った魔力と生命力の複合効果……消費も抑えられる訳か。でも……)


 ライは自らも吸収魔法を発動。《壊黒玉》はファイレイの吸収魔法を上回る勢いで闘気弾と魔法を全て吸収した。



「………参りました」


 ファイレイはあっさり敗北を認めた。ライはまた困った笑顔になっていた。


「いや。大したものだよ、ファイレイさんは……」

「ファイレイで良いです」

「じゃあ……ファイレイ。自分の弱点は理解してる?」

「……数え上げたらキリがありません。魔法の研鑽不足、命纏装の研鑽不足……」

「う~ん……その前にイグナースと違って諦めが早い。それと魔法は凄いけど全体的には命纏装は確かに足りないね。マリーから常時纏装を学ばなかった?」

「それはその……」

「………?」


 何故か口ごもるファイレイ。代わりに答えたのはイグナースだった。


「ファイレイは怪力女になりたくないって……」

「ちょっと!イグナース!」

「だって本当のことだろ?だから命纏装は使わないんだよな?」

「…………」


 そこでライは苦笑いで助言した。


「ファイレイは戦う者でいたいの?それとも守られる普通の女の子になりたいの?」

「私は……守られるだけは嫌です」

「そっか。じゃあ一つ……俺の同居人は皆強いけど誰も怪力女だなんて思ったこと無いよ?ファイレイは誰にそう思われるのが怖いの?」

「そ、それは……」


 チラチラとイグナースを見ているファイレイ。乙女の顔であることは直ぐに気付いた。


(ハッハッハ。何だよ、両想いなら問題無いじゃん)


「例えばイグナースはマリーを怪力だと思う?」

「え?いや……考えたこと無いですね」

「だってさ、ファイレイ。大丈夫だよ、筋肉は少しは付くけどムッキムキになるわけじゃないから。纏装のそれは存在の強化に近いかな……?それに……ファイレイの力が幾ら強かろうと、イグナースはそれを受け止める。だろ?イグナース?」

「勿論です」

「………」


 自信満々のイグナースを上目遣いで見るファイレイ。そこには期待の輝きが満ちていた。


「という訳でファイレイも常時の纏装使用。出来れば覇王纏衣以上でね?その上でイグナースは魔法か剣の選択、ファイレイも魔法知識だけじゃなく格闘術で全体戦力の底上げをやろうか。幸い俺の同居人は強いから手合わせには困らないし学ぶこともあると思う。それで良い?」

「はい!」

「お願いします!」


 そんなイグナースとファイレイの様子を見ていた【ロウドの盾】達は、こぞってライとの手合わせを望んだ。ライはご丁寧にほぼ全員と手合わせを行ない、その者に合った指摘を繰り返す。

 天使ですらもその指導を受け喜んでいた程だ。


 そんな手合わせも終えようとした頃──新たな手合わせ希望者が現れた。


「では、次は私にも御指南願えるか?」

「!?」


 上空から降り立ったのは三対六枚の翼を持つ壮年の男の天使。威厳あるその顔に対しライは思わず微笑んだ。


「アスラバルスさん!」

「久しいな、勇者ライ。少し会議が長引いた。待たせて済まぬ」

「いえ……勝手に待っていたのは俺ですから」


 柔和な顔で笑うライの姿を見てアスラバルスもまた微笑む。そこに超常たる気配は無い。


「ハッハッハ。変わっておらぬな……少なくとも心は」

「はい。そのつもりではいます」

「うむ、安心した。さて……どうやら天使達も指導して貰っていた様だが、私とも手合わせ願えるか?」

「はい。喜んで」

「では、少しばかりお付き合い願おう」


 アスラバルスは指輪型【空間収納庫】から剣を取り出し構える。ライもそれに合わせて刀を抜き放った。


 しかし、アスラバルスはここで更なる行動に移る。それは手合わせが軽いものではないことを意味していた。


「ノーディルグレオン!」


 アスラバルスの背後に出現した契約紋章。中から現れたのは黄金に輝く獅子──。



 【金獅子ノーディルグレオン】


 古くから存在する聖獣で、翼神蛇アグナを除けば最強の聖獣とも言われている金獅子。多くの魔を払い人を救い続けた伝説の存在でもある。


 王家や貴族の紋章の中には金獅子の紋様が組み込まれていることが多い。それは、その偉大な力にあやかりたいという願いが込められている。


「金獅子……魔の海域の時は話も出来なかったけど……」

『あの時は見事でした、勇者ライ。こうして話せたことを光栄に思います』

「こちらこそ。伝説の金獅子とこうして会話が出来るのは光栄だよ」

『フフフ……貴方は私よりも遥かに強い方を従えているでしょう?』

「アグナのこと?アグナもそうだけど、俺は聖獣を従えてるつもりはないよ。皆、手を貸してくれてるだけだ」

『……そんな貴方だからこそそれだけの聖獣が契約を望んだのかもしれませんね』


 左腕の袖を捲ればアグナの紋章。更にそこには古の文字で【八】と表示されている。



「……ライさんは聖獣とも契約しているんですね」


 ファイレイは先程ライを調べたが、聖獣契約までは読み取れなかった。つまりファイレイが見たのはライの一端でしかない。


「それだけじゃありませんよ?ライさんは精霊とも契約しています。しかもその殆どは相手側から申し込まれたとか……」

「……凄すぎて言葉もありません」

「そうですよね……私も未だ驚かされてばかりです」


 アリシアは同居と同時にライの殆どの情報を得ている。それでも新たな情報、隠れた情報は後を絶たない。

 その陰で不安要素が多いことも含めアリシアはライを見守っているのだ。



 そんなライの底知れ無さはアスラバルスも感じている。あれからどれ程腕を上げたのか、更にはその思考は変わっていないか──確かめるには丁度良い機会だった。



「貴公はあれから何を手に入れた?」

「えっ?」

「その為に旅をしたのだろう?エクレトルの情報は上辺だけの数値だ。私は貴公から直にそれを聞きたい」

「う~ん……そうですね……。学んだのは剣術・体術。魔法も増えたし、聖獣、霊獣、精霊とも契約が増えました」

「ほう……」

「大聖霊とは更に二体……多分限界近い引き上げが起こってることは自負してますよ。でも……」

「何だ……?」

「それよりも大事なものを沢山手に入れました。無くせない、手離せない、そうしたくないもの」


 アスラバルスは再度確認はしない。その表情でライの気持ちを悟ったのだ。


「それは貴公にとって重荷になる可能性の方が高いだろう」

「かもしれませんね」

「いつかそれを失うことは貴公を深く傷付ける」

「そうならない為にまだ強さを求めて足掻いています」

「……増えれば増える程に重くなるぞ?」

「それでも……心が満たされれば俺は堪えられますから」



 アスラバルスはそこで初めて気が付いた──。


 ライ同様の白髪に子供の様な笑顔を浮かべていたかつての友……アスラバルスが知るその男の笑顔が、目の前にあるライの笑顔に重なったのだ。


 アリシアがライとの約束により報告を行っていなかった事実。それはアスラバルスの記憶にあった友の存在……。


(ウィト……!そうか……そういうことだったのだな……)


 神の伴侶でありながら己の力不足に嘆き、愛する者を失い絶望に苛まれながらも、神アローラの愛した世界を信じ命尽きるまで人に寄り添おうとした優しき幸運竜……。


 天空の【竜の卵】に還らず地に残ることを選んだウィトは、【地孵り】として生まれ変わり記憶を失っても力を求め続けていた……。


 それは必然なのだろう……そんな友の想いを理解したアスラバルスは、胸が熱くなった。


(ウィトよ……。形はどうあれ、お前はここまで歩み続けたのだな……)


 ならば……かつての友の魂を継ぐ者を確かめるのも役目──アスラバルスは改めてライに提案する。



「勇者よ!手合わせを!」

「受けましょう!」

「ならば……尋常に……」

「勝負!!」



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