第六部 第六章 第十二話 若き騎士の決意


「次は俺と手合わせして貰えませんか?」



 マレスフィの次にライの前に立ったのは、青の鎧を装備した若い騎士。


 人懐こそうな笑顔だが、その実力が確かであることは身に纏う覇王纏衣から読み取ることが出来る。


「良いですよ。俺は……」

「聞こえてました、ライさん。実は貴方とずっと手合わせしてみたかったんです」

「ずっと……?」

「はい。貴方のことはファーロイトさんやマリアンヌさんから聞いていたので」

「ファーロイト?……ああ~……パーシンか。それにマリーから聞いていたってことは、修行を付けて貰った訳ですね?」

「はい。申し遅れました……俺はイグナースと言います。イグナース・エレドリウス」


 イグナースは同じシウト国出身。マリアンヌから指導を受けたということはおとうと弟子ということにもなる。


「イグナースさんは……」

「イグナースで良いですよ。敬語も要りません。俺の方が若輩ですから」

「じゃあ遠慮なく……イグナースはどんな手合わせが望み?」

「俺の全力を受けて貰えませんか?その上で俺に何が足りないのか教えて欲しいんです」

「………分かった。持ち前のもの全使用での手合わせで良いか?」

「是非」


 イグナースは腰の剣をスラリと抜き放つ。震竜剣と名付けられたその刃は最硬とも言われる竜鱗製。それだけでも十分な武器であるが、ラジックにより魔導具・神具化されている。

 加えて竜鱗武装……全身鎧型の青い鎧は、『アトラ』になる以前の特殊竜鱗装甲とほぼ同等の機能を有していた。


 そんなイグナース……覇王纏衣を展開しているが、既にライとの実力差を感じ取っている。


 ライが身に纏う衣一枚の【黒身套】、更に無防備に見えて隙がない剣士としての佇まい、そして先程目撃したマレスフィへの神格魔法……。イグナースは勝てる要素が無いことを自覚していた。


 だからこそ、魔獣や魔王に対抗し得るライの胸を借りて全てをぶつけてみたかった。これは強くなる為の好機……イグナースはそれを直感したのである。


 そういった場合、ライが取る行動は大概決まっていた。



「アトラ」

『了解です、我が主』


 呼び掛けに応えライの身を包む『黒の竜鱗装甲アトラ』……エクレトルにて追加装備を取り込み新たな形状に変化したそれは、イグナース同様の全身鎧。

 因みにライが兜を被っていないのは、僅かながらに視界が塞がれるのを良しとしない故である。


「それがライさんの竜鱗装甲ですか?」

「うん、まぁね。といっても、本格的に使うのは久々だけど」

「それまでの旅は生身で?」

「そう。お陰で纏装は随分強くなったよ」

「魔法は得意だったんですか?」

「いんや……家族の中じゃ一番駄目だった。魔法の力が開花したのはメトラ師匠……大聖霊っていう師匠が居たからこそだよ」

「そうですか……」


 イグナースは言葉からも学ぼうとしている。ライは当然のように全てを答えた。

 若き騎士の成長は未来へと繋がる。その手助けになるならとライは助言を惜しまない。


「剣はディルナーチ大陸で学んだ。アッチは魔法が殆ど無いから、剣技中心になっててさ……だからこそ純粋な技としての剣が洗練されていたよ。ペトランズが劣っている訳じゃないけど、ディルナーチは武器が攻撃と守りを兼ねていた。だから受けるより流す技も多い」

「それも興味あります。でも、とにかく……」

「そうだな。先ずは体感からかな……といっても今回はイグナースの全力を見ることに専念する。立てなくなるまで全力を見せてみ?」

「はい……行きます!」


 イグナースは初めから出し惜しみ無しで技を振るう。竜鱗武装の補助を得て剣に巻き付け回転させたのは、不完全ながらの黒身套……。

 イグナースの対魔王剣技 《暴食の嵐牙》をライに向かって横凪ぎに放つが、ライは微動だにしない。


 激しく削り取るような剣はライの左手一本と拮抗しそれ以上動かなかった。予想していたこととはいえ掠り傷すら付けられないことにイグナースは歯噛みしている。


 ライが行ったのはイグナースの黒身套に合わせて自らの黒身套を流動させる行為。過不足なく全く同じ勢いで流動させているからこその均衡……それ一つでライの研鑽具合を理解させられたイグナース……。


「くっ……!それなら……《身体強化》!」


 更なる強化補正を加えたイグナースは距離を置き飛翔斬撃を乱射。弾幕のようにライへと迫る刃──しかしそれは、新たにアトラの機能に加わった籠手で防がれることとなる。

 竜鱗装甲アトラの籠手には爪が格納されている。展開された爪はライの意図を読み取り消滅纏装 《絶爪》を纏った。イグナースの斬撃はその尽くを一払いで消し飛ばされることとなった。


 だが……イグナースは始めからそれを狙っていた。弾幕代りにした斬撃とは逆方向に回り込んだ。今度は《暴食の嵐牙》を突きとして使用。一気にライの背へと迫る。


「うん、正解。その技は薙ぐより突きの方が良い」


 振り返りもせずそう口にしたライは爪先で足元を軽く叩いた。


 竜鱗装甲アトラの具足は魔力を大地に伝え隆起を起こす。同時に出現する岩壁……イグナースは足場を崩された為に行く手を阻まれ攻撃を逸らされた。


「くそっ!魔法じゃない!何だアレ……!」


 イグナースは魔法ではないと言ったがちゃんとした魔法である。但しそれは、完全無詠唱魔法───。



 『竜鱗装甲アトラ・改』はライと完全に同期している。思考パターンから魔法の知識、纏装種類、更には波動吼に至るまで、呼吸をするが如く補助を行うのだ。

 詠唱を必要としないのは発動部分に魔法式を瞬時に展開する為。魔王アムドや天使マレスフィが見せた部分魔法式展開を鎧のどこででも行える……それが竜鱗装甲アトラの新たな機能。


 因みにこの領域の品はエルドナでも未だ開発出来ない。今回の情報も当然エルドナに流れるので後々は分からないが、少なくとも現時点で『竜鱗装甲アトラ・改』を上回る防具開発は不可能と言えるだろう。



 それでもイグナースは諦めない。《身体強化》を重ね掛けし無理矢理に完全版・黒身套を発動。上空に飛翔し《暴食の嵐牙》の準備に入った。


 が、それを見たライは少し困った表情を浮かべる。一気に上空に跳躍しイグナースの懐まで潜り込むと左足で腹部を蹴り抜いた。

 左足の具足に展開していたのは《波動吼・鐘波》……。イグナースは【波動】を受け纏装を霧散させられた。 


「そりゃちょっとやり過ぎだよ、イグナース」


 実力が至らない状態での《身体強化》重ね掛けは肉体に多大な障害を与え兼ねない。ライはそれを知っているからこそイグナースを素早く止めたのだ。


「うっ……さ、すが、ですね……」


 グッタリとしたイグナースを肩に担いだライは、回復魔法を使用しつつゆっくり下降。地に足が着いたところでイグナースは問題無く回復し立ち上がる。


「違和感は無いか?」

「……はい」

「あの《身体強化》の重ね掛けってのは気を付けて使わないと全身ボロボロになるんだよ。俺も酷い目に遭ったことがある。フェルミナがいなかったら、俺は今頃勇者生命が絶たれてたと思うし」

「……スミマセンでした」

「謝る必要はないけど、使いどころを間違っちゃダメだぜ?」


 イグナースはあまりの実力差にすっかり意気消沈している……。困ったライはそんなイグナースの頭をガシガシと撫でた。


「イグナース、何をそんなに焦ってるんだ?」

「……お見通し、ですか」

「似たような人を何人か知ってるんだよ。大体は力不足に足掻いてた」

「………。ライさん。頼みがあります」

「ん……?何?」

「俺を弟子にしてくれませんか?」


 イグナースは真剣な眼差しをライに向けている。そこには決意の光が宿っていた。


 己の力不足を補う為にあらゆるものを利用する。それはライ自身も行ってきたこと。とてもイグナースの行動を否定することは出来ない。


「俺は師匠ってタイプじゃないんだけどなぁ……」

「それでも……何とかお願い出来ませんか?」

「………。分かった。但し、師匠というよりはアドバイザーとして手助けしてやる。それで良ければ、だけど」

「あ、ありがとうございます!」


 イグナースにとってはこれ以上無い好機。となると、早速修行に入りたい。しかし……そう都合良くは行かない。


「先ずイグナースは纏装をもっと研鑽しないとな?」

「うへぇ……だって纏装って退屈なんですよ?」

「う~ん……退屈と感じる以前の問題だよ。息をするように展開してないと話にならない。そうすると……」


 竜鱗装甲アトラを解除し纏装も解いたライは、完全な無防備でイグナースの鎧に掌を当て技を放つ。



 華月神鳴流柔術・《渦流掌》───身体のバネを回転力に変換し、打撃力を跳ね上げる技。


 当然ながら膂力が高い程にその威力が上がる。イグナースはその打撃をもろに受け大きく吹き飛ばされた。

 竜鱗武装の衝撃吸収によりダメージは無い。しかし、生身でその威力を体感したイグナースはかなり驚いている様だった。



「な、何ですか、今の……」


 鎧を確認しながら戻ってきたイグナース。纏装の話でありながら素手の打撃を受けたのだ。幾分の混乱は仕方あるまい。


「今のは打撃力を引き上げる技だけど、大体五倍まで上がってるかどうかかな……威力を上げるにはどうしたって元の力が必要でさ?」

「……今の、五分の一でも凄い力が必要ですよね?」

「それも常時纏装の効果だよ。寝る時も使用することは強さへの道。見たところイグナースは半魔人化も竜人化もしていない。当然、魔人化もね……肉体がどう変化するかは個人差があるけど、そこに至るにはやっぱり纏装は最低限だ」

「……つまりサボるな、と?」

「サボるなってか何の為に強くなりたいか、かな。理由は何でも良いんだ。守る為とか、ただ負けたくないとか、強さの限界を知りたい、とかね?聞いた話じゃ、レグルスが真剣に修行に取り組んだのはお祖父さんの為だったらしいし」


 レグルスは現在、半魔人化一歩手前。密かに黒身套まで完全修得に至りそうな状態であることはストラトで確認している。

 つまり、レグルスとイグナースではレグルスの方が実力は上ということになる。


 『勇者フォニック』の役割をライが押し付けてから、レグルスは背負うものが増えた。人柄は大きく成長し、『女王クローディアの騎士』として国の要にもなっている。

 いや……今のレグルスの成長はクローディアの存在があってこそなのだが、その辺りに気付いている者は割と少ない。


「イグナースは何の為に強くなりたい?」

「俺は……」


 チラリと視線を向けた先には心配そうに見守るファイレイの姿があった。そんなイグナースの気持ちに気付いたライは笑顔でその背を叩く。


「ハハハ。うん、自覚してるなら大丈夫だな。となると、今後は益々修行に気合いが入るだろ?」

「えっ?あ……ま、まぁそうですね」

「で、どうする?ウチで修行するか?メシと寝床は提供出来るけど……」

「良いんですか?ライさんのトコって他の男子禁制じゃ……」

「んん~?ど、どこからそんな話が出てきたのかなぁ?」

「いや……何かそんな噂が……」

「くっ……。誰だ、デマを流した奴は……」


 それは勿論ティムの仕業。といってもティムは気を利かせたつもりだったのだが……。



「大丈夫なら是非お願いします」

「あいよ。っても寄り道してからになるけど良い?」

「はい。お供します」


 イグナースの手合わせ終了と同時に同居が決まった。今後はライの居城にて研鑽が始まることになる。


 しかし、エクレトルでのライの手合わせはまだ終わらない……。

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