第六部 第三章 第四話 勇者の休息②


 同居人に申し込まれた手合わせ。次に歩み出たのはシルヴィーネルだった。


 シルヴィーネルは着用していたメイルを外しており、白いサマードレス姿。戦う者の姿には到底見えない。


「シルヴィ……その格好でやるの?」

「この服、私の鱗よ?」

「いや、そうじゃなくてさ……」

「何よ……素手じゃおかしい?でも、竜化すると周囲に被害が……」

「……ま、まぁ良いや。はい、始め~」

「行くわよ!」


 シルヴィーネルはアリシア同様に纏装を展開。どうやらシルヴィーネルは誰かから手解きを受けたらしい……。


 戦闘スタイルは徒手空拳。フェルミナ同様の小柄な体格でありながら竜の剛力を用いる。これが案外相乗効果を生み見事な戦力となる。


「うぉっ!シルヴィ、速いな!」

「まだまだ上げられるわよ?」

「成る程……ディルナーチの龍と同じで人型でも基礎身体能力が高いんだな。そこに纏装……うん。ちゃんと研鑽したんだな、シルヴィちゃん……」


 並の者ならば対応が難しい程の速度だが、ライは難なく躱している。ただ先程とは違い【波動吼・凪】を全身に展開しシルヴィーネルの打撃を往なし回避していた。


「シルヴィ。体術は誰から?」

「マリアンヌよ」

「纏装もだよな?流石はマリー先生……じゃあ更なる研鑽も問題ないな」

「随分余裕ね……ディコンズの時と大違い」

「ハハハ……そりゃちょっとは強くなるさ。それだけの旅と出逢いがあったからな」


 ちょっとどころではないことはシルヴィーネルにも理解出来る。何せ一撃で岩を破壊する拳が難なく素手で防がれているのだ。


 怒濤の勢いで攻めるシルヴィーネルの体術。手、足問わず攻撃が繰り出される。そして当然、ライはそれが気になって気になって仕方が無い。

 特に蹴り……下段の攻撃は問題無いのだが、中段、上段ともなるとヒラヒラと中が見えそうになるのだ。


(シルヴィの服は鱗の変化だって言ってたな……。なら下着も鱗か?いや……鱗の下に鱗はおかしくね?ま、まさか……!)


 己の想像にガガン!と衝撃を受けるライの思考は『スカートの中は幸せ一杯!夢一杯!』……そんな邪なことを考える残念勇者。

 あまりの事態に必殺の【盗み見】すら考えから抜け落ちている。


 そもそもこの男……自ら攻めることはないのだ。蟻地獄の如くラッキースケベをじっと待つ『チキン&チェリー勇者』さん。まるでピザみたいな称号さえも甘んじて受け入れるだろう。


「くっ……思わぬピンチだ!」

「先刻から怪しいわね……あ、もしかしてスカートの中を気にしてるの?」

「ミ、ミテナイヨ~?ミテナイカモヨ~?」

「………。大丈夫よ、ホラ」


 シルヴィーネルが捲り上げたスカートの中は……丈の短いレギンス。そう……それはアリシアから譲り受けていた物なのだ。


「クッソォォォッ!俺の純情を返せぇ!」


 崩れ落ち地面を“ ダン!ダン! ”と叩くライ……最早それは純情ではないとは誰も突っ込まない。特にシルヴィーネルの目はとても生暖かかった……。


「そ、そんなに落ち込まなくても……」

「美少女のスカートが気になって何が悪い!」

「び、美少女……い、いや、逆ギレしないでよ……」

「しかし、それはそれでエロス!」

「………こ、この!」


 シルヴィーネルは顔を真っ赤にしながら攻撃を続けたが、タネが解れば痴れ者勇者に隙などない。


 シルヴィーネルの知覚を上回る速さで残像を残し周囲を高速移動。そして……。


「シィルヴィ~ちゅわ~ん!」


 残像は実体化し一斉にシルヴィーネルに飛び掛かった。


「嫌ぁぁぁ~っ!」


 次々にタコ殴りにされ飛ばされては消える分身達。そうしてシルヴィーネルが息を切らした瞬間、本体ライの指がシルヴィの額を軽くつついた。


「はい。俺の勝ちぃ~!」

「うっ……ま、敗けたわ。でも何、今の……」

「勿論、分身ですよ?」

「まるで当然の様に言うわね……。凄い能力よ、それ」


 シルヴィーネルは素直に敗北を認めた。何よりライは汗一つかいていない。たとえ全力でも相手にはならなかっただろう。


「大丈夫。シルヴィはかなり強いよ。ラジックさんから籠手とかの魔導具は?」

「貰ったわ」

「なら大丈夫かな……後は防具。ドラゴンでも人型は耐久力と火力が落ちる。速さと体力は上がるんだろうけどさ」

「マリアンヌにも同じ指摘されたわね……」

「やっぱり流石だね、マリー先生は。余計なお世話だったか……でも、ヤバかったよ……。特にスカートの中は……」

「………」


 そこでアリシアが近付きコッソリと耳打ちする。


「実は以前スカートの中は……」

「なっ!何ですと……!」

「だから私が下着代わりにあれを………」

「ムムム!くっ!帰国が少し早ければ……」


 『残念な漢』はその本性が滲み出し始まったらしい……。



 ───【更に47パーセントに上昇】



「さて……次に我が渇きを癒すべき贄は誰ぞ……」

「ちょっと、ライ。キャラが変わってるわよ?」

「スミマセン。ワタクシ、トリミダシマシタ」

「…………な、何でカタコトなの?」


 エレナはゆったりとしたカーキ色のトレーニングパンツと黒いタンクトップ姿。長い髪を後で束ね、手には短い杖が握られていた。


「先刻の手合わせで私じゃ相手にならないって分かったわ。だから胸を借りるつもりで行くわよ!」

「え?俺のオッパイ、カッチカチだけど良いの?」

「今のは言葉のあやよ!ホラ、行くわよ!?」

「ヨッシャ!来い!」


 エレナは高速言語による詠唱を開始。放たれたのは雷撃魔法 《雷獄》。対象を雷のドームで包みダメージを与える魔法だ。

 しかし……天幕を形成した魔法は少しづつ押し戻され、終には魔法式を維持出来ずに霧散した。


 《波動吼・無傘天理》による魔法の押し戻し。魔法はライに届いていない。


「それなら……!」


 続いて放たれるのは氷地融合魔法 《天地咬》。大地から突き出る岩が周囲を取り囲み空から巨大な氷柱が降り注ぐ。

 だが、この魔法もライには届かない……。氷柱は滑るように逸れ、大地の岩も押し退けられ砕けた。


「………。それ、魔法じゃないのね。しかも魔法が逸れる……」

「万物を逸らす力だよ。これを抜けるには神格魔法か超威力の攻撃……あとは法則無視で干渉する力だね」

「じゃあ、やっぱり私じゃ無理か……」

「ゴメン。俺も研鑽中なんで使ったけど、これは無しにしよう。今からはエレナの力と同等の相手を用意する」


 そうして生み出されたのは、エレナにソックリの分身──。


 自律型分身 《鏡身》。ライが自らの修行の為に編み出した技だ。


「面白いわね。行くわよ!」


 《鏡身》は相手の動きを模倣・先読みする分身。エレナの動きを念話により先読みし、相手の動きを回避・防御しつつ反撃する。

 加えて相手の隙を徹底して突く《鏡身》は修行の相手としては申し分無いだろう。


 エレナはしばらく互角の戦いを続けていたが、やがて疲労が蓄積したらしく対応が間に合わなくなる。

 最後は競り負けたエレナが宙に吹き飛ばされたが、ライが受け止め事なきを得た。


「……敗けたわ」


 飛翔したライに宙で抱き抱えられているエレナ。己の実力不足を痛感しているのだろう。

 だが、ライは首を振りエレナを励ました。


「エレナも充分強いよ。一部でも高速言語を覚えたんだろ?伸び代もあるみたいだし……それにマーナが認めたから仲間にしたのは間違いない。自信を持って」

「ライ……」

「今後とも妹を宜しくね」

「ええ。言われる迄もないわ」


 下降しエレナを下ろしたライは、笑顔の裏でエレナの肌の感触を反芻している。


(ああ……人肌最高……)



 ───現在【53パーセント】……半数を突破。



「次はマリー先生だけど……流石に力を使うと……」

「はい。私とライ様では加減しても周囲の被害が甚大になります。ですから一切を省き素手のみと致しましょう」

「はい。お願いします」


 マリアンヌは変わらぬメイド服。が、若干生地の素材が柔らかい様に見える。


 実に久方振りの手合わせ。師の一人でもあるマリアンヌに自分の成長を見せる……これはライの感謝の気持ちでもある。


「行きます」

「どうぞ」


 始まった手合わせは素手のみと思えぬ苛烈さだった……。


 勿論当人達はそれでもかなり手を抜いているのだが、膂力にせよ瞬発力にせよ纏装使用状態と変わらない。


「……凄いですね」


 フェルミナの傍で見学していたアリシアがポツリと漏らすと、メトラペトラはその言葉を拾う。


「ライは今や『精霊格』じゃ。そしてマリアンヌも『半精霊格』。奴等はワシら大聖霊に関わりある者じゃからのぅ……通常では辿り着くことすら稀な領域にも到達できたのじゃろう。故に遥か昔の人間はそういう輩を稀人と呼んでいたのぅ」

「稀人……」

「今の時代は魔王が多いからのぉ……。脅威あらばこの者達に頼るが良い。決してライと敵対するなとアスラバルスに念を押しておくのじゃぞ?」

「大丈夫です。アスラバルス様はライさんを認めていますから」

「ならば良いが……」


 その後、激しい手合わせはしばらく続く。元より決着を付けるのが目的ではなく、互いが互いを確認しているのだ。放っておけば二、三日は続くだろう手合わせ。既に日は僅かに傾いていた……。


「二人とも程々にね~?」


 フェルミナの呼び掛けに反応した二人の手合わせは、いよいよ大詰め。


「流石はマリー先生。殆ど隙がない」

「いいえ。素手での戦いでもライ様は既に私を凌駕しています。本当にお強く……」

「うん。これもマリー先生のお陰です。でも素手はまだま研鑽不足でして……」


 剣術修行の過程で徒手空拳である『華月流柔術』も学んではいるが、修行の重きを剣に注いだ為研鑽が足りないとライは自覚している。


「私も研鑽を終えることはありませんので、そこは謙遜なさる必要は無いと思います」

「マリー先生も……」

「生きることは修行ですよ?」

「はい……確かにそうですね。………。あ!そうだ!マリー先生に約束した願い事、決まりましたか?」

「手紙にあったものですね?では、今晩お話を伺いに参ります」

「分かりました。さて……それじゃあ名残惜しいけど、お開きといきましょうか」

「はい」


 最後の拳には互いの想いを込める。ライは感謝を、マリアンヌは献身を……激しく衝突し手合わせは終了した。


「良い運動になりました」

「私もです」


 握手を求めるライとそれに応えるマリアンヌ。だが……マリアンヌはライの腕を取った瞬間、強く引き体勢を崩す。


「油断しましたね、ライ様?」


 体勢を崩したライの顔はそのままマリアンヌの胸元に抱き締められた。柔らかな服の素材により胸の感触が直に伝わる。

 ライは顔を柔らかな弾力に包まれ僅かに踠いている。


「改めて……おかえりなさい、ライ様。これは私からあなたへ……心配をさせたです。この温もりを忘れないでくださいね?」


 トクン、トクンと脈打つマリアンヌの胸。その暖かさでライは踠くのをやめた……。


 そこで素早く身を引いたマリアンヌはとても幸せそうな笑顔をライに向ける。いつも表情を崩さないマリアンヌの本当の笑顔に、ライはかなりドキリとさせられた。


「マリー先生……」


 マリアンヌはライの声に頷いた後、早足で皆の前に向かう。そして一つの提案をした。


「時刻も遅くなってしまいました。夕食の用意……の前にお風呂に入りましょう。浴室はとても大きいので皆さんで入りませんか?」

「そうね……かなり汗もかいたし」

「そういえば、シルヴィさんはお湯大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ、アリシア」

「トウカ様とホオズキ様も」

「はい。大勢でお風呂に入るなんて初めてです」

「ホオズキも楽しみです」

「ホラ、フェルミナも早く」

「は~い」


 ワイワイと居城へ戻る女性達……何人かはチラチラとライを気にしていたが、アリシアに手を引かれ行ってしまった。



 残されたのは犬、猫、そして痴れ者……。



「………」

「………」

「………一緒に入りたいじゃろ?」

「ハッハッハ……当前!」


 否定はしない。だって痴れ者だもの。


「仕方無いのぉ……ワシがお主の代わりに入って来てやるわ。じゃあの~」


 メトラペトラは鈴型格納庫からタオルを取り出して首に掛け女性達に続いた。


「………」

「………」

「………」

「………一緒に入りたかったのか、ライ?」

「……うん」

「……そ、そうか」

「……牛乳でも飲もうぜ、アムル」


 アムルテリアは勢い良く尻尾を振った……。




 ───現在【62パーセント】


 ライの欲求不満は少しづつ蓄積して行く……。



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