第六部 第三章 第三話 勇者の休息①


 蜜精の森にて『クローダー解放』の段取りを決めたライと大聖霊達。



 それまでの間に英気を養う手始めとして、先ずは森林浴を続けることにした。


 蜜精の森をゆっくりと散策を続ける中で自然と足が向いたのは、アムルテリアとライが再会したあの岩場だった……。



「此処でアムルと再会したんだよな……って言っても昨日の話だけど」

「再会自体は十年振りだ」

「もう、そんなになるんだな……あの頃からすれば俺も変わったかな?」

「そうだな……見た目や力は大きく変わったが、魂は変わっていないと思う。優しいあの頃のままだ」

「……そう言ってくれると嬉しいよ」


 本当は……自分は変わってしまったと、ライは自覚をしている。人を殺めることに慣れた訳ではない。しかし、身内の為なら躊躇しない考えを変える気は無い。


 それでもアムルテリアの言葉は自分を肯定して貰えた様で、ライは本当に嬉しかった。


「クローダーを助けたら最後の一体を残すのみになる……のかな?」

「そうじゃの……じゃが、オズ・エンは気まぐれじゃからのぅ……」

「気まぐれニャンコより?」

「誰が気まぐれニャンコじゃ、誰が」


 時空間を司る大聖霊オズ・エンは伝説の勇者バベルの契約大聖霊だった。例によって大聖霊の死は世界法則の歪みや変質に繋がるので、現状世界を見る限りでは無事なのだろう。


 そもそも封印とは全く縁遠い存在……。【時と空間】を操るオズ・エンは封印されたとしてもあっさり出てくるだろうとメトラペトラは語る。


「まぁ、これだけ大聖霊が揃っているんじゃ。気が向いたらあちらから勝手にやって来るじゃろ」

「そんなモンなんですかね?」

「言ったじゃろ?気まぐれじゃと……まぁ、今のところ急ぎ捜す必要もあるまい」

「でも、クローダーを解放出来なかったら捜さないと力が足りませんよ……」

「その時はその時よ。とにかく今は休むことじゃな」


 メトラペトラの言う通り出来ることは限られている。一つづつ片付けて行くのが最善だろう。


「それでライさん。クローダーを解放出来た場合はどうするんですか?」

「そうだな……。クローダーにも同居してくれるか当然誘うとして、その後優先しなくちゃならないのは魔獣の脅威の対応かな。でもなぁ……結局、魔獣の居場所が分からないからなぁ……。退治も出来ないんだよねぇ」


 魔獣アバドンの脅威は未だ取り払われていない。再度出現した場合、やはり被害は免れないだろう。

 ライとしては知人が危機に陥る可能性も含め、これ以上の犠牲や被害を避けたい。魔獣の居場所を掴めないことは『もどかしい』の一言に尽きるところだ。


「ふむ……ワシはそれが気になっていたんじゃが、何故神の存在特性である【チャクラ】で見付けられんのかのぅ?」

「う~ん……見付けてはいるんですが、凄く地中深くに居るみたいで……。何て言うか、何処からでも深くに感じる上に朧気なんです」


 霧の中の様に漠然とした影……魔獣を探るとそんな朧気な映像になるという《千里眼》──。時折こんなことが起こるのだが、原因が判らない。


「ふむ……どう思う、犬公?」

「恐らく、地核付近まで下りているのかもしれないな。ロウドの地核はラール神鋼……しかも地核は幾重もの法則が刻み込まれている。この世界で最も強大な【神の力】が宿る場所と言って良いだろう。たとえチャクラといえど存在特性である以上は阻害される可能性がある」

「成る程……じゃが、地核に近付けば力の奔流に巻き込まれる恐れもある。アバドンも無事では居られまいよ」

「だから、その境界限界で眠っているのだろう。本能で外敵から逃れられる安全な場所を選んだのかもしれないが……」

「となると、やはり動き出すまで待つしかないのぅ……折角ライが魔獣の分身を駆逐して弱体化させたんじゃが、仕方あるまい」


 魔獣に関しては待つしかないということらしい。それを確認したライは、次の予定として決めていたことを幾つか話すことにした。


「メトラ師匠……もしクローダーを解放して契約を果たせたなら、まずドレンプレルに行こうと思ってます」

「ドレンプレル……そう言えばアヤツも解放せねばならぬのじゃな?」

「はい……アイツには待っている人達も居ますからね」


 トシューラ国ドレンプレル領。そこには魔王ルーダの呪いを受け、延命の為にライが時空間魔法を施した友が居る。

 目的であるクレニエス・メルマーの解呪には、【情報を司る大聖霊】たるクローダーの力が必須……。その中には呪式を読み解き無効化する術がある筈なのだ。


「ライ……それはトシューラの利になるんじゃないのか?」

「いや……アムル。俺はクレニエスがトシューラを良い方向に変える鍵になると考えているんだ。だから早く解放してやりたい」

「お前がそういうのであれば良い」

「心配してくれてありがとうな、アムル」


 アムルテリアの頭を撫でたライは逆の手をフェルミナに伸ばした。


「それが終わったら、心配させた人達に挨拶回りしないとね?俺が無事に帰還したことは一応キエロフ大臣が伝えてくれたと思うけど、やっぱり直接謝罪したいんだ。フェルミナと巡った道で出会った人達や、出会う切っ掛けをくれた人達に……さ?」

「はい。私も一緒に行きます」

「うん……今回は二人きりって訳にはいかないけど、その分楽しい旅になると信じよう」


 ライの失踪を気にしてくれた者は多いと、父ロイやマリアンヌからも聞かされている。そんな縁ある者達には是非直接会って謝罪をしないとライ自身の気が済まない。


「ならば、また忙しくなるのぅ……。それまでは休暇を楽しまねばの?」

「深酒は駄目ですよ、メトラ師匠?」

「分かっておる。チビッとだけじゃ。ほんのチビッと……」

「まだ呑むのか……」


 呆れるアムルテリア。ライはそんなアムルテリアも甘やかしてやりたいと考えている。


「アムルにはミルクを買って貰ってあるよ。アムルが造った保存庫に冷やしてあるから昼にでも飲もうな?」


 アムルテリアは猛烈な勢いで尻尾を振った。



 その後、蜜精の森を更に散策し洞窟や花畑を見付けたライ達。一通り自らの土地の確認をしつつ有意義な使い途について指導を受ける。

 そうして散策を終え居城に戻った頃には、昼になっていた。



 昼食はマリアンヌとホオズキが作ったパスタ。蜜精の森で採れたきのこの入った一品を全員で舌鼓を打ち平らげる。

 アムルテリアが幸せそうに牛乳を飲む姿はとても微笑ましいものだった……。



 食後──軽い運動をしようと城の外に出た時、ライは唐突に手合わせを申し込まれることに……。


 手合わせを要望したのは、シルヴィーネル、アリシア、エレナ、そしてマリアンヌである。


「大丈夫ですか、ライさん?」


 それを見ていたフェルミナは少し心配気に見つめている。実力に不安がある訳で無く、疲労が心配な様だ。


「大丈夫だよ、フェルミナ。そこまで必死に戦う訳じゃないんだから……飽くまで手合わせ。それに、身体動かさないと鈍っちゃうし」


 フェルミナの頭を撫で軽い準備運動をしている間に、結局全員が何事かと集まり見学を始めた。


「先ずは誰から?」

「では、私からお願いします」


 歩み出たのはアリシアだ。


 アリシアはタンクトップのシャツと伸縮性があり丈夫な黒のレギンス……どうやらエクレトル特製の練習着らしい。

 翼は小さいまま……そして、その手には木製の棒が握られている。


「魔導具は使わないで良いの?」

「はい。手合わせですから……ただ、少し本気で行きますけど良いですか?」

「どうぞ」

「では……行きます!」


 纏装を纏ったアリシア。同時にメトラペトラはフェルミナの傍に移動し様子を見守った。



 アリシアは素早くライに迫り棒を振るう。その動きはかなり洗練されていて、アリシアの外見からは意外とすら思えるものだ。

 しかし……当然ながら攻撃は全て見切られることとなる。ライはアリシアの棒術を観察しつつ攻撃を紙一重で躱していた。


(へぇ……中々の腕前だ。カヅキ道場でリクウ師範やトウカと研鑽していなかったら少しは当たってたかな……)


 躱しているだけでは相手の修行にならないと判断したライは、自らも修行を兼ねた研鑽に切り替えた。


 試したのは指先に集めた【波動】──。


 他の部分は纏装で包み指先のみを波動にする。これが中々難しい。

 しかし、それも研鑽。少し慣れたところで【波動吼・凪】を指に展開しアリシアの棒を払い始めた。


「なっ……!」


 アリシアは驚愕していた……。


 纏装を纏っている棒が纏っていないライの指先に押し負けている事実は、目を疑う光景だったのだろう。

 未知の技術……だが、アリシアは直ぐ様気を持ち直し攻撃の手を緩めない。



 そんな中、やがてライはある事実に気付いた。


 アリシアの豊満な胸が……攻撃の度にユッサユッサと大きく揺れるのだ。薄着に身体のラインが見えるレギンス。アリシアの煌めく汗に、ライは少しづつ股間に集まる血流を感じざるを得ない……。


 しかし、こんな場所でそれを悟られる訳にはいない。『劣情勇者』『お盛ん勇者』『股間に魔獣を飼う漢』等々、汚名は何としても避けねばならないのである!


 そこでライは、未だ成し得ていない《転移》の魔法式構築を脳内にて研鑽し始めた。

 指先のみの【波動吼】展開に転移魔法式──その目まぐるしさに目論見は上手く効果を発揮し、股間は一先ず鎮静化を果たした。


(良し!今だっ!)


 この期を逃すまいと動いた『劣情勇者』はアリシアの棒を【波動吼・凪】の拳で叩き折ることに成功。

 だがこの時、ライは焦りのあまりアリシアの体勢を崩してしまう。


 倒れる寸前のアリシアを素早く抱き止めたライは……意図せずアリシアの胸に腕が触れてしまった……。


「だ、大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございました」


 幸いアリシアは胸に前腕が当たった程度では気にしないらしい。

 しかし……我等が『股間に魔獣を飼う男』は笑顔の裏で必死に自らの魔獣を飼い慣らしていた。


「ふぅ~……エクレトルの人は魔法特化かと思ってたよ……」

「いいえ。実はエクレトルの場合、まず肉体の鍛練が先なんですよ?」

「そうなの?……そう言えばアスラバルスさん、剣の腕凄かったな……」

「ライさんは……本当にお強いのですね。感服しました。それにお優しい」

「いやいや……怪我がなくて何よりだよ」


 アリシアは咄嗟に抱き止められたことを言っているのだろう。確かに無意識だったが、今のライはこう心で呟いていた……。


 神様……ナイス!オッパイ!───と。


 そんな『罰当たり勇者』は早くも意識を切り替え心の鎮静化を目指す。敵は自分自身……そう、マイ・リビドーなのだ!



 ───【現在36パーセント突破】




「……次は誰にする?」

「じゃあ、アタシがやるわ」


 次の相手はシルヴィーネル。かつて、ライが『特殊竜鱗装甲』を用いて戦いながらも手加減された上位竜。


 しかし……手合わせという形での再戦とはいえ、シルヴィーネルにライの成長を感じさせるには十分なものとなる……。



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